学位論文要旨



No 119439
著者(漢字) 國島,和
著者(英字)
著者(カナ) クニシマ,ワタル
標題(和) 再帰直交多項式展開を用いた大規模行列計算アルゴリズム
標題(洋)
報告番号 119439
報告番号 甲19439
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第243号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 菊地,文雄
 東京大学 助教授 白石,潤一
 東京大学 助教授 ウィロックス,ラルフ
 島根大学 助教授 田中,宏志
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

興味ある関数を直交多項式で展開して評価する一般的な方法を開発した.これは3項間漸化式を持つJacobi多項式やGegenbauer多項式,Hermite多項式を用いて系統的に与えることができ,漸化式を利用した高速演算が可能である.この方法を再帰直交多項式展開法と呼ぶことにする.

多くの物理量がグリーン関数を用いて表せることから,これを評価することが物性物理の理論的な研究で重要な出発点の1つになっている.グリーン関数をこの方法により求めることを考える.再帰直交多項式展開は無限和で表現されるが運用時には有限和でこれを近似する.そのため誤差が発生する.さらに計算機では有限自由度のみ扱えるためこのことがギブス現象という特徴あるものを引き起こす.

[本論文の目的]

1.グリーン関数を求めたときの打切り誤差のオーダーを解析的に評価する 2.誤差の解析的評価を数値計算によって確認する 3.有限自由度での結果を無限自由度のものとして近似することを考察する 4.既に知られている収束因子を導入して1の評価を再度行なう 5.実際の第1原理計算に応用する

[結果]

グリーン関数の展開式から積分固有値密度を求めて目的1を行なった結果,誤差が展開の打ち切り次数にほぼ反比例することを明らかにした.ただし固有値近傍ではギブス現象により収束が非常に鈍くなる.このことは数値的にも確認された.ルジャンドル多項式を採用した場合にこの現象の役割をする項も明らかにした.

目的3の状態密度の計算を行った.展開の打ち切り次数が固有値の数よりも十分に小さければ,有限自由度での結果を無限自由度のものとしてよいこと示した.また解析的な評価により誤差のオーダー評価式を明らかにした.

ギブス現象を抑制する収束因子が既に知られており,これを用いて再度誤差を評価したところ,比較的固有値から離れた場所では展開の収束が著しく向上した.

実際の第1原理計算に再帰直交多項式展開法を応用した.アモルファスおよび液体の鉄について直流電気伝導度やホール係数などを計算した.どれも今までに他の手法にて求められた結果とほぼ一致した.特にホール係数RHはその外挿値が実験結果と一致した(図).そしてこれらのデータを得るのに必要な計算時間は,現在の標準的なスカラー計算機でもたかだか10秒程度である.従来の時間依存の方法はこの10〜100倍程度を必要とするため,再帰直交多項式展開法は運用面での利便性も高く,展開した関数を安定して精度よく再現する.

審査要旨 要旨を表示する

國島氏の博士論文は,物理学において様々な物理量を計算する際にしばしば現れる重要な演算子を直交多項式により展開することで効率的に計算するものである.時間発展演算子や密度演算子などをチェビシェフ多項式により展開する試みは従来からあったが,主に化学物理学の分野で発展してきたこともあり体系的な方法論は無かった.國島氏は,より一般的なゲーゲンバウアー多項式により時間発展演算子,密度演算子,フェルミ演算子,グリーン関数を展開する方法を体系的に示し具体的な表式を与えた点で評価できる.

この方法は,(1) 直交多項式で展開することで,巨大な行列で表現されるハミルトニアンを直接対角化することなく様々な演算子を計算できる.(2) 高次の項は直交多項式の満たす3項間漸化式を利用することで逐次的に行列を作用させるだけで計算できる,(3) そのためハミルトニアンが疎行列であれば,システムの大きさに比例した時間で計算ができる(所謂オーダーN法),などの特徴を持っている.

同じ目的のためには従来ランチョス法が多く用いられてきた.しかし,ランチョス法は展開が高次になると数値的不安定性を示すことが知られている.この方法はそうした不安定性が無いことも大きな利点である.さらに,展開結果が解析的に与えられるため様々な発展が考えられ,計算物理学の立場からは巨大な系や強相関系での物性研究に非常に有用であると思われる.

氏は,直交多項式展開法の一般的な手法を構成したのち,まず,グリーン関数を直交多項式で展開した場合の打切り誤差を,ルジャンドル多項式およびチェビシェフ多項式の場合に,離散スペクトル,連続スペクトルの両者に対して厳密な評価式を与えた.さらに,不連続点におけるいわゆるギッブス現象についての考察を行い,展開のどの項が寄与するかを明らかにした.これよって,この項のカウンター項を導入して振動を抑えることも可能になった.また,本来は連続スペクトルを持つ系に対して有限なハミルトン行列により近似する場合の定性的な誤差評価も行っている.物理的演算子を直交多項式で展開する方法の収束性や計算結果の誤差評価はこれまできちんと調べられずに使用されていたが,本博士論文では展開の収束性とその誤差評価について解析的に示されたことも意義が大きい.

さらに,氏は,実際の応用上ギッブス振動を抑えるために.化学物理学の分野で開発された収束因子 (positive kernel) の手法を直交多項式展開法に導入した新しいアルゴリズムを開発した.これは,デルタ関数(デルタ測度)を有限次の多項式で近似する場合,打切り誤差のために近似デルタ関数が正値にならないため,特に,フェルミ面近傍の状態を反映する物理量に対して致命的な影響を与える効果を抑えるものである.この新しいアルゴリズムを,液体金属に適用し,その電気伝導度とホール伝導度を計算することでこの方法の有用性を示した.その結果従来法よりも計算時間が一桁,場合によっては三桁も改善することが示された.

このように,本論文では,氏の開発した直交多項式展開法を数理科学的な手法によって厳密な適用限界を定め,さらに現実の問題に応用するために収束因子を導入し改良を施し,実際の物理系に応用しその有用性を証明したもので,数理科学的な意義は大きい.よって,論文提出者國島和は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク