学位論文要旨



No 119429
著者(漢字) 高田,龍平
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,タツベイ
標題(和) human BCRP/ABCG2の細胞内局在制御機構の解析
標題(洋) Characterization of the regulatory mechanism for the polarized expression of human BCRP/ABCG2
報告番号 119429
報告番号 甲19429
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1090号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[序]

小腸上皮細胞、肝実質細胞、腎尿細管上皮細胞などの極性細胞においては、種々のトランスポーターはapicalあるいはbasolateral側膜に局在して輸送基質の経細胞輸送に関与しており、遺伝子変異や病態などによる局在の異常は、in vivoにおける輸送機能の変化を引き起こす。実際、様々な内因性・外因性物質の細胞外への排泄に関与する各種ABCトランスポーターにおいては、遺伝子変異による細胞内局在の異常に起因する遺伝病や、病態時の細胞膜からの内在化により基質の体内動態が変化する例が知られている。細胞内の局在制御のメカニズムを明らかにすることは、病態の解明や新たな治療法の確立のためにも重要な研究課題であるが、大部分が未解明であるのが現状である。このような背景から、私は、生体内においてさまざまな極性細胞に発現するBreast Cancer Resistance Protein (BCRP/ABCG2) の細胞内局在制御に着目した。

BCRPは、他の多くのABCトランスポーターとは異なり、ATP binding cassetteを分子内に一つしか持たないhalf transporterであり、生理的にはジスルフィド結合を介したホモダイマーとして発現・機能していると考えられている。輸送基質として、Mitoxantrone・Topotecanなどの抗癌剤やDNA結合色素であるHoechst 33342、各種硫酸抱合体に加え、食餌中のクロロフィル分解産物や癌原性物質である2-amino-1-methyl-6-henylimidazo[4,5-b]pyridine (PhIP)を認識することが明らかとなっており、BCRPは小腸・肝臓・脳・胎盤などにおいてapical側膜上に発現し生体防御に働くと考えられている。本研究においては、このような特徴を持つBCRPの細胞内局在制御機構を明らかにすることを目的として、極性細胞を用い、種々の導入変異およびAkt活性の細胞内局在に及ぼす影響に関して以下の検討を行った。

[方法と結果]

極性細胞であるLLC-PK1細胞を用いた発現系の作成

human BCRPの全長cDNAを発現ベクターであるpcDNA3.1(+)に組み込んだ後、ブタ腎上皮由来細胞であるLLC-PK1細胞へ遺伝子導入することにより、human BCRP発現LLC-PK1細胞を作成した。免疫染色によりhuman BCRPの細胞内局在を調べたところ、apical側膜での発現が観察され、生理的な配向性と同様であった。Western blotにおいてBCRP由来のバンドは約70kDaに見い出され、Glycopeptidase F処理によりバンドの長さが短くなること、非還元条件時の泳動において大きな分子量のバンドが検出されることから、N型糖鎖およびジスルフィド結合が存在していることが明らかとなった。

N型糖鎖・ジスルフィド結合の細胞内局在に及ぼす影響

次に、N型糖鎖およびジスルフィド結合のBCRP の細胞内局在に及ぼす影響についての検討を行うために、site-directed mutagenesisによりcDNA上に変異を導入し、一部のアミノ酸を置換した変異体BCRPを作成した。

human BCRPには、アミノ酸配列から二つのN-glycosylation siteの存在が示唆されていたため、その一方または両方のasparagineをalanineに置換した変異体を作成し、LLC-PK1細胞への遺伝子導入を行った。その結果、N418A ではN型糖鎖は存在しており、Western blotの結果に変化は見られなかったものの、N596AおよびN418A&N596AにおいてはN型糖鎖は消失しており、596番目のasparagineにN型糖鎖が結合していることが明らかになった。しかし、これら変異体においては細胞内局在に違いは見い出されず、全ての変異体が野生型と同様にapical側膜への局在を示した。

ジスルフィド結合に関しては、細胞外の三つのcysteineのいずれかを介して形成されると考えられるため、それらを置換した変異体を作成し、N型糖鎖と同様の検討を行った。その結果、いずれのcysteineもジスルフィド結合の形成に重要であることが明らかとなり、特に三ケ所全てを置換した変異体 (C592A&C603A&C608A) においてはジスルフィド結合は見い出されなかった。細胞内局在に関しては、C592Aは一部apical側膜への局在を示したものの、その他の変異体では細胞内全体が染まる染色像が観察された。

細胞内ドメインの欠損体における細胞内局在の変化

多くの膜蛋白において、細胞内ドメインを介した蛋白-蛋白相互作用が存在することが知られており、選択的膜移行における役割も少しずつ明らかになってきている。そこで、BCRPの細胞内ドメインの長さを短くした種々の変異体を作成し、細胞内局在に変化が生じるかどうかを検討した。BCRPは六回膜貫通蛋白であると考えられており、細胞内にATP binding cassetteを持つため、N末端領域・C末端領域の双方が細胞内に存在している。

N末端領域に関しては、N末端からATP binding cassetteまでの60アミノ酸を10残基ずつ短くした変異体を作成し、LLC-PK1細胞での発現局在を調べたところ、N10Δ、N20Δ、N30Δは野生型と同様にapical側膜への局在を示したものの、N40Δ、N50Δ、N60Δは細胞内全体に局在していた。この結果からN末端から30番目から40番目の領域がapical側膜での発現に重要であると考えられたので、更に詳細な変異体を作成し検討を行った結果、N36Δはapical側膜と細胞内の両方に局在していた。この領域近傍のペプチド配列を種間で比較したところ、N末端側の他の部分と比較して保存性が高く、この領域の重要性が示唆された。

同じく細胞内に存在するC末端領域に関しても同様の検討を行ったところ、数アミノ酸を欠損しただけでapical側膜への選択的局在が消失した。GFPとBCRPの融合蛋白を作成して細胞内局在を見た場合、GFP-BCRPがapical側膜に局在するのに対し、BCRP-GFPはC末端側を欠損した場合と同様に細胞内全体へ局在したことと合わせて考えると、C末端領域を介した他の因子との相互作用がapical側膜における発現に重要であることが推測される。

Akt活性が極性細胞のBCRP発現局在に及ぼす影響

BCRPは種々の組織に存在するside populationに発現し、Hoechst 33342の細胞外への排出に関与することが知られている。また、Akt1のノックアウトマウスなどを用いた検討により、side populationにおけるBCRPの細胞膜上での発現にはAkt活性が重要であるという報告がなされた。そこで、このようなAktによるBCRPの局在制御は極性細胞においても行われているのか、という点に関して明らかにするため、human BCRP発現LLC-PK1細胞を用いて以下の検討を行った。

まず、phosphatidylinositol 3-kinase (PI3K) の阻害剤であるLY294002およびwortmanninで処理し、Akt活性を抑制した場合のBCRPの細胞内局在を免疫染色で観察したところ、はっきりとしたapical側膜への発現が見られる対照群に対し、両化合物処理群においてはBCRPの内在化が観察された。

更に、PI3K-Akt経路を活性化する上皮系増殖因子 (EGF) 処理を行った細胞において、ビオチン化アッセイを行い細胞表面の発現量を評価したところ、対照群と比べEGF処理群においては細胞膜上でのBCRPの発現量が増加していることが確認された。

[まとめと考察]

本研究において、私はhuman BCRPの細胞内局在制御機構に関する種々の検討から、(1) BCRPのapical側膜への局在には、N型糖鎖の存在の有無は影響しないものの、ジスルフィド結合の存在が必要であること、(2) BCRPのN末端側から36番目近傍のペプチド配列およびC末端側から数アミノ酸のペプチド配列がapical側膜への局在に重要であること、(3) BCRPのapical側膜上での発現はAkt活性によって正に制御されていること、を示唆する結果を得た。

BCRPの配列上には、Aktによるリン酸化のコンセンサス配列は存在しないことから、AktとBCRPの間には何らかの別の因子が存在し、その因子の細胞内ドメインへの結合がBCRPの細胞内局在の制御に重要であるという仮説が考えられる。この因子の同定および調節機構の解明は、AktによるBCRPの局在制御の生理的意義を考える上でも重要であり、遺伝的多型と細胞内局在の関連と並んで、今後の興味深い研究課題である。

