学位論文要旨



No 119419
著者(漢字) 竹内,恒
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,コウ
標題(和) イオンチャネルの阻害および開閉機構に関する構造生物学的研究
標題(洋)
報告番号 119419
報告番号 甲19419
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1080号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 原田,繁春
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

序論

イオンチャネルは、それぞれに固有のイオンを細胞内外の濃度勾配に従って透過させることで、膜電位、浸透圧等を調節する膜蛋白質である。イオンチャネルが機能を発揮するためには、その開閉が膜電位などにより高度に制御されている必要がある。逆に、イオンチャネルが機能不全に陥ると様々な疾患を引き起こすことから、イオンチャネルは創薬のターゲットとしても注目される。一方、天然にはイオンチャネルの機能を阻害あるいは制御するペプチドが存在し、それらは特定のイオンチャネルに対する高い親和性と選択性を有することから、その一部について臨床応用を視野に入れた研究が進んでいる。

X線結晶構造解析や核磁気共鳴法(NMR)を用いた原子レベルでの解析は、対象蛋白質の分子機能や相互作用分子の認識機構を明らかにする上で最も詳細な情報を与える。X線結晶構造解析は対象蛋白質の分子量によらずその立体構造を明らかにすることができる反面、分子の運動性の情報を得ることが困難である。また、対象蛋白質の結晶化が常に成功するとは限らない。一方、NMRは直接観測する対象分子の分子量に制約はあるものの、蛋白質を生理的条件に最も近い溶液中で解析できること、蛋白質の運動性を直接観測可能であることから他の手法では得られない独自の情報を与える。

近年、複数のカリウムおよびクロライドチャネルについてそのX線結晶構造が解明された。その結果、イオンチャネルの選択的イオン透過機構が明らかにされるとともに、イオンチャネルの開閉制御機構の解明に向けて目覚しい進展が得られた。このことからもイオンチャネルの研究において原子レベルの解析が極めて有効であることは明白であり、またX線結晶構造解析の貢献は多大である。しかしながら一方で、X線結晶構造から提唱された電位依存性カリウムチャネルの開閉制御機構に対し、重大な疑義が投げかけられていることからも明らかなように、結晶構造を基づいて分子運動や機能発現メカニズムを予想することは極めて慎重を要する作業である。一方、NMRをイオンチャネルなどの膜蛋白質に適応することは基本的に困難をともなう。それは、膜蛋白質がその機能の立体構造や機能の維持に脂質分子を必要とすることで、観測対象の分子量が増大し、NMR情報の劣化を生じるためである。よってイオンチャネルの構造生物学的研究をさらに推し進めるためには、新たな研究手法の確立が必要となる。

以上のことをふまえ、本研究では、「イオンチャネルの阻害および開閉機構に関する構造生物学的研究」と題して以下の研究を行った。

電位依存性Ca2+チャネル開閉阻害ペプチド:w-Grammotoxin SIAの立体構造決定

本章では、チャネルの制御部位に結合してその正常な開閉を阻害するgating-modifierに注目し、その立体構造を決定することで、gating-modifierの阻害活性発現機構について考察を行った。立体構造決定を行ったのは、36アミノ酸残基からなるP/Q, N型電位依存性Ca2+チャネルのgating-modifier、ω-grammotoxin SIA (GrTx)である。得られたGrTxの立体構造は2本のstarnd(Leu19-Cys21, Cys30-Trp32)と1組のβ-bulge (Trp6, Gly7 - Cys30) から構成され、+2x, -1 のトポロジーを保持していた。これは "inhibitor cyctine knot" モチーフを持つペプチドの典型的な主鎖折りたたみ構造である。GrTxはそもそも電位依存性Ca2+チャネルに対する阻害活性により同定されたが、結合活性はより低いもののKv2.1電位依存性K+チャネルに対しても阻害活性を示す。同様の交差阻害活性は、Hanatoxin1 (HaTx) においてもみられるが、両者の結合親和性は異なっている。GrTxの立体構造をHaTxと比較すると、両者の分子表面には、大きな疎水性のパッチがいくつかの塩基性残基に取り囲まれた共通の構造モチーフが存在した。GrTxとHaTxの交差阻害活性は、この共通した構造モチーフにより説明される。また、分子表面における芳香族残基の配向、荷電性残基が異なることで、両者の構造モチーフが僅かに異なった性質を示すことにより、チャネルに対する親和性の違いが生じると考えた。

K+チャネル阻害ペプチド: agitoxin2によるチャネル阻害機構の構造解析

ポアードメインは、すべてのK+チャネルが共有する、イオンの選択透過を担う構造ドメインである。一方、pore-blockerと呼ばれる一群のペプチドは、ポアードメインに細胞外から結合することでK+チャネルのイオン透過活性を物理的に阻害する。電位依存性K+チャネルはそのサブクラスによってpore-blockerに対する感受性が大きく異なることが知られており、この性質を利用することでpore-blockerは電位依存性K+チャネルの薬理学的研究に広く用いられている。またpore-blockerの選択性をより向上させる試みは、新たな作用機序を持った薬剤の創生という観点からも興味を持たれている。電位依存性K+チャネルにおけるpore-blocker結合領域は、その感受性の有無に関わらず、高い相同性を示すことから、いくつかの特定残基が感受性の有無を決定していると考えられる。よって、電位依存性K+チャネルとpore-blocker間の相互作用を立体構造に基づいて解析し、両者の結合において鍵となる残基を特定できれば、電位依存性K+チャネルのpore-blocker感受性の違いを明らかにする重要な情報を与えると期待される。

そこで本研究では、電位依存性K+チャネルと高い相同性を示し、かつpore-blockerに対する感受性を保持したStreptomyces lividans由来のK+チャネル: KcsAとpore-blocker: Agitoxin2 (AgTx)を研究対象とし、これらの相互作用について立体構造に基づく解析を行った。AgTx上のKcsA結合界面の同定は、TCS法を用いることにより可能となった。TCS法は、従来のNMR法と異なり、蛋白質複合体の分子量に依存せず結合部位を決定できることから、膜蛋白質の解析における分子量的問題を克服することが可能である。TCS実験により影響を受けた残基はAgTx上において一つの連続した面を形成し、それらの残基に対する変異導入は、KcsAに対する結合活性を低下させた。よって、同定された結合界面が結合親和性に寄与していることが示された。次に、TCS実験結果に基づいてKcsA-AgTx複合体モデルを構築した。得られた複合体モデルは分子論的解析から明らかになった結合様式に鑑みて妥当であった。最後に、複合体モデル中における相互作用残基対の特定を行った結果、pore-blockerの分子表面に保存された構造モチーフを見出し、それに対応するチャネル上の相互作用残基を特定した。チャネル上で特定された相互作用残基は、pore-blockerに対する感受性の有無により異なる保存性を示した。よって、ここで明らかとなった相互作用は、電位依存性K+チャネルのpore-blocker感受性を決定する要因と考えられた。

K+チャネルKcsAの開閉機構の構造解析

イオンチャネルはそれぞれ固有の環境に対応して、イオン透過を制御するgating活性を保持する。すなわち、イオンチャネルは、閉環境においてイオン透過活性を示さないが、開環境においては矩形パルス状のイオン透過活性を示し、一定時間中おけるイオン透過活性を示す割合、Poを変化させることによってイオン透過量を制御する。イオン透過活性の変化にともない、イオンチャネルの立体構造はイオン不透過な閉状態から、透過可能な開状態へと一過的に変化すると考えられるが、その詳細は明らかとなっていない。KcsAはpH依存的gating活性を持つK+チャネルであり、酸性pHにおいてPoが上昇する。ただし、酸性pHにおいてもそのPoはそれほど高くない(Po<0.4)。また閉状態の立体構造はX線結晶構造解析によりすでに明らかとなっている。今回我々は、チャネル開閉に伴う立体構造変化を明らかにすることを目的として、各種pH条件下でKcsAの立体構造および内部運動の解析を行った。その結果、pH 6.0におけるKcsAの細胞質側の立体構造はX線結晶構造と同一であったが、pH 4.0では、その90%以上が異なる立体構造に移行することが明らかとなった。Poが低いにもかかわらず酸性pHでそのほとんどが中性pHと異なる立体構造を取ることから、KcsAは大部分が僅かに緩んだ前駆的構造に移行し、そのうちの一部がより大きな構造変化伴い開状態に移行する二段階の構造変化を起こすものと考えた。このモデルにより、現在までに報告されている2種のKcsA開閉モデルを矛盾なく説明することが可能であった。さらに、ここで観測された分子内運動と、チャネル電流変化の時間領域がほぼ一致したことから、KcsA分子が本来持つ柔軟性がチャネルの開閉と密接に関係すると考えた。

GrTxおよびHaTxの表面構造比較.

TCS実験結果に基づいて構築された複合体モデル.

pH変化にともなうKcsAのindol由来シグナルの化学シフト変化.

審査要旨 要旨を表示する

イオンチャネルは、それぞれに固有のイオンを細胞内外の濃度勾配に従って透過させることで、膜電位、浸透圧等を調節する膜蛋白質である。イオンチャネルが機能を発揮するためには、その開閉が膜電位などにより高度に制御されている必要がある。逆に、イオンチャネルが機能不全に陥ると様々な疾患を引き起こすことから、イオンチャネルは創薬のターゲットとしても注目される。一方、天然にはイオンチャネルの機能を阻害あるいは制御するペプチドが存在し、それらは特定のイオンチャネルに対する高い親和性と選択性を有することから、その一部について臨床応用を視野に入れた研究が進んでいる。

X線結晶構造解析や核磁気共鳴法(NMR)を用いた原子レベルでの解析は、対象蛋白質の分子機能や相互作用分子の認識機構を明らかにする上で最も詳細な情報を与える。X線結晶構造解析は対象蛋白質の分子量によらずその立体構造を明らかにすることができる反面、分子の運動性の情報を得ることが困難である。また、対象蛋白質の結晶化が常に成功するとは限らない。一方、NMRは、蛋白質を生理的条件に最も近い溶液中で解析できること、蛋白質の運動性を直接観測可能であることから他の手法では得られない独自の情報を与える。しかしながら、NMRをイオンチャネルなどの膜蛋白質に適応することは基本的に困難をともなう。それは、膜蛋白質がその機能の立体構造や機能の維持に脂質分子を必要とすることで、観測対象の分子量が増大し、NMR情報の劣化を生じるためである。よってイオンチャネルの構造生物学的研究をさらに推し進めるためには、新たな研究手法の確立が必要となる。

ブロッカーによるイオンチャネルの阻害機構およびチャネルの開閉機構について、NMRを用いて解析している本研究は、イオンチャネルの構造生物学的解析に寄与するとともに、このような研究対象に対するNMRによる研究手法の発展にも貢献するものと評価できる。以下に本研究によって得られた主要な知見をまとめる。

電位依存性Ca2+チャネル開閉阻害ペプチド:ω-Grammotoxin SIAの立体構造決定

本章では、チャネルの制御部位に結合してその正常な開閉を阻害するgating-modifierの立体構造が決定され、その阻害活性発現機構について考察が行われた。研究対象とされたのは、P/Q, N型電位依存性Ca2+チャネルにたいするgating-modifier、ω-grammotoxin SIA (GrTx)である。立体構造決定は定法に基づいて慎重に行われており、得られた立体構造の検証も正確である。得られた構造から、GrTxが2本のβ-strand(Leu19-Cys21, Cys30-Trp32)と1組のβ-bulge (Trp6, Gly7 - Cys30) から構成され、+2x, -1 のトポロジーを保持することが明らかにされた。これは "inhibitor cystine knot" モチーフを持つペプチドの典型的な主鎖折りたたみ構造と言える。

GrTxは電位依存性Ca2+チャネルに対する阻害活性により同定されたが、結合活性はより低いもののKv2.1電位依存性K+チャネルに対しても阻害活性を示す。同様の交差阻害活性は、Hanatoxin1 (HaTx) においてもみられるが、両者の結合親和性は異なっている。論文中においては、得られたGrTxの立体構造が、すでに報告のあったHaTxの立体構造と比較され、gating-modifierのチャネル阻害活性発現機構について考察が行われている。その結果、大きな疎水性のパッチがいくつかの塩基性残基に取り囲まれた共通の構造モチーフが見出され、これによりGrTxとHaTxの交差阻害活性が説明されている。また両者のチャネルに対する結合親和性の違いが、分子表面における芳香族残基の配向、荷電性残基よって決定される可能性を指摘しており、gating-modifierのチャネル特異性の解明に向けた指針を示した点で評価できる。

K+チャネル阻害ペプチド: agitoxin2によるチャネル阻害機構の構造解析

ポアードメインは、すべてのK+チャネルが共有する、イオンの選択透過を担う構造ドメインである。一方、pore-blockerと呼ばれる一群のペプチドは、ポアードメインに細胞外から結合することでK+チャネルのイオン透過活性を物理的に阻害する。電位依存性K+チャネルはそのサブクラスによってpore-blockerに対する感受性が大きく異なることが知られており、この性質を利用することでpore-blockerは電位依存性K+チャネルの薬理学的研究に広く用いられている。またpore-blockerの選択性をより向上させる試みは、新たな作用機序を持った薬剤の創生という観点からも興味を持たれている。電位依存性K+チャネルにおけるpore-blocker結合領域は、その感受性の有無に関わらず、高い相同性を示すことから、いくつかの特定残基が感受性の有無を決定していると考えられる。よって、電位依存性K+チャネルとpore-blocker間の相互作用を立体構造に基づいて解析し、両者の結合において鍵となる残基を特定できれば、電位依存性K+チャネルのpore-blocker感受性の違いを明らかにする重要な情報を与えると期待される。

本章では、電位依存性K+チャネルと高い相同性を示し、かつpore-blockerに対する感受性を保持したStreptomyces lividans由来のK+チャネル: KcsAと、pore-blocker: Agitoxin2 (AgTx)の相互作用について立体構造に基づく解析が行われている。申請者は、蛋白質複合体の分子量に依存せずに結合部位を決定できるTCS法の利点を生かすことで、膜蛋白質の解析における分子量的問題を克服し、AgTx上のKcsA結合界面の同定に成功している。TCS実験により影響を受けた残基がAgTx上において一つの連続した面を形成していること、それらの残基に対する変異導入がKcsAに対する結合活性を低下させていることから、実験結果の妥当性が認められる。またTCS実験により同定された結合界面が結合親和性に寄与していることも明らかである。論文中においてはさらに、TCS実験結果に基づいてKcsA-AgTx複合体モデルが構築され、複合体モデル中における相互作用残基対の特定に用いられている。その結果、pore-blockerの分子表面に保存された構造モチーフが見出されるとともに、それらに対応するチャネル上の相互作用残基が特定されている。チャネル上で特定された相互作用残基は、pore-blockerに対する感受性の有無により異なる保存性を示しており、ここで明らかとなった相互作用が、電位依存性K+チャネルのpore-blocker感受性を左右する要因であると評価できる。

K+チャネルKcsAの開閉機構の構造解析

イオンチャネルはそれぞれ固有の環境に対応して、イオン透過を制御するgating活性を保持する。すなわち、イオンチャネルは、閉環境においてイオン透過活性を示さないが、開環境においては矩形パルス状のイオン透過活性を示し、一定時間中おけるイオン透過活性を示す割合、Poを変化させることによってイオン透過量を制御する。イオン透過活性の変化にともない、イオンチャネルの立体構造はイオン不透過な閉状態から、透過可能な開状態へと一過的に変化すると考えられるが、その詳細は明らかとなっていない。KcsAはpH依存的gating活性を持つK+チャネルであり、酸性pHにおいてPoが上昇する。ただし、酸性pHにおいてもそのPoはそれほど高くない(Po<0.4)。また閉状態の立体構造はX線結晶構造解析によりすでに明らかとなっている。

本章では、チャネル開閉に伴う立体構造変化を明らかにすることを目的として、各種pH条件下でKcsAの立体構造および内部運動の解析が行なわれている。その結果、pH 6.0におけるKcsAの細胞質側の立体構造がX線結晶構造と同一であること、pH 4.0では、その90%以上が異なる立体構造に移行することが明らかにされた。Poが低いにもかかわらずKcsAの大部分が酸性pHで中性pHと異なる立体構造を取ることから、申請者は酸性pHではKcsAの多くが僅かに緩んだ前駆的構造に移行し、そのうちの一部がより大きな構造変化伴い開状態に移行するという二段階仮説を提唱している。ここで提唱されたモデルは、現在までに報告されている2種のKcsA開閉モデルを矛盾なく説明することが可能であり、より一般的なモデルとして評価できる。また、観測された分子内運動と、チャネル電流変化の時間領域がほぼ一致したことは、KcsA分子が本来持つ柔軟性がチャネルの開閉と密接に関係することを示す興味深いデータと認められる。

以上のように、本研究は、NMRを用いてgating modifierの立体構造決定およびKcsA-AgTx間の相互作用解析を行い、ブロッカーによるイオンチャネルの阻害機構を明らかにするとともに、KcsAを直接NMRで観測することでチャネルの開閉機構に関し新たなモデルを提唱した。また同時に、このような研究対象に対するNMRによる研究手法の発展にも寄与している。

ゆえに本研究はイオンチャネルの構造生物学的解析に対する十分な貢献が認められ、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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