学位論文要旨



No 119405
著者(漢字) 作野,剛士
著者(英字)
著者(カナ) サクノ,タケシ
標題(和) mRNAの安定性を制御する脱キャップ酵素Dcp1の進化的保存性及びその翻訳終結反応への寄与に関する解析
標題(洋)
報告番号 119405
報告番号 甲19405
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1066号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

真核生物における適切な遺伝子発現制御の履行には、転写レベルや翻訳後修飾を通じてその最終産物であるタンパク質を、必要な時期に必要な量だけ生産する機構が必須である。しかしながら、転写段階で厳密な制御を受けて生産されたmRNA からタンパクが翻訳された後にも、mRNA はその鋳型として機能してしまうため、mRNA の安定性を翻訳の状況に対応させて制御する機構が重要となる。

そのような制御を理解する上で注目すべき視点の一つは、真核生物を通じて共通に存在するmRNA の5'末端のキャップ(CAP)構造である。キャップ構造はmRNA の安定性制御という観点からはmRNA の5'末端に存在することで、5'-エキソヌクレアーゼ(Xrn1)による分解からmRNA 本体を守る機能を担う。翻訳制御においては、翻訳開始因子(eIF)群の標的となり翻訳開始に必須な機能を果たすと共に、キャップを介してmRNA を環状化させることで、リボソームを効率よく再利用する機構の足場としても機能しており重要な構造体であるといえる(図1)。キャップ構造はDcp1 を含む脱キャップ因子群により切断される。キャップが切断されると5'端から分解を受けやすくなり環状構造も崩壊する。したがって、タンパク質の生産に連動したmRNA の安定性制御を考える上で、そのキャップ構造をmRNA から切り離す酵素であるdecapping 因子の機能を理解することが重要である。そのdecapping 因子を解析する上で、1)Dcp1 の進化的保存性、2)decapping 因子の有するdecapping 活性以外の機能、以上2点に着目し、遺伝学的な解析が有利な酵母を用いて解析を行い以下の知見を得た。

結果

Dcp1 の分裂酵母ホモログの単離

キャップ構造が真核生物に共通に存在し、キャップの除去されたmRNA が5'側から分解を受けるといった分解機構も共通に存在するにも関わらず、これまでdecapping 因子が単細胞の真核モデル生物である出芽酵母(S.cerevisiae)のみでしか同定・解析されていなかった。そこで、その高等真核生物の相同因子を単離し、進化を通じたdecapping 因子の機能について理解することを目指した。出芽酵母のdecapping 因子Dcp1(以下Sc Dcp1 と表記)のアミノ酸配列を元に高等な生物種に対して相同性因子の検索を行ったが、顕著な配列を同定できなかった。そこで、出芽酵母と同様に単細胞であるが、進化的にはより高等と考えられている分裂酵母(S.pombe)を用いて、Sc Dcp1 の破壊株が示す増殖遅延表現型の抑圧能を指標として機能面からの単離を試み、SPBC3B9.21 (pombe Dcp1 と表記)を同定した(図2A)。pombe Dcp1はSc Dcp1 と部分的に相同な領域をもつ127 アミノ酸の因子で、出芽酵母(231 残基)の半分程度の長さである。pombe Dcp1 はSc Dcp1 破壊株が示す5'側のmRNA 分解遅延の表現型についても抑圧した。また、分裂酵母細胞自身でのpombe Dcp1 の機能を検証した結果、生育に必須な因子であること、およびその温度感受性変異株は非許容温度下で、Sc Dcp1 破壊と同様にmRNA 分解の遅延を示すことを見出した(図2B)。以上の結果から、pombe Dcp1は分裂酵母のdecapping 因子であると結論した。

Dcp1 のヒトホモログの単離

pombe Dcp1 の配列を元にさらに高等真核生物について検索を行い、ヒトを含めた複数の生物種でN 末領域が高度に保存された因子を単離した(図3A)。そこで、ヒトDcp1 の機能を検討し、ヒトDcp1 はpombe Dcp1 破壊株の致死性を相補できるのに対して、Sc Dcp1 破株の増殖遅延を相補できないという知見を得た。この結果は、ヒトDcp1 はpombe Dcp1 と能的にもより近縁であることを示唆している。次にヒトDcp1 をpombe Dcp1 破壊株に導入し、mRNA の分解動態を検証した結果、pombe Dcp1 の野生型導入株と同様な半減期であり、h Dcp1は同様なmRNA 分解能を示した。また、ヒトDcp1 の相同性の高いN 末領域のみでも全長の場合と同程度のmRNA 分解能を示すことから、ヒトDcp1 はそのN 末領域でdecapping 因子として機能することが示された(図3B)。以上の結果から、これまでその存在が明らかにされていなかったdecapping 因子の高等真核ホモログが、実際に種を越えて保存されていること、さらに出芽酵母と分裂酵母以降の種間においてdecapping 因子は異なる制御を受ける可能性が示唆された。したがって、これまで未知であった高等真核生物のdecapping 反応を介したmRNA 分解制御機構を理解する上で、分裂酵母は有用なモデル系と考えられる。

decapping とは独立したDcp1 の翻訳終結反応への寄与

decapping 因子の機能を理解する上で重要と考えられるもう一つの視点は、Dcp1 と翻訳終結反応との関係である。これまでdecapping 因子は、翻訳の終結と共に短くなっていくポリA 鎖の長さに応答しキャップを切断するという機能のみを有すると考えられてきた。しかしdecapping 活性の発揮に翻訳の終結が重要ならば、decapping 因子が積極的に翻訳終結にも関与しうるという新しい制御機構の存在が考えられる。そこで終止コドンの読み飛ばし頻度を、コロニーの呈色でモニターできるナンセンス変異の抑圧系(赤:読み飛ばし低頻度、白:飛ばし高頻度)を作製し、出芽酵母のDcp1 破壊株における効果を検証した。その結果、Dcp1 破壊株は白色を呈し、読み飛ばし頻度が上昇していることが明らかになった(図4A)。Dcp1 破壊株と同様にmRNA が蓄積するXrn1 の破壊株では赤色であったことから、翻訳終結にはdecapping(mRNA 分解)とは異なる機能が関与すると推察された。また新たに単離した読み飛ばし頻度の上昇する(白色を示す)Dcp1 点変異体(S45P,S111N,R70G)は、decapping 機能を野生型と同程度保持していた(図4B)。よって、Dcp1 はdecapping と独立に翻訳終結に関与すると考えられた。

Dcp1 による翻訳終結の制御に介在する因子の同定

上記で見出されたDcp1 の新しい翻訳終結の制御機能は、翻訳終結反応やそれに依存したmRNA の分解制御に関わる因子を介して発現すると予想される。そこで各種の翻訳終結及びmRNA 分解因子群とDcp1 との物理的相互作用について検討を行った。その結果、Dcp1 は細胞内において、Pab1 と相互作用することを見いだした(図5A)。Pab1 はポリA 鎖に結合する因子でポリA 分解酵素による攻撃からポリA を保護するだけでなく、翻訳終結因子であるeRF3 との結合を介して翻訳終結を制御にも機能している(図5B)。また、その相互作用は白色を示す点変異体間(S45P,111N,R70G)では観察されなくなることから(図6)、翻訳終結を制御するDcp1 の機能はPab1 との相互作用を介して発揮されている可能性が示唆された(図7)。

まとめ

本研究において私は、タンパク質の生産に連動したmRNA の安定性制御を考える上で重要であるDcp1 の高等真核生物ホモログを新規に同定した。また、分裂酵母以降の種では出芽酵母とは異なった制御様式の存在を示唆し、その機能解析に分裂酵母Dcp1 が有用であることを示した。よって今後、分裂酵母Dcp1を用いて解析を行うことで、より高等な真核生物におけるmRNA 分解機構の理解が進むことが想像され、この点で本研究は意義深いと考える。

さらに、decapping にのみ機能すると考えられてきたDcp1 が、decapping 活性とは独立に翻訳終結反応を制御しうることを示した。また、その機能の発揮にはPab1 という翻訳の終結に必須な機能を果たす因子が必要であることを見出した。Pab1 が翻訳終結を制御する上で必要な機能、すなわちeRF3 との相互作用に対し作用することでDcp1 は翻訳終結反応を制御していると予想される。また、細胞質中に無数に存在するキャップ構造の中でDcp1 により切断をうけるべきキャップ構造は翻訳終結反応が起きているmRNA 上に存在すると予想される。よって、decapping を担うDcp1 が同時に翻訳終結反応をも制御する、という本研究における結果は、Dcp1 を切断するべきキャップ構造を有するmRNA 上に局在化させるという意味があると考えられる。よって、本研究の結果は、Dcp1 を介した翻訳に連動するmRNA の安定性制御の理解の上で、新たな視点を加えており今後の研究の方向性に対して重要な知見を提供している。

mRNA 分解と翻訳制御におけるCap 構造の意義

pombe Dcp1 の単離とmRNA 分解能の検証

h Dcp1 の単離とmRNA 分解能の検証

Dcp1は翻訳終結反応制御機能を有する

Dcp1 は翻訳終結に機能するPab1 と相互作用する

white mutants はPab1 と結合しない

Dcp1 はPab1 との相互作用を介して翻訳終結を制御する機能をもつ

審査要旨 要旨を表示する

真核生物における適切な遺伝子発現の制御には、転写調節や翻訳後修飾を通じて必要な量と質のタンパク質を生産する機構が必須である。しかしながら、転写段階で厳密な制御を受けて生成したmRNA からタンパク質が必要量翻訳された後にも、残ったmRNA はその鋳型として機能し続けるので、翻訳の状況に対応させてmRNA の安定性を制御する機構が必要となる。このような制御を理解する上で、mRNA の5'末端に存在するキャップ構造は重要であり、その構造は脱キャップ(Dcp1: decapping)因子群によって除去される。キャップが切断されたmRNA は5'末端から分解をうけると共に、翻訳の開始や終結およびその効率化に必要なmRNA の環状構造も崩壊する。したがって、タンパク質の生産に連動したmRNA の安定性制御を考える上で、5'末端のキャップ構造をmRNA から除去する脱キャップ因子の機能を理解することが重要となる。「mRNA の安定性を制御する脱キャップ酵素Dcp1 の進化的保存性及びその翻訳終結反応への寄与に関する解析」と題する本研究においては、Dcp1 を介したmRNA 分解の制御機構が進化を通じて保存されていること、さらにDcp1 はmRNA の安定性だけでなく、翻訳終結反応をも制御することを明らかにしている。

分裂酵母における脱キャップ因子の単離

脱キャップ因子は、これまで単細胞の真核モデル生物である出芽酵母(S.cerevisiae)でのみ同定・解析されていた。そこで本論文では先ず、進化を通じた脱キャップ因子の機能について理解することを目指した。出芽酵母と同様に単細胞ではあるが進化的により高等と考えられている分裂酵母(S. pombe)のcDNA ライブラリーを用いて、出芽酵母のDcp1(Sc Dcp1)の破壊株が示す増殖遅延表現型の抑圧能を指標としてスクリーニングを行った。その結果、SPBC3B9.21 (pombe Dcp1)を同定した。pombe Dcp1 はSc Dcp1 破壊株のmRNA 分解能が著しく低下する表現型についても抑圧することを示した。また、pombe Dcp1 は分裂酵母細胞において生育に必須な因子であること、およびその温度感受性変異株ではmRNA 分解能が低下することを見出した。以上の結果から、単離されたpombe Dcp1 は分裂酵母の脱キャップ因子であると結論している。

脱キャップ因子Dcp1 のヒトホモログの単離

pombe Dcp1 の配列に基づいてより高等な真核生物の相同因子を検索し、ヒトを含めた複数の生物種でN 末領域が高度に保存された因子を単離した。単離されたヒトDcp1はそのN 末領域でpombe Dcp1 破壊株の致死性を相補できるのに対して、Sc Dcp1 破壊株の増殖遅延を相補できないことが見出された。この結果は、ヒトDcp1 はpombe Dcp1と機能的にもより近縁であることを示唆している。また、ヒトDcp1 のN 末領域をpombe Dcp1 破壊株に導入すると、pombe Dcp1 の野生型導入株と同様なmRNA 分解能を示したことから、ヒトDcp1 はそのN 末領域で脱キャップ因子として機能することが示された。

脱キャップ機能とは独立したDcp1 の翻訳終結反応への寄与

脱キャップ因子は、これまでキャップの切断を介してmRNA の安定性を制御すると考えられてきた。しかしながら、Dcp1 の破壊株では終止コドンの読み飛ばし頻度が上昇していることを明らかにし、Dcp1 は翻訳終結反応を制御する可能性が示された。また、脱キャップ機能を野生型と同程度に保持していながら、読み飛ばし頻度の上昇するDcp1点変異体が新たに単離された。したがって、Dcp1 は脱キャップ機能とは独立に翻訳終結に関与することが示された。

脱キャップ因子Dcp1 による翻訳終結の制御に介在する因子の同定

新たに見出されたDcp1 の翻訳終結に対する制御機能は、翻訳や翻訳終結に機能する因子を介して発現すると予想された。そこで各種の翻訳終結及びmRNA 分解制御因子群とDcp1 との物理的相互作用について検討を行った結果、Dcp1 は細胞内においてPab1と相互作用することが見出された。Pab1 はポリA 鎖に結合してポリA 鎖の保護だけでなく、翻訳終結因子との結合を介して翻訳終結の制御にも機能している。Pab1 との相互作用は、Dcp1 の点変異体を用いると観察されないことから、翻訳終結を制御するDcp1の機能はPab1 との相互作用を介して発揮される可能性が示された。

以上を要するに、本論文は、先ずDcp1 の高等真核生物ホモログの同定を通じて、脱キャップを介したmRNA 分解制御機構に、分裂酵母以降の種では出芽酵母と異なる制御様式が存在することを明らかにし、その解析に分裂酵母が有用であることを示した。さらに、脱キャップにのみ機能すると考えられてきたDcp1 が、脱キャップ活性とは独立に、Pab1 という翻訳の終結に必須な機能を果たす因子を介して翻訳終結反応を制御し得ることを示した。よって、本研究の結果は、Dcp1 を介した翻訳に連動するmRNAの安定性制御を理解する上で新たな視点を加えており、今後の研究の方向性に対して重要な知見を提供している点でも意義深く、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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