学位論文要旨



No 119434
著者(漢字) 諸橋,雄一
著者(英字)
著者(カナ) モロハシ,ユウイチ
標題(和) Dipeptide型γ-secretase阻害剤DAPTの標的蛋白質同定およびその阻害機構の解析
標題(洋)
報告番号 119434
報告番号 甲19434
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1095号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 杉山,雄一
内容要旨 要旨を表示する

γ-secretaseはβ-amyloid precursor protein(APP)の膜貫通部位内を切断し、amyloid β-peptide(Aβ)産生の最終段階を担うプロテアーゼである。Aβはアルツハイマー病(AD)患者脳に蓄積する老人斑の主要構成成分であり、AD発症に深く関与していると考えられていることから、γ-secretaseによる膜内配列切断機構の研究はAD発症機構の解明と治療薬の開発にとって重要である。γ-secretaseは家族性AD病因遺伝子産物presenilin(PS)に加えて, nicastrin(NCT), APH-1, PEN-2の4種類の膜蛋白質を含む複合体と考えられている。このうちPSは遷移状態アナログ阻害剤により直接標識されることから、活性中心となるアスパラギン酸残基をもつサブユニットであると想定されている。しかしながら、γ-secretaseは従来のアスパラギン酸プロテアーゼとは異なる性質を持つ特殊な酵素であることが示唆されている(Fig.1)。また、遷移状態アナログ以外の構造をもつ各種の阻害剤によるγ-secretase阻害の分子機構は、その標的蛋白質・結合部位を含めほとんど明らかにされていない。本研究で私は、天然物合成化学教室・創薬理論科学教室との共同研究により、代表的なdipeptide型γ-secretase阻害剤の一つであり、遷移状態アナログとは異なりその構造から結合部位を予測することが困難であったDAPT (N-[N-(3,5-difluoro phenacetyl)-L-alanyl]-S-phenylglycine t-butyl ester) の誘導体を用いて、その標的蛋白質の探索及びDAPTによるγ-secretase阻害機構を解析した。

DAPTの化学的構造はフェニル酢酸、アラニン、フェニルグリシンの3つのセグメントからなるdipeptide型である(Fig.2)。まずDAPTのγ-secretase阻害特性について、γ-secretaseの基質であるAPPもしくはAPPのC末端断片(C100)とNotchのC末端断片(NΔE)を過剰発現する培養細胞を用いて分泌Aβ・基質であるC83/99の蓄積・NICD産生に与える影響を検討した。その結果、DAPT処理により濃度依存的なAβ分泌、NICD産生の阻害、それに伴う基質C83/99の蓄積が観察されたほか、低濃度域におけるAβ分泌の上昇相が認められた(Fig.3)。次に、フェニル酢酸およびフェニルグリシンセグメントに様々な改変を加えた誘導体を合成し、その阻害活性について、フェニル酢酸セグメント、およびフェニルグリシンセグメントのフェニル基に対する改変は大幅な活性減弱をもたらした一方、一部のDAPT誘導体では低濃度域におけるAβ40・Aβ42分泌上昇効果が観察された。このときNICD産生の上昇は観察されなかった。C末端側エステル部位の改変体は阻害活性に大きな影響を与えなかった他、アミド結合でbenzophenoneを導入した誘導体D23に関しては大幅な活性増強が観察された。

次に、光親和性標識法を応用してDAPTの標的分子を同定するため、ここまでの検討から改変可能な部位と判明したC末端側エステル部位にアミド結合を介して、光感応基としてbenzophenone、アフィニティータグとしてbiotinを導入した誘導体DAP-BpBを合成した(Fig.4A)。In vitro γ-secretase assayによりDAP-BpBの阻害能を検討したところ、リード化合物であるDAPTとほぼ同等の阻害能(IC50=〜100nM)を示していた(Fig.4B)。これより、DAP-BpBはγ-secretaseに対してDAPTと同等の親和性を保持しているものと考えられた。

そこで、このDAP-BpBを用いてDAPT標的蛋白質同定を試みた。HeLa S3細胞から調製した膜画分を1% CHAPSOで可溶化して100nM DAP-BpBを加え、40分間UV (〜365nm) 照射を行った。クロスリンクされた蛋白質をstreptavidin sepharoseでアフィニティー沈降させ、抗biotin抗体を用いたウェスタンブロット解析によりDAPT-BBの標的蛋白質を探索した。その結果、DAP-BpB存在下で光親和性標識され、過剰量(10μM)のDAPT添加により消失する約23および26 kDaのバンドを検出した(Fig.5A)。これらのバンドパターンはPS1のC末端断片(CTF)のそれに類似していたので、抗PS1 CTF抗体を用いてウェスタンブロット解析したところ、これらの2本のバンドの分子量は完全に一致することが確認された。この結果からDAPTの標的蛋白質はPS1 CTFと考えられた。また、哺乳類においてはPS1の相同分子であり生体内でγ-secretase活性の一部を担っていることが示唆されているPS2が存在するが、このPS2のCTFにもDAPTが結合するか否か、同サンプルを抗PS2 CTF抗体を用いてウェスタンブロット解析したが、PS2 CTFの標識は観察されなかった(Fig.5B)。

次に、DAPTがどの様な状態のPS1蛋白に結合するのかを検討した。γ-secretaseの活性中心サブユニットと考えられるPSは、まず約50kDaの全長蛋白質として生合成され、他のサブユニットと会合して高分子量複合体を形成した後に分子内切断を受け、約30kDaのN末端断片(NTF)と約20kDaのCTFのヘテロダイマーとなる。従って、全長型が酵素前駆体(zymogen)、断片型が活性型酵素と考えられている。全長型と断片型が同レベルに発現しているPS1過剰発現細胞の膜画分に対しDAP-BpBによる標識を行ったところ、DAP-BpBは断片型であるPS1 CTFのみを特異的に標識した(Fig.6A)。また、活性中心と考えられている第385番のアスパラギン酸残基をアラニンに置換したdominant negative型変異PS1はDAP-BpBにより標識されなかった(Fig.6B)。さらに、細胞膜画分をCHAPSO可溶化後にゲル濾過し、分子量別に分取した画分をDAP-BpBで標識すると、約700kDa以上のγ-secretase活性の見られる画分においてのみPS1 CTFが標識された(Fig.7)。これらの結果から、DAPTは活性型γ-secretaseに特異的に結合すると考えた。

次にDAPTのγ-secretase阻害機構について解析を行うこととした。DAPTと構造が類似する、あるいは異なる各種γ-secretase阻害剤をDAP-BpB標識の競合阻害剤として用いることにより、これらの化合物の作用機構とDAPT作用機構との異同について検討した(Fig.8)。DAPTと共通のdipeptide構造を持つcompound E、LY411575などの化合物、ならびにsulfonamide型化合物HF14057はDAP-BpBによるラベルをDAPT同様に阻害し、これらの化合物は同一の部位に結合していることが示唆された。一方、遷移状態アナログであり、触媒部位に結合すると予想されるL-685,458、ならびに基質結合部位に結合すると予想されるヘリックスペプチド型化合物peptide 15はDAPTよりも弱い標識阻害効果を示した。これらの結果からDAPTの結合部位は触媒部位や基質結合部位に近接しているが、異なるものと考えた。

本研究において私は、(1)DAPTの標的分子はPS1 CTFであること、(2)DAPTは活性型γ-secretaseに選択的に結合すること、(3)γ-secretaseにおけるDAPTの結合部位は触媒部位、基質結合部位とは異なること、を見出した。これらの結果は、γ-secretaseには触媒部位とも基質結合部位とも異なる位置に活性に重要な阻害剤結合ドメインが存在することを示唆する。今後はDAP-BpBの結合部位を質量分析により厳密に同定するなどの方法により、γ-secretaseの構造および切断機構の解明をさらに進めたい。また、DAPTが活性型γ-secretaseを認識する結果が得られたことから、DAPT誘導体をγ-secretaseの活性標識に用いることができると考えられる。今回benzophenone、biotinを付加した部位にCy3/5やrhodamineなどの蛍光団を付加することで、細胞内のどのコンパートメントにγ-secretase活性が存在するか、基質にリガンド刺激を加えたときにγ-secretaseがどのような挙動を示すか、また脳内における活性型γ-secretaseの局在等も検討可能であると考えられる。今後はこのような方向での応用もさらに追求していきたい。

γ-secretaseのモデル図

DAPTの構造式

培養細胞を用いたDAPTのγ-secretase阻害効果の検討

光親和性プローブDAP-BpB A. DAP-BpBの構造式 B. DAP-BpBのγ-secretase阻害能

DAP-BpBによるDAPT結合蛋白質の同定 A. HeLa S3細胞を用いたDAPT標的蛋白質同定。DAPTはPS1 CTFに結合する(矢頭)。B. DAPTはPS2 CTFには結合しない。

DAPTは活性型γ-secretaseに結合するI A. 野生型PS1過剰発現細胞を用いた標識実験。B. 活性中心Asp変異型PS1の標識実験。

DAPTは活性型γ-secretaseに結合するIIゲル濾過にて分子量別に分画した後、3つのプールに分け、標識実験を行った。

各種γ-secretase阻害剤を用いた標識競合実験

審査要旨 要旨を表示する

γ-secretase はβ-amyloid precursor protein(APP)の膜貫通部位内を切断し、amyloid β-peptide (Aβ) 産生の最終段階を担うプロテアーゼである。Aβはアルツハイマー病(AD)患者脳に蓄積する老人斑の主要構成成分であり、AD 発症に深く関与していると考えられていることから、γ-secretase による膜内配列切断機構の研究はAD発症機構の解明と治療薬の開発にとって重要である。γ-secretase は家族性AD病因遺伝子産物presenilin(PS)に加えて, nicastrin(NCT), APH-1, PEN-2の4種類の膜蛋白質を含む複合体と考えられている。このうちPS は遷移状態アナログ阻害剤により直接標識されることから、活性中心となるアスパラギン酸残基をもつサブユニットであると想定されている。しかしながら、γ-secretase は従来のアスパラギン酸プロテアーゼとは異なる性質を持つ特殊な酵素であることが示唆されている。また、遷移状態アナログ以外の構造をもつ各種の阻害剤によるγ-secretase 阻害の分子機構は、その標的蛋白質・結合部位を含めほとんど明らかにされていない。本研究で申請者は、代表的なdipeptide型γ-secretase 阻害剤の一つであり、遷移状態アナログとは異なりその構造から結合部位を予測することが困難であったDAPT (N-[N-(3,5-difluoro phenacetyl)-L-alanyl]-S-phenylglycine tbutyl ester) の誘導体を用いて、その標的蛋白質の探索及びDAPT によるγ-secretase 阻害機構を解析した。

DAPT の化学的構造はフェニル酢酸、アラニン、フェニルグリシンの3つのセグメントからなるdipeptide 型である。まずDAPT のγ-secretase 阻害特性について、γ-secretase の基質であるAPP もしくはAPP のC 末端断片(C100)とNotch のC末端断片(NΔE)を過剰発現する培養細胞を用いて分泌Aβ・基質であるC83/99 の蓄積・NICD産生に与える影響を検討した。その結果、DAPT処理により濃度依存的なAβ分泌、NICD産生の阻害、それに伴う基質C83/99の蓄積が観察されたほか、低濃度域におけるAβ分泌の上昇相が認められた。次に、フェニル酢酸およびフェニルグリシンセグメントに様々な改変を加えた誘導体を合成し、その阻害活性について、フェニル酢酸セグメント、およびフェニルグリシンセグメントのフェニル基に対する改変は大幅な活性減弱をもたらした一方、一部のDAPT 誘導体では低濃度域におけるAβ40・Aβ42分泌上昇効果が観察された。このときNICD 産生の上昇は観察されなかった。C末端側エステル部位の改変体は阻害活性に大きな影響を与えなかった他、アミド結合でbenzophenone を導入した誘導体D23に関しては大幅な活性増強が観察された。

次に、光親和性標識法を応用してDAPT の標的分子を同定するため、ここまでの検討から改変可能な部位と判明したC末端側エステル部位にアミド結合を介して、光感応基としてbenzophenone、アフィニティータグとしてbiotinを導入した誘導体DAP-BpBを合成した。In vitro γ-secretase assay によりDAP-BpBの阻害能を検討したところ、リード化合物であるDAPTとほぼ同等の阻害能(IC50 =〜100nM)を示していた。これより、DAP-BpBはγ-secretaseに対してDAPTと同等の親和性を保持しているものと考えられた。

そこで、申請者はDAP-BpBを用いてDAPT標的蛋白質同定を試みた。HeLa S3細胞から調製した膜画分を1% CHAPSO可溶化して100nM DAP-BpBを加え、40分間UV (〜365nm) 照射を行った。クロスリンクされた蛋白質をstreptavidin sepharose でアフィニティー沈降させ、抗biotin抗体を用いたウェスタンブロット解析によりDAPT-BBの標的蛋白質を探索した。その結果、DAP-BpB存在下で光親和性標識され、過剰量(10μM)のDAPT添加により消失する約23および26kDaのバンドを検出した。これらのバンドパターンはPS1 のC末端断片(CTF)のそれに類似していたので、抗PS1 CTF 抗体を用いてウェスタンブロット解析したところ、これらの2本のバンドの分子量は完全に一致することが確認された。この結果からDAPTの標的蛋白質はPS1 CTFと考えられた。また、哺乳類においてはPS1 の相同分子であり生体内でγ-secretase活性の一部を担っていることが示唆されているPS2が存在するが、このPS2 のCTFにもDAPTが結合するか否か、同サンプルを抗PS2 CTF 抗体を用いてウェスタンブロット解析したが、PS2 CTFの標識は観察されなかった。

次に、DAPTがどの様な状態のPS1蛋白に結合するのかを検討した。γ-secretaseの活性中心サブユニットと考えられるPSは、まず約50kDaの全長蛋白質として生合成され、他のサブユニットと会合して高分子量複合体を形成した後に分子内切断を受け、約30kDa のN末端断片(NTF)と約20kDa のCTFのヘテロダイマーとなる。従って、全長型が酵素前駆体(zymogen)、断片型が活性型酵素と考えられている。全長型と断片型が同レベルに発現しているPS1過剰発現細胞の膜画分に対しDAP-BpBによる標識を行ったところ、DAP-BpBは断片型であるPS1 CTFのみを特異的に標識した。また、活性中心と考えられている第385番のアスパラギン酸残基をアラニンに置換したdominant negative 型変異PS1はDAP-BpBにより標識されなかった。さらに、細胞膜画分をCHAPSO可溶化後にゲル濾過し、分子量別に分取した画分をDAP-BpBで標識すると、約700kDa 以上のγ-secretase活性の見られる画分においてのみPS1 CTF が標識された。これらの結果から、DAPT は活性型γ-secretase に特異的に結合すると考えた。

次に申請者はDAPTのγ-secretase阻害機構について解析を行った。DAPT と構造が類似する、あるいは異なる各種γ-secretase阻害剤をDAP-BpB標識の競合阻害剤として用いることにより、これらの化合物の作用機構とDAPT作用機構との異同について検討した。DAPTと共通のdipeptide 構造を持つcompound E、LY411575 などの化合物、ならびにsulfonamide型化合物HF14057 はDAP-BpB によるラベルをDAPT同様に阻害し、これらの化合物は同一の部位に結合していることが示唆された。一方、遷移状態アナログであり、触媒部位に結合すると予想されるL-685,458、ならびに基質結合部位に結合すると予想されるヘリックスペプチド型化合物peptide 15はDAPTよりも弱い標識阻害効果を示した。これらの結果からDAPTの結合部位は触媒部位や基質結合部位に近接しているが、異なるものと考えた。

以上本研究において申請者は、(1)DAPT の標的分子はPS1 CTFであること、(2)DAPTは活性型γ-secretaseに選択的に結合すること、(3)γ-secretaseにおけるDAPTの結合部位は触媒部位、基質結合部位とは異なること、を見出した。これらの結果は、γ-secretaseには触媒部位とも基質結合部位とも異なる位置に活性に重要な阻害剤結合ドメインが存在することを示唆する。これらの結果はγ-secretaseの構造と機能に関する新知見を与えるものであり、γ-secretase阻害によるアルツハイマー病の予防ならびに根本治療方策に道を開くものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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