学位論文要旨



No 119411
著者(漢字) 加藤,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ケンタロウ
標題(和) N-アセチルガラクトサミン転移酵素(pp-GalNAc-T)によるムチンのO-グリコシレーション制御とその意義について
標題(洋)
報告番号 119411
報告番号 甲19411
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1072号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 高崎,誠一
内容要旨 要旨を表示する

[序]

ムチンは O-結合型糖鎖を多数含む糖蛋白質であり、糖鎖の付加した多数のセリン (Ser) 又はスレオニン (Thr) を含み、さらにこのアミノ酸配列が繰り返すという特異な構造を有する。分泌型ムチンの 1 つである MUC2 では PTTTPITTTTTVTPTPTPTGTQT という配列が 51-115 回繰り返している。これらの Thr 残基のうち約 80% に糖が付加しているという報告があるが、どの Thr に糖付加が起きているかは不明である。従来、ムチンにおいては Thr (又は Ser) が存在すれば高頻度でランダムに糖付加が起こると考えられていた。

連続する Thr 又は Ser を含む配列は MUC2 以外のムチンやムチン様細胞表面レセプターの先端部にも存在し、糖鎖の配置やその糖鎖構造から生じる多様なモチーフには生物学的意味があると考えられる。この糖付加反応に関わる N-アセチルガラクトサミン (GalNAc) 転移酵素 (pp-GalNAc-T) は現在までにヒトでは 14 種類が遺伝子としてクローニングされ、それぞれの酵素でアミノ酸配列に対する基質特異性が存在することや発現臓器に違いがあることが明らかにされてきている。MUC2 のような連続する Thr や交互に Thr を含む配列に対しては、どの Thr にどのような順序でいくつの GalNAc が付加するかは不明であった。また、pp-GalNAc-T の発現パターンの異なる細胞で蛋白質上の GalNAc 付加位置および付加数が異なるかも明らかではなかった。

そこで私は MUC2 ムチンのタンデムリピート部配列のうち連続する Thr を含む PTTTPITTTTK ペプチドをアクセプター基質としたときに得られた産物を分析し GalNAc の取り込みにどのような規則性が存在するか、細胞における異なる pp-GalNAc-T の発現が GalNAc 付加にどのような影響が与えるか、また GalNAc 付加位置が異なることでどのような生物学的意義がありうるか明らかにすることを目的とし、本研究を行った。

[方法と結果]

pp-GalNAc-T の混合物であるヒト大腸癌 LS174T 細胞ミクロソーム画分による PTTTPITTTTK ペプチドに対する GalNAc 付加制御

ヒト大腸癌 LS174T 細胞は蛋白質レベルで pp-GalNAc-T1、T2、T3、および T4 、mRNA レベルで pp-GalNAc-T1、T2、T3、T4、T6、T7、T8、および T9 の発現が確認された細胞である。この細胞のミクロソーム画分を調製し、PTTTPITTTTK ペプチド、UDP-GalNAc とともに一定時間反応させた。逆相 HPLC により GalNAc が付加したペプチドを分離・精製した後、MALDI-TOF MS と peptide sequencer を用いて GalNAc 付加数と付加位置を同定した。考えられうる 128 通りのバリエーションのうち 11 通りの GalNAc 付加ペプチドしか得られず、しかもそれらがすべて 2 通りの経路上に存在することが示唆された。そこで GalNAc が 1 個付加したペプチド、PT*TTPITTTTK および PTTT*PITTTTK(* は GalNAc を意味する) をアクセプター基質として LS174T 細胞ミクロソーム画分と反応したところ、各々の GalNAc 付加ペプチドからそれぞれ 1 通りの経路で GalNAc 付加産物が生成し、GalNAc 付加経路が厳密に決まっていることがわかった。

組換え型 pp-GalNAc-T1、T2、T3、T4 およびそれらの混合物による PTTTPITTTTK ペプチドへの GalNAc 付加制御

少なくとも 4 種類の pp-GalNAc-T が含まれる LS174T 細胞ミクロソーム画分を酵素源とした実験で 2 通りの経路で GalNAc 付加が起こったことから、これらがどの pp-GalNAc-T の特異性に基づくのか明らかにしようと考えた。LS174T 細胞で蛋白質レベルの発現が確認された pp-GalNAc-T1、T2、T3、あるいは T4 を単独で PTTTPITTTTK ペプチドと反応させた場合では pp-GalNAc-T2、T3、及び T4 では 1 通り、pp-GalNAc-T1 では 2 通りの経路で糖付加産物が合成された。しかし、いずれの経路も LS174T 細胞ミクロソーム画分を酵素源とした場合とは異なった。この結果より、ミクロソーム画分を酵素源とした場合には数種類の pp-GalNAc-T が協調して PTTTPITTTTK ペプチドに GalNAc を付加すると考えられた。これら 4 種類の pp-GalNAc-T のうち 2 種類、3 種類、および 4 種類を混在させた場合にどのように GalNAc 付加が起こるかすべての組み合わせについて検討した。PTTTPITTTTK ペプチド上の Thr 残基すべてに GalNAc が付加されたのは pp-GalNAc-T4 が含まれる場合であった。また、pp-GalNAc-T1 および T2 がともに含まれる組み合わせでは最大で 5 個までしか GalNAc が付加されなかった。さらに 4 種類の pp-GalNAc-T を含む場合も 5 個までしか GalNAc が付加されなかった。従って、どの pp-GalNAc-T が含まれているかにより GalNAc 付加位置と最大数が決まるという可能性が示された。

pp-GalNAc-T の発現を異にする細胞株における O-グリコシレーションの制御

酵素源に含まれる pp-GalNAc-T の種類により、GalNAc 最大付加数が異なることが明らかとなったので、実際に pp-GalNAc-T の発現パターンの異なる細胞株において GalNAc 付加位置および付加数が異なるか検証した。GalNAc-Thr/Ser を認識する VVA-B4 レクチンによる染色性の異なるマウス大腸癌 colon 38 細胞およびそのバリアントである SL4 細胞における pp-GalNAc-T の発現量を competitive RT-PCR 法により確認した。その結果、マウス pp-GalNAc-T1、T2、T7は SL4 細胞で発現がより高く、pp-GalNAc-T3 は colon 38 細胞で発現がより高かった。pp-GalNAc-T4 は両細胞で発現量に差がなく、pp-GalNAc-T6 は両細胞とも発現量が検出限界以下であった。 pp-GalNAc-T の発現パターンの異なる両細胞のミクロソーム画分を酵素源にしてPTTTPITTTTK ペプチドと反応させた結果、colon 38 細胞ミクロソーム画分を用いた場合は最大で 6 個の GalNAc が付加されたペプチドが得られたのに対し、SL4 細胞ミクロソーム画分を用いた場合は最大で 4 個までしか GalNAc が付加されなかった。12時間反応後に得られた GalNAc 付加ペプチドの GalNAc 付加数は colon 38 細胞ミクロソーム画分を用いた場合は 1、3、4、5、及び 6個であったのに対し、SL4 細胞ミクロソーム画分を用いた場合は 1、2、及び 4 個であった。これらの結果より、細胞において pp-GalNAc-T の発現が異なった場合に、同一ペプチド上の GalNAc 付加パターンが異なることが示唆された。

異なる組み合わせの pp-GalNAc-T によって生成されたムチン糖ペプチドとレクチンの相互作用

それでは、細胞表面上のムチンの GalNAc 付加パターンが異なることにどのような生物学的意義があるのであろうか。この問題に対して私は糖鎖認識分子による認識が異なるのではないかと考え、 GalNAc-Thr/Ser を認識するレクチン (VVA-B4)と 1〜6 個の GalNAc が様々なパターンで PTTTPITTTTK ペプチドに付加した 17 種類のペプチドの親和性を表面プラズモン共鳴法により測定した。その結果、PTT*T*PITT*T*TK ペプチドが最も親和性が高いことが明らかとなった。また、結合速度定数 (ka) は GalNAc 付加位置が離れている方が大きく、解離速度定数 (kd) は GalNAcがクラスターを形成している方が小さくなる傾向があることが明らかとなった。これらの結果より、GalNAc 付加数ではなく GalNAc 付加位置により糖鎖認識分子との親和性が決まることが明らかとなった (Figure 1)。

[まとめと考察]

ムチンコアペプチドへの GalNAc 付加は pp-GalNAc-T が混在した状態であっても厳密に制御されており、しかも最初にどの Thr に GalNAc が付加するかにより、その後の GalNAc 付加経路が決まっていることを明らかにした。また、pp-GalNAc-T の発現パターンを異にする細胞あるいは臓器において、同一のムチンコアペプチドを発現していても GalNAc 付加位置および GalNAc 付加数が異なり、糖鎖認識分子との親和性が異なることが示唆された。親和性の違いは糖鎖認識分子の認識部位の立体構造および認識部位間の距離に起因しているものと考えられる。これらの結果は生体内で GalNAc 付加パターンの異なる蛋白質が異なる機能を有している可能性を示している。ヒトに感染し、出血性大腸炎を引き起こす赤痢菌アメーバが Gal/GalNAc を認識するレクチンを有していることが知られているが、感染が成立する、あるいは宿主が防御に成功するまでの過程にムチンの GalNAc 付加パターンの変化が重要な役割を担う可能性が高い。

VVA-B4 と 17 種類の GalNAc 付加ペプチドの親和性測定結果。

結合速度定数 (ka) は GalNAc 付加位置が離れている方が大きく、解離速度定数 (kd) は GalNAc がクラスターを形成している方が小さくなる傾向があることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

「N-アセチルガラクトサミン転移酵素(pp-GalNAc-T)によるムチンのO-グリコシレーション制御とその意義について」と題する本論文では、ペプチド中のスレオニン(Thr)残基へのN-アセチルガラクトサミンの酵素的な転移反応における特異性が明らかにされ、その生物学的な意義が述べられている。本研究の背景には、ほとんどすべての蛋白質にはセリン(Ser)残基とThr 残基が含まれており、これらには糖鎖が付加しているものも付加していないものもあり、その制御機構は全く不明であったという事実がある。膜蛋白質の細胞外ドメインや分泌蛋白質の場合、付加している糖はN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)であることが多いが、全てのThr/Ser に糖鎖が付加しているわけではない。他の分子との相互作用にとって重要な水酸基を含むThr/Ser には糖鎖は付加しない。従って、ここには精緻な制御機構が働いている可能性が高かった。学位申請者は、多数のThr を含み、そこに多数の糖鎖が付加していることが知られている分子であるムチン2(MUC2)に特徴的なペプチド配列を対象に、そのO-グリコシレーションの制御機構を解明した。ムチンとは主として上皮細胞が産生してその管腔側に分泌または表出するO-結合型糖鎖を多数含む糖蛋白質である。多数のSer 又はThr を含み、さらにこのアミノ酸配列が繰り返すという特異な構造を有し、これらのSer 及びThr 残基は高頻度にO-結合型糖鎖の付加を受けている。分泌型ムチンの1 つであるMUC2はPTTTPITTTTTVTPTPTPTGTQT またはこれに類似の構造が51-115回繰り返す部分を含むが、どのThr に糖鎖が付加しているかは不明であった。ペプチドへのGalNAc の付加反応に関わるN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)転移酵素(pp-GalNAc-T)は現在までにヒトでは14種類が遺伝子としてクローニングされ、それぞれの酵素でアミノ酸配列に対する基質特異性が存在することや発現臓器に違いがあることが明らかにされてきている。しかし、MUC2 のような連続するThrや交互にThrを含む配列に対しては、どのThr にどのような順序で最大いくつまでGalNAcが付加するかは不明であった。また、pp-GalNAc-T の発現パターンの異なる細胞で蛋白質上のGalNAc付加位置および付加数が異なるかも明らかではなかった。

本研究はMUC2ムチンのタンデムリピート部配列のうち連続するThr を含むペプチドであるPTTTPITTTTK をアクセプター基質としたときに得られた産物の構造を決定し、GalNAc の取り込みにどのような規則性が存在するか、異なるpp-GalNAc-T を発現する細胞におけるGalNAc付加の違い、またGalNAc付加位置が異なることが糖鎖認識分子との相互作用にどの様に影響するのかを明らかにすることを目的として行われた。

第一章は、pp-GalNAc-Tの混合物であるヒト大腸癌LS174T細胞ミクロソーム画分によるPTTTPITTTTKペプチドに対するGalNAc付加制御を明らかにした結果である。この細胞のミクロソーム画分を調製し、PTTTPITTTTKペプチド、UDP-GalNAcとともに一定時間反応させ、逆相HPLCによりGalNAcが付加したペプチドを分離・精製した後MALDI-TOFMSとpeptide sequencerを用いてGalNAc付加数と付加位置を同定した。考えられうる128通りのバリエーションのうち11通りのGalNAc付加ペプチドしか得られず、しかもそれらがすべて2通りの経路上に存在することが示唆された。そこでGalNAcが1個付加したペプチド、PT*TTPITTTTKおよびPTTT*PITTTTK(*はGalNAcを意味する)をアクセプター基質としてLS174T細胞ミクロソーム画分と反応したところ、各々のGalNAc 付加ペプチドからそれぞれ1通りの経路でGalNAc 付加産物が生成し、GalNAc 付加経路が厳密に決まっていることが判明した。

少なくとも4種類のpp-GalNAc-T が含まれるLS174T 細胞ミクロソーム画分を酵素源とした実験で2通りの経路でGalNAc 付加が起こったことから、これらがどのpp-GalNAc-T の特異性に基づくのか明らかにすべく、第二章の研究が行われた。ここでは、組換え型pp-GalNAc-T1、T2、T3、T4およびそれらの混合物によるPTTTPITTTTK ペプチドへのGalNAc 付加制御が解析された。pp-GalNAc-T1、T2、T3、あるいはT4 単独ではpp-GalNAc-T2、T3、及びT4では1通り、pp-GalNAc-T1では2通りの経路で糖付加産物が合成され、いずれの経路もLS174T細胞ミクロソーム画分を酵素源とした場合とは異なった。LS174T 細胞ミクロソーム画分を酵素源とした場合には数種類のpp-GalNAc-T が協調してPTTTPITTTTK ペプチドにGalNAcを付加すると考えられた。そこで、これら4 種類のpp-GalNAc-T のうち2 種類、3種類、および4 種類を混在させた場合にどのようにGalNAc 付加が起こるかすべての組み合わせについて検討した。PTTTPITTTTK ペプチド上のすべてのThr残基にGalNAc が付加されたのはpp-GalNAc-T4 が含まれる場合であった。また、pp-GalNAc-T1 およびT2 がともに含まれる組み合わせでは、GalNAc 付加の最大数は5 個であった。従って、特定のpp-GalNAc-TがこのペプチドへのGalNAc 付加の、位置、順序及び最大数を決定する可能性が示された。

pp-GalNAc-Tの種類によってGalNAc最大付加数が異なることが明らかとなったので、第三章では実際にpp-GalNAc-T の発現パターンの異なる細胞株においてGalNAc付加位置および付加数が異なるか検証した。GalNAc-Thr/Serを認識するVVA-B4レクチンによる染色性の異なるマウス大腸癌colon38 細胞およびそのバリアントであるSL4 細胞におけるpp-GalNAc-T の発現量をcompetitive RT-PCR 法により確認した。その結果、マウスpp-GalNAc-T1、T2、T7 はSL4 細胞で発現がより高く、pp-GalNAc-T3 はcolon38 細胞で発現がより高かった。pp-GalNAc-T4 は両細胞で発現量に差がなかった。pp-GalNAc-T の発現パターンの異なる両細胞のミクロソーム画分を酵素源にしてPTTTPITTTTK ペプチドと反応させた結果、colon38細胞ミクロソーム画分を用いた場合は最大で6 個のGalNAc が付加されたペプチドが得られたのに対し、SL4 細胞ミクロソーム画分を用いた場合は最大で4 個まで付加された。これらの結果より、細胞においてpp-GalNAc-T の発現が異なった場合に、ムチン上のGalNAc 付加パターンが異なることが示唆された。

異なる組み合わせのpp-GalNAc-T によってムチン上に異なるGalNAc 付加パターンが生成されることが分かったので、これらに対する糖鎖認識分子による認識が異なるのではないかと考え、実際にそれを検証した結果が第四章である。具体的にはGalNAc-Thr/Ser を含む構造を認識するレクチン(VVA-B4)と1〜6 個のGalNAc が様々なパターンでPTTTPITTTTK ペプチドに付加した17種類のペプチドの親和性を表面プラズモン共鳴法により測定した。その結果、PTT*T*PITT*T*TK ペプチドが最も親和性が高いことが明らかとなった。また、結合速度定数はGalNAc付加位置が離れている方が大きく、解離速度定数はGalNAc がクラスターを形成している方が小さくなる傾向があることが明らかとなった。これらの結果より、GalNAc付加数ではなくGalNAc付加位置により糖鎖認識分子との親和性が決まることが明らかとなった。

以上の結果から、ムチンコアペプチドへのGalNAc 付加は複数のpp-GalNAc-T が混在した状態であっても厳密に制御されており、最初にどのThr にGalNAc が付加するかにより、その後のGalNAc 付加経路が決まっていることが明らかにされた。また、異なるpp-GalNAc-T が発現する細胞において、ムチンへのGalNAc 付加位置およびGalNAc 付加数が異なること、これによって糖鎖認識分子との親和性が異なることが明らかにされた。ムチンにおけるO-グリコシレーションの制御とその生物学的な意義を解明するという意味で極めて重要な成果であり、本研究は学位論文として十分な内容を含むと判断した。また、本研究を行なった加藤健太郎は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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