学位論文要旨



No 119426
著者(漢字) 藤田,行代志
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ユキヨシ
標題(和) ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差発現に関与する要因の解析
標題(洋)
報告番号 119426
報告番号 甲19426
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1087号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

近年、肥満によりインスリン抵抗性を呈する糖尿病患者が増加している。インスリン抵抗性とは、骨格筋や肝臓におけるインスリンの情報伝達の障害により、血中にインスリンが存在しても、インスリンによる血糖降下作用が生じにくい病態である。チアゾリジンジオン誘導体(TZD)であるピオグリタゾンは、主に脂肪組織に発現するperoxisome proliferator-activated receptorγ(PPARγ)のアゴニストであり、特に肥満を伴うインスリン抵抗性を改善する治療薬として知られている。ピオグリタゾンはこのPPARγを介し、前駆脂肪細胞の分化促進および肥大脂肪細胞のアポトーシス促進により、脂肪細胞の量および質を変化させる(Fig.1)。その結果、インスリン抵抗性改善因子であるアディポネクチンの脂肪からの分泌を増大させる。アディポネクチンは、肝臓・骨格筋において組織中トリグリセリド濃度を低下させることなどにより、これらの臓器におけるインスリン抵抗性状態を改善するため、ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用が発現される。

このピオグリタゾンには、女性において薬効が発現しやすいという性差の存在が知られている。その性差発現のメカニズムについて、脂肪分布の性差の関与が考えられているものの、詳細な検討はなされていない。そこで本研究では、まずラットを用いて、ピオグリタゾンの体内動態における性差について検討を行った。また、肥満を伴う糖尿病モデル動物であるKKAyマウスを用い、ピオグリタゾンの血漿中濃度、さらにピオグリタゾンの薬効発現に関与し、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンに着目して、性差発現に関与する要因について検討した。

方法・結果

ラットにおけるピオグリタゾン体内動態の性差

雌雄ラットにおけるピオグリタゾンの血漿中濃度推移の比較

ピオグリタゾンの体内動態における性差について調べるため、雌雄Wistarラットを用い、ピオグリタゾン(10 mg/kg)を単回あるいは反復経口投与した時の血漿中ピオグリタゾンおよびその活性代謝物濃度をHPLCにより測定した。単回経口投与および反復経口投与のいずれにおいてもピオグリタゾンおよび活性代謝物であるM-III、M-IVの血漿中濃度は雄性ラットより雌性ラットにおいて高かったが、M-IIの血漿中濃度は同程度であった(Fig.2)。ピオグリタゾンを単回経口投与した時の結果をノンコンパートメント解析したところ、ピオグリタゾンのCmaxと、ピオグリタゾン、M-IIIおよびM-IVのAUCは雌性ラットにおいて有意に高かった。特に、雌性ラットにおけるM-IVのAUCは雄性ラットより約3倍大きかった。更にピオグリタゾンおよびM-IIIのAUCは雄性ラットより雌性ラットにおいて1.5倍高かった。これらの結果より、ピオグリタゾンおよびその一部の活性代謝物の血漿中濃度は雄性ラットより雌性ラットにおいて高いことが示された。

コンパートメント解析

薬物動態のどの過程で性差が生じているのかを検討するため、単回経口投与後の各化合物の血漿中濃度推移データを、吸収および2つの代謝物への代謝過程を含む1-コンパートメント・モデルに当てはめ、各動態パラメータの値を求めた(Table 1)。ピオグリタゾンではみかけの消失速度定数K(= kel+ kf, M-II+kf, M-IV)は雌性ラットにおいて有意に小さく、この消失過程における性差によりピオグリタゾンの血漿中濃度が雌性ラットにおいて高くなったことが示唆された。また、活性代謝物M-IVおよびM-IIIの生成速度定数および消失速度定数には雌雄差は認められなかった。そのことから、M-IVおよびM-IIIの血漿中濃度における性差は主にピオグリタゾンの血漿中濃度差を反映したものであると考えられた。一方、M-IIの生成速度定数は雌性ラットにおいて有意に小さかった。このため、ピオグリタゾンの血漿中濃度に雌雄差が存在するにも関わらず、その差は相殺され、M-IIの血漿中濃度の平均値は雌雄で同程度になったものと考えられた。

脂肪組織中濃度

ピオグリタゾンは主に脂肪組織に作用する薬剤であることから、脂肪組織中のピオグリタゾンおよびその活性代謝物の濃度を測定した。いずれの化合物においても、見かけの組織-血漿間分配率Kp, app値は経口投与2、6、12時間後の各測定時間で変化せず、また雌雄ラット間でも有意な差は認められなかった。これらの結果より、血漿中濃度におけるピオグリタゾンおよびその活性代謝物の性差は脂肪組織中濃度に反映されることが示唆された。

アディポネクチンを介したピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差

ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差

雌雄KKAyマウスにピオグリタゾン(14 mg/kg/day)を混餌投与した。ピオグリタゾンによるインスリン抵抗性改善作用は、インスリン抵抗性の指標であるhomeostasis model assessment-insulin resistance(HOMA-IR)およびグルコース負荷試験から得られたインスリン抵抗性指数により評価した。HOMA-IR(Fig.3)おすびインスリン抵抗性指数は、ピオグリタゾン投与により、いずれも雌性マウスにおいて有意に大きく低下した。すなわち、ピオグリタゾンは、ヒトにおける報告と同じく、KKAyマウスにおいても雌性の方が薬効を発現しやすいことが明らかとなった。そこで、KKAyマウスはピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差を解析するモデル動物として適当であると判断し、以下の検討を行った。

雌雄KKAyマウスにおけるピオグリタゾンの血漿中濃度の比較

ピオグリタゾン混餌投与後、血漿中ピオグリタゾン濃度が定常状態に達している投与13日目において、8:00、16:00、24:00に眼底採血を行い、血漿中ピオグリタゾン濃度をHPLCにより測定した。いずれの時間においてもピオグリタゾンの血漿中濃度に性差は認められず、KKAyマウスにおけるピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用の性差は、ピオグリタゾンの体内動態の性差によっては説明できないと考えられた。そこで、薬理学的な要因が関与していると考え、続いてアディポネクチンに着目した。

インスリン抵抗性改善作用における性差に関与する因子〜アディポネクチンに関する検討

インスリン抵抗性改善作用の性差発現に関与する因子として、ピオグリタゾン投与によって血漿中濃度が上昇するアディポネクチンの関与が考えられた。アディポネクチンの血漿中濃度には雌雄差の存在が知られているが、ピオグリタゾンによる濃度上昇の性差に関する報告はない。ELISA法により測定したところ、ピオグリタゾン投与による血漿中アディポネクチン濃度の上昇は、雄性マウスに比較して雌性マウスにおいて2倍以上大きかった(Fig.4)。また、アディポネクチンと同じく血漿中濃度に雌雄差があり、インスリン抵抗性改善作用を有するレプチンについても、ピオグリタゾン投与による血漿中濃度の変化を雌雄で比較したところ、その上昇量に性差は無かった。このことから、ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差には、レプチンは関与せず、ピオグリタゾン投与によりアディポネクチンの血漿中濃度が雌性マウスにおいてより大きく上昇したことが、インスリン抵抗性改善作用発現も雌性マウスにおいてより顕著であった一因であると考えられた。

また、アディポネクチンによる肝臓および骨格筋中のトリグリセリド濃度減少作用を検討するため、肝臓および骨格筋をホモジナイズ後、クロロホルム:メタノール=2:1混合液でトリグリセリドを抽出し、組織中トリグリセリド濃度を測定した。その結果、肝臓の組織中トリグリセリド濃度低下は雌性マウスにおいてのみ有意な低下が認められ、インスリン抵抗性改善作用における性差発現に血漿中アディポネクチン濃度上昇の性差が関与している、というスキームを支持する結果が得られた(Fig. 5)。

