学位論文要旨



No 119436
著者(漢字) 若林,朋子
著者(英字)
著者(カナ) ワカバヤシ,トモコ
標題(和) 新規膜貫通型コラーゲンCLAC-P/type XXV collagenの発現、代謝ならびに相互作用分子に関する研究
標題(洋)
報告番号 119436
報告番号 甲19436
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1097号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 講師 東,伸昭
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)脳に特徴的な老人斑アミロイドには、主要構成成分であるアミロイドβペプチド(Aβ)以外にもいくつかの蛋白質性成分の存在が知られており、Aβの線維化や細胞毒性への関与が想定されている。我々はAD老人斑アミロイドを精製、生化学的に解析し、新規構成成分CLAC(collagen-like Alzheimer amyloid plaque component)ならびにその前駆体であるCLAC-P(CLAC precursor)を同定した。CLAC-P はII型膜貫通蛋白質であり、細胞外領域に3ヶ所のコラーゲン様Gly-X-Y 繰り返し配列領域 (COL1〜3)を持つことから、type XXV collagen(Col XXV)の名称も与えられた。CLAC-P の一部はfurin convertase による切断を受けてその細胞外領域(sCLAC)が分泌されること、AD脳ではAβの凝集・線維化に伴ってCLACの蓄積が増加することが示されている。

コラーゲンファミリーに属する分子は、その構造にもとづいてサブファミリーに分類されている。近年、膜貫通領域を有するコラーゲンが複数報告され、膜貫通型コラーゲンと総称されている。このうちCol XIII、XXIIIはCLAC-P/Col XXVと類似性の高い分子構造を持つことから、共通した機能を担う分子群であると考えられるが、その生理的役割や、ADとの関連については未解明の点が多い(Fig.1A)。本研究において私は、新規コラーゲンCLAC-P/Col XXVの発現、代謝について解析するとともに、特にその相互作用分子について、他の膜貫通型コラーゲンと対比しつつ検討を行った。

各種膜貫通型コラーゲンの脳における発現とAD 脳における変化

膜貫通型コラーゲンの脳におけるmRNA 発現を、マウス初代培養神経細胞、アストロサイト、ミクログリアおよび髄膜由来線維芽細胞においてRT-PCR法により検討した。CLAC-P/Col XXVは神経細胞に特異的に発現するのに対し、Col XIIIは神経細胞に加えてグリア細胞にも発現し、Col XXIIIは全ての細胞種で発現していることが分かった(Fig.1B)。

いずれの膜貫通型コラーゲンも脳に発現が見られ、細胞外領域が切断・分泌を受けることから、CLAC-P/Col XXVと同様にAD脳老人斑アミロイドに蓄積する可能性が考えられた。しかし、AD脳の免疫組織化学ならびにアミロイド画分のウェスタンブロッティングにより、βアミロイドとの共存が認められたのはCLACのみであった。

CLAC-P/Col XXVの代謝に関する検討

CLAC-P/Col XXVの代謝を検討するため、CLAC-P/Col XXVを恒常的に発現するHEK293細胞株を取得し、メタボリックラベリング法を用いてCLAC-P/Col XXVの全長型および分泌型(sCLAC)蛋白質の消長を経時的に観察した(Fig.2A)。その結果、全長型が6時間程度で消失するのに伴い、分泌型の増加が観察された。その後全長、分泌型ともに一定量が長時間安定に残り、その半減期は約60時間であった。

コラーゲン蛋白質はトリプルへリックス構造を形成して安定化し、熱やプロテアーゼに対する抵抗性を獲得することがその基本的性質として知られている。α,α'-dipyridyl によりプロリン、リジンのヒドロキシル化を阻害した細胞では、CLAC-P/Col XXVは電気泳動上の移動度が促進し、正常なsCLACの分泌も抑制された(Fig.2B)。また、sCLACを様々な温度で熱処理した後トリプシン消化を行ったところ、45℃まではトリプシン耐性を示し、熱安定性、プロテアーゼ耐性などのコラーゲンに共通な性質を保っていることが示された(Fig.2C)。

CLAC-P/Col XXVと相互作用するコラーゲン受容体インテグリンの検討

コラーゲンは通常インテグリンなどの受容体を介して生理機能を発揮する。コラーゲン受容体インテグリンとしてα1β1、 α2β1、 α10β1 、α11β1などが知られており、そのα subunitはいずれも分子のN末端側にI domain(inserted domain)と呼ばれる約200 アミノ酸からなる基質認識部位を持つのが特徴である。これら4 種のコラーゲン受容体インテグリンはいずれも脳においてmRNA発現が見られることを確認した。

