学位論文要旨



No 119423
著者(漢字) 坂西,義史
著者(英字)
著者(カナ) バンザイ,ヨシフミ
標題(和) WASP-interacting protein(WIP)ファミリー遺伝子CR16の機能解析
標題(洋)
報告番号 119423
報告番号 甲19423
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1084号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)ファミリータンパク質はWASPとN-WASPが存在する。双方とも低分子量Gタンパク質Cdc42からのシグナルを受け取りアクチン重合を促すArp2/3複合体を活性化させるタンパク質であり、生体内のアクチン細胞骨格制御において重要な役割を担っている。またWIP(WASP-interacting protein)は、生体内でWASPと結合しているタンパク質で、哺乳類ではその近縁分子としてWICH、CR16タンパク質が存在している。近年、WIPを欠損したT細胞では、WASPを欠損したT細胞と同様に、抗原受容体が惹き起こすシグナリングに異常が見られることが報告され、WIPはWASPと共に生体内での正常なアクチン重合制御に重要な機能を果たしていることが明らかになった。しかしWIPタンパク質は血球系細胞に限局して存在しており、他の組織でのWIPファミリータンパク質の生理機能は不明であった。

私は、WIPファミリータンパク質が生体内で重要な機能を果たしていると考え,CR16タンパク質の機能解析を行った。

方法と結果

CR16は生体内でN-WASPと複合体を形成し、精巣と海馬に存在している。

まず私は、データベース上に報告されていたヒトCR16遺伝子配列を含むEST配列を元に、マウス脳cDNAライブラリーからマウスCR16遺伝子をクローニングした(データ本文中)。その結果、報告されていない挿入配列があることがわかり、その配列を調べたところWIPタンパク質のWASP結合ドメインに相当していた。そして私は異所的に発現させたCR16タンパク質も内在性のCR16タンパク質もN-WASPタンパク質と複合体を形成していることを見いだした(Fig.1)。次に、抗CR16抗体を作製しウェスタンブロッティング法でCR16タンパク質の組織分布を調べた結果、CR16タンパク質は脳と精巣に多く存在していることを示した。(Fig. 2)さらに私はCR16遺伝子の欠損動物およびCR16遺伝子の正確な発現場所・時期を特定する目的で,CR16遺伝子の開始コドン直下をLacZ遺伝子に置換する遺伝子欠損マウスの作製を行った。その結果,CR16遺伝子ヘテロ欠損マウスの解析で,CR16遺伝子は海馬錐体細胞・顆粒細胞及び精巣セルトリ細胞にて発現し,その細胞質にCR16タンパク質が存在していることが分かった。(データ本文中)

CR16タンパク質の海馬における機能の解析

私はヘテロ遺伝子欠損マウスを交配させ,CR16遺伝子ホモ欠損マウスの作製を行った。ホモ遺伝子欠損マウスは野生型マウスと比較して外見や体重など特に目立った変化は無く,また受動的逃避行動実験を用いた行動解析実験においても変化は認められなかった(データ本文中)。

CR16遺伝子の欠損は精子形成不全による雄性不稔を生じる。

CR16遺伝子が精巣のセルトリ細胞で発現していることから,私はCR16遺伝子欠損マウスを用いて交配実験を行った。その結果,ホモ遺伝子欠損雄マウスを雌と交配させた場合、交配した雌の出産率が有意に下がり,かつ産まれた場合の平均仔数も下がることが明らかになった(Fig.3)。ホモ欠損マウスの精子の異常が示唆されたので,体外受精実験を行ったところ、ホモ遺伝子欠損マウスの精子では卵の受精率が有意に低下した(Fig.3)。さらにホモ遺伝子欠損マウスの精子を顕微鏡観察したところ、精子頭部に奇形が多く認められ、精子の形態に異常をきたしていた(データ本文中)。これらのことから、CR16ホモ遺伝子欠損マウスでは精子形成不全が生じ雄性不稔であることが示唆された。

CR16タンパク質はセルトリ細胞−精子細胞間の正常な接着に必要である。

次に私は精子の形成不全がどのような原因で生じているか明らかにするため、マウス精巣切片を観察した。その結果、精子頭部を篭状に包み込むセルトリ細胞側のアクチン線維の形態に異常が認められた(データ本文中)。また、ホモ遺伝子欠損マウスの精細管では、未成熟の精子細胞がアクチン線維の篭から脱離しているものも観察され、セルトリ細胞と精子細胞の結合が損なわれていることが明らかになった(データ本文中)。精子細胞とセルトリ細胞の結合は精子の育成に重要であることから、精子の形成不全はセルトリ細胞と精子細胞の結合不全によるものと考えられた。

CR16はN-WASPとセルトリ−精子細胞ジャンクションを結ぶタンパク質である。

セルトリ細胞と精子細胞の結合は、細胞間接着分子 Nectinを含むAdherens Junctionが重要であることが明らかになっている。また、Adherens Junctionには接着部位を裏打ちするアクチン線維の存在が重要であると考えられている。そこで、遺伝子欠損マウスの精巣でセルトリ−精子細胞ジャンクション(SSpJ)がどのようになっているか観察した。まず、Nectinファミリータンパク質の精細管内の局在を観察したところ、遺伝子欠損マウスでも精子細胞側のNectinタンパク質とセルトリ細胞側のNectinタンパク質が正しく結合していた(データ本文中)。Nectinタンパク質は細胞外シグナルを受けて細胞質側のCdc42を活性化しアクチンの重合を生じることが明らかになっている。Cdc42のターゲットとしてN-WASPが重要であることがわかっているため、次に精細管内でのN-WASPの局在について観察した。その結果、野生型セルトリ細胞ではN-WASPがSSpJに存在し、アクチン線維の籠のところに共局在していることがわかった(Fig.4)。一方、CR16ホモ遺伝子欠損マウスのセルトリ細胞ではそのような局在は観察されなかった。これらのことから、CR16ホモ遺伝子欠損マウスではN-WASPがSSpJに正しく局在することができずアクチン線維の籠の形態が異常になり、SSpJに異常が生じると考えられた。実際、SSpJの構成タンパク質のひとつであるAfadinの抗体と精巣組織溶解液を用いた免疫沈降実験を行ったところ、野生型マウスではAfadinとN-WASPの共沈が観察されるが、ホモ遺伝子欠損マウスでは観察されなかった(Fig.5)。これらのことから、CR16遺伝子欠損マウスではN-WASPとSSpJの複合体形成が損なわれており、CR16タンパク質がN-WASPをSSpJにつなぎとめるのに重要な役割を果たしていると考えられた(Fig. 6)。

考察とまとめ

私は本研究において、(1)機能未知のWIPタンパク質ファミリータンパク質CR16がN-WASP複合体を形成しと海馬と精巣に存在すること、(2)LacZ置換型ヘテロ遺伝子欠損マウスの作製によりCR16遺伝子の発現プロファイリング行い,CR16遺伝子が海馬錐体細胞・顆粒細胞,精巣セルトリ細胞で発現していること,(3)CR16遺伝子ホモ欠損マウスの海馬機能には変化が見られないこと,(4)CR16遺伝子がマウスの精子の正しい形成に重要で,CR16遺伝子欠損は男性不稔を生じること,(5)CR16タンパク質が精子細胞−セルトリ細胞間の正しい結合に重要であること、(6)CR16タンパク質がアクチン重合タンパク質N-WASPとSSpJを結ぶタンパク質であることを明らかにした。

このCR16タンパク質がN-WASPタンパク質と共にSSpJにおいて機能しているという知見は、WIPタンパク質がWASPタンパク質と共に免疫細胞においてT細胞−抗原提示細胞間の細胞接着に機能している知見と併せ、WIPファミリー分子が細胞間接着に関わるアクチン線維の制御において機能し、それが正しい生理機能の獲得に必要であることを証明した。WIPには様々なファミリー分子が存在することから、今後相互に比較検討を加えながら、生体内でアクチン細胞骨格系が巧みに調節され多様な生理機能を獲得するメカニズムが明らかになってゆくものと考えられる。

抗N-WASP抗体によるCR16の共沈

抗CR16抗体による精細管と海馬の染色

Fig.2 抗CR16抗体による精細管と海馬の染色

左:精細管の蛍光免疫染色 右:海馬の化学免疫染色

CR16KO雄マウスと野生型雌マウスの交配・体外受精

精細管の蛍光免疫染色観察

抗Afadin抗体を用いた免疫沈降実験

N-WASPとSSpJをつなぐCR16

審査要旨 要旨を表示する

WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)ファミリータンパク質は低分子量Gタンパク質Cdc42からのシグナルを受け取り、アクチン重合を促すArp2/3複合体を活性化させるタンパク質であり、生体内のアクチン細胞骨格制御において重要な役割を担っている。またWIP (WASP-interacting protein)ファミリータンパク質は、生体内でWASPファミリータンパク質と結合しているタンパク質であり、哺乳類ではWIP, WICH, CR16の3つが見いだされている。近年、WIPを欠損したT細胞では、WASPを欠損したT細胞と同様に、抗原受容体がひきおこすシグナリングに異常が見られることが報告され、WIPはWASPと共に生体内での正常なアクチン重合の制御に重要な機能を果たしていることが明らかになり、WIPファミリータンパク質の生理的役割について注目されていた。本論文において申請者は、WIPファミリータンパク質の一つCR16に注目し、その詳細な発現プロファイルとタンパク質局在を明らかにすると共に、CR16遺伝子を欠失したマウスを作製し、CR16タンパク質が果たす役割について明らかにした。

具体的には、本論文で申請者は、マウスCR16遺伝子をクローニングした。そして、CR16タンパク質を特異的に認識する抗体を作製し、CR16タンパク質が脳と精巣に存在することを示した。そしてCR16タンパク質がN-WASPと生体内で複合体を形成していることを示した。これらのことから、申請者はCR16タンパク質がN-WASPと協調して脳と精巣で機能している可能性を指摘した。申請者はさらにCR16タンパク質の機能を解析するため、CR16遺伝子をLacZ(β-ガラクトシダーゼ)遺伝子に置換する方式の遺伝子ノックアウトベクターを作製し、CR16遺伝子欠失マウスを作製した。ヘテロ遺伝子欠失マウスを解析した結果、CR16遺伝子は海馬錐体細胞・顆粒細胞ならびに精巣セルトリ細胞に発現していることが示された。また、ホモ遺伝子欠失マウスを解析した結果、精子形成異常による雄性不稔を生じていることが示され、CR16タンパク質が生殖において重要な役割を果たしていることが明らかになった。そして申請者はホモ遺伝子欠失マウスの精巣を電子顕微鏡等を用いて詳しく解析し、CR16遺伝子の欠損がセルトリ細胞のアクチン細胞骨格の異常を生じていること、セルトリ細胞−精子細胞間ジャンクション(SSpJ)の異常を生じていることを示した。また、申請者はこれらの表現型を生じせしめる分子生物学的な機構についても検討し、CR16タンパク質が、N-WASPがSSpJに局在するために必要であることを示した。

以上の知見は、動物個体レベルでのCR16遺伝子の機能についての初めての報告であり、意義深いものである。またさらに、これらの知見が他のWIPファミリー遺伝子の知見と比較検討されることでWIPファミリー遺伝子全体の解析を進める上でも有用である。本論文の成果は、精子形成に関わる生理学ならびにWIPファミリータンパク質・細胞間接着に関わる分子生物学の発展に大きく寄与すると考えられることから、博士(薬学)の学位の授与に値すると判定した。

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