学位論文要旨



No 119422
著者(漢字) 西田,紀貴
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,ノリタカ
標題(和) フォンヴィルブランド因子A3ドメインによるコラーゲン認識メカニズムの構造生物学的解明
標題(洋)
報告番号 119422
報告番号 甲19422
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1083号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 原田,繁春
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

序論

細胞外マトリックスの主要な構成成分であるコラーゲンは、Gly-X-Yの反復配列のXおよびY位にプロリン、4-ヒドロキシプロリンがそれぞれ高頻度で出現する一次配列を有する。コラーゲンは翻訳後、3本のポリペプチド鎖がトリプルヘリックス構造へとフォールディングし、さらに生理的条件下においては、自己会合して不溶性の線維を形成する。生体内におけるコラーゲンの役割は多様であり、細胞組織・器官の形成を物理的に支えるだけでなく、細胞表面にあるコラーゲン受容体との相互作用における足場として、細胞接着・遊走・血小板粘着、創傷治癒、形態形成などの生命現象に深く関わっていることが知られている。本研究では、血小板粘着反応の最初のステップである、von Willebrand factor(vWF)と細胞内皮下コラーゲンとの相互作用に着目し、その相互作用様式を構造生物学的に解明することを目指す。しかしながら、不溶性の超分子会合体を形成するコラーゲンの性質は、コラーゲンとその結合タンパク質の相互作用を構造生物学的手法により解析する際の大きな妨げとなっていた。本博士論文においては、まずvWF-A3ドメイン上におけるコラーゲン結合部位を決定するため、NMRによる新規相互作用界面決定法である転移交差飽和(Transferred cross saturation; TCS)法の適用を試みた。TCS法は、複合体形成時に受けた情報を遊離状態で観測するため、原理的に複合体の分子量に依存せず結合界面を決定することが可能である。これを利用すれば、これまで構造生物学的アプローチが困難であったコラーゲンをはじめとする不溶性・不均一性を有する生体物質との相互作用解析が可能となることが期待できる。また本研究では、TCS法により明らかとなったA3ドメインの結合界面の情報などから認識するコラーゲン配列を絞り込み、それに基づいて作製したコラーゲン模倣ペプチドとA3ドメイン複合体の構造解析を行った。

結果と考察

転移交差飽和法を用いたA3ドメインのコラーゲン結合部位の決定

線維形成タイプIIIコラーゲンと非交換性プロトンを重水素化したA3ドメイン複合体を用いてTCS実験を行った。TCS実験においては、A3ドメインのコラーゲン結合界面残基のみがラジオ波照射により飽和されたコラーゲンからの交差飽和の影響を受ける。すなわち、交差飽和の影響を強く受けシグナル強度が減少した残基をA3ドメインの結合界面残基と結論できる。TCS実験の結果をA3ドメインの立体構造上にマッピングすると、顕著なシグナル強度減衰が観測された残基は分子表面において一つの連続した面を形成した(Fig.2a)。またこの領域には、直径約15Åのトリプルヘリックスを収容可能な溝が見出される(Fig.2a)。以上の結果より、A3ドメインはコラーゲントリプルヘリックスを分子前面に形成された溝を使って認識していることが強く示唆される。この結果に基づいて行ったアラニンスキャン変異実験は、TCS実験の結果を完全に支持しするものであった(Fig.1b)。以上のことから、TCS法は不溶性の生体分子との相互作用界面を決定するための手法として利用可能であることが明らかとなった。

vWF-A3ドメインと相同性の高い配列は数多くのタンパク質中において見出され、VWAドメインファミリーとして分類される。細胞接着因子インテグリンのα2-Iドメインは、A3ドメインと同じくコラーゲン受容体として機能するVWAドメインであり、これまでにコラーゲンペプチドとの複合体構造が報告された唯一の例である(Fig.2b)。A3ドメインとα2-Iドメインの構造を比較すると、A3ドメインは分子の前面において、α2-Iドメインは分子の上面においてコラーゲンと結合しており、リガンド認識様式が共通のフォールドを有するドメイン間で全く異なるという点において極めて興味深い。

A3ドメインが認識するコラーゲン配列の探索および複合体の構造解析

これまでに、タイプIIIコラーゲンのCNBr分解産物であるCB4(III)はvWFを介した血小板凝集反応を引き起こすこと、さらにその部分ペプチド(CB4(III)-7)が541G-558Q領域を介してvWFと結合することが報告されていた。TCS法により明らかとなったA3ドメインのコラーゲン結合部位で特徴的な点は、(1)溝を形成するA3ドメインの表面残基にI978、Y1017をはじめ疎水性残基が非常に多く含まれること、(2)結合溝の深さが他のコラーゲン結合タンパク質と比較して浅く、わずか4A程度しかないという点である。このことはA3ドメインが側鎖の小さい疎水性残基を認識することを示唆しており、CB4(III)-7においてこの条件に合致するのは541GAAあるいは550GSAである。さらにコラーゲンのLys側鎖アミノ基をアセチル化修飾してSPR実験を行った結果、固定化したA3ドメインとの相互作用が修飾度依存的に失われた(Fig.3b)。以上を総合すると、540KGAA配列がA3ドメイン認識の決定要素となりうると考えた。

