学位論文要旨



No 119420
著者(漢字) 中川,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,ケンタロウ
標題(和) ストレス応答性キナーゼJNK/SAPKの相乗的活性化の分子機構の解明
標題(洋)
報告番号 119420
報告番号 甲19420
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1081号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

c-Jun N-terminal kinase/Stress-activated protein kinase (JNK/SAPK)系は、紫外線や熱などの物理化学的ストレスや腫瘍壊死因子(TNFα)、インターロイキン1β(IL-1β)などの炎症性サイトカインによって活性化され、免疫応答や細胞の生死の制御などに関与する重要な細胞内シグナル伝達経路である。JNK の活性化因子としてはSEK1 とMKK7 の2つの上流キナーゼが存在する。この2つのJNK 活性化因子に関して、物理化学的なストレスやG タンパク質共役型受容体を介する刺激に対してはSEK1 が強く活性化され、一方TNFαやIL-1βなどの炎症性サイトカインに対してはMKK7 が主に活性化することが知られている。またSEK1 とJNK、MKK7 とJNK を細胞内で結ぶ分子として、キナーゼの効率的なシグナル伝達および特異性の規定を担うと考えられる足場タンパク(scaffold protein)が複数同定されたことから、SEK1 とMKK7 は刺激や組織の違いに応じてJNK の活性化に寄与していると考えられている(図1)。実際、免疫細胞においてはMKK7 によるJNK 制御がその生理機能の発現に重要であることが報告されている。しかしながら、SEK1 とMKK7 の生理的な機能を明らかにするために当研究室において作製されたSEK1 欠損マウス、およびMKK7 欠損マウスは共に胎児期において肝形成不全の表現型を示し、少なくとも肝形成過程においてはJNK の機能発現にはSEK1 とMKK7の両者を必要とすることが明らかとなった。そこで私はSEK1 とMKK7 によるJNK の活性化機構を解明するためにSEK1, MKK7 をそれぞれ欠損するES 細胞を用いて生化学的な解析を行い、SEK1とMKK7 がJNK 活性化因子として異なる生化学的特性を有しており、JNK は活性化の際に2つのMAPKK による連続的な二重の制御を受けること、またその際に細胞骨格系の分子であるfilaminがscaffold protein として機能している可能性を見出した。

JNK の相乗的な活性化にはSEK1 とMKK7 の2つを必要とする

JNK 活性化の際のSEK1 またはMKK7 の寄与を定量的に検討するために、SEK1 欠損細胞、およびMKK7 欠損細胞において種々の物理化学的なストレスや炎症性サイトカインで処理した際のJNK の活性化をGST-cJunを基質とするin vitro のキナーゼアッセイにより測定した。その結果、野生型の細胞では刺激に応じてJNKが強く数十倍程度まで活性化することが認められるのに対して、SEK1 欠損細胞、MKK7 欠損細胞においては、どの刺激に対しても活性が著しく減弱しており数倍の活性化しか示さなかった(図2)。SEK1 欠損細胞、すなわちMKK7 のみを発現する細胞にMKK7 を過剰発現させてもJNK の活性化能は回復せず、SEK1 を導入することによってのみ回復することが認められた。またMKK7欠損細胞はMKK7 の過剰発現によってのみ、JNK の活性化が回復したことから、それぞれの欠損細胞におけるJNK 活性の低下が細胞内のJNK 活性化因子の量的な減少に起因するものではないことが確認された。逆にsek1, mkk7 をJNK と共にHeLa 細胞に強制発現させたところ、sek1, mkk7それぞれを単独で発現させた場合よりも、両者を共に発現させたときに著しく強い、相乗的なJNKの活性化が認められた。以上のことからJNK の相乗的な活性化にはSEK1, MKK7 のどちらか一方のMAPKK だけでは不十分であり、2つが存在してはじめてJNK は相乗的な活性化状態に誘導されること、またSEK1 とMKK7 が質的に異なるJNK キナーゼであることが明らかとなった。

