学位論文要旨



No 119408
著者(漢字) 奥山,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) オクヤマ,ユキコ
標題(和) 抗菌ペプチドL5の免疫賦活作用および、その受容体候補分子カルレティキュリンの機能解析
標題(洋)
報告番号 119408
報告番号 甲19408
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1069号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 講師 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景と目的] 自然免疫は、感染初期に発動される重要な生体防御機構であり、異物の貪食や抗菌物質による直接的な殺菌作用などがこれに含まれる。しかし、その詳細な分子基盤については不明な点が多い。

L5 ペプチド (L5) は、センチニクバエ由来抗菌ペプチド、ザーペシンB の活性中心を改変したKLKLLLLLKLK-NH2 という配列の合成ペプチドでアミノ酸 11 残基からなる。このペプチドは好中球を活性化して活性酸素を産生させる機能があり、その際、好中球表面のcalreticulin (Clr) がペプチド受容体としてG-蛋白経由のシグナル伝達に関与することが示されている (1)。修士課程において私は、自然免疫応答におけるClr の関わりを吟味する目的で Clr 結合分子を検索し、分泌性の好中球顆粒蛋白であるazurocidin が、内在性リガンドとして単球表面のClr と結合し、単球によるサイトカイン産生を促進することを示した (2)。

博士課程においては、 自然免疫応答における Clr の機能を、L5 との相互作用という観点から詳しく検討した。その結果、マウス腹腔に L5 を投与すると好中球が動員されて一過的に感染が防御されること、L5 は Clr を介してある種の細胞の細胞接着、凝集を誘導することが分かった。また、膜貫通ドメインのない細胞表面のClr のアダプター分子候補の同定を試みたので、以下に報告する。

[L5 の感染防御効果]

マウス腹腔に毒性の高い S. aureus Smith 株を接種すると翌日には全例死亡するが、L5 を前投与しておくと感染死の阻止が認められた。L5 よりも抗菌活性の高い同系のペプチド L3 にはこのような感染防御効果は見られなかった(Table 1)。また L5 の感染防御効果は、L5 投与後7時間を経過しなければ十分発現しなかったので、ペプチド投与後7時間後に腹腔内でどのような変化が起きているかを調べた。その結果、1.好中球の浸潤が起きること(Fig. 1)、2.生菌接種により調べた腹腔内の殺菌活性が上昇すること(Fig. 2)、3.腹腔内細胞の活性酸素産生能が上昇すること(Fig. 3)、が明らかになった。この結果から、L5 を投与すると好中球が腹腔内に遊走、浸潤し、そこで L5 により活性化されて活性酸素を産生するようになると考察される。

[L5 を介する細胞接着および凝集]

L5 投与により腹腔内に好中球の遊走、浸潤が起きることが示されたが、この過程で L5 と種々の細胞との相互作用が想定された。そこで、L5 と細胞との相互作用を、ヒト単球系の THP1、ヒト中皮細胞系の CRL9444 (以上培養細胞)およびヒト血小板を用いて検討した。その結果、L5 により凝集が増強する細胞 (THP1 および血小板) と接着が促進する細胞 (CRL9444) があることが分かった。このような「細胞の動き」は L3 によっては誘導されなかった (Fig. 4, 5, 6)。L5 による「細胞の動き」の誘導に、細胞表面の Clr が関与するかどうかを、血小板を用いて解析した。その結果、抗Clr 抗体により L5 により誘導される血小板凝集が明瞭に阻害されることが示された(Fig.7)。この結果より、腹腔に投与されたL5 はClr に結合して腹腔内の単球の接着や、腹腔をとりまく中皮細胞にある種の変化を引き起こし、それが引き金となって好中球の浸潤が起きるものと推測される。

[Clr から細胞内へ情報を伝える分子の検索と機能解析]

これまでの結果から、L5 が好中球の表面の Clrに結合すると、細胞内へシグナルが伝わり細胞が活性酸素を産生するようになることが分かっている (1)。おそらく単球、中皮細胞あるいは血小板にも Clr を介したシグナル伝達機構が存在するものと予測される。しかし、Clr には膜貫通ドメインがないことから、受容体として機能する際には膜貫通性のアダプター分子の存在が想定された。そこで、ヒト単球系培養細胞U937 を用いてそのような結合分子の同定を試みた。U937 細胞の膜分画をクロスリンカー処理後、抗Clr 抗体で免疫沈降し、共沈物をクロスリンカーがはずれる条件で電気泳動した。ついでゲルから共沈した蛋白のバンドを切り出し、トリプシン消化後得られたペプチドを質量分析した(LC/MS/MS)。得られた質量情報に基づき、データベースをサーチしてClr 結合蛋白の候補を得た。再現性をもって沈降し、免疫前抗体では沈降しない分子を候補とした (Table 2)。得られた8個の候補分子のうち、細胞膜貫通ドメインを持つものはEGFL ( = epidermal growth factor like) 2, Notch 2 の2 個であった。また細胞膜貫通ドメインは持たないが、β-integrin-like のEGF-like repeat をタンデムに10 個保持するITGBL ( = integrin β like) 1 も共沈することが分かった。これらの結果を受けて、まずintegrin についてClr の結合を確認した。方法は、integrin α5/β1 をBIACORE のチップ上に固定化し、リコンビナントClr をアナライトとして使用した。その結果、明瞭な結合が観察され、結合のKd 値は2.1 x 10-6 (M)であった。この値は細胞表面の接着分子同士の結合のKd 値と同程度である (Fig. 8)。もし、integrin β1 がClr のアダプター分子であった場合、integrin をブロックすると L5 からのシグナルもブロックされると考えられる。そこで、integrin β1 の抗体を用いて機能阻害実験を行った。その結果、抗 integrin β1 抗体がL5 による好中球活性酸素産生を阻害することが示された (Fig. 9)。この結果は、integrin がClrのアダプター分子である可能性を示唆している。 LC/MS/MS 分析の結果から、Clr はEGF-like domain と結合することが予想されたので、EGF-like domain と同じ構造を持つrecombinant human EGF とClr の結合を検討した。この場合にも結合が認められ、結合のKd 値は5.1 x 10-6 (M)と算定された。おそらく細胞表面のClr はEGF-like domain を持つアダプター分子を介して種々のリガンドからのシグナルを細胞内に伝える機能があり、integrin はそのような分子の一つだと考えられる。