以上の結果に基づき、KGAA配列を含むコラーゲンペプチドを作製し、A3ドメインとの相互作用を解析した。A3ドメインとコラーゲンペプチド複合体の交差飽和実験を行ったところ、交差飽和の影響を強く受けた残基がA3ドメインの分子前面において観測されたことから、コラーゲンペプチドがネイティブコラーゲンと同じ様式でA3ドメインと結合していることが明らかとなった(Fig.4a)。また、KGAA配列を含むコラーゲンペプチドと均一15N標識A3ドメインと混合してHSQCスペクトルを測定した。その結果、コラーゲン結合部位近傍に位置するいくつかの残基が顕著な化学シフト変化が認められ、KGAA配列を含むコラーゲンペプチドがA3ドメインと特異的な相互作用を示すことがさらに確認された(Fig.4b)。興味深いことに、化学シフト変化はコラーゲン結合部位よりもむしろそのやや上部に強く観測されており、コラーゲン結合に伴う構造変化が生じている可能性も示唆される。

次にKGAA配列を含む合成コラーゲンペプチドのCys残基へスピンラベル試薬MTSL((1-oxyl-2,2,5, 5-tetramethyl-Δ3-pyrroline-3-methyl)methanethiosulfonate)を導入した。スピンラベルなどのラジカル分子は近接する核スピンの緩和を強く促進し、周囲およそ20Å以内に位置する原子のNMRシグナル強度を減少させる。本実験においては、A3ドメインとスピンラベル試薬の非特異的な相互作用に由来する影響を補正するため、ラジカルによる緩和速度の増大値ΔR2を評価の尺度とした。MTSL化したコラーゲンペプチド存在下において測定したA3ドメインのシグナル強度と、MTSL試薬のみが存在する状態で測定したA3ドメインのシグナル強度比から算出した補正後のΔR2値をA3ドメインの立体構造上にマッピングした。その結果、ラジカルによる緩和速度の増大を示す残基はヘリックス4およびそれに続くループ領域に集中して存在した(Fig.4c)。MTSLは認識配列よりもN末端側に位置していることから、コラーゲンはN末端方向をヘリックス4側にC末端方向をヘリックス3側に向けた配向で結合していることが明らかとなった(Fig.4c)。

総括

本研究ではTCS法を利用することにより、A3ドメインにおけるコラーゲン結合部位の同定に成功した。この結果は線維型コラーゲンのように不溶性・不均一性を有する生体物質を含むサンプルを対象とした原子レベルの相互作用解析が可能であることを示した最初の例である。また、結合界面の情報等を用いて認識するコラーゲン配列KGAAを同定し、この配列を含むコラーゲン模倣ペプチドが実際にA3ドメインと相互作用していることを示すとともに、スピンラベル実験からコラーゲン複合体構造に関する情報を得ることにも成功した。今後NOEなどの距離情報を収集して複合体構造をさらに精密に決定することにより、vWFをターゲットとした抗血栓薬の開発へとつながっていくことを期待する。

(a)A3ドメインの立体構造上に、TCS実験において顕著にシグナル強度が減衰した残基を示す。Z軸に沿って90°回転した右側の図においては、コラーゲントリプルヘリックスを収容可能な溝が見出される。 (b)変異体のコラーゲン結合定数を野生型と比較し構造上にマッピングした。L994Aでは野生型と比較して親和性が約5倍上昇した。

(a) A3ドメインとコラーゲンモデルペプチドとのドッキングモデル構造。 (b) α2-Iドメインとコラーゲンペプチド複合体の結晶構造(PDB entry 1DZI)。リガンド結合部位にある金属イオンを球で示す。

Fig.3(a)タイプIIIコラーゲンのCNBr分解産物CB4(III)をさらに断片化した合成ペプチドCB4(III)-7はvWFと結合することが示される一方、下線で示す523-540のみを含むペプチドではvWFとの結合が観測されないことが報告されている。OはHydroxyprolineを示す。(b)A3ドメインを固定化し、アセチル化を施したタイプIIIコラーゲンをインジェクトしたときのセンサーグラム。コラーゲンに含まれるLys残基と反応に用いたアセチル化試薬N-acetylsuccinimideのモル比を示す。

(a)A3ドメインとKGAA配列を含むコラーゲンペプチドに対して交差飽和法を適用した結果を示す。ネイティブコラーゲンを使ったTCS実験の結果より明らかとなっているコラーゲン結合部位を、半透明の帯にて表示している。(b)コラーゲンペプチド存在下において、顕著な化学シフト変化を示した残基を表示した[δ = {(ΔNH)2+(ΔN/5)2}1/2*100]。 (c)ラジカル存在下で顕著に緩和速度が増大した残基の位置を示す。この実験では、上段の配列中*で示すCys残基にスピンラベル試薬MTSLが導入してある。明らかとなったコラーゲンの結合の方向を半透明の矢印で示した。

審査要旨 要旨を表示する

フォンヴィルブランド因子(vWF)A3ドメインによるコラーゲン認識メカニズムの構造生物学的解明と題する本論文は、新規NMR測定法である転移交差飽和法を利用して、vWFのコラーゲン結合ドメインであるA3ドメインの基質認識メカニズムを明らかにした研究成果を述べたものである。全体は主に2つのセクションに分かれており、第1章の序論に続く第2章は転移交差飽和法を利用したA3ドメインのコラーゲン結合部位の決定、第3章はA3ドメインが認識するコラーゲン配列の探索および複合体の構造解析と題されている。

第2章においては、まずA3ドメインの大腸菌大量発現系を構築して、主鎖アミドシグナルを三重共鳴法によりほぼ完全に帰属している。続いて、A3ドメインのコラーゲン結合部位を決定するために転移交差飽和法を適用している。この方法は、複合体形成時に受けた飽和の影響を遊離状態において観測しているため、原理的には複合体の分子量に制限を受けることなく結合界面を決定できると考えられていた。本研究で行われたA3ドメインと線維型コラーゲン複合体に対する転移交差飽和実験の結果は、この手法がコラーゲンのような巨大かつ不溶性の生体物質に対して適用可能であることを実験的に示すものである。転移交差飽和実験の結果の妥当性は、部位特異的変異体のコラーゲン結合活性を調べることにより精密に裏付けが行われている。転移交差飽和実験の結果、A3ドメインのコラーゲン結合部位は分子の前面に形成されており、コラーゲンのトリプルヘリックスをちょうど収容することができる溝が形成されていることが認められる。以上の結果にもとづいて、A3ドメインとコラーゲンモデルペプチド複合体の構造が構築されている。このA3ドメイン・コラーゲンペプチド複合体の構造とインテグリンα2-Iドメイン・コラーゲン複合体の結晶構造を比較して、A3ドメインとα2-Iドメインは共通したフォールドを形成し、共通のリガンドを認識するにもかかわらず、リガンド認識様式は全く異なっていることが明らかにされた。このような同一のフォールドを有するタンパク質間で、共通するリガンドタンパク質の認識様式が全く異なっているということはこれまでに例がなく、新たな知見を与えている。

第3章においては、転移交差飽和実験の結果から明らかとなったA3ドメインのコラーゲン結合界面の情報を用いて、A3ドメインが認識するコラーゲン配列の探索が行われている。A3ドメインのコラーゲン結合溝が多くの疎水性残基によって構成されていること、他のコラーゲン結合タンパク質と比較して溝の形状が浅いことから、A3ドメインは疎水性で側鎖が小さい残基を認識することを推測している。また、コラーゲンへの化学修飾実験およびこれまでの文献報告から、A3ドメインと相互作用することが考えられるコラーゲンセグメントKGAA配列が同定された。KGAA配列を含むコラーゲン模倣ペプチドを作製し、A3ドメインとの複合体に対して交差飽和実験を適用したところ、KGAA配列がA3ドメインとネイティブコラーゲンと同じ様式で相互作用することが確認されている。またコラーゲンペプチドをスピンラベル化して、コラーゲンの結合の配向を決定することに成功している。以上の結果に基づいたA3ドメイン・コラーゲンモデルペプチド複合体の構造はKGAA配列が認識されることをよく説明しており、結果の妥当性が裏付けられている。

フォンヴィルブランド因子(vWF)は血管損傷部位において露出した血管内皮下コラーゲンと血小板を架橋することにより、血小板凝集反応を引き起こす。本研究の結果は、未だ十分な解明がなされていない、血小板粘着反応が進行するメカニズムの解明において大きく貢献するものである。また、本研究におけるvWF-A3ドメインとコラーゲンとの相互作用様式の解明によって、今後抗血栓薬の開発につながる可能性が開かれた。

以上、本研究の成果は、構造生物学および免疫学の領域に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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