SEK1 とMKK7 はJNK 活性化の際に異なる部位をリン酸化する

質的に異なる特性をもつSEK1 とMKK7による協調的なJNK 活性制御機構の詳細を明らかにするために、JNK 上のリン酸化の修飾部位から検討を行った。JNK は分子内のThr-Pro-Tyr 配列中、Thr 残基とTyr 残基のリン酸化により活性化型へと移行する。そこで、SEK1 欠損細胞およびMKK7 欠損細胞からJNK を免疫沈降し、リン酸化状態をリン酸化特異的な抗体にて検出した。その結果、MKK7 欠損細胞ではTyr 残基は野性型の細胞と同等にリン酸化されていたが、Thr 残基のリン酸化はほぼ消失していた。このことはMKK7 がJNKのThr 残基リン酸化の主な担い手であること、また残っているSEK1 がTyr をリン酸化していることを示唆する。一方SEK1 を欠損する細胞ではTyr 残基のリン酸化が失われていることに加え、MKK7 によりリン酸化されると考えられるThr 残基のリン酸化も失われていた(図3)。これらの結果から、SEK1 はJNK のTyr 残基を主にリン酸化すること、またMKK7 はTyr 残基がリン酸化されたJNK のThr 残基を基質として効率よくリン酸化しJNK を活性化型へ誘導していることが示唆された(図4)。

JNK はSEK1 とMKK7 により連続的なリン酸化を受ける

欠損細胞のJNK リン酸化修飾状態から、Thr 残基のリン酸化にTyr 残基のリン酸化が影している可能性が考えられたので、JNK リン酸化部位の変異体を作成し、Thr 残基のリン酸化への影響を検討した。その結果、Thr 残基をAla 残基に置換した変異体(Ala-Pro-Tyr)ではTyr 残基へのリン酸化が野性型のJNK と同様に認められたが、Tyr 残基をPhe 残基に置換した変異体(Thr-Pro-Phe)ではThr 残基へのリン酸化も抑制された。このことは、MKK7 によるJNK のThr 残基のリン酸化には、まずSEK1 によるTyr残基のリン酸化を必要とすることを示唆している。また、どちらの変異体においても活性はほとんど検出されなかったことから、JNK の活性化にはTyr, Thr 両残基のリン酸化を必要とすることが明らかとなった(図4)。

filamin-A はSEK1,MKK7 の共通の足場タンパク質として機能する

JNK の活性化に際しSEK1 とMKK7 が協調的に機能することから、この2つの活性化因子を近傍に維持させる分子の存在が想定された。そこでMKK7 と結合する因子を母Two-hybrid 法により探索を行ったところ、アクチンの裏打ちタンパク質であるfilamin-A がMKK7 結合因子として同定された。filamin-A は先にSEK1 と結合しTNFαからのシグナルをSEK1-JNK に伝達する際に足場として機能していることが報告されていることから、SEK1 とMKK7 をつなぐアダプター分子として有力な候補であると考えられた。filamin-A とSEK1 もしくはMKK7 を共発現させた293T 細胞から免疫沈降するとfilamin-A は両者と共に回収され、filamin-A がSEK1 とMKK7のどちらとも細胞内で相互作用しうることが明らかとなった(図5)。細胞内の局在を蛍光タンパク質であるYFP を付加したMKK7、およびRFPを付加したfilamin-A を用いて共焦点顕微鏡にて観察したところ、細胞骨格上においてファイバー状にMKK7 とfilamin-Aが共局在している様子が認められた。このMKK7 のファイバー状の局在はfilamin-A との結合位を欠くMKK7 では認められなかった。これらの結果はfilamin-A がSEK1 の足場として機能するだけでなくMKK7 の足場としても機能していることを示唆している。また、filamin-A を欠損するヒト・メラノーマ由来のM2 細胞、M2 細胞にfilamin-A の遺伝子を導入したA7 細胞を用いて刺激時のJNK 活性を測定した。その結果filamin-A を欠失するM2 細胞ではTNFα刺激だけでなく浸透圧ストレスの際にもJNK の活性化が減弱していることが認められ(図6)、JNK が活性化する様々な局面にてJNK 経路の制御因子としてfilamin-A が機能していることが考えられた。また、filamin には他にfilamin-B,-Cが存在し、共にSEK1,MKK7 に対する結合を示したことから、アクチンフィラメントを架橋するfilaminfamily が広くSEK1 とMKK7 の足場として機能する可能性が示唆された。