[まとめ]

合成抗菌ペプチドL5 の腹腔内投与により、S. aureus の感染が防御されることが分かった。L5 には好中球の活性化だけでなく、好中球の腹腔内動員や細胞接着、細胞凝集を誘起する活性があり、このような活性発現に細胞表面のClr が重要な働きをしていることが示された。Clr には膜貫通ドメインがないので、アダプター分子を介して、シグナル伝達に働いているものと思われる。そのようなアダプター候補分子をClr とのクロスリンクの有無を指標に検索し、複数の候補分子を得た。

L5 腹腔内投与によるマウス感染死回避

好中球浸潤

腹腔中抗菌活性の上昇

活性酸素産生能

L5 によるTHP1 細胞凝集

L5 によるCRL9444 細胞接着

L5 による血小板凝集

CLR による凝集阻害

免疫沈降、質量分析によるClr 結合蛋白候補の同定

Integrin α5/β1 とClr の結合解析

L5 による好中球からの活性酸素産生:抗integrin β1 抗体による阻害

Cho JH, Homma KJ, Kanegasaki S, Natori S, Eur J Biochem.,1999, 266, 878-885Okuyama Y, Cho JH, Nakajima Y, Homma KJ, Sekimizu K, Natori S, J. Biochem, 2003, 135(2), in press奥山由紀子,名取俊二, 血液免疫腫瘍, 2002,7, 335-338
審査要旨 要旨を表示する

この研究は、センチニクバエの抗菌蛋白ザーペシンBの活性中心を形成する、アミノ酸11残基よりなるペプチドをもとにデザインされたペプチドKLKLLLLLKLK-NH2 (L5) の、ホスト免疫能活性化機序について検討を加えたものである。さらに、L5の受容体と考えられている細胞表面のCalreticulinについて、その情報伝達機構を結合分子の検索から検討したものである。

L5には、マウス感染死を回避する活性があることが分かっており、またin vitroでL5が好中球から活性酸素を産生させることが明らかだった。また、L5の抗菌性はin vitroよりもin vivoで強く現れることから、L5はマウス体内において宿主免疫系を活性化することにより抗感染症活性をあらわしているという仮説がたてられていた。今回、この仮説を検証するために、宿主免疫の活性化を検討するのに適している腹腔内感染系を用いて解析を行った。その結果、L5によって腹腔内に好中球が浸潤し、腹腔細胞の活性酸素産生、腹腔内の抗菌性が上昇していることが明らかになった。そして、L5の宿主体内での抗菌活性は、投与後7時間を経過しないと発現しなかった。L5が、菌に対して直接の抗菌性をもつのであれば、投与直後に抗菌性が一番高いはずである。よって、L5の抗感染症作用は、その直接の抗菌性に依存するというよりも、宿主免疫系の活性化によるものであると示された。

また、L5がまず腹腔内においてどのように機能するのかについて検討するために、腹腔内に常在する単球や中皮細胞への作用を検討した。これらの培養細胞(単球はTHP1, 中皮細胞はCRL9444)に対してL5を加えた場合、浮遊細胞であるTHP1は凝集、接着細胞であるCRL9444は接着が亢進するという結果が得られた。この結果から、L5は腹腔内細胞についてその接着性を変化させ、細胞表面の機能変化をひきおこしている可能性を示した。

次に、この凝集、接着について、L5の受容体と考えられているCalreticulinが機能するかどうか検討した。凝集の定量的解析が可能な血小板凝集系を用いて解析を行い、L5が血小板も凝集させること、また、この凝集が抗Calreticulin抗体によって阻害されることを示した。

L5は好中球においては、Calreticulinを受容体としていると考えられていた。しかし、Calreticulinには細胞膜貫通領域が存在しないことから、この分子がどのように細胞内へ情報を伝達しているかは明らかではなかった。そこで、Calreticulinは他の細胞膜貫通性分子と相互作用することにより細胞内へ情報を伝達しているのではないかと考えられ、そのような相互作用分子を、免疫沈降とLC/MS/MSを用いて検索した。そして、その結果に基づきbeta Integrin鎖について検討を加えた。IntegrinとCalreticulinがin vitroで結合することと、また、Calreticulinを介するとされている、L5による好中球からの活性酸素産生を、beta-1 Integrin抗体が阻害することを示した。これらの解析によりCalreticulinのアダプター分子がbeta Integrinである可能性をはじめて示した。

以上のように、この研究はL5というペプチドが宿主免疫を活性化している点を明らかにし、また、L5受容体と考えられているCalreticulinについて、そのアダプター分子としてIntegrinを提示したという点で、独創性の高い研究であり、博士 (薬学) に値するものと判断される。

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