学位論文要旨



No 119415
著者(漢字) 末永,直子
著者(英字)
著者(カナ) スエナガ,ナオコ
標題(和) CD44を介した細胞機能制御における膜型マトリックスメタロプロテアーゼ・ヘモペキシン様ドメインの関与
標題(洋)
報告番号 119415
報告番号 甲19415
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1076号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
内容要旨 要旨を表示する

癌細胞による細胞外基質(ECM)の分解は癌細胞の組織中での移動を可能にし,浸潤・転移を促進する.マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)はECM 分解に関与するメタロプロテアーゼファミリーの総称であり,その構造から13 種類の可溶型MMPsと6 種類の膜型MMPs(MT-MMPs)に分類される.中でもMT1-MMP は多くの癌種で発現が亢進し,その発現が浸潤・転移能とよく相関することから,癌の進展に重要な分子と考えられている.MT1-MMP はECM 分子を直接分解するだけでなく,基底膜の主成分であるIV型コラーゲンの分解酵素であるMMP-2 を活性化することから,MMPs活性化カスケードの上位分子として広範なECM 分解を誘起すると考えられている.MT1-MMP はシグナルペプチド,プロペプチド,触媒( CAT)ドメイン,ヒンジ,ヘモペキシン様(HPX)ドメイン,膜貫通・細胞質ドメインから構成され,中でもHPXドメインはMMP ファミリーに特徴的な構造であることから,酵素機能制御に重要なドメインであると考えられている.近年,MMPs はECM 分子にとどまらず細胞膜タンパク質の切断に関わることも明らかとなっている.例えば,細胞接着分子CD44 が挙げられる.CD44 もまた高転移性の悪性癌組織での発現が高く,癌患者の血清から検出されるCD44 切断断片が,病態の悪性度とよく相関することが知られている.MT1-MMPは,CD44 の切断を介して癌細胞の運動を亢進させることから,唯一機能的に同定されているCD44 切断酵素である.また,MT1-MMP は細胞運動に際して運動先進部に局在し,この分子集積がHPX ドメインとCD44 との結合に依存することも知られている.

本研究では,MT1-MMP のHPX ドメインがCD44 を介した細胞機能制御においてどのような役割を有するか検討すると共に,さらにMT1-MMP と相同なドメイン構造を有する他のMT-MMPs とCD44 との関係について明らかにすることを試みた.またHPXドメインの強制発現がMT1-MMP とCD44 との結合,CD44 切断を競合阻害することにより,HPX ドメインがCD44 を介した細胞機能を制御する可能性についても言及する.

方法および結果

HPX ドメインはMT1-MMP のCD44 への結合,切断に重要なドメインである.

CD44 と結合能を有するドメインを検討するため, 恒常的にCD44 を発現するヒト線維肉腫HT1080 細胞にFLAG エピトープを付加したMT1-MMP(MT1-F),CAT ドメインを欠失した変異体(MT1HPX-F),HPX ドメインを欠失した変異体(MT1CAT-F)を遺伝子導入した. 抗FLAG 抗体による免疫沈降において,MT1-F,MT1HPX-F はCD44を共沈したが,MT1CAT-F は共沈しなかった.次にMT1-MMP のCD44 切断におけるHPX ドメインの必要性を検討した.MT1-MMP,CD44 共に発現の認められないヒト乳癌ZR-75-1 細胞に,MT1-F ならびに欠損変異体をCD44 と共に遺伝子導入し,培養上清に切り出されるCD44 の検出を行った.CD44 を単独で発現すると70 kDa 断片のみを検出し,MT1-F と共発現するとMT1-MMP 依存的に50 kDa,37 kDa 断片を検出した.一方,欠損変異体とCD44 との共発現ではMT1-MMP 非依存的な70 kDa 断片のみを検出した.これらの結果より,HPX ドメインを介した結合がその酵素活性・機能の発現に必要であると推測された.

CD44 との相互作用はMT-MMPs に広く保存された機構である.

現在までにMT-MMPs は6 種類が同定されているが,HPX ドメインのアミノ酸配列はMT-MMPs 分子間でよく保存されていることから,MT1-MMP 以外のMT-MMPs もCD44 と相互作用する可能性が考えられる.一方,CD44 切断能はMT1-MMP,MT2-MMP,MT3-MMP,MT5-MMP に認められたが,MT4-MMP,MT6-MMP には認められなかった.またMT1-MMP の基質特異性はCAT ドメインの切断活性とHPX ドメインの基質認識性の協調した結果であったことから,MT-MMPs のCD44 を介した機能制御の解明は,CAT ドメイン,HPX ドメインに分けて詳細に解析する必要性が考えられた.

そこで各MT-MMPs のCAT ドメインのCD44 切断活性,HPX ドメインのCD44 への結合能をそれぞれ独立に解析するために, MT1-MMPのCATドメインを他のMT-MMPsのCAT ドインと置換したキメラ変異体,およびMT1-MMP のHPX ドメインを他のMT-MMPs のHPX ドメインに置換したキメラ変異体を作製した.

HPX 置換キメラ変異体のCD44 への結合能をHT1080 細胞にて評価したところ,細胞表面での発現が認められたすべてのHPX 置換キメラ変異体がCD44 を共沈した.これら分子は細胞表面ではCD44 と共局在し,運動先進部に濃縮した.またHPX 置換キメラ変異体は,CD44 切断活性を持つMT1-MMP 由来のCAT ドメインを有することから、各MT-MMPs のHPX ドメインのCD44 結合能に依存してCD44 を切断することが期待される.そこでHPX キメラ変異体のCD44 切断能をZR-75-1 細胞にて検討した.免疫沈降法でCD44 を共沈したすべての変異体とCD44 との共発現により,MT-MMPs非依存的な70 kDa 断片が消失し,MT1-MMP による切断時と同様に50 kDa,37 kDa断片を検出した.一方,CAT 置換キメラ変異体はMT1-MMP 由来のHPX ドメインを有することから,CD44 への結合によりCAT ドメインの活性発現の支持が保証された状態で各MT-MMPs のCAT ドメインのCD44 切断活性を評価できる.CD44 との結合を確認した上でCAT 置換キメラ変異体のCD44 切断能を検討したところ,MT1-MMP,MT3-MMP のCAT ドメインを有するキメラ変異体が強いCD44 切断能を示し,MT2-MMPおよびMT5-MMPのCATドメインを有するキメラ変異体が弱い切断能を示した.これらの結果より,CD44 の切断活性はMT1-MMP,MT2-MMP,MT3-MMP,MT5-MMPのCAT ドメインに存在し,CD44 との結合能はMT1-MMP,MT2-MMP,MT3-MMP,MT5-MMP,MT6-MMP のHPX ドメインに存在することが明らかとなった.また,両ドメインが協調することにより細胞レベルでの野生型MT-MMPs のCD44 切断が可能になると考えられた.

MT1HPX の強制発現はMT-MMPs の機能を競合阻害する.

HPX ドメインを介した結合がMT1-MMP によるCD44 の切断活性に必須であれば,MT1HPX の強制発現はMT1-MMP のCD44 への結合,切断を競合的に阻害する可能性がある.そこで,MT1HPX の強制発現がMT1-F のCD44 への結合を競合阻害するかHT1080 細胞にて検討した.MT1-F に共沈するCD44 量は,MT1HPX の強制発現によりその発現量に依存して減少した.またZR-75-1 細胞において,MT1-F により切断されるCD44 はMT1HPX-F の発現量に依存して,50 kDa,37 kDa 断片が減少し,MT1-MMP非依存的な70 kDa 断片が増加した.しかしながら,MT1CAT-F の強制発現では上記の現象は認められなかった.これらの結果より,HPX ドメインを介したCD44 への結合はMT1-MMP によるCD44 切断に必須であることが確認された.またHPX ドメインのアミノ酸配列上の高い保存性から,CD44 への結合はMT-MMPs 間では類似した様式をとることが考えられる.そこで,MT1HPX の強制発現がHPX 置換キメラ変異体のCD44切断能を競合阻害するか検討した.各HPX 置換キメラ変異体により切断される37 kDa,50 kDa 断片はMT1HPX-M(c-Myc エピトープを付加)の強制発現により全て消失し,MT-MMPs 非依存的な70 kDa 断片のみを検出した.この結果より,MT1HPX の過剰発現が他のMT-MMPs のHPX ドメインを介した複合体形成をも阻害することが示唆された.

考察

本研究により,MT1-MMP がCD44 を切断する際にはHPX ドメインを介した結合が必要であることが明らかとなった.MT1-MMP のHPX ドメインはこれまでにも様々な分子と相互作用することが報告されており, MT-MMPs を中心とした複合体形成における作用点になると考えられる.また様々な癌種で異なるMT-MMPs の発現パターンが報告されているが,MT1-MMP 以外の分子種については基質,局在,相互作用する分子等その性質については知見が乏しく,詳細な解析が求められていた.本研究おいて確立したキメラ変異体を用いた系は, MT-MMPs の機能制御においてドメインごとの性質をそれぞれ独立して詳細に検討ができる点で優れており,今後のMT-MMPs の機能解析における有力な手段になりうる.キメラ変異体を用いた解析の結果,HPX ドメインを介したCD44 への親和性は,細胞表面での局在制御にかかわるMT-MMPs に広く保存された性質であることが示された.一方,CAT ドメインはCD44 に対する切断活性が分子ごとに異なり,従って野生型MT-MMPs の基質特異性はHPX ドメインを介した結合が保証されたもとで,CAT ドメインに依存し決定されていることが明らかとなった.また CD44 との結合様式はMT-MMPs 分子間で機能的に保存されたモチーフを利用していると考えられる.今後,MT1HPX はMT-MMPs の広範な機能を競合的に阻害する可能性があることから,癌治療にも応用できる可能性が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

マトリックスメタロプロテアーゼ( MMPs)は癌細胞の細胞外基質分解に関与するプロテーゼファミリーの総称であり,中でも膜型マトリックスメタロプロテアーゼ1(MT1-MMP)はその発現が浸潤・転移能とよく相関することから,癌の進展に重要な分子と考えられている.ヘモペキシン様(HPX)ドメインはMMP ファミリーに特徴的な構造であることから,酵素機能制御に重要なドメインであると考えられている.近年,MMPs は細胞外基質にとどまらず細胞膜タンパク質の切断に関わることも明らかとなっている.例えば細胞接着分子CD44 が挙げられるが,MT1-MMP はCD44 切断を介して癌細胞の運動を亢進させる.またMT1-MMP は細胞運動に際して運動先進部に局在し,この分子集積がHPX ドメインとCD44 との結合に依存することも知られている.本研究では,CD44 切断におけるHPX ドメインの役割を検討すると共に,さらにMT1-MMP と相同なドメイン構造を有する他のMT-MMPs とCD44 との関係について明らかにすることを試みている.またHPX ドメインの強制発現がMT1-MMP とCD44 との結合,CD44 切断を競合阻害することにより,HPX ドメインがCD44 を介した細胞機能を制御する可能性についても言及している.

始めに,CD44 と結合能を有するドメインを検討するため,欠損変異体を用いた免疫沈降法を行い,HPX ドメインを介して結合していることを明らかにした.またCD44 切断におけるHPXドメインの必要性を検討し,HPX ドメインを介した結合がその酵素活性・機能の発現に必要であると推測した.

次に,現在までにMT-MMPs は6 種類が同定されているが,MT1-MMP と相同なドメイン構造を有する他のMT-MMPs とCD44 との関係について明らかにすることを試みている.MT1-MMP の基質特異性は触媒ドメインの切断活性とHPX ドメインの基質認識性の協調した結果であったことから,MT-MMPs のCD44 を介した機能制御の解明は,触媒ドメイン,HPX ドメインに分けて詳細に解析する必要性を考えている.そこで各MT-MMPs の触媒ドメインのCD44切断活性,HPX ドメインのCD44 への結合能をそれぞれ独立に解析するために,MT1-MMP の触媒ドメインを他のMT-MMPs の触媒ドインと置換したキメラ変異体,およびMT1-MMP のHPXドメインを他のMT-MMPs のHPX ドメインに置換したキメラ変異体を作製した.各キメラ変異体のCD44 への結合能およびCD44 切断能を評価した結果,CD44 の切断活性はMT1-MMP,MT2-MMP,MT3-MMP,MT5-MMP の触媒ドメインに存在し,CD44 との結合能はMT1-MMP,MT2-MMP,MT3-MMP,MT5-MMP,MT6-MMP のHPX ドメインに存在することを明らかにした.

さらに,触媒ドメインを欠失した変異体(MT1HPX)の強制発現がMT1-MMP のCD44 への結合,切断を競合的に阻害する可能性を考え,これを検討し,HPX ドメインを介したCD44 への結合はMT1-MMP によるCD44 切断に必須であることを確認している.またHPX ドメインのアミノ酸配列上の高い保存性から,CD44 への結合はMT-MMPs 間では類似した様式をとることを考え,MT1HPX の強制発現がHPX 置換キメラ変異体のCD44 切断能を競合阻害するか検討した.この結果より,MT1HPX の過剰発現が他のMT-MMPs のHPX ドメインを介した複合体形成をも阻害することを示唆している.

本研究により,MT1-MMP がCD44 を切断する際にはHPX ドメインを介した結合が必要であることを明らかにした.また本研究おいて確立したキメラ変異体を用いた系は, MT-MMPs の機能制御においてドメインごとの性質をそれぞれ独立して詳細に検討ができる点で優れており,今後のMT-MMPs の機能解析における有力な手段になると考えられる.キメラ変異体を用いた解析の結果,CD44 切断において野生型MT-MMPs の基質特異性はHPX ドメインを介した結合が保証されたもとで,触媒ドメインに依存し決定されていることを明らかにした.また CD44との結合様式はMT-MMPs 分子間で機能的に保存されたモチーフを利用することを示唆した.本研究は,MT1HPX がMT-MMPs の広範な機能を競合的に阻害する可能性を指摘しており,癌治療にも応用できる可能性が高く評価できることから,博士(薬学)の学位の授与に価すると判定した.

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