総括

本研究において私は、JNK の活性化因子であるSEK1 とMKK7 のどちらが欠損してもJNK の活性化が著しく減弱すること、その原因としてSEK1 とMKK7 という2つのMAPKK が異なる生化学的な特性を有しており、両者が協調的に機能してはじめてJNK は相乗的に活性化することを明らかにした。さらに、MKK7 に結合しJNK 活性化に関与する分子として新たにfilamin-A を見出した。filamin は他にfilamin-B, C が存在し、それぞれSEK1, MKK7 双方と結合することが認められた。このfilamin を介してSEK1 とMKK7 が近接化することが可能であることから、2つのMAPKK を近傍に集めることにより、JNK の相乗的な活性化に関与する新しいタイプのscaffold protein としてfilamin が機能している可能性が示唆された。SEK1、MKK7 どちらの欠損マウスも肝形成不全を示したのは、今回示したSEK1 とMKK7 による相乗的なJNK の活性化が肝細胞の増殖制御に必須な役割を果たすためであると考えられる。また、欠損細胞においても数倍程度の活性化が認められることから、JNK はSEK1 もしくはMKK7 のみによる活性化を受けた場合と、両者により相乗的に活性化された場合の2段階の活性化状態をもち、それぞれが異なる生理機能を担いうることが示唆された。

哺乳類のJNKシグナル伝達経路とそのscaffold protein

SEK1、MKK7欠損細胞におけるJNKの活性化動態

SEK1、MKK7欠損細胞におけるJNKのリン酸化修飾状態

SEK1とMKK7による連続的なJNK活性化機構

SEK1とMKK7に結合する filamin-A

JNK活性化に寄与するfilamin-A

Wada, T. *, Nakagawa, K. *, et al. J. Biol. Chem. 276, 30892-30897 (2001)Kishimoto, H. *, Nakagawa, K. *, et al. J. Biol. Chem. 278, 16595-16601 (2003)Nishina, H., Nakagawa, K., et al. J. Biol. Regul, Homeost. Agents. in press (2003)*Both authors contributed equally to this work
審査要旨 要旨を表示する

多細胞生物を構成する細胞は、栄養状態や浸透圧の変化、熱や異常タンパク質の蓄積など、様々なストレスに応答して個体の恒常性の維持に努めている。これらのストレスに応答して活性化されるプロテインキナーゼの1 つとして、c-Jun N-terminal kinase/stress-activated protein kinase(JNK/SAPK)が知られており、その上流にはSEK1 とMKK7 という2種のJNK 活性化因子が存在する。両者はともにin vitro においてJNKの活性化に必要なThrとTyrの両残基をリン酸化するdual-specificity kinaseの特性をもつことから、それぞれが細胞内でJNK を活性化型に導くと考えられてきた。しかしながら、実際に細胞内においてSEK1 とMKK7 がどのようにJNK の活性化に寄与するか、さらにJNK に2 種の活性化因子が存在する生理的な意義は不明であった。「ストレス応答性キナーゼJNK/SAPK の相乗的活性化の分子機構の解明」と題する本論文においては、SEK1 とMKK7 を欠損するES 細胞を用いて、細胞内におけるJNK の活性化がSEK1 とMKK7 により2重に制御されていることを明らかにし、また細胞骨格系の分子であるfilamin-A がJNK の活性化に際してSEK1 とMKK7 を結ぶ足場分子として機能する新たな可能性を提示している。

ストレスに応答するJNK の相乗的な活性化はSEK1とMKK7の両者を必要とする

まず、JNK の活性化におけるSEK1 とMKK7 の寄与を定量的に検討するために、SEK1またはMKK7を欠損した細胞を用いて、GST-cJunを基質にキナーゼ活性を測定した。SEK1及びMKK7 のどちらの欠損細胞においても、ストレス刺激に対するJNK の活性化は、野生型の細胞に比べて著しく減弱していた。また、MKK7 のみを発現するSEK1 欠損細胞にMKK7 を過剰発現させてもJNK の活性化は認められず、SEK1 を導入することによってのみ応答性が回復した。同様に、MKK7 欠損細胞はMKK7 の過剰発現によってのみJNKの活性化が回復した。したがって、それぞれの欠損細胞におけるJNK 活性の低下は、細胞内のJNK 活性化因子の量的な減少によるものではないと考えられた。以上の結果から、JNK の相乗的な活性化にはSEK1 またはMKK7 の一方だけでは不十分であり、両者が存在してはじめてJNK は相乗的に活性化されること、またSEK1 とMKK7 は質的に異なるJNK キナーゼである可能性が示された。

SEK1とMKK7は異なる部位を連続的にリン酸化してJNK を活性化する

SEK1 とMKK7 による協調的なJNK の活性化機構を解明するために、JNK 上のリン酸化部位を解析した。JNK はその分子内のThr-Pro-Tyr 配列内にあるThr とTyr の両残基のリン酸化により活性化される。そこで、それぞれに特異的なリン酸化抗体を用いて、SEK1 およびMKK7 欠損細胞のJNK リン酸化状態を検出した。MKK7 欠損細胞のTyr 残基は野性型と同等にリン酸化され、一方のThr 残基のリン酸化が抑制されることから、MKK7 はJNK のThr 残基をリン酸化し、SEK1 はTyr 残基をリン酸化すると考えられた。一方、SEK1 を欠損する細胞では、Tyr 残基のリン酸化の消失に加えて、MKK7 によるリン酸化が期待されたThr 残基のリン酸化も消失した。次ぎにJNK のリン酸化部位の変異体を作製し、リン酸化に与える影響を検討した。Thr をAla に置換した変異体(Ala-Pro-Tyr)ではTyr 残基へのリン酸化が野性型のJNK と同様に認められたが、TyrをPhe に置換した変異体(Thr-Pro-Phe)ではThr 残基へのリン酸化も抑制された。以上の結果から、SEK1 はまずJNK のTyr 残基を主にリン酸化し、その後MKK7 はTyr 残基がリン酸化されたJNK を基質にそのThr 残基を効率よくリン酸化してJNK を活性化することが示された。

filamin-A はSEK1とMKK7の共通の足場タンパク質として機能する

細胞内でSEK1 とMKK7 の両者をリクルートしてJNK の効率的な活性化に関わる分子が想定され、MKK7 の結合因子として、アクチンの裏打ちタンパク質であるfilamin-Aを同定した。filamin-A とSEK1 またはMKK7 を共発現させた293T 細胞からfilamin-Aを免疫沈降するとSEK1 またはMKK7 が回収され、filamin-A は2 種の活性化因子と相互作用し得ることが明らかにされた。さらに、filamin-A を欠損するヒトメラノーマ由来のM2 細胞とM2 細胞にfilamin-A の遺伝子を導入したA7 細胞を用いて、ストレス刺激時のJNK 活性を測定した結果、M2 細胞ではTNFα刺激や浸透圧ストレスに対するJNK の活性化が減弱した。したがって、JNK が活性化される様々な局面において、filamin-A はJNK 経路の制御因子として機能することが示唆された。

本研究は、SEK1 とMKK7 という2 種のJNK 上流キナーゼ(MAPKK)が異なる生化学的な特性をもち、両者が協調的に機能してはじめてJNK が相乗的に活性化されること、さらにSEK1 とMKK7 をリクルートしてJNK の相乗的な活性化に関与する足場分子として新たにfilamin-A を見出している。これらの研究成果は、細胞のストレス応答制御機構の理解に有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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