学位論文要旨



No 119428
著者(漢字) 佐藤,沙織
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,サオリ
標題(和) 抗癌剤の分子標的としてのPDK1-Akt経路の解析
標題(洋)
報告番号 119428
報告番号 甲19428
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1089号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

近年、癌細胞におけるシグナル伝達の研究から、アポトーシス誘導シグナルが減少するだけでなく、それに拮抗する生存シグナルが過剰となっても癌の悪性化・抗癌剤耐性が引き起こされることが明らかとなり、癌細胞で活性化している生存シグナルを標的とした分子標的治療薬の開発が進められている。セリン・スレオニンキナーゼAkt は多くの癌で活性化や遺伝子増幅が報告されている生存・増殖シグナル伝達分子である。正常細胞ではAkt の活性はあまり高くないことから、Akt を介したシグナル伝達経路は抗癌剤の標的として適していると考えられているが、この経路を直接に標的とした薬剤はこれまで明らかではなかった。また、Akt による細胞周期進行の分子機構の解析はまだ十分とは言えない。本研究において私はCDK 阻害分子p27Kip1 がAkt の標的分子であることを同定し、Akt によるp27Kip1 の制御機構について検討した。また、既存の抗癌剤や阻害剤をスクリーニングすることにより、Akt の活性化を抑制する薬剤として、staurosporine誘導体とHsp90 阻害剤の2種類の抗癌剤を見いだし、これら薬剤がAkt の活性化を抑制する機構について、その標的分子及び作用機作についての検討を行った。

Akt によるp27Kip1のリン酸化と局在の制御

Aktは細胞の生存だけではなく、細胞周期のG1期からS 期への移行にも促進的に働くことが知られている。そこで私は、Akt による細胞周期制御の分子機構を解析するにあたり、癌の悪性化を抑制すると考えられているp27Kip1に注目した。p27Kip1はCDK 阻害分子として知られ、サイクリンE-CDK2 複合体に結合し、活性を阻害することでG1期からS 期への移行を抑制することが知られている。まずp27Kip1 がAkt の標的分子であるのかを検討した。その結果、p27Kip1は細胞内・in vitroいずれにおいてもAkt によりリン酸化を受け、Akt によるリン酸化の標的分子であることが明らかとなった。そこでp27Kip1 のdeletion mutantや点突然変異を入れたmutant を作成し、293T 細胞内でのAktによるp27Kip1 のリン酸化、さらにin vitroでのリン酸化を検討した。その結果、Aktによるp27Kip1の主なリン酸化部位は細胞内・in vitroいずれにおいてもThr198 であることが明らかとなった。

次にAkt によるリン酸化がp27Kip1 の機能にどのように影響するのかを検討するために、293T 細胞に野生型p27Kip1 とThr198 をAla に置換したT198A-p27Kip1を発現させ、その分解と局在の変化を検討した。その結果、分解に関しては野性型p27Kip1 とT198Ap27Kip1とでほとんど差がないのに対し、局在に関してはT198A-p27Kip1は野生型p27Kip1よりも核に局在する量が多く、Thr198 がリン酸化されたp27Kip1 は主に細胞質に局在するようになることを明らかにした。さらにThr198のリン酸化によりp27Kip1が細胞質に局在する機構について検討した結果、p27Kip1はAkt によるリン酸化依存的に14-3-3 タンパク質に結合することを見いだし、その結合にはThr198 のリン酸化が重要であること、14-3-3 タンパク質と恒常的に結合するp27Kip1 の変異タンパク質は核だけではなく、細胞全体へと局在が変化することが明らかとなった。以上より、Aktがp27Kip1 のThr198 をリン酸化すると、14-3-3 タンパク質がリン酸化依存的に結合し、p27Kip1の局在が核から細胞質へと変化することが明らかとなり、Akt はp27Kip1 の活性を阻害することで細胞周期の進行を促進することが示唆された。

Akt の活性化を抑制する薬剤のスクリーニング

Akt が細胞の生存・細胞周期の進行に非常に重要な分子であることから、既存の抗癌剤や阻害剤にもAkt の活性化を抑制する薬剤があるのではないかと考え、様々な薬剤を細胞に処理し、Aktの活性化を抑制する薬剤の探索を行った。その結果、staurosporineとgeldanamycin にAktの活性化を抑制する作用があることを見いだし、それぞれの薬剤がAktの活性化を抑制する機構について検討を行った。

UCN-01 によるAktの活性化抑制機構の解析

まずstaurosporineと、その誘導体で現在抗癌剤として開発中のUCN-01 を用いてAktの活性化抑制機構を検討した。UCN-01 とstaurosporineはもともとPKC の阻害剤として見いだされた化合物であることから、これら薬剤によるAktの活性化抑制がPKC の阻害を介したものであるのかをまず検討した。293T 細胞にUCN-01 とは骨格の異なるPKC 阻害剤のcalphostin Cを処理したところ、staurosporineやUCN-01 で見られたようなAktの活性化抑制効果は認められなかったことから(図2)、UCN-01 はPKC の阻害を介してAktの活性化を抑制しているのではなく、Aktのシグナル経路に直接作用していることが示唆された。そこで次にAktのシグナル経路におけるUCN-01 の標的分子を探索した。Aktの上流にあたるPI3K とPDK1、そしてAkt自身に対する阻害効果を細胞内・in vitroにおいて検討した結果、Aktの上流のキナーゼであるPDK1がその標的であり、UCN-01 は細胞内・in vitro いずにおいてもIC50=33 nM という低濃度でPDK1 の活性を抑制することを見いだした。さらにin vivoにおける効果も検討した。腫瘍を移植したヌードマウスとBALB/c マウスにUCN-01 を投与し、腫瘍細胞内のPDK1 の活性を腫瘍のlysateを用いて検討したところ、in vivoにおいてもUCN-01によりPDK1の活性が抑制されることが明らかとなった。最後にPDK1-Akt経路の抑制がUCN-01のアポトーシス誘導活性に重要であるかを、細胞に活性化型Aktを発現させて検討した。UCN-01の処理に伴い、コントロール細胞や野生型Aktを発現させた細胞ではカスパーゼの活性化・アポトーシス誘導が認められたが、活性化型Aktを発現させた細胞ではUCN-01 によるアポトーシス誘導効果が減弱した。以上よりUCN-01 のAktシグナル経路における標的分子はPDK1 であり、UCN-01 によるPDK1-Aktシグナル経路の抑制がUCN-01 のアポトーシス誘導活性に重要であることが明らかになった。

Hsp90阻害剤によるAktの活性化抑制機構の解析

次にgeldanamycinなどのHsp90阻害剤によりAktの活性化が抑制される機構についても検討した。細胞に活性化型Aktを発現させるとHsp90阻害剤によるカスパーゼの活性化が抑制されたことから、Hsp90阻害剤においてもAktの活性抑制がそのアポトーシス誘導効果に重要であることが示唆された。そこで、Hsp90阻害剤がAktのシグナル経路のどこを阻害するのかを検討した。Hsp90阻害剤処理によりAktのリン酸化が抑制されることから、Aktの上流のPI3KとPDK1についてHsp90 阻害剤を処理した際の影響を検討した結果、Hsp90 阻害剤処理によりPDK1の発現量が減少することを見いだした。In vitroにおいてHsp90阻害剤はPDK1に対する直接の活性阻害作用は示さなかったため、PDK1はHsp90との結合により安定性が保たれている可能性が考えられた。検討の結果、PDK1はHsp90と細胞内で結合しており、Hsp90阻害剤を処理することによりその結合が阻害され、Hsp90から離れたPDK1の多くは不溶性画分に入り、プロテアソームにより分解を受けることを明らかとした。

まとめ

本研究において私はAktによる細胞周期制御機構として、p27Kip1 のThr198 をリン酸化し、その局在を機能の場である核から細胞質へと変化させる、という新たな機構を見いだした。さらにAktの活性化を抑制する薬剤としてstaurosporine及びその誘導体のUCN-01と、Hsp90阻害剤を見いだし、これら薬剤の標的分子がAktの上流のキナーゼ、PDK1であることを明らかにした。また、これらの薬剤のアポトーシス誘導効果にはPDK1-Aktシグナル経路の抑制が重要であることを明らかにした。これらの薬剤は現在抗癌剤としての開発が進められており、そのアポトーシス誘導効果にPDK1-Akt経路が寄与しているという結果は、PDK1-Akt シグナル経路が抗癌剤の標的として適していることを示唆するものと考えている。

in vitroでのAktによるp27Kip1のリン酸化293T細胞から免疫沈降した野生型p27Kip1 をリコンビナントAktと共にインキュベートし、オートラジオグラフィーで検討し太。

阻害剤によるAktの活性減少細胞にstaurosporine, UCN-01,calphostin C とPI3K 阻害剤のLY294002 を処理後、細胞からAktを免疫沈降し、活性を測定した。

Aktによるp27Kip1 を介した細胞周期制御とUCN-01・Hsp90阻害剤によるPDK1の阻害機構

Sato, S., Fujita, N. and Tsuruo T. Proc. Nat. Acad. Sci. USA (2000), 97, 10832-10837Sato, S., Fujita, N. and Tsuruo T. Oncogene (2002), 277, 39360-39367Sato, S. Fujia, N, and Tsuruo, T. J. Biol. Chem.(2002), 277, 39360-39367Fujita, N.*,Sato, S.* and Tsuruo, T. J. Biol. Chem. (2003), 277, 49254-49260
審査要旨 要旨を表示する

近年、癌細胞におけるシグナル伝達の研究から、トーシス誘導シグナルが減少するだけでなく、それに拮抗する生存シグナルが過剰となっても癌の悪性化・抗癌剤耐性が引き起こされることが明らかとなり、癌細で活性化している生存シグナルを標的とした分子標的治療薬の開発が進められている。セリン・スレオニンキナーゼAktは多くの癌で活性化や遺伝子増幅が報告されている生存・増殖シグナル伝達分子である。正常細胞におけるAktの活性はあまり高くないことから、Aktを介したシグナル伝達経路は抗癌剤の標的として適していると考えられているが、この経路を直接の標的とした薬剤はこれまで明らかではなかった。また、Aktは細胞の生存だけではなく、細胞周期のG1期からS 期への移行にも促進的に働くことが知られているが、Aktによる細胞周期進行の分子機構の解析はまだ十分とは言えない。本研究ではCDK 阻害分子の一つで癌の悪性化を抑制すると考えられているp27Kip1 がAktの標的分子であることを同定し、Aktによるp27Kip1 の制御機構について検討した。また、既存の抗癌剤や阻害剤を用いてAktの活性化を抑制する薬剤を探索し、その結果、staurosporine誘導体とHsp90阻害剤の2種類の抗癌剤を見いだし、これら薬剤がAkt活性化を抑制する機構について、その標的分子及び作用機作についての検討を行った

Aktによるp27Kip1のリン酸化と局在の制御

まずp27Kip1がAktによるリン酸化を受けるのかを検討した結果、p27Kip1は細胞内・in vitroいずれにおいてもAktによるリン酸化を受け、Aktによるリン酸化の標的分子であることを明らかにした。p27Kip1のdeletion mutant やpoint mutant を作成して、細胞内でのAktによるp27Kip1 のリン酸化、in vitro でのリン酸化を検討した結果、Aktによるp27Kip1の主なリン酸化部位は細胞内・in vitro いずれにてもThr198であることを明らかにした。

次にAktによるリン酸化がp27Kip1の機能に与える影響を検討した。細胞に野生型p27Kip1とThr198をAlaに置換したT198A-p27Kip1 を発現させ、分解と局在の変化を検討し、その結果、分解に関しては野性型p27Kip1とT198A-p27Kip1とで差がないのに対し、局在に関してはT198A-p27Kip1は野生型p27Kip1よりも核に局在する量が多く、Thr198 がリン酸化されたp27Kip1は主に細胞質に局在することを明らかにした。さらにThr198のリン酸化によりp27Kip1が細胞質に局在する機構について検討した結果、p27Kip1はAktによるリン酸化依存的に14-3-3タンパク質に結合することを見いだし、そ結合にはThr198 のリン酸化が重要であること、14-3-3 タンパク質と恒常的に結合るp27Kip1の変異タンパク質は核だけではなく、細胞全体へと局在が変化することを明らかにした。以上の結果より、Aktがp27Kip1のThr198をリン酸化すると、14-3-3 タンパク質がリン酸化依存的に結合し、p27Kip1の局在が核から細胞質へ変化するという新しいp27Kip1 の制御機構を明らかにした。

staurosporine 誘導体とHsp90 阻害剤によるAktの活性化抑制機構の解析

既存の抗癌剤や阻害剤を細胞に処理し、Aktの活性化を抑制する薬剤を探索した。その結果、staurosporineとgeldanamycinにAkt の活性化を抑制する作用があることを見いだし、それぞれの薬剤がAktの活性化を抑制する機構について検討を行った

まずstaurosporineと、その誘導体で現在抗癌剤として開発中のUCN-01 を用いて、Aktの活性化抑制機構を検討した。UCN-01 とstaurosporine はPKC の阻害として見いだされた化合物であるが、UCN-01やstaurosporineとは作用部位が異るPKC阻害剤のcalphostin Cでは、staurosporine やUCN-01 で見られたような細胞内でのAktの活性化抑制効果は認められず、UCN-01 はPKC の阻害を介してAktの活性化を抑制するのではなく、Akt のシグナル経路に直接作用することを示唆した。Aktのシグナル経路におけるUCN-01 の標的分子を探索するため、Aktの上流にあたるPI3KとPDK1、そしてAkt自身に対する阻害効果を細胞内・in vitroにおいて検討し結果、Akt の上流のキナーゼであるPDK1 がその標的であり、UCN-01 は細胞内・in vitroいずれにおいてもIC50=33nMという低濃度でPDK1の活性を抑制することを明らかにした。さらに腫瘍を移植したヌードマウスとBALB/c マウスにUCN-01 を投与し、腫瘍細胞内のPDK1 の活性を腫瘍のlysateを用いて検討した結果、in vivoにおいてもPDK1の活性がUCN-01 により抑制されることを明らかにした。細胞に活性化型Aktを発現させると、コントロール細胞や野生型Aktを発現させた細胞に比べてUCN-01によるアポトーシス誘導効果が減弱することを示し、UCN-01のアポトーシス誘導効果にはPDK1-Akt経路の抑制が重要であることを明らかにした。以上よりUCN-01 のAktシグナル経路における標的分子はPDK1であり、UCN-01によるPDK1-Aktシグナル経路の抑制がUCN-01のアポトーシス誘導活性に重要であることを初めて明らかにした。

次にgeldanamycinなどのHsp90阻害剤によりAktの活性化が抑制される機構についても検討した。Hsp90阻害剤処理によりAktのリン酸化が抑制されることから、Aktの上流のPI3KとPDK1についてHsp90阻害剤を処理した際の影響を検討し結果、Hsp90阻害剤処理によりPDK1の発現量が減少することを見いだした。詳細な検討の結果、Hsp90阻害剤処理によりPDK1の半減期が短くなることから、これはPDK1の分解が亢進するためであることを明らかにした。さらにPDK1はHsp90と細胞内で結合していることも見いだし、Hsp90阻害剤を処理することによりその結合が阻害され、Hsp90から離れたPDK1の多くは不溶性画分に入り、プロテアソームにより分解を受ける、という機構を明らかにした。また、細胞に活性化型Aktを発現させるとHsp90阻害剤によるカスパーゼの活性化が抑制されたことから、Hsp90 阻害剤においてもAktの活性抑制がそのアポトーシス誘導効果に重要であることを明らかにした。

以上、本研究は、Aktによる細胞周期制御機構に、CDK阻害分子であるp27Kip1 をリン酸化し、その局在を機能発揮の場である核から細胞質へと変化させる機構がわっていることを明らかにした。さらに、Aktの活性化を抑制する薬剤として、現在抗癌剤として開発中のstaurosporine誘導体のUCN-01とHsp90阻害剤を見いだし、これら薬剤の標的分子が共にAktの上流のキナーゼPDK1であること、さらにはこれら薬剤のアポトーシス誘導効果にPDK1-Aktシグナル経路の抑制が重要であることを明らかにした。この成果は薬学、特に生命薬学の進歩に貢献する重要な発見であり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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