学位論文要旨



No 119427
著者(漢字) 張,華鳳
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,カホウ
標題(和) Cullin3によるプロテアソーム依存的なトポイソメラーゼI分解の促進
標題(洋) Cullin 3 Promotes Proteasomal Degradation of Topoisomerase I
報告番号 119427
報告番号 甲19427
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1088号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

DNAトポイソメラーゼ1(TOP1)を標的とするCamptothecin(CPT)やその誘導体(TopotecanやSN38など)は抗癌剤としての有用性が広く認識されている。CPTはTOP1を阻害し、DNAと共有結合した反応中間体であるTOP1-DNAクリーバブル複合体を安定化することによってDNA鎖切断を引き起こし、細胞毒性を示す。最近、CPT処理によってTOP1のユビキチン・プロテアソーム系による分解が誘導されること、この分解は一種のDNA修復反応でありCPT耐性に関与し得ることが明らかとなってきた。一方、プロテアソームによる蛋白分解の制御には、ユビキチンリガーゼによる特異的なユビキチン化が重要な役割を果たすこと、またCullin(Cul)ファミリー蛋白質はユビキチンリガーゼ複合体を形成し、多様な分子の分解制御に関与することが明らかになってきている。しかしながら、TOP1 の分解制御に関与するユビキチンリガーゼについては明らかにされていない。本研究において私は、CPT耐性因子として重要なTOP1の分解制御に関与する因子の同定を目的とし、以下の成果を得た。

結果と考察

プロテアソーム阻害剤によるCPTの高感受性化及びTOP1-DNAクリーバブル複合体の安定化

細胞周期のS期に同調したHT29細胞において、プロテアソーム阻害剤Lactacystinとの併用によって、CPTの感受性が顕著に上がった。それと一致して、DNAに共有結合したTOP1を検出するICT(In vivo Complex of TOP1)アッセイによりクリーバブル複合体量を測定したところ、Lactacystin存在下でCPTによる形成されたTOP1-DNAクリーバブル複合体量が増大した。ウェスタンブロット法にて検討したところ、総TOP1の分解もプロテアソーム阻害剤Lactacystinによって阻害された(データ示さず)。

CPT耐性細胞におけるCul3の高発現とTOP1のプロテアソーム依存的な分解の亢進

プロテアソーム依存的なTOP1の分解に関わる因子をウェスタンブロット法にて検討したところ、HT-29, St-4, A549 の3種のCPT耐性細胞に共通して、Cul3が高発現していることを見出した(図2A)。Cul1 とCul2 は親株と同レベルであった。TOP1については以前の報告と一致して、HT-29, St-4のCPT耐性細胞においてはその発現が低下し、A549においては親株と同レベ出した。次に、DNAに共有結合したTOP1を検出するICT(In vivo Complex of TOP1)アッセイによりクリーバブル複合体量を測定した。その結果、SN38(CPT-11の活性化体)処理によって形成されるクリーバブル複合体がCPT耐性細胞において親株に比べ著しく低いことがわかった(図2B) 。また、MG-132などのプロテアソーム阻害剤存在下では、CPT耐性細胞のクリーバブル複合体が親株に比べ顕著に増大することを見出した(図2B)。以上の結果などから、CPT耐性細胞において、クリーバブル複合体を形成したTOP1のプロテアソーム依存的な分解が促進されていることが明らかになった。これと一致して、St-4のCPT耐性細胞(St-4/CPT)において、SN38 処理による総TOP1 の分解も親株よりも促進されていた。(図2C)

Cul3ノックダウンによるTOP1の分解阻害

Cul3がTOP1の分解に関与するかを検討するため、Cul3を標的とするsiRNAをデザインしHT1080(図3A,C)及びSt-4/CPT(図3B,D)細胞に導入した。ウェスタンブロット法にてsiRNAによるCul3の発現低下を確認した図3A,B)。ICTアッセイを用いSN38処理により形成されるクリーバブル複合体を調べたところ、Cul3ノックダウンによってクリーバブル複合体の形成が増大することが判明した(図3C,D)。このとき、プロテアソーム阻害剤MG-132存在下ではクリーバブル複合体の形成量がコントロールsiRNA処理した細胞とほぼ同レベルになった(図3C,D)。以上から、Cul3ノックダウンによってプロテアソーム依存的なTOP1の分解が減弱し、クリーバブル複合体の形成が増大することが明らかになった。

Cul3の恒常発現によるTOP1分解の促進

Cul3の高発現がTOP1の分解に関与するかを検討するために、Myc-tagを付加したCul3の発現プラスミドを構築しHT1080細胞にトランスフェクションすることによって、Cul3の恒常発現株を樹立した。発現量の異なる二つのクローン(CLN1, CLN2)を選び、以下の実験を行った。TOP1の発現レベルは、この二つのクローンならびにMockトランスフェクタント、親株HT1080細胞間で違いはなく、Cul3の高発現は構成的なTOP1の発現レベルには影響しないことがわかった。

次に、Cul3の恒常発現株を用い、ICTアッセイによってSN38処理によるクリーバブル複合体形成の経時変化を調べた(図4B)。SN38添加後30分でクリーバブル複合体はピークレベルとなり、その後徐々に減少した。その減少パターンを比較すると、CLN1ではMock細胞よりも明らかに速く起こることがわかった。また、MG-132存在下ではCLN1のクリーバブル複合体量がMock細胞に比べ顕著に増大しMockと同レベルになった。CLN2においても、SN38の4h処理後に比較したところ、CLN1と同様な結果が得られた。またSN38による総TOP1 の分解誘導を比較したところ、Mockと比較してCLN1では促進されていた(データ示さず)。

次に、Cul3 がTOP1のユビキチン化に影響するかを検討するために、免疫沈降したTOP1を抗ユビキチン抗体を用いたウェスタンブロットで検出した。その結果、SN38によって生じるユビキチン化TOP1の量は、Mock細胞に比べ、CLN1で増大しており(図4D)、Cul3 の高発現によってTOP1のユビキチン化が促進されることが判明した。

Cul3の恒常発現株におけるCPT感受性の変化

次に、Cul3の恒常発現細胞のCPT感受性を調べた。CLN1、 CLN2(データ示さず)ともにMockトランスフェクタントに比べ、SN38処理による細胞死が減少し、SN38耐性を示した(図5)。同様にCLN1、CLN2はCPTにも耐性を示し、またCul3発現量の高いCLN1は発現量の低いCLN2より強い耐性を示した(データ示さず)。プロテアソーム阻害剤MG-132は、CLN1のSN38に対する感受性を増強し、MG132存在下ではCLN1はほぼMockと同様の感受性を示した。MG-132はMockのSN38感受性も増強したが、その影響はCLN1に比べ一過性であった(図5)。 MTTアッセイによって、他の抗がん剤の感受性を調べたところ、CLN1,CLN2はシスプラチンやTOP2を標的とするエトポシドには耐性は示さなかった。

まとめ

本研究において私は、CPT耐性細胞においてCul3の発現が上昇しプロテアソーム依存的なTOP1の分解が促進されていることを見出し、Cul3ノックダウンによってプロテアソーム依存的なTOP1の分解が阻害されること、逆にCul3 の高発現によってクリーバブル複合体の分解が促進されCPT耐性を示すことを明らかにした。

以上の結果より、Cul3がプロテアソーム依存的なTOP1の分解のユビキチンリガーゼとして機能することが強く示唆された。すなわち、Cul3はCPT処理によって形成されたTOP1-DNAクリーバブル複合体中のTOP1のユビキチン化を触媒し、プロテアソーム依存的な分解を促進することによって、CPT耐性を誘導するものと考えられた(図6)。このモデルと合致して、プロテアソーム阻害剤は、Cul3 の高発現細胞に対してより強くCPTの効果増強作用を示した。プロテアソーム阻害剤については、ごく最近bortezomib(PS-341)が抗がん剤として認可され、TOP1標的抗がん剤を含め他の抗がん剤との併用が注目されつつある。本研究の成果は、TOP1標的抗がん剤による治療の効果予測やプロテアソーム阻害剤との併用による治療研究に大きな示唆を与えるものと期待される。