CLAC-P/Col XXVとこれらのインテグリンとの相互作用を検討するため、CLAC-P/Col XXVもしくはCol XIIIを恒常発現するHEK293細胞株の培養上清から、ヘパリンカラム、ハイドロキシアパタイトカラム、ゲル濾過を用いてリコンビナント分泌型蛋白質を精製する方法を確立し、これを基質として検討に用いた。in vitro 結合アッセイでは、GST融合リコンビナントI domain(GST-αI)と固相に敷いた各種コラーゲンとのMg2+存在下における結合を、Eu(ユーロピウム)ラベル抗GST抗体の蛍光により測定した(Fig.3A)。その結果、sCLAC はα1I<α2I<α11I の順に親和性を示したが、Col XIII は逆にα1I と強い結合を示した。

次にインテグリンを介する細胞の基質への接着(attachment)、伸展(spreading)をcell spreading アッセイにより評価した。内因性にα1、α10、α11 およびβ1 インテグリンを発現するSaos-2 細胞(ヒト骨肉腫由来細胞)の野生株(Saos-2 wt)と、恒常的にα2インテグリンを発現させたSaos-2 α2 細胞を用いた。固相化した各種コラーゲン上にシクロヘキシミド処理したSaos-2細胞を加え、2時間後の基質に対するattachment とspreadingの比率を計測した(Fig.3B,C)。その結果、sCLAC 上においてSaos-2 wt 細胞のspreadingが観察され、さらにその比率はSaos-2 α2 細胞で上昇したことから、sCLAC がα2β1 インテグリンの基質となることが確認された。

グリコサミノグリカンとCLAC-P/Col XXVの相互作用

我々はsCLACの精製過程においてsCLACがヘパリンカラムに強く結合することを見出した。そこでCLAC-P/Col XXVと各種グリコサミノグリカン(GAG)との結合をin vitro結合アッセイにより検討した(Fig.4A)。その結果、sCLACはヘパラン硫酸に強い結合を示した。コンドロイチン硫酸にも結合が見られたが、ヒアルロン酸にはほとんど結合しなかった。

次にこれらのGAGがCLAC-P/Col XXVの代謝に与える影響を検討した。メタボリックラベリングしたCLAC-P/Col XXV発現細胞の培養液中に各種のGAG を加え、培養液中のsCLAC とRIPA バッファーで可溶化した細胞画分中のCLAC-P/Col XXV の量を定量した(Fig.4B,C)。その結果、ヘパリン、ヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸を添加した細胞では分泌量の増加が認められた。ヒアルロン酸は分泌上昇効果を示さなかった。また、ヘパリン添加による分泌の増加はCol XIII についても観察されたが、その効果はCLAC-P/Col XXVに比して弱かった(Fig.4C)。細胞外領域の分泌に対するGAGの効果の強さは、in vitroの結合アッセイで見られたGAGとコラーゲンの結合能に相関していた。

CLAC-P/Col XXVへの結合および分泌促進効果を示したGAGはいずれも硫酸基の修飾を持つアニオン性GAGであった。CLAC-P/Col XXV のCOL領域には正電荷アミノ酸が多く存在しており、GAGとの相互作用を媒介するものと考えられる。

また、アニオン性GAGによるsCLACの分泌量増加のメカニズムを考えるにあたり、細胞に保持されているsCLACの存在を見出し、細胞に保持されるsCLACがGAGの競合的添加や、GAG合成阻害により減少することを示した。このことは、細胞表面におけるアニオン性GAG修飾を持つ分子とsCLACとの相互作用を示唆している。

【まとめ】

本研究において私はCLAC-P/Col XXV がコラーゲンとしての基本的性質を有し、脳に発現するコラーゲン受容体インテグリンを介して生理機能を発揮する可能性を示した。また、アニオン性GAG との結合と分泌量の相関が見られることから、CLAC-P/Col XXVの機能はヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン等の糖蛋白質との相互作用により調節を受ける可能性を示唆し、Fig.5 に示すモデルを提示した。膜貫通型コラーゲンファミリー分子のうち、AD脳老人斑アミロイドに蓄積するのはCLACのみであった。今後CLAC-P/Col XXVがアミロイド蓄積に果たす役割、その生理的機能ならびに他の膜貫通型コラーゲンとの機能的異同を解明してゆきたい。

CLAC-P/Col XXVと膜貫通型コラーゲン

CLAC-P/Col XXVの代謝

CLAC-P/Col XXVとインテグリンの相互作用

GAG とCLAC-P/Col XXVの相互作用

膜結合型コラーゲンと受容体の結合とその制御に関するモデル

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)脳に特徴的な老人斑アミロイドには、主要構成成分であるアミロイドβペプチド(Aβ)以外にもいくつかの蛋白質性成分の存在が知られており、Aβの線維化や細胞毒性への関与が想定されている。申請者らはAD老人斑アミロイドを精製、生化学的に解析し、新規構成成分CLAC (collagen-like Alzheimer amyloid plaque component)ならびにその前駆体であるCLAC-P(CLAC precursor)を同定した。CLAC-P はII型膜貫通蛋白質であり、細胞外領域に3ヶ所のコラーゲン様Gly-X-Y繰り返し配列領域(COL1〜3)を持つことから、type XXV collagen(Col XXV)の名称も与えられた。CLAC-P の一部はfurin convertase による切断を受けてその細胞外領域(sCLAC)が分泌されること、AD脳ではAβの凝集・線維化に伴ってCLACの蓄積が増加することが示されている。

コラーゲンファミリーに属する分子は、その構造にもとづいてサブファミリーに分類されている。近年、膜貫通領域を有するコラーゲンが複数報告され、膜貫通型コラーゲンと総称されている。このうちCol XIII、XXIIIはCLAC-P/Col XXVと類似性の高い分子構造を持つことから、共通した機能を担う分子群であると考えられるが、その生理的役割や、ADとの関連については未解明の点が多い。本研究において申請者は、新規コラーゲンCLAC-P/Col XXVの発現、代謝について解析するとともに、特にその相互作用分子について、他の膜貫通型コラーゲンと対比しつつ検討を行った。

各種膜貫通型コラーゲンの脳における発現とAD脳における変化

膜貫通型コラーゲンの脳におけるmRNA発現を、マウス初代培養神経細胞、アストロサイト、ミクログリアおよび髄膜由来線維芽細胞においてRT-PCR法により検討した。CLAC-P/Col XXVは神経細胞に特異的に発現するのに対し、Col XIIIは神経細胞に加えてグリア細胞にも発現し、Col XXIIIは全ての細胞種で発現していることが分かった。

いずれの膜貫通型コラーゲンも脳に発現が見られ、細胞外領域が切断・分泌を受けることから、CLAC-P/Col XXVと同様にAD脳老人斑アミロイドに蓄積する可能性が考えられた。しかし、AD脳の免疫組織化学ならびにアミロイド画分のウェスタンブロッティングにより、βアミロイドとの共存が認められたのはCLACのみであった。

CLAC-P/Col XXVの代謝に関する検討

CLAC-P/Col XXVの代謝を検討するため、CLAC-P/Col XXVを恒常的に発現するHEK293細胞株を取得し、メタボリックラベリング法を用いてCLAC-P/Col XXVの全長型および分泌型(sCLAC)蛋白質の消長を経時的に観察した。その結果、全長型が6時間程度で消失するのに伴い、分泌型の増加が観察された。その後全長、分泌型ともに一定量が長時間安定に残り、その半減期は約60時間であった。

コラーゲン蛋白質はトリプルへリックス構造を形成して安定化し、熱やプロテアーゼに対する抵抗性を獲得する。α,α'-dipyridyl によりプロリン、リジンのヒドロキシル化を阻害すると、CLAC-P/Col XXVは電気泳動上の移動度が促進し、正常なsCLAC の分泌も抑制されたことから、プロリン、リジンのヒドロキシル化はCLAC-P/Col XXVのトリプルへリックス形成の安定と、sCLACの生成に必要であることが示された。また、sCLACを様々な温度で熱処理した後トリプシン消化を行ったところ、45℃まではトリプシン耐性を示し、熱安定性、プロテアーゼ耐性などのコラーゲンに共通な性質を保っていることが示された。

CLAC-P/Col XXVと相互作用するコラーゲン受容体インテグリンの検討

コラーゲンは通常インテグリンなどの受容体を介して生理機能を発揮する。コラーゲン受容体インテグリンとしてα1β1、 α2β1、 α10β1 、α11β1 などが知られており、そのα subunitはいずれも分子のN末端側にI domain(inserted domain)と呼ばれる約200 アミノ酸からなる基質認識部位を持つのが特徴である。これら4種のコラーゲン受容体インテグリンはいずれも脳においてmRNA発現が見られることを確認した。

CLAC-P/Col XXVとこれらのインテグリンとの相互作用を検討するため、CLAC-P/Col XXVもしくはCol XIIIを恒常発現するHEK293細胞株の培養上清から、ヘパリンカラム、ハイドロキシアパタイトカラム、ゲル濾過を用いてリコンビナント分泌型蛋白質を精製する方法を確立し、これを基質として検討に用いた。in vitro 結合アッセイでは、GST融合リコンビナントI domain(GST-αI)と固相に敷いた各種コラーゲンとのMg2+存在下における結合を、Eu(ユーロピウム)ラベル抗GST 抗体の蛍光により測定した。その結果、sCLACはα1I<α2I<α11Iの順に親和性を示したが、Col XIIIは逆にα1Iと強い結合を示した。

次にインテグリンを介する細胞の基質への接着(attachment)、伸展(spreading)をcell spreading アッセイにより評価した。内因性にα1、α10、α11 およびβ1 インテグリンを発現するSaos-2 細胞(ヒト骨肉腫由来細胞)の野生株(Saos-2 wt)と、恒常的にα2 インテグリンを発現させたSaos-2 α2 を用いた。固相化した各種コラーゲン上にシクロヘキシミド処理したSaos-2 細胞を加え、2時間後の基質に対するattachment とspreading の比率を計測した。その結果、sCLAC 上においてSaos-2 wt 細胞のspreading が観察され、さらにその比率はSaos-2 α2 細胞で上昇したことから、sCLAC がα2β1 インテグリンの基質となることが確認された。

グリコサミノグリカンとCLAC-P/Col XXV の相互作用

我々はsCLACの精製過程においてsCLAC がヘパリンカラムに強く結合することを見出した。そこでCLAC-P/Col XXVと各種グリコサミノグリカン(GAG)との結合をin vitro結合アッセイにより検討した。その結果、sCLACはヘパラン硫酸に強い結合を示した。コンドロイチン硫酸にも結合が見られたが、ヒアルロン酸にはほとんど結合しなかった。

次にこれらのGAGがCLAC-P/Col XXVの代謝に与える影響を検討した。メタボリックラベリングしたCLAC-P/Col XXV発現細胞の培養液中に各種のGAGを加え、培養液中のsCLACとRIPAバッファーで可溶化した細胞画分中のCLAC-P/Col XXVの量を定量した。その結果、ヘパリン、ヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸を添加した細胞では分泌量の増加が認められた。ヒアルロン酸は分泌上昇効果を示さなかった。また、ヘパリン添加による分泌の増加はCol XIIIについても観察されたが、その効果はCLAC-P/Col XXV に比して弱かった。細胞外領域の分泌に対するGAGの効果の強さは、in vitro の結合アッセイで見られたGAG とコラーゲンの結合能に相関していた。

CLAC-P/Col XXVへの結合および分泌促進効果を示したGAGはいずれも硫酸基の修飾を持つアニオン性GAGであった。CLAC-P/Col XXVのCOL領域には正電荷アミノ酸が多く存在しており、GAGとの相互作用を媒介するものと考えられる。

アニオン性GAGによるsCLACの分泌量増加のメカニズムを考えるにあたり、細胞に保持されているsCLACの存在を見出し、細胞に保持されるsCLACがGAGの競合的添加や、GAG合成阻害により減少することを示した。このことは、細胞表面におけるアニオン性GAG修飾を持つ分子とsCLACとの相互作用を示唆している。

以上本研究において申請者はCLAC-P/Col XXVがコラーゲンとしての基本的性質を有し、脳に発現するコラーゲン受容体インテグリンを介して生理機能を発揮する可能性を示した。また、アニオン性GAGとの結合と分泌量の相関が見られることから、CLAC-P/Col XXVの機能はヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン等の糖蛋白質との相互作用により調節を受ける可能性を示唆した。これらの成果はCLAC-P/Col XXV がアルツハイマー病においてアミロイド蓄積に果たす役割、ならびにその生理的機能の解明に重要な情報を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク