学位論文要旨



No 119417
著者(漢字) 園田,洋史
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,ヒロフミ
標題(和) 放線菌由来の外毒素ホスホリパーゼDの作用、及び分子機構の解明
標題(洋)
報告番号 119417
報告番号 甲19417
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1078号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

細菌は外毒素と総称される様々な毒素を細胞外に分泌し、細菌感染時に毒素は宿主の様々な応答を引き起こし毒性を発揮する。この外毒素の一つにホスホリパーゼD (PLD)がある。PLDは生物界に広く存在し、ホスファチジルコリン(PC)の極性頭部を加水分解し、ホスファチジン酸 (PA)を産生する酵素である(図1)。PAは生体内の様々な酵素を活性化するシグナル分子として機能し、生体内ではホスホリパーゼA1やA2 (PLA1 or PLA2 )を介してリゾホスファチジン酸(LPA)に、またPAホスファターゼ (PAP)を介してジアシルグリセロール (DAG)に変換され機能することが想定される(図1)。哺乳類に存在するPLDは細胞内に存在し、様々な刺激に応じて活性化され、細胞内小胞輸送・細胞分化・増殖など多彩な生命現象に関与する。また、細菌の分泌するPLDは、宿主の膜リン脂質に作用し毒性を発揮すると考えられている。しかし、これら哺乳類PLD、Bacterial PLDの作用が最終的にどのような脂質、或いは標的分子を介して惹起されるかについて不明な点は多い。一方、私は修士課程において、PAに作用してLPAを産生する酵素、膜結合型PA選択的PLA1(mPA-PLA1α)を哺乳類に見出し、その生化学的解析を行ってきた。本酵素は細胞外に存在し、本酵素を発現した細胞では、細胞外からBacterial PLDを添加し、形質膜上のPAを強制的に増大させた場合に(図2)、LPAの産生が顕著に増大することが明らかとなった(図3)。この結果から私は、外毒素PLDの作用機構に関して、細菌感染により分泌されたPLDに宿主が曝露され宿主のPCがPAに変換され、mPA-PLA1αの作用を介してLPAが産生され、LPA受容体を介して作用が発揮されるというモデルを想定した(図4)。そこで本研究において私は、細胞レベル・個体レベルでこのモデルの検証を行った。

方法と結果

細胞レベルでの解析

mPA-PLA1α発現細胞のスクリーニング

様々な培養細胞に対し定量PCRを行い、mPA-PLA1αを発現している細胞株をスクリーニングした。その結果、ヒト卵巣癌細胞株OVCAR-5で高発現が確認され、近縁のヒト卵巣癌細胞株OVCAR-3、OVCAR-8では発現が殆ど見られなかった(図5)。これらの細胞におけるLPA受容体LPA1,LPA2,LPA3の発現を定量PCR法により調べた結果、OVCAR-3,8については全ての発現が認められ、OVCAR-5ではLPA1,LPA2のみ発現していた(図5)。

Bacterial PLDによる細胞増殖活性の亢進及びLPAアンタゴニストによる阻害

次に、これらの細胞株を用いて、細胞外からBacterial PLDを添加し、細胞増殖活性について検討を行った。細胞を0.1%BSAを含む無血清培地中でBacterial PLD刺激し、細胞増殖活性をトリチウムラベルされたチミジンの細胞内への取り込みを指標として評価した。mPA-PLA1αを発現していたOVCAR-5では、Bacterial PLDの添加により細胞増殖が促進されたのに対し、発現していないOVCAR-3、OVCAR-8では、この促進は見られなかった(図6)。また、OVCAR-5で見られたBacterial PLDによる細胞増殖促進効果は、LPA受容体、LPA1,LPA3の選択的アンタゴニストである、Ki16425により完全に抑制された(図6)。このことから、OVCAR-5で観察された細胞増殖はLPA1を介して惹起されることが示された。

リコンビナントmPA-PLA1α 添加による細胞増殖活性の亢進

ヘパリンカラムを用いて精製したリコンビナントmPA-PLA1α存在下で、OVCAR-5のBacterial PLD添加による細胞増殖を検討した。その結果、リコンビナントmPA-PLA1αは強い細胞増殖活性を示し、その作用は、Bacterial PLDの添加により更に促進された(図6)。これらのことからmPA-PLA1αが細胞レベルで、PAをLPAに変換する酵素として機能している可能性が考えられた。

個体レベルでの解析

mPA-PLA1αの臓器分布

mPA-PLA1αの臓器分布をノーザンブロットにより検討した結果、mPA-PLA1αは肺、皮膚、小腸、胃に発現しており(図7)、これらは、外界から侵入した細菌等に曝露する可能性が高い臓器であると考えられた。この中で最も高発現していた皮膚に注目し、Bacterial PLDを皮内投与し、形態変化について検討した。

Bacterial PLDの皮内投与

マウスの背側の毛を剃毛後、正中線を挟んで対称に、Bacterial PLD (5unit/spot)、或いはコントロールであるPBSを投与した。PLD投与部位については、投与後48時間で隆起が観察された。投与部位を切り取り、ホルマリン固定後、パラフィン切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行い、その形態変化を観察した。PBSを投与した部位は、無投与の部位と変化は認められなかった(図8)。一方、Bacterial PLDを投与した部位は、脂肪細胞層が顕著に増加し、濃い紫色のドットとして観察された(図8)。また好中球などの炎症性の細胞の浸潤が見られ、体表皮筋層も肥大していた。真皮層に関しても、僅かな肥厚が観察された。また、表皮層を構成する細胞の増殖性の亢進が見られ、それに伴う肥厚が観察された(図8)。

mPA-PLA1α過剰発現マウスへのBacterial PLD皮内投与

Bacterial PLDが誘発する皮膚の肥厚作用へのmPA-PLA1αの関与を検討する目的で、mPA-PLA1α過剰発現マウス(Tg)を作製した。Tgマウスのコンストラクトには、全身に強く発現することが知られるβ-actinpromoterを用いた。Tgマウスは、皮膚を含め全身にmPA-PLA1αを強く発現していることを確認した。TgマウスにBacterial PLDを皮内投与したところ、wild-typeマウスで観察された脂肪細胞層と体表皮筋層の肥厚がTgマウスではさらに亢進していた(図9)。また、表皮層の著しい肥厚が観察された(図9)。wild-typeマウスでは、Bacterial PLDにより脂肪細胞層や体表皮筋層の増殖性が亢進し(図8)、Tgマウスではさらに増強された(図9)ことから、LPA及びLPA受容体を介するシグナリングが増殖性の亢進に関与することが考えられた。そこで次にLPA受容体の関与について検討した。

LPA受容体KOマウスへのBacterial PLD皮内投与

皮膚におけるLPA受容体の発現を、定量PCR法により調べたところ、皮膚ではLPA1,LPA2,LPA3の全てが発現していた(Data not shown)。そこで既に作製されているそれぞれのKOマウスにBacterial PLDを皮内投与し、形態変化を観察した。Bacterial PLD投与群に関して、LPA1,LPA3のKOマウスではwild-typeマウスとの差異は認められなかった。しかしながら、LPA2KOマウスに関しては、wild-typeマウスでは観察された顕著な脂肪細胞層の肥厚は観察されなかった(図8, 図10)。また、真皮が肥厚する傾向が見られた(図10)。

まとめと考察

私は本研究において、Bacterial PLDが、細胞・個体レベルで細胞増殖性の亢進などの作用を示し、その作用の一部はLPAを介して引き起こされることを示した。このBacterial PLDからの経路で産生されるLPAは、細胞レベルでは、OVCAR-5のLPA1を介する細胞増殖の促進を引き起こし、個体レベルでは、皮膚の脂肪細胞層のLPA2を介して肥厚(細胞増殖の促進)を引き起した。また、表皮の肥厚については、Tgマウスで亢進されたことから、LPAを介することが考えられたがどのLPA受容体が関与するかについては不明である。また、体表皮筋層の肥厚については、LPA1,LPA2,LPA3全てのKOマウスに関して認められたことから、LPAが関与しない経路(PAやDAGのターゲット分子の関与)を介して引き起こされる、或いはLPA受容体のredundancyが関与することが考えられた。本研究により、LPA産生のメカニズムとしてBacterial PLDが細胞のPCに作用しPAを産生し、そのPAにmPA-PLA1αが作用してLPAが産生される経路が存在することが明らかとなった。今後は、Bacterial PLDの経路に由来するLPA産生にmPA-PLA1αが関与することをmPA-PLA1αKOマウスを用いて検証していくと共に、皮膚の肥厚におけるLPA受容体の関与を受容体KOマウスとTgマウスとのかけ合わせマウスを作成し詳細に解析していくことが課題である。

PLD活性とPAの代謝

mPA-PLA1αを介するLPAの産生

mPA-PLA1α発現細胞は BacterialPLD添加によりLPA産生を亢進する

Bacterial PLDの作用機構モデル

卵巣癌細胞におけるmPA-PLA1α、LPA受容体の発現

Bacterial PLDによる細胞増殖活性の亢進はLPA1を介して惹起され、mPA-PLA1α添加により増強される

マウスmPA-PLA1αの臓器分布

Bacterial PLDの皮内投与による皮膚の肥厚

mPA-PLA1α過剰発現マウスへのBacterial PLD皮内投与

LPA2KOマウスへの Bacterial PLD皮内投与

Sonoda, H., Aoki, J., Hiramatsu, T., Ishida, M., Bandoh K., Nagai, Y., Taguchi, R., Inoue, K., Arai, H.J. Biol. Chem. 277, 34254-34263(2002)
審査要旨 要旨を表示する

細菌は外毒素と総称される様々な毒素を細胞外に分泌するが、この外毒素の一つにホスホリパーゼD (PLD)がある。PLD は生物界に広く存在し、ホスファチジルコリン(PC)の極性頭部を加水分解し、ホスファチジン酸 (PA)を産生する酵素である。哺乳類PLD は細胞内に存在し、様々な刺激に応じて活性化され、細胞内小胞輸送・細胞分化・増殖など多彩な生命現象に関与する。また、細菌の分泌するPLD は、宿主の膜リン脂質に作用し毒性を発揮すると考えられている。しかし、これら哺乳類PLD、バクテリアPLD の作用が最終的にどのような脂質、或いは標的分子を介して惹起されるかについて不明な点は多かった。一方、園田洋史は修士課程において、PAに作用してLPA を産生する酵素、膜結合型PA 選択的PLA1(mPA-PLA1α)を哺乳類に見出し、その生化学的解析を行ってきた。本酵素は細胞外に存在し、本酵素を発現した細胞では、細胞外からBacterial PLD を添加し、形質膜上のPA を強制的に増大させた場合に、LPA の産生が顕著に増大することを明らかにした。この結果から、園田洋史は外毒素PLD の作用機構に関して、LPA 受容体を介して作用が発揮されるというユニーク、かつ大胆なモデルを想定した。そこで博士課程において、細胞レベル・個体レベルでこのモデルの検証を行った。

その結果、Bacterial PLD が細胞・個体レベルで細胞増殖性の亢進などの作用を示し、その作用の一部がLPA を介して引き起こされることを示した。このLPA は、細胞レベルでは、OVCAR-5 のLPA1 を介する細胞増殖の促進を引き起こし、個体レベルでは、皮膚の脂肪細胞層のLPA2 を介して肥厚(細胞増殖の促進)を惹起した。また、表皮の肥厚については、mPA-PLA1αのTg マウスで亢進されたことから、mPA-PLA1αが、このLPA 産生に関与し、LPA を介して表皮の肥厚が引き起こされると考えられた。また、体表皮筋層の肥厚については、LPA1,LPA2,LPA3 全てのKO マウスに関して認められたことから、LPA が関与しない経路を介して引き起こされる、或いはLPA受容体のredundancy が関与することが考えられた。

以上、本研究は、Bacterial PLD の作用がLPA を介して引き起こされることを細胞・個体レベルで明確に示し、またLPA 産生酵素としてmPA-PLA1αが関与する可能性を示している点で、バクテリアPLD の新たな作用機構、新たなLPA 産生機構及びLPAの新たな機能を見出しており、博士(薬学)の学位に十分値すると判定した。

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