学位論文要旨



No 119407
著者(漢字) 打田,直行
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ナオユキ
標題(和) 翻訳の終結とmRNA分解の開始を結ぶ分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 119407
報告番号 甲19407
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1068号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 講師 東,伸昭
 東京大学 講師 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

真核生物のmRNA は二つの大きな特徴をもつ。一つは5'末端キャップ構造であり,もう一つは3'末端poly(A)鎖である。これら両構造は核内においてmRNAに付加され,mRNAが細胞質に輸送された後は,翻訳及びmRNA の安定性に大きな影響を与える。

近年,真核細胞における翻訳のメカニズムとして,mRNA の環状化が示された。mRNA のキャップ構造とpoly(A)鎖にはそれぞれ,翻訳開始因子群eIF4E/eIF4G,poly(A)鎖結合蛋白質PABPが相互作用する。eIF4GとPABP は相互作用し,mRNAは環状化する。その結果,翻訳を終えたリボソームは新たな翻訳開始へと効率よく再利用されると考えられている。

mRNA の分解時には,まずpoly(A)鎖が分解され,その後にキャップ構造除去される。両構造を失ったmRNA は速やかに分解される。したがって,poly(A)鎖分解がmRNA 分解過程の律速段階である。このpoly(A)鎖分解は翻訳の進行に伴って起こるが,実際に翻訳とpoly(A)鎖分解を結びつける分子機構は未だ不明であった。

私はこれまでに,翻訳終結因子GSPT/eRF3 がPABP を介して翻訳開始因子と相互作用し,終止コドンからキャップ構造までが蛋白質のブリッジで結ばれ,翻訳が効率よく進行することを示してきたが(図1),この翻訳機構が働くと同時にmRNAのpoly(A)鎖分解が進行するはずである。そこで,本研究において私は,翻訳とmRNAのpoly(A)鎖分解とが共役するメカニズムの解明を目指した。この解析により,細胞内においてヘテロ二量体型でmRNA のpoly(A)鎖分解を担うヒトRNA 分解酵素(hPAN; human PABP-activated nuclease)を同定し,このPAN がPABP によって活性化されることを示した。また,細胞内でPAN がmRNA のpoly(A)鎖分解で機能すること,PAN がGSPT とPABP 上で入れ替わることを示唆する結果を得た。これらのことから,翻訳終結がpoly(A)鎖分解と共役するメカニズムを提示したい。

[結果]

poly(A) RNA 特異的ヘテロ二量体型ヒトRNA 分解酵素PAN の単離と生化学的解析

出芽酵母においては,二種類のpoly(A)特異的RNA 分解酵素が同定されている。一つはCcr4であり,他方はPan2 及びPan3 からなるPAN 複合体である。しかしながら,両者のpoly(A)分解活性に対してPABP が与える影響は全く異なる。PABP が結合したpoly(A)をCcr4 は分解できないのに対して,逆にPAN はPABP 存在下のみpoly(A)を分解する。翻訳中のmRNA のpoly(A)鎖にはPABP が結合していることから,私は,細胞内において翻訳と共役した形でmRNA のpoly(A)鎖を分解するRNA 分解酵素はPAN であると考えた。

私は,翻訳とmRNAのpoly(A)鎖分解とが共役するメカニズムの解明を目指すにあたり,題材として哺乳類の細胞を用いることにしたが,出芽酵母以外の種においてはPANが未同定であったことから,まずヒトPAN のcDNA の単離を試みた。まず,出芽酵母のPAN を構成するサブユニットのうちRNase ドメインをもつPan2のアミノ酸配列を元にデータベースを検索したところ,ヒトPan2 (human Pan2; hPan2)の全長配列を見出し,そのcDNA を得た。種々の生化学的解析の結果,hPan2 は3'→5'方向にRNA を分解するエキソリボヌクレアーゼであった。

次に出芽酵母のPan3 のアミノ酸配列を元にデータベース検索したところ, ヒトPan3 (human Pan3;hPan3)の5'側を欠いた断片cDNAを見出し,5'RACE法により全長のcDNAを単離した。hPan2 とPan3 は複合体(human PAN; hPAN)を形成し,さらにこのhPAN はPABP とも相互作用した。この際,hPan3 がhPan2 及びPABP の双方に同時に結合した。

また,hPAN がpoly(A) RNA を分解するにあたってはPABP による活性化を受け,この活性化の際にはhPan2 とPABP を物理的に結びつけるhPan3 が必要であった(図2)。このようにPABP によって活性化したhPAN は基質としてpoly(A)に対して高い特異性を持ち,mRNA のpoly(A)鎖を分解する酵素として目的に合致した特性を保持していた。

細胞内において翻訳が進行しているmRNA のpoly(A)鎖分解過程で機能するhPAN

翻訳及びmRNA の分解は細胞質で起こる。そこで,hPan2 及びhPan3 の細胞内における局在を検討した結果,両者ともに細胞質に分布することが明らかとなった。また,リボソームが結合し翻訳が進行しているmRNA (ポリソーム)を精製したところ,ポリソーム画分にhPan2 及びhPan3 が検出された。

以上の結果より,hPAN は翻訳中のmRNA 上においてpoly(A)鎖分解で機能している可能性が考えられた。そこで,点変異によりRNA 分解活性を完全に失ったhPan2 (D1083A)を細胞内に発現させ,mRNA のpoly(A)鎖が受ける影響を検討したところ,D1083Aを導入した細胞では長いpoly(A)鎖を持つmRNA が検出された(図3)。したがって,hPAN が,細胞内においては翻訳が進行しているmRNA 上においてpoly(A)鎖の分解過程で機能することが示唆された。

hPAN とPABP 及び翻訳終結因子GSPT/eRF3 の相互関係

翻訳中のPABP は翻訳開始因子eIF4G 及び翻訳終結因子GSPT/eRF3 と結合し機能する。これら両因子とhPANが同時にPABP と相互作用するかを検討したところ,eIF4GとhPan3 がPABPに同時に結合している状態は確認できたが,GSPT はhPan3 と共にPABP に結合している状態は検出できなかった。そこで,hPan3 とPABP が相互作用している状態に対してGSPT を添加したところ,hPan3 とPABP の解離が確認された。すなわち,PABP 上でhPan3 とGSPT は競合すると考えられた。そこで,細胞内においてもhPan3 とGSPT がPABP 上で排他的な関係にあるのかを検討した。翻訳阻害剤であるシクロヘキシミドで細胞を処理したところ,未処理の場合と比較してGSPT とPABP の結合量が増大するとともに,hPan3 とPABP の結合量が減少することが確認された(図4)。したがって,細胞内において,翻訳状況の変化に応じてGSPTとhPAN がPABP 上で入れ替わることが示唆された。

mRNA のpoly(A)鎖分解過程で機能するPABP とGSPT/eRF3 の相互作用

以上の結果より,GSPT とPABPの相互作用がmRNAのpoly(A)鎖分解過程で機能する可能性が考えられたので,次にその検討を行った。図5 に示すように,Tet-off システムにより転写のオン・オフが調節できるプロモーターにつないだβ-globinのmRNA をパルスで転写し,すぐに転写を抑制して、その後のmRNA の動態を観察すると,時間経過と共にpoly(A)鎖が次第に短くなっていく様子が観察される。このような中で,RNA分解活性をもたないPan2 の変異体D1083A を発現させると,poly(A)鎖の分解が全く進行しないmRNA が生じた。このような実験系において,PABP との結合部位であるN 末端領域を欠いたGSPT の変異体ΔN を発現させるとPan2 の変異体D1083A と同様に,poly(A)鎖の分解が全く進行しないmRNA が生じた。したがって,正常なpoly(A)鎖の分解が進行するにはPABP とGSPT の結合が重要であると考えられる。

[まとめ]

本研究により,次のような「翻訳終結反応と共役したpoly(A)鎖分解メカニズム」が考えられる(図6)。まず,翻訳終結因子GSPT が終止コドン上でもう1つの翻訳終結因子eRF1 とともに翻訳終結反応において機能し,PABP を介したGSPT/eRF3 と翻訳開始因子との相互作用によりリボソームは新たな翻訳開始へと再利用される。その後,PABP 上でGSPT/eRF3 とhPAN が入れ替わり,mRNA のpoly(A)鎖が分解される。以上のように,これまで不明であった翻訳過程とmRNA の分解過程の連続性が分子的に説明されることは,遺伝子発現機構の全容解明の観点から意義深いと考えられる。

環状化したmRNA 上ではリボソームが効率よく使われ翻訳が活性化する

PABPはhPan3サブユニット依存的にhPANのRNase活性を刺激するΔC170はRNaseドメインを欠くhPan2の変異体

hPan2 の不活性型を細胞内に過剰発現することによりpoly(A) 鎖の長くなったmRNA が検出される

シクロヘキシミド処理によりPABP 上で逆の挙動を示すhPAN とGSPT/eRF3〜抗Flag抗体による免疫沈降実験より〜

GSPTとPABPの相互作用はmRNAのpoly(A)鎖分解過程で機能する

翻訳終結反応と共役して進行するmRNAのpoly(A)鎖分解反応

Uchida, N., Hoshino, S., Imataka, H., Sonenberg, N. and Katada, T. (2002) J. Biol. Chem., 277, 50286-50292Uchida, N., Hoshino, S. and Katada, T. (2004)J. Biol. Chem., 279, 1383-1391
審査要旨 要旨を表示する

真核生物のmRNA は5'末端にキャップ構造を,他方の3'末端にpoly(A)鎖を有する。核内において付加されたこれらの構造は,細胞質におけるmRNA の翻訳及び安定性に大きな影響を与える。mRNA のキャップ構造とpoly(A)鎖にはそれぞれ翻訳開始因子群eIF4E/eIF4G とpoly(A)鎖結合蛋白質PABP が結合するが,近年,eIF4G とPABP の相互作用によってmRNA は環状化することが示されている。この環状化によって,翻訳を終えたリボソームは新たな翻訳開始に向けて効率よく再利用され得る。このとき,翻訳結因子eRF3/GSPT がPABP を介して開始因子とも相互作用し,終止コドンからキャップ構造までが蛋白質のブリッジで結ばれることも示された。一方,mRNA の分解においては,まずpoly(A)鎖の分解が先行し、その後にキャップ構造が除去されてmRNA は速やかに分解される。したがって,poly(A)鎖分解がmRNA 分解過程の律速段階となる。このpoly(A)鎖の分解は翻訳に依存して進行するが,実際に翻訳とpoly(A)鎖の分解を結びつける分子機構は未解明であった。「翻訳の終結とmRNA 分解の開始を結ぶ分子機構の解析」と題する本論文においては,翻訳終結がpoly(A)鎖分解と共役するメカニズムを解析し,その分子基盤をはじめて明らかにしている。

mRNA のpoly(A)鎖分解を担うヒトRNA 分解酵素PAN 複合体の単離とその性状解析

本論文では,哺乳動物細胞におけるメカニズムの解明を目指して,まずヒトのPan2(hPan2)とPan3(hPan3)からなるヒトPAN 複合体(hPAN)のcDNA 単離に成功している。種々の生化学的な性状解析から,hPan2 は3'→5'方向にRNA を分解するエキソリボヌクレアーゼであり,hPan2 とhPan3 は複合体を形成すること,さらにこのhPAN 複合体はhPAN3 を介してPABP とも相互作用することを見出している。また,hPAN によるpoly(A) RNA の分解はPABP によって活性化され,この活性化はhPan2 とPABP を物理的に結びつけるhPan3 を必要とした。PABP によって活性化されたhPAN はpoly(A)に対して高い基質特異性を有し,mRNA のpoly(A)鎖分解を担うエキソリボヌクレアーゼとしての特性を保持していた。

細胞質で翻訳が進行中のmRNAのpoly(A)鎖分解に寄与するPAN 複合体

翻訳及びmRNA 分解は細胞質で進行するが,蛍光顕微鏡による観察からhPan2 及びhPan3 はともに細胞質に分布することが示された。さらに,リボソームが結合し翻訳が進行しているmRNA(ポリソーム)画分にhPan2 及びhPan3 を検出し,hPAN は翻訳中のmRNA 上においてpoly(A)鎖を分解する可能性が考えられた。そこで,RNA 分解活性を完全に失ったhPan2 変異体(D1083A)を細胞内に発現させてmRNA のpoly(A)鎖長に対する影響を検討した結果, D1083A を導入した細胞では長いpoly(A)鎖をもつmRNAが検出された。したがって,hPAN は細胞内において翻訳が進行しているmRNA 上において,そのpoly(A)鎖の分解過程に寄与することが示された。

PABPに対して競合的に結合するPAN 複合体と翻訳終結因子eRF3

翻訳中のPABP は翻訳開始因子eIF4G 及び翻訳終結因子eRF3 と結合するが、これら両因子とhPAN が同時にPABP と相互作用するかを検討した。その結果,eIF4G とhPan3がPABP に同時に結合している状態は認められたが,eRF3 とhPan3 が共にPABP に結合している状態は検出できなかった。精製蛋白質を用いた実験から,PABP 上でhPan3 とeRF3 が競合する結果が得られた。さらに、細胞内においてもhPan3 とeRF3 がPABP 上で排他的な関係にあるのかを検討し,翻訳状況の変化に応じてeRF3 とhPAN がPABP 上で入れ替わることが示された。

mRNAのpoly(A)鎖分解を制御するPABPとeRF3の相互作用

eRF3 とPABP の相互作用の意義はmRNA のpoly(A)鎖分解過程にある可能性が考えられた。そこで、PABP との結合部位であるN 末端領域を欠いたeRF3 の変異体を細胞に発現させてその影響を検討した結果,Pan2 の変異体D1083A の場合と同様に,poly(A)鎖の分解が全く進行しないmRNA が生じた。したがって,正常なpoly(A)鎖の分解が進行するためには,PABPとeRF3の結合が重要であることが示された。

以上を要するに,本論文は翻訳終結とpoly(A)鎖分解の反応を解析し,その共役に関わる分子機構を以下のように明らかにしている。まず,終結因子eRF3/GSPT が終止コドン上でもう1つの終結因子eRF1 とともに翻訳の終結反応において機能し,次にPABP を介したeRF3 と開始因子との相互作用によりリボソームは新たな翻訳開始へと再利用される。その後,PABP 上でeRF3 とhPAN が入れ替わり,mRNA のpoly(A)鎖が分解される。これらの研究成果は,これまで不明であった翻訳終結とmRNA 分解の両反応がeRF3-PABP-hPAN 間の相互作用を介して共役することを明らかにしており,遺伝子発現機構の全容解明の観点からも意義深く,博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク