学位論文要旨



No 119431
著者(漢字) 藤原,英雄
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ヒデオ
標題(和) α-synucleinの凝集・蓄積に関する生化学的解析
標題(洋)
報告番号 119431
報告番号 甲19431
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1092号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

パーキンソン病 (PD) は筋固縮、振戦、無動などの運動障害を示す進行性神経変性疾患であり、病理学的には黒質のドパミン性神経細胞の脱落と残存神経細胞内にLewy 小体 (LB) が出現することが特徴である。我々の研究グループではLBの単離精製法を確立し、その主成分としてα-synuclein蛋白を同定した。近年、PDのみならずLewy小体型痴呆症 (DLB) や多系統萎縮症 (MSA) などの神経変性疾患においても細胞内にα-synuclein 蛋白が蓄積することが明らかとなり、これらの疾患はsynucleinopathyと総称されるに至った。α-synuclein蓄積部位に一致して神経細胞脱落が生じること、α-synuclein遺伝子変異に起因する家族性PD家系が見出されたことから、α-synucleinの蓄積は神経細胞死と密接な関係を有する現象であることが予想される。しかし、生体内でα-synucleinが凝集・蓄積する場合、α-synuclein蛋白のもつ凝集性のみを駆動力として凝集に至るのか、それとも特殊な翻訳後修飾がα-synucleinの線維化を促進しているのかについてはほとんど不明であった。そこで私はDLB患者脳内に蓄積したα-synucleinを蛋白化学的に解析することにより、蓄積α-synuclein特異的な翻訳後修飾を明らかにし、α-synucleinが脳内で不溶化、蓄積する機序を解明することを目的として本研究に着手した。

Ser129リン酸化がα-synuclein線維化に及ぼす影響

synucleinopathy患者の脳内において不溶性を獲得したα-synuclein蛋白について検討を加えるため、界面活性剤に対する可溶性の違いにより他の蛋白と分離することを試みた。正常老人ならびにDLB患者の大脳皮質を、Tris、1% Triton X-100、1% Sarkosyl、8 M ureaを含む各種緩衝液で順に可溶化した。抗ヒトα-synuclein抗体を用いてウェスタンブロット解析すると、Tris可溶画分およびTriton X可溶画分に陽性バンドが確認された。これらの画分では正常老人脳、DLB患者脳間でα-synuclein陽性バンドの量やパターンに違いが見られなかったことから、これらは正常α-synucleinに対応するものと考えた。一方、urea可溶画分においてはDLB患者脳特異的に陽性バンドがみられ、これらのバンドはDLB患者脳内に蓄積したα-synucleinを反映していると考えられた。この画分に回収されるα-synucleinの大部分は電気泳動上、全長α-synucleinと同じく15 kDa付近に泳動されるが、一部プロセシングを受けたと考えられる約13 kDa付近の分子種、そして22、29 kDa付近にも陽性バンドがみられた (Fig.1a)。私は修士過程においてurea可溶画分に回収される、約15 kDaのα-synucleinを蛋白質生化学的に解析することにより、蓄積したα-synucleinはSer129において高度にリン酸化を受けていることを明らかにした。Ser129リン酸化α-synucleinを特異的に認識するポリクローナル抗体を用いてウェスタンブロット解析すると、TrisおよびTriton X可溶画分に回収される正常α-synucleinは認識されず、urea可溶画分の蓄積α-synucleinのみが特異的に認識された (Fig.1B)。

蓄積α-synucleinに特異的な翻訳後修飾であるSer129リン酸化が、α-synuclein蛋白蓄積の原因となりうるか否かについて検討するため、Ser129リン酸化によるα-synuclein線維形成能の変化について検討した。Ser129を特異的にリン酸化するcasein kinase 2により処理したリコンビナントα-synucleinをin vitroで線維化すると、直径10 nm程度の直線状線維を形成し、その微細形態はリン酸化処理の有無により変化しなかった(Fig.2A)。次に形成された線維量の比較を行った。遠心操作によりサンプルを上清 (s) と沈渣 (p) に分離し、線維を沈渣に回収して電気泳動を行った。非リン酸化α-synucleinは大部分が上清に回収されたのに対し、リン酸化α-synucleinは沈渣に多く回収され、その量はリン酸化により約4倍増加した (Fig.2B)。βシート構造を認識して蛍光を発するthioflavin Tにより定量した場合にもリン酸化α-synucleinの線維化の促進が観察された (Fig.2C)。アルツハイマー病患者脳においても高度にリン酸化されたtau蛋白が線維化して蓄積していることを考え合わせると、特定の蛋白質の過剰リン酸化が細胞内異常線維の形成を促進し、神経細胞死を導くという神経変性に共通なメカニズムが想定された。