Expression of human BCRP in LLC-PK1 cells

Effect of N-glycan on the expression of BCRP

Effect of PI3K inhibitors on the apical localization of BCRP

審査要旨 要旨を表示する

小腸上皮細胞、肝実質細胞、腎尿細管上皮細胞などの極性細胞においては、種々のトランスポーターはapicalあるいはbasolateral側膜に局在して輸送基質の経細胞輸送に関与しており、遺伝子変異や病態などによる局在の異常は、in vivoにおける輸送機能の変化を引き起こす。実際、様々な内因性・外因性物質の細胞外への排泄に関与する各種ABCトランスポーターにおいては、遺伝子変異による細胞内局在の異常に起因する遺伝病や、病態時の細胞膜からの内在化により基質の体内動態が変化する例が知られている。細胞内の局在制御のメカニズムを明らかにすることは、病態の解明や新たな治療法の確立のためにも重要な研究課題であるが、大部分が未解明であるのが現状である。このような背景から、生体内においてさまざまな極性細胞に発現するBreast Cancer Resistance Protein (BCRP/ABCG2) の細胞内局在制御に着目した。

BCRPは、他の多くのABCトランスポーターとは異なり、ATP binding cassetteを分子内に一つしか持たないhalf transporterであり、生理的にはジスルフィド結合を介したホモダイマーとして発現・機能していると考えられている。輸送基質として、Mitoxantrone・Topotecanなどの抗癌剤やDNA結合色素であるHoechst 33342、各種硫酸抱合体に加え、食餌中のクロロフィル分解産物や癌原性物質である2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridine (PhIP)を認識することが明らかとなっており、BCRPは小腸・肝臓・脳・胎盤などにおいてapical側膜上に発現し生体防御に働くと考えられている。本研究においては、このような特徴を持つBCRPの細胞内局在制御機構を明らかにすることを目的として、極性細胞を用い、種々の導入変異およびAkt活性の細胞内局在に及ぼす影響に関して以下の検討が行われた。

極性細胞であるLLC-PK1細胞を用いた発現系の作成

BCRPは、生体内において小腸・肝臓・脳などのapical側膜上に発現し、方向性を有した輸送を担っている。このようなBCRPの極性発現のメカニズムを解明するためには、生理的な配向性を反映した系を構築する必要がある。そのために、human BCRPの全長cDNAを発現ベクターであるpcDNA3.1(+)に組み込んだ後、ブタ腎上皮由来細胞であるLLC-PK1細胞へ遺伝子導入することにより、human BCRP発現LLC-PK1細胞を作成した。免疫染色によりhuman BCRPの細胞内局在を調べたところ、apical側膜での発現が観察され、生理的な配向性と同様であった。Western blotにおいてBCRP由来のバンドは約70kDaに見い出され、Glycopeptidase F処理によりバンドの長さが短くなること、非還元条件時の泳動において大きな分子量のバンドが検出されることから、N型糖鎖およびジスルフィド結合が存在していることが明らかとなった。

N型糖鎖・ジスルフィド結合の細胞内局在に及ぼす影響

次に、N型糖鎖およびジスルフィド結合のBCRPの細胞内局在に及ぼす影響についての検討を行うために、site-directed mutagenesisによりcDNA上に変異を導入し、一部のアミノ酸を置換した変異体BCRPが作成された。

human BCRPには、アミノ酸配列から二つのN-glycosylation siteの存在が示唆されていたため、その一方または両方のasparagineをalanineに置換した変異体が作成され、LLC-PK1細胞への遺伝子導入が行われた。その結果、N418AではN型糖鎖は存在しており、Western blotの結果に変化は見られなかったものの、N596AおよびN418A&N596AにおいてはN型糖鎖は消失しており、596番目のasparagineにN型糖鎖が結合していることが明らかになった。しかし、これら変異体においては細胞内局在に違いは見い出されず、全ての変異体が野生型と同様にapical側膜への局在を示した。

ジスルフィド結合に関しては、細胞外の三つのcysteineのいずれかを介して形成されると考えられるため、それらを置換した変異体が作成され、N型糖鎖と同様の検討が行われた。その結果、いずれのcysteineもジスルフィド結合の形成に重要であることが明らかとなり、特に三ケ所全てを置換した変異体 (C592A&C603A&C608A) においてはジスルフィド結合は見い出されなかった。細胞内局在に関しては、C592Aは一部apical側膜への局在を示したものの、その他の変異体では細胞内全体が染まる染色像が観察された。

細胞内ドメインの欠損体における細胞内局在の変化

多くの膜蛋白において、細胞内ドメインを介した蛋白-蛋白相互作用が存在することが知られており、選択的膜移行における役割も少しずつ明らかになってきている。そこで、BCRPの細胞内ドメインの長さを短くした種々の変異体が作成され、細胞内局在に変化が生じるかどうかの検討がなされた。BCRPは六回膜貫通蛋白であると考えられており、細胞内にATP binding cassetteを持つため、N末端領域・C末端領域の双方が細胞内に存在している。

N末端領域に関しては、N末端からATP binding cassetteまでの60アミノ酸を10残基ずつ短くした変異体が作成され、LLC-PK1細胞での発現局在を調べたところ、N10Δ、N20Δ、N30Δは野生型と同様にapical側膜への局在を示したものの、N40Δ、N50Δ、N60Δは細胞内全体に局在していた。この結果からN末端から30番目から40番目の領域がapical側膜での発現に重要であると考えられたので、更に詳細な変異体を作成し検討を行った結果、N36Δはapical側膜と細胞内の両方に局在していた。この領域近傍のペプチド配列を種間で比較したところ、N末端側の他の部分と比較して保存性が高く、この領域の重要性が示唆された。

同じく細胞内に存在するC末端領域に関しても同様の検討が行われた結果、数アミノ酸を欠損しただけでapical側膜への選択的局在が消失した。GFPとBCRPの融合蛋白を作成して細胞内局在を見た場合、GFP-BCRPがapical側膜に局在するのに対し、BCRP-GFPはC末端側を欠損した場合と同様に細胞内全体へ局在したことと合わせて考えると、C末端領域を介した他の因子との相互作用がapical側膜における発現に重要であることが推測される。

Akt活性が極性細胞のBCRP発現局在に及ぼす影響

BCRPは種々の組織に存在するside populationに発現し、Hoechst 33342の細胞外への排出に関与することが知られている。また、Akt1のノックアウトマウスなどを用いた検討により、side populationにおけるBCRPの細胞膜上での発現にはAkt活性が重要であるという報告がなされた。そこで、このようなAktによるBCRPの局在制御は極性細胞においても行われているのか、という点に関して明らかにするため、human BCRP発現LLC-PK1細胞を用いた以下の検討が行われた。

まず、phosphatidylinositol 3-kinase (PI3K) の阻害剤であるLY294002およびwortmanninで処理し、Akt活性を抑制した場合のBCRPの細胞内局在を免疫染色で観察された場合、はっきりとしたapical側膜への発現が見られる対照群に対し、両化合物処理群においてはBCRPの内在化が観察された。

更に、PI3K-Akt経路を活性化する上皮系増殖因子 (EGF) 処理を行った細胞において、ビオチン化アッセイを行い細胞表面の発現量を評価したところ、対照群と比べEGF処理群においては細胞膜上でのBCRPの発現量が増加していることが確認された。

本研究は、human BCRPの細胞内局在制御機構に関する種々の検討から、 以下の3点を示唆する結果を得た。(1) BCRPのapical側膜への局在には、N型糖鎖の存在の有無は影響しないものの、ジスルフィド結合の存在が必要である。(2) BCRPのN末端側から36番目近傍のペプチド配列およびC末端側から数アミノ酸のペプチド配列がapical側膜への局在に重要である。(3) BCRPのapical側膜上での発現はAkt活性によって正に制御されている。

これらの知見は、BCRPの基質輸送の生理的意義・合目的性の考察や遺伝的多型のフェノタイプ予測などの基礎と応用の両面において有用で、今後の薬物動態研究・医薬品開発に貢献できることを提起しており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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