学位論文要旨



No 119414
著者(漢字) 柴田,識人
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ノリヒト
標題(和) 新規コレステロール生合成促進蛋白質SPFの生理機能の解析
標題(洋)
報告番号 119414
報告番号 甲19414
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1075号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

序論

コレステロールは、細胞膜の主要な成分であり、生命の維持に必要不可欠である。哺乳類では、肝臓と小腸において全身で必要なコレステロールの大半が生合成され、全身に供給されることから、肝臓や小腸におけるコレステロール生合成の調節機構を明らかにすることが大きな課題となる。コレステロール生合成経路は20段階以上の多段階からなるが、この生合成過程の中で、スクアレンエポキシダーゼが触媒するスクアレンからスクアレン-2,3-オキサイドへの変換反応にはSPF(Supernatant Protein Factor)という特異的な促進因子が存在することが1950年代に報告され、コレステロール生合成の調節機構として重要であると考えられていた(Fig.1)。私は修士課程において、SPFの精製・クローニングに世界で初めて成功した。SPFは構造上、Sec14ドメインと呼ばれる脂質認識ドメインを持ち細胞内脂質輸送蛋白質ファミリーに属することが分かっているが、それ以外にJelly-rollドメインと呼ばれる機能未知のドメインを持っているという特徴を持つ。SPFは肝臓や小腸に多く発現しており、肝細胞にSPFを発現させるとコレステロール生合成が促進されることが分かり、SPFがこれまでにない臓器特異的なコレステロール生合成促進蛋白質であることを示した。本研究では、まず個体レベルでSPFがどのような発現制御を受けるか検討し、更にSPF過剰発現マウスやSPF欠損マウスを確立してその生理機能を解析した。その結果、SPFが飢餓時におけるコレステロール供給の維持に寄与することを見い出した。またSPFのドメイン構造について解析したところ、SPFはSec14ドメインとJelly-rollドメインでそれぞれ異なる機能でコレステロール生合成を促進することが示唆された。

SPF過剰発現マウスの作製

まずSPFがマウス個体レベルにおいてもコレステロール生合成の促進因子として機能しているのか、SPFリコンビナントアデノウィルスを作製し、これをマウスに感染させることで、SPF肝臓過剰発現マウスを作製してこの点を検討した。その結果コントロールと比較してSPF肝臓過剰発現マウスでは血中コレステロールレベルが有為に増加することが分かった(Fig.2)。またこのとき肝臓におけるコレステロール生合成系酵素の転写発現していることが分かった。以上の結果からSPFが個体レベルにおいてもコレステロール生合成の促進因子として機能しうることが示唆された。

SPF欠損マウスの作製

SPFの生理機能を解明するためSPF欠損マウスを作製した。得られたホモ欠損マウスは正常に発達し、外見上際立った表現型は見られなかった。また予想に反し、このマウスの血中コレステロール値は、野生型マウスとほぼ同程度の正常値であった(Fig.3)。そこで、肝臓におけるコレステロール生合成系の酵素の発現量を調べたところ、HMG-CoA合成酵素、及びスクアレンエポキシダーゼといったコレステロール生合成の律速酵素のmRNA発現が野生型マウスと比べて有意に増加していることを見い出した(Fig.4-A)。更に、HMG-CoA還元酵素に関しては、mRNA発現は殆ど野生型マウスと変わらないが、蛋白質発現がSPF欠損マウスで有意に増加していることが分かった(Fig.4-B)。従って、SPF欠損マウスではコレステロール生合成酵素の発現が増加することによりコレステロールレベルが野生型マウスと同じレベルに維持されているものと考えられた。

核内受容体PPARαによるSPFの発現誘導

次にSPFがどのような発現制御を受けるか検討した。一般にコレステロール生合成酵素は、コレステロールにより、転写因子SREBP(Sterol Regulatory Element Binding Protein)を介して発現制御されている。そこでSPFもSREBPによる発現制御を受けるか検討した。しかし野生型マウスにコレステロール過剰食、或いは欠乏食を与えても、SPFのmRNA及び蛋白質の発現量は殆ど変化しなかった。従ってSPFはコレステロールレベルに応じた発現制御を受けないと考えられた。

そこで脂質代謝を変化させる様々な薬剤をマウスに投与し、肝臓でのSPFの発現を検討した。すると検討した薬剤の中で唯一、核内受容体PPARαのアゴニストとして知られているフィブラート系薬剤を与えたところ、肝臓におけるSPFのmRNA及び蛋白質の発現量が有意に増加することが分かった(Fig.5)。またPPARα欠損マウスにフィブラートを与えても、肝臓でのSPFの発現は増加しなかった。従ってSPFはPPARαを介した発現制御を受けることが分かった。

絶食状態におけるSPFの役割

フィブラートは核内受容体PPARαの合成アゴニストだが、生理的なアゴニストは不飽和脂肪酸であると考えられている。生体は絶食状態におかれると、肝臓において不飽和脂肪酸が上昇し、PPARαを活性化することで、全身へのエネルギー供給を維持して飢餓状態に対応することが知られている。そこで飢餓状態がSPFの発現に影響を与えるか検討した。その結果、野生型マウスを24時間絶食させると、肝臓においてSPFのmRNA及び蛋白質の発現が有意に増加することが分かった(Fig.6)。

そこでSPF欠損マウスにおいて絶食状態による血中脂質への影響を検討した。野生型マウスを24時間絶食させると、血中トリグリセリドは有意に低下したが、コレステロールは殆ど変化しなかった。一方SPF欠損マウスを24時間絶食させると、血中トリグリセリドが低下する点については野生型マウスと同じであったが、興味深いことに野生型マウスでは低下しなかった血中コレステロールがSPF欠損マウスでは有意に低下することが分かった(Fig.7)。

以上の結果からSPFは飢餓状態においてもコレステロール生合成能を保ち、血中コレステロールレベルを維持する機能を有することが示唆された。これまで生体は絶食状態において、コレステロール生合成酵素のmRNA発現が低下することが報告されているが、にもかかわらずなぜ血中のコレステロールレベルが維持されるのか、その点が解明されてこなかった。SPF欠損マウスを用いた本研究の成果は、この問題点に対し、絶食状態におけるこうしたコレステロール生合成能の低下に対応して、SREBPによる制御を受けず、PPARαにより制御されるSPFの発現を増加させることでコレステロールレベルを維持しようとする、一種の補償機構が存在する可能性を私は初めて示した。すなわち、SPFが生体におけるコレステロール恒常性を維持するための飢餓応答遺伝子として機能するのではないかと考えられる。

SPFのドメイン解析

SPFが持つC末端側のJelly-rollドメインの機能を解析するため、この領域の欠損変異体すなわち脂質結合領域(Sec14ドメイン)のみを持つ変異体SPF-△Cを作製し、全長SPFとの機能の違いを検討した。その結果、スクアレンの輸送活性やスクアレンエポキシ化反応の促進活性についてはSPF-△Cも全長SPFと同程度の活性を持っていた。一方、全長SPFにはステロール応答領域SREを介した転写を促進することをレポータージーンアッセイよりこれまでに示していたが、SPF-△CにはこのSREを介した転写を促進できないことが分かった(Fig.8)。従ってSPFはSec14ドメインによるスクアレン輸送を介したスクアレンエポキシ化反応の促進と、Jelly-rollドメインによるコレステロール生合成酵素の転写促進という二つの機能を非常にユニークなコレステロール生合成促進因子であることが示唆された。

考察

本研究よりSPFがコレステロール恒常性を維持するための飢餓応答遺伝子として機能する可能性が示された。これは従来考えられてこなかった絶食状態におけるコレステロール生合成の調節機構の存在を世界で最初に示唆したものである。またこのときSPFは核内受容体PPARαにより発現調節されたが、PPARαは主に脂肪酸代謝の調節因子と考えられており、このことはPPARαがコレステロール生合成をも調節しうること、換言すれば脂肪酸代謝とコレステロール代謝にSPFを介したクロストークが存在することを意味し、生体の栄養代謝という面からも興味深い。さらにSPFのドメイン解析の結果、SPFがSec14ドメインとJelly-rollドメインでそれぞれ独立のメカニズムでコレステロール生合成を調節する非常にユニークな因子である可能性が示された。従ってSPFがどのような分子機構で飢餓状態におけるコレステロール生合成能を維持しているか、そこにSPFの二つのドメインがどのような役割を果たすのか解明することが今後の課題である。

スクアレンのエポキシ化反応を促進する蛋白質SPF

SPF過剰発現マウスの血中脂質値

SPF欠損マウスの血中コレステロール値

SPF欠損マウスにおけるコレステロール生合成酵素の発現レベル

核内受容体PPARαの活性化によるSPFの発現誘導

飢餓状態におけるSPFの発現誘導

飢餓状態におけるSPF欠損マウスの血中脂質値の変動

SPF C末端ドメインの機能解析

審査要旨 要旨を表示する

SPF(Supernatant Protein Factor)は、コレステロール生合成過程の中でスクアレンエポキシダーゼが触媒するスクアレンからスクアレン-2,3-オキサイドへの変換反応を促進する可溶性蛋白質として1957年にその存在が報告され、コレステロール生合成の調節機構として重要であると考えられていたが、長い間分子の同定には至らずその分子構造・生理機能は不明であった。柴田 識人は修士課程において、SPFの精製・クローニングに世界で初めて成功し、SPFがSec14ドメインと呼ばれる脂質結合に関わるドメインとJelly-rollドメインと呼ばれる機能未知のドメインからなること、SPFが肝臓や小腸に多く発現していること、肝臓由来培養細胞にSPFを発現させるとコレステロール生合成が促進されることを見い出している。博士課程では更に各ドメインの機能及びSPFの生理機能について、以下の検討を行った。

まずSPFの各ドメインの欠損変異体を作製し、Sec14ドメインがスクアレンを認識/輸送することでスクアレンエポキシ化反応を促進する一方で、Jelly-rollドメインではコレステロール生合成酵素の転写を促進するという2つのメカニズムでコレステロール生合成を促進するユニークな因子であることを示した。

次にアデノウィルスによる肝臓特異的なSPF過剰発現マウスを作製し、SPFが個体レベルでもコレステロール生合成の促進因子として働くことを見い出した。更にSPFの発現制御機構について解析し、SPFが核内受容体PPARαによる発現制御を受けることを見い出した。またSPF欠損マウスを作製したところ、通常状態ではコレステロール生合成系酵素の発現上昇といった代償機構が働きコレステロール代謝に際立った表現型が見られなかったものの、合成アゴニスト投与や絶食状態などPPARαの活性化させることでSPF欠損マウスのコレステロール生合成が著しく低下することを明らかにした。以上の結果からSPFが絶食時におけるコレステロール恒常性を維持する飢餓応答遺伝子であることを示した。従来PPARαは主に脂肪酸代謝の調節因子と考えられ、絶食状態はコレステロール生合成に関与しないと考えられていたことから、本研究の成果は脂肪酸代謝とコレステロール代謝のクロストークを介したコレステロール生合成の全く新しい調節機構を示めすとともに、個体レベルの栄養代謝に新しい概念を提唱するもので、博士(薬学)の学位に十分値すると判定した。

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