α-synucleinのユビキチン化に関する検討

synucleinopathy患者脳の不溶性画分には約15 kDaのSer129リン酸化全長型分子、それがプロセシングを受けたと考えられる約13 kDaの分子に加え、22、 29 kDa付近に泳動される分子が回収される。これらの分子はSer129リン酸化とともに何らかの修飾を受けた蛋白と予想され、その修飾を同定することによりα-synuclein蓄積機構に新たな知見が得られるものと考えた。そこで大脳皮質にα-synuclein蓄積病が豊富に出現し、不溶性α-synucleinが多量に回収できるHallervorden-Spatz disease (HSD) 患者の剖検脳を用いて、それらの分子種に生じている翻訳後修飾の同定を試みた (Fig.3A)。

α-synuclein陽性ポリペプチドの分子量が約7kDaずつ増大していることから、翻訳後修飾としてユビキチン化 (Ub 化) を予想した(ユビキチンは76アミノ酸からなるポリペプチドである)。HSD脳から抽出した各可溶画分を抗Ub抗体により解析すると、22 kDa、29 kDaのバンドはUb陽性を示し (Fig.3B)。

次に蛋白質生化学的手法を用いて、蓄積α-synucleinのUb化部位の同定を試みた。HSD患者脳から抽出した尿素可溶画分を陰イオン交換カラムで精製後、ゲル濾過カラムを用いて、15、22、29 kDaのα-synuclein陽性ポリペプチドを分離することができた (Fig.4)。

リジルエンドペプチダーゼ (AP1) を用いてUb化蛋白質を消化すると、Ub付加を受けた標的蛋白質のLys残基は切断されず、Ub最C末端断片と標的蛋白質断片が結合したT字型ペプチドが回収される。ゲル濾過後、逆相HPLCで精製した22 kDa モノ-Ub化α-synucleinをAP1処理し、LC-MSを用いて解析した。その結果、α-synuclein由来の4個、Ub由来の2個のペプチド断片が検出されるとともに、ピーク6から質量数1252.4のシグナルが検出された(Fig.5A,B)。次にこのイオンをMS/MSにより解析した結果、α-synucleinのLys12にUbの最C末端ペプチドが付加したイソペプチドに由来することが明らかになった(Fig.5C,D)。

α-synucleinが線維を形成する際、30番から110番付近がプロテアーゼ耐性のコア構造を作り、そのN末端側は線維の表層を形成する。このことを考え合わせると、α-synucleinは線維を形成した後、表面に露出したLys12などでUb化を受けるが、何らかの理由によりモノユビキチン化状態にとどまり、分解を免れるものと考えられた。

本検討において私は疾患脳に蓄積したα-synucleinを蛋白化学的に解析した結果、蓄積α-synucleinに特異的な翻訳後修飾を同定するとともに、その修飾がα-synuclein蓄積の原因となる可能性を示した。この修飾は孤発性症例を含めたsynucleinopathy全般に生じる現象であり、脳内におけるα-synuclein蓄積機序の解明にあたり新たな知見を加えるものと考えられる。しかし、現段階ではヒト脳内でのα-synucleinリン酸化酵素やユビキチン化酵素の異常は明らかではなく、今後それらの酵素の同定あるいは動物モデルを用いた解析を行なうことにより、新たなパーキンソン病治療の開発につなげたい。

正常老人脳(N)およびDLB患者脳(D)の段階的蛋白質抽出正常老人脳ならびにDLB患者脳をTris、1%Triton X-100 (TX)、1% Sarkosyl (Sar)、8M Ureaを含む緩働液で順次可溶化後、ウェスタンプロット解析した。*プロセシングを受けたと考えられる約13kDaのバンド、矢印は22、29kDaのバンドを示す。

Ser129 リン酸化α-synucleinのin vitro線維化実験(A)非リン酸化(P(-))及びリン酸化(P(+))α-synuclein線維のネガティプ電顕像。Scale bar=200nm (b)α-synuclein線維化後、電気泳動しゲルをCBB染色した。矢頭はα-synucleinを示す。(C)thioflavin Tによるα-synuclein線維の定量(励起波長:436 nm, 蛍光波長:492 nm)

正常人脳(N)及びHSH患者脳(H)の段階的蛋白質抽出

ゲル濾過カラムによるUb化α-synucleinの分離矢印は22、29 kDaのバンドを示す。

22 kDa α-synucleinの解析 (A)22 kDa α-synuclein陽性ボリペプチドのAP1ペプチドマップ (B)各ピークに含まれるイオンの質量数ト対応するペプチド。synはα-synucleinを示す (C)ビーク6に含まれる質量数1252.4のイオンから得られたタンデムマススペクトル。(D)Ub化α-synucleinペプチドのうち矢印部分で分子開裂したフラグメントと一致するシグナルが得られた。

審査要旨 要旨を表示する

パーキンソン病 (PD) は筋固縮、振戦、無動などの運動障害を示す進行性神経変性疾患であり、病理学的には黒質のドパミン性神経細胞の脱落と残存神経細胞内にLewy小体 (LB) が出現することが特徴である。申請者の所属する研究グループはLBの単離精製法を確立し、その主成分としてα-synuclein蛋白を同定した。近年、PDのみならずLewy小体型痴呆症 (DLB) や多系統萎縮症 (MSA) などの神経変性疾患においても細胞内にα-synuclein蛋白が蓄積することが明らかとなり、これらの疾患はsynucleinopathyと総称されるに至った。α-synuclein蓄積部位に一致して神経細胞脱落が生じること、α-synuclein遺伝子変異に起因する家族性PD が見出されたことから、α-synucleinの蓄積は神経細胞死と密接な関係を有する現象であることが予想される。しかし、生体内でα-synucleinが凝集・蓄積する場合、α-synuclein蛋白のもつ凝集性のみを駆動力として凝集に至るのか、それとも特殊な翻訳後修飾がα-synucleinの線維化を促進しているのかについてはほとんど不明であった。そこで申請者はDLB患者脳内に蓄積したα-synucleinを蛋白質生化学的に解析することにより、蓄積α-synuclein特異的な翻訳後修飾を明らかにし、α-synucleinが脳内で不溶化、蓄積する機序を解明することを目的として本研究を行った。

Ser129リン酸化がα-synuclein線維化に及ぼす影響

synucleinopathy患者の脳内において不溶性を獲得したα-synuclein蛋白について検討を加えるため、界面活性剤に対する可溶性の違いにより他の蛋白と分離することを試みた。正常老人ならびにDLB患者の大脳皮質を、Tris、1% Triton X-100、1% Sarkosyl、8 M ureaを含む各種緩衝液で順に可溶化した。各画分を抗ヒトα-synuclein抗体を用いてウェスタンブロット解析すると、Tris可溶画分およびTriton X可溶画分に陽性バンドが確認された。これらの画分では正常老人脳、DLB患者脳間でα-synuclein陽性バンドの量やパターンに違いが見られなかったことから、これらのバンドは正常α-synucleinに対応するものと考えられた。一方、urea可溶画分においてはDLB患者脳特異的に陽性バンドがみられ、これらのバンドはDLB患者脳内に蓄積したα-synucleinを反映していると考えられた。この画分に回収されるα-synucleinの大部分は電気泳動上、全長α-synucleinと同じく15 kDa付近に泳動されるが、一部プロセシングを受けたと考えられる約13 kDaの分子種、そして22、29 kDa付近にも陽性バンドがみられた。申請者は修士課程においてurea可溶画分に回収される、約15 kDaのα-synucleinを蛋白質生化学的に解析することにより、蓄積したα-synucleinはSer129において高度にリン酸化を受けていることを明らかにしている。Ser129リン酸化α-synucleinを特異的に認識するポリクローナル抗体を用いてウェスタンブロット解析すると、TrisおよびTriton X可溶画分に回収される正常α-synucleinは認識されず、urea可溶画分の蓄積α-synucleinのみが特異的に認識された。