脂肪組織重量および脂肪細胞サイズの変化における性差

続いて、ピオグリタゾン投与による脂肪組織重量および脂肪細胞サイズの変化について性差を検討した。皮下脂肪および内臓脂肪(性腺周囲脂肪および腸間膜脂肪)を摘出し、重量測定後、組織切片を作成して脂肪細胞サイズを測定し、各脂肪組織における細胞数の変化を算出した。まず、皮下脂肪では、ピオグリタゾン投与により雌雄いずれも脂肪組織重量が増大したものの、細胞サイズの分布および平均細胞サイズは変化しなかった。細胞数を算出したところ、ピオグリタゾンの投与により、雌性マウスでは雄性マウスに比較して1.6倍ほどの細胞数の増加を示したものの、統計学的な有意差はなかった。このことから、ピオグリタゾンによる皮下脂肪における変化は、アディポネクチン血漿中濃度上昇の性差に一部関与している可能性もあるものの、その寄与は小さいと考えられた。一方、内臓脂肪である性腺周囲脂肪および腸間膜脂肪では、雌雄ともに重量は変化しないものの、雌性マウスにおいてのみ、その細胞サイズの減少および細胞数の増加が認められた。アディポネクチンは脂肪細胞サイズの小型化により分泌が増大すると考えられているため、この内臓脂肪における脂肪サイズの低下および細胞数増加の両方の要因により、血漿中アディポネクチン濃度上昇の性差が生じた可能性が考えられた(Fig. 6)。

まとめ

ラットにおいては、ピオグリタゾンの体内動態に性差が存在し、そのことがピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差発現に寄与する可能性が示された。KKAyマウスにおいては、ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差発現には、ピオグリタゾン投与によってアディポネクチンの血漿中濃度が雌性マウスにおいてより上昇することが、その一因として関与していることが示唆された。また、この血漿中アディポネクチン濃度上昇の性差には、特に内臓脂肪組織における細胞サイズおよび細胞数の変化の性差が寄与しているものと考えられた。

ピオグリタゾンによるインスリン抵抗性改善メカニズム

ラットにピオグリタゾンを単回経口投与した時のピオグリタゾンおよびその活性代謝物(M-II,M-III,M-IV)の血漿中濃度における性差(n = 5)Open symbols: 雌性ラット、closed symbols: 雄性ラット †: p < 0.05, ‡: p < 0.01.

吸収および2つの代謝物への代謝過程を含む1-コンパートメント・モデルから得られた各動態パラメータの値(n = 5) †: p < 0.05

ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差(n = 4)

ピオグリタゾンの血漿中アディポネクチン濃度上昇作用における性差(n = 4)

ピオグリタゾンによる肝臓中トリグリセリド濃度の低下における性差

ピオグリタゾンが脂肪を介してアディポネクチン分泌量に与える影響の性差

審査要旨 要旨を表示する

近年、肥満によりインスリン抵抗性を呈する糖尿病患者が増加している。インスリン抵抗性とは、骨格筋や肝臓におけるインスリンの情報伝達の障害により、血中にインスリンが存在しても、インスリンによる血糖降下作用が生じにくい病態である。チアゾリジンジオン誘導体であるピオグリタゾンは、主に脂肪組織に発現するperoxisome proliferator-activated receptor γ(PPARγ)のアゴニストであり、特に肥満を伴うインスリン抵抗性を改善する治療薬として知られている。ピオグリタゾンはPPARγを介し、前駆脂肪細胞の分化促進および肥大脂肪細胞のアポトーシス促進により、脂肪細胞の量および質を変化させる。その結果、インスリン抵抗性改善因子であるアディポネクチンの脂肪からの分泌を増大させる。アディポネクチンは、肝臓・骨格筋において組織中トリグリセリド濃度を低下させることなどにより、これらの臓器におけるインスリン抵抗性状態を改善するため、ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用が発現される。ピオグリタゾンには、女性において薬効が発現しやすいという性差の存在が知られている。その性差発現のメカニズムについて、脂肪分布の性差の関与が考えられているものの、詳細な検討はなされていない。藤田は、まずラットを用いて、ピオグリタゾンの体内動態における性差について検討を行った。

ピオグリタゾンの体内動態における性差について調べるため、雌雄Wistarラットを用い、ピオグリタゾン(10 mg/kg)を単回あるいは反復経口投与した時の血漿中ピオグリタゾンおよびその活性代謝物濃度をHPLCにより測定した。単回経口投与および反復経口投与のいずれにおいても、ピオグリタゾンおよびその一部の活性代謝物の血漿中濃度は雄性ラットより雌性ラットにおいて高いことが示された。ピオグリタゾンは主に脂肪組織に作用する薬剤であることから、脂肪組織中のピオグリタゾンおよびその活性代謝物の濃度を測定した。いずれの化合物においても、見かけの組織-血漿間分配率は経口投与2、6、12時間後の各測定時間で変化せず、また雌雄ラット間でも有意な差は認められなかった。これらの結果より、血漿中濃度におけるピオグリタゾンおよびその活性代謝物の性差は脂肪組織中濃度に反映されることが示唆された。

次に藤田は肥満を伴う糖尿病モデル動物であるKKAyマウスを用いて、ピオグリタゾンの血漿中濃度、さらにピオグリタゾンの薬効発現に関与し、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンに着目して、性差発現に関与する要因について検討した。雌雄KKAyマウスにピオグリタゾン(14 mg/kg/day)を混餌投与した。ピオグリタゾンによるインスリン抵抗性改善作用は、インスリン抵抗性の指標であるhomeostasis model assessment-insulin resistance(HOMA-IR)により評価した。HOMA-IRは、ピオグリタゾン投与により、雌性マウスにおいて有意に大きく低下し、KKAyマウスにおいても雌性の方が薬効を発現しやすいことが明らかとなった。そこで、KKAyマウスをモデル動物として用い、以下の検討を行った。

ピオグリタゾン混餌投与後13日目において、8:00、16:00、24:00ではピオグリタゾンの血漿中濃度に性差は認められず、KKAyマウスにおけるピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用の性差は、ピオグリタゾンの体内動態の性差によっては説明できないと考えられた。そこで、藤田は薬理学的な要因について検討を進めた。

インスリン抵抗性改善作用の性差発現に関与する因子として、血漿中濃度に雌雄差があり、ピオグリタゾン投与によって血漿中濃度が上昇する、アディポネクチンの関与が考えられた。ELISA法により測定したところ、ピオグリタゾン投与による血漿中アディポネクチン濃度の上昇は、雄性マウスに比較して雌性マウスにおいて2倍以上大きかった。また、アディポネクチンと同じく血漿中濃度に雌雄差があり、インスリン抵抗性改善作用を有するレプチンについても、ピオグリタゾン投与による血漿中濃度の変化を雌雄で比較したところ、その上昇量に性差は無かった。

そこで、アディポネクチンによる肝臓および骨格筋中のトリグリセリド濃度減少作用を検討するため、肝臓および骨格筋中トリグリセリド濃度を測定した。その結果、肝臓において組織中トリグリセリド濃度低下は雌性マウスの方が大きく、インスリン抵抗性改善作用における性差発現にアディポネクチンの血漿中濃度上昇の性差が関与している、というスキームを支持する結果が得られた。

続いて、藤田はピオグリタゾン投与による脂肪組織重量および脂肪細胞サイズの変化について性差を検討した。皮下脂肪および内臓脂肪(性腺周囲脂肪および腸間膜脂肪)を摘出し、組織切片を作成して脂肪細胞サイズを測定し、細胞数の変化を算出した。皮下脂肪では、ピオグリタゾン投与により雌雄いずれも脂肪組織重量が増大したものの、細胞サイズの分布および平均細胞サイズは変化しなかった。細胞数を算出したところ、ピオグリタゾンの投与により、皮下脂肪では有意な変化が観察されず、一方、性腺周囲脂肪および腸間膜脂肪では、雌雄ともに重量は変化しないものの、雌性マウスにおいてのみ、その細胞サイズの減少および細胞数の増加が認められた。アディポネクチンは脂肪細胞サイズの小型化により分泌が増大すると考えられているため、この内臓脂肪における脂肪サイズの低下および細胞数増加の両方の要因により、血漿中アディポネクチン濃度上昇の性差が生じた可能性が考えられた。

以上、ラットにおいては、ピオグリタゾンの体内動態に性差が存在し、そのことがピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差発現に寄与する可能性が示唆された。KKAyマウスにおいては、ピオグリタゾンのインスリン抵抗性改善作用における性差発現には、ピオグリタゾン投与によってアディポネクチンの血漿中濃度が雌性マウスにおいてより上昇することが、その一因となることが示唆された。また、この血漿中アディポネクチン濃度上昇の性差には、特に内臓脂肪組織における細胞サイズおよび細胞数の変化の性差が寄与しているものと考えられた。これらの知見は、ピオグリタゾンの薬理効果の性差を理解する上での重要な情報を与え、今後の医薬品の有効かつ安全な使用に貢献できることを提起しており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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