プロテアソーム阻害剤によるCPTの高感受性化及びTOP1-DNAクリーバブル複合体の安定化

CPT耐性細胞におけるCul3の高発現及びTOP1分解の促進(S:親株;R:CPT耐性株)

Cul3ノックダウンによるプロテアソーム依存的なTOP1分解の阻害

Cul3の恒常発現によるTOP1分解の促進

Cul3の恒常発現株はCPT耐性を示した。

Cul3はユビキチンリガーゼの一因子としてプロテアソーム依存的なTOP1の分解を促進する。

審査要旨 要旨を表示する

DNAトポイソメラーゼ1(TOP1)を標的とするCamptothecin(CPT)やその誘導体(TopotecanやSN38など)は抗癌剤としての有用性が広く認識されている。CPTはTOP1を阻害し、DNAと共有結合した反応中間体であるTOP1-DNAクリーバブル複合体を安定化することによってDNA鎖切断を引き起こし、細胞毒性を示す。最近、CPT処理によってTOP1のユビキチン・プロテアソーム系による分解が誘導されること、この分解は一種のDNA修復反応でありCPT耐性に関与し得ることが明らかとなってきた。一方、プロテアソームによる蛋白分解の制御には、ユビキチンリガーゼによる特異的なユビキチン化が重要な役割を果たすこと、またCullin(Cul)ファミリー蛋白質はユビキチンリガーゼ複合体を形成し、多様な分子の分解制御に関与することが明らかになってきている。しかしながら、TOP1 の分解制御に関与するユビキチンリガーゼについては明らかにされていない。本研究では、CPT耐性因子として重要なTOP1の分解制御に関与する因子の同定を目的とし、以下の成果を得た。

プロテアソーム阻害剤によるCPTの高感受性化及びTOP1-DNAクリーバブル複合体の安定化

細胞周期のS期に同調したHT29細胞において、プロテアソーム阻害剤Lactacystinとの併用によって、CPTの感受性が顕著に上がった。それと一致して、DNAに共有結合したTOP1を検出するICT(In vivo Complex of TOP1)アッセイによりクリーバブル複合体量を測定したところ、Lactacystin存在下でCPTによる形成されたTOP1-DNAクリーバブル複合体量が増大した。ウェスタンブロット法にて検討したところ、総TOP1の分解もプロテアソーム阻害剤Lactacy-stinによって阻害された。

CPT耐性細胞におけるCul3の高発現とTOP1のプロテアソーム依存的な分解の亢進

プロテアソーム依存的なTOP1の分解に関わる因子をウェスタンブロット法にて検討したところ、HT-29, St-4, A549 の3種のCPT耐性細胞に共通して、Cul3が高発現していることを見出した。Cul1 とCul2 は親株と同レベルであった。TOP1については以前の報告と一致して、HT-29, St-4のCPT耐性細胞においてはその発現が低下し、A549においては親株と同レベルであった。次に、DNAに共有結合したTOP1を検出するICT(In vivo Complex of TOP1)アッセイによりクリーバブル複合体量を測定した。その結果、SN38(CPT-11の活性化体)処理によって形成されるクリーバブル複合体がCPT耐性細胞において親株に比べ著しく低いことがわかった。また、MG-132などのプロテアソーム阻害剤存在下では、CPT耐性細胞のクリーバブル複合体が親株に比べ顕著に増大することを見出した。以上の結果などから、CPT耐性細胞において、クリーバブル複合体を形成したTOP1のプロテアソーム依存的な分解が促進されていることが明らかになった。これと一致して、St-4のCPT耐性細胞(St-4/CPT)において、SN38 処理による総TOP1の分解も親株よりも促進されていた。

Cul3ノックダウンによるTOP1の分解阻害

Cul3がTOP1の分解に関与するかを検討するため、Cul3を標的とするsiRNAをデザインしHT1080 及びSt-4/CPT 細胞に導入した。ウェスタンブロット法にてsiRNAによるCul3の発現低下を確認した。ICTアッセイを用いSN38処理により形成されるクリーバブル複合体を調べたところ、Cul3ノックダウンによってクリーバブル複合体の形成が増大することが判明した。このとき、プロテアソーム阻害剤MG-132存在下ではクリーバブル複合体の形成量がコントロールsiRNA処理した細胞とほぼ同レベルになった。以上から、Cul3ノックダウンによってプロテアソーム依存的なTOP1の分解が減弱し、クリーバブル複合体の形成が増大することが明らかになった。

Cul3の恒常発現によるTOP1分解の促進

Cul3の高発現がTOP1の分解に関与するかを検討するために、Myc-tagを付加したCul3の発現プラスミドを構築しHT1080細胞にトランスフェクションすることによって、Cul3の恒常発現株を樹立した。発現量の異なる二つのクローン(CLN1, CLN2)を選び、以下の実験を行った。TOP1の発現レベルは、この二つのクローンならびにMockトランスフェクタント、親株HT1080細胞間で違いはなく、Cul3の高発現は構成的なTOP1の発現レベルには影響しないことがわかった。

次にCul3の恒常発現株を用い、ICTアッセイによってSN38処理によるクリーバブル複合体形成の経時変化を調べた。SN38添加後30分でクリーバブル複合体はピークレベルとなり、その後徐々に減少した。その減少パターンを比較すると、CLN1ではMock細胞よりも明らかに速く起こることがわかった。また、MG-132存在下ではCLN1のクリーバブル複合体量がMock細胞に比べ顕著に増大しMockと同レベルになった。CLN2においても、SN38の4h処理後に比較したところ、CLN1と同様な結果が得られた。またSN38による総TOP1の分解誘導を比較したところ、Mockと比較してCLN1では促進されていた。

さらに、Cul3 がTOP1のユビキチン化に影響するかを検討するため、免疫沈降したTOP1を抗ユビキチン抗体を用いたウェスタンブロットで検出した。その結果、SN38によって生じるユビキチン化TOP1の量は、Mock細胞に比べ、CLN1で増大しており、Cul3 の高発現によってTOP1のユビキチン化が促進されることが判明した。

Cul3の恒常発現株におけるCPT感受性の変化

次に、Cul3の恒常発現細胞のCPT感受性を調べた。CLN1、 CLN2ともにMockトランスフェクタントに比べ、SN38処理による細胞死が減少し、SN38耐性を示した。同様にCLN1、CLN2はCPTにも耐性を示し、またCul3発現量の高いCLN1は発現量の低いCLN2より強い耐性を示した。プロテアソーム阻害剤MG-132は、CLN1のSN38に対する感受性を増強し、MG132存在下ではCLN1はほぼMockと同様の感受性を示した。MG-132はMockのSN38感受性も増強したが、その影響はCLN1に比べ一過性であった。MTTアッセイによって、他の抗がん剤の感受性を調べたところ、CLN1, CLN2はシスプラチンやTOP2を標的とするエトポシドには耐性は示さなかった。即ち、CLN1, CLN2は特異的にCPT耐性を示すことが明らかになった。

本研究ではCPT耐性細胞においてCul3の発現が上昇しプロテアソーム依存的なTOP1の分解が促進されていることを見出し、Cul3ノックダウンによってプロテアソーム依存的なTOP1の分解が阻害されること、逆にCul3 の高発現によってクリーバブル複合体の分解が促進されCPT耐性を示すことを明らかにした。以上の結果より、Cul3がプロテアソーム依存的なTOP1の分解のユビキチンリガーゼとして機能することが強く示唆された。すなわち、Cul3はCPT処理によって形成されたTOP1-DNAクリーバブル複合体中のTOP1のユビキチン化を触媒し、プロテアソーム依存的な分解を促進することによって、CPT耐性を誘導するものと考えられた。これと合致して、プロテアソーム阻害剤は、Cul3 の高発現細胞に対してより強くCPTの効果増強作用を示した。プロテアソーム阻害剤については、ごく最近bortezomib(PS-341)が抗がん剤として認可され、TOP1標的抗がん剤を含め他の抗がん剤との併用が注目されつつある。本研究の成果は、TOP1標的抗がん剤による治療の効果予測やプロテアソーム阻害剤との併用による治療研究に大きな示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位を受けるに十分値するものと判断した。

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