蓄積α-synucleinに特異的な翻訳後修飾であるSer129リン酸化が、α-synuclein蛋白蓄積の原因となりうるか否かについて検討するため、Ser129リン酸化によるα-synuclein線維形成能の変化について検討した。Ser129を特異的にリン酸化するcasein kinase 2により処理したリコンビナントα-synucleinをin vitroで線維化すると、直径10 nm 程度の直線状線維を形成し、リン酸化処理の有無により、形成される線維の微細形態に違いは見られなかった 。次に形成された線維量の比較を行った。遠心操作によりサンプルを上清 (s) と沈渣 (p)に分離し、線維を沈渣に回収して電気泳動を行った。非リン酸化α-synucleinは大部分が上清に回収されたのに対し、リン酸化α-synucleinは沈渣に多く回収され、その量はリン酸化により約4倍増加した。βシート構造を認識して蛍光を発するthioflavin Tにより定量した場合にもリン酸化α-synucleinの線維化の促進が観察された。アルツハイマー病患者脳においても高度にリン酸化されたtau蛋白が線維化して蓄積していることを考え合わせると、特定の蛋白質の過剰リン酸化が細胞内異常線維の形成を促進し、神経細胞死を導くという神経変性に共通なメカニズムが想定された。

α-synucleinのユビキチン化に関する検討

synucleinopathy患者脳の不溶性画分には電気泳動上、22、 29 kDa付近に泳動されるα-synuclein分子が回収される。これらの分子はSer129リン酸化とともに何らかの修飾を受けた蛋白と予想され、その修飾を同定することによりα-synuclein蓄積機構に新たな知見が得られるものと考えられた。そこで申請者は大脳皮質にα-synuclein蓄積病変が豊富に出現し、不溶性α-synucleinを多量に回収できるHallervorden-Spatz disease (HSD) 患者の剖検脳を用いて、それらの分子種に生じている翻訳後修飾の同定を試みた。

LBなどのα-synuclein蓄積病変がユビキチン陽性であることが以前から知られていたことや22、29 kDa のα-synuclein陽性ポリペプチドは全長型分子に比べて分子量が約7 kDaずつ増大していることから、これらの分子に生じている翻訳後修飾としてユビキチン化 (Ub 化) を予想した。そこでHSD脳から抽出した各可溶画分を抗Ub抗体によりウェスタンブロット解析した結果、urea可溶画分の22、29 kDaのバンドはUb陽性を示し、蓄積α-synucleinがUb化を受けていることが示唆された。

次に蛋白質生化学的手法を用いて、蓄積α-synucleinのUb化部位の同定を試みた。HSD患者脳から抽出した尿素可溶画分を陰イオン交換カラムで精製後、ゲル濾過カラムを用いて、15、22、29 kDaのα-synuclein陽性ポリペプチドを分離することができた。

リジルエンドペプチダーゼ (AP1) を用いてUb化蛋白質を消化すると、Ub付加を受けた標的蛋白質のLys残基は切断されず、Ub最C末端断片と標的蛋白質断片が結合したT字型ペプチドが回収される。ゲル濾過後、逆相HPLCで精製した22 kDaモノ-Ub化α-synucleinをAP1処理し、LC-MSを用いて解析した。その結果、α-synuclein由来の4個、Ub由来の2個のペプチド断片が検出されるとともに、一つのピークから質量数1252.4のシグナルが検出された。このイオンをMS/MSにより解析した結果、α-synucleinのLys12にUbの最C 末端ペプチドが付加したイソペプチドに由来することが明らかになった。

α-synucleinが線維を形成する際、30番から110番付近がプロテアーゼ耐性のコア構造を作り、そのN末端側は線維の表層を形成する。このことを考え合わせると、α-synucleinは線維を形成した後、表面に露出したLys12などでUb化を受けるが、何らかの理由によりモノユビキチン化状態にとどまり、分解を免れるものと考えられた。

本検討において申請者は疾患脳に蓄積したα-synucleinを蛋白化学的に解析した結果、蓄積α-synucleinに特異的な翻訳後修飾を同定するとともに、その修飾がα-synuclein蓄積の原因となる可能性を示した。この修飾は孤発性症例を含めたsynucleinopathy全般に生じる現象であり、脳内におけるα-synuclein蓄積機序の解明にあたり新たな知見を加えるものと考えられる。これらの結果はパーキンソン病をはじめとするヒト神経変性疾患の病態解明と治療の開発に重要な情報を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク