学位論文要旨



No 119454
著者(漢字) 伊藤,剛仁
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ツヨヒト
標題(和) 超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下マイクロプラズマの発生と物質合成への応用
標題(洋) Generation of microplasma under a high-pressure environment up to supercritical conditions and its application to materials synthesis
報告番号 119454
報告番号 甲19454
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第2号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 百生,敦
内容要旨 要旨を表示する

緒言

近年、マイクロプラズマに関する研究は、その科学的、技術的興味から、盛んに行われるようになってきている。マイクロプラズマの光学的応用、分析学的応用などを研究動機とした研究が報告されてきている一方、マクロなプラズマにおいては重要かつ大きな研究対象となっている、物質合成への応用に関する研究は報告されて来ていなかった。

そこで、本研究では、マイクロプラズマの物質合成への応用を研究動機としている。II章では、超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下でのマイクロプラズマの発生に関する研究を行った。高圧力雰囲気におけるマイクロプラズマは、物質合成において大きな可能性を持っていると考えられる。例えば、その微細さは、微小領域への直接的なアクセスを可能とし、高圧力雰囲気における合成は、高真空装置を必要としない。さらに、高密度なマイクロプラズマにより、その反応速度の増加が期待できる。従来用いられてこなかった反応雰囲気である高圧環境下マイクロプラズマ、特に、超臨界流体雰囲気におけるマイクロプラズマは、新規反応雰囲気として、新物質の合成をもたらす可能性も秘めている。本基礎的研究は、各種環境への適応や、並列化が比較的容易な、基板電極(II章参照)を用いた直流マイクロプラズマを主な対象とした。現在、最も応用範囲が広いと考えられ、盛んに研究がされている大気圧近傍においては、電子を供給するといった方法により、半永久的な使用が可能な、高周波マイクロプラズマの発生も行った。

III章では、マイクロプラズマの物質合成への応用を行った。物質探索・材料開発を目指した並列化マイクロプラズマによる、作製条件の異なる試料の高速並列合成を、大気圧近傍において行った。また、超臨界流体マイクロプラズマを用いたナノ構造物質の作製も行った。

最後、IV章では、本研究の総括を行った。

発生

直流マイクロプラズマ

「高圧力雰囲気」

リソグラフィー技術を用いて基板上に作製された基板電極(図1)を用い、各種気体雰囲気(He,H2,Ar,CH4,Air等)にて、マイクロプラズマ (1〜40μm) の発生を確認するとともに、H2-1atm, 10-μm gap, Applied voltage:450Vにて発生を行ったプラズマにおけるラングミュアプローブ、発光分光測定、Particale-in-cell - Monte Calro collision 法から、高密度(1021m-3オーダ)非平衡プラズマといった知見が得られた。また、Ar雰囲気にてPd則が、5μmという狭い領域まで拡張できることを確認した。しかしながら、プラズマ維持時間は電極のプラズマからのダメージを一つの要因とし、数十秒から数分程度と短かった。

「超臨界流体雰囲気を含む超高圧力雰囲気」

超臨界流体は、反応に優位な輸送特性(高密度・低粘性等)を持つことから、プロセス雰囲気として注目を集め、盛んに研究がされており、その超臨界流体雰囲気におけるマイクロ放電/プラズマは、放電/プラズマの高反応性と、超臨界流体の優れた輸送特性により、超高効率なプロセスを導くはずである。また、超臨界流体雰囲気におけるマイクロ放電/プラズマは、超臨界流体の特徴であるクラスタリング(クラスター)を含む放電/プラズマ状態となるため、新規状態としての科学・応用も期待される。

その臨界条件(臨界圧力:7.38MPa、臨界温度:304.2K)の容易さ、また、環境への負荷が比較的低いといった理由から、特に応用が進められている超臨界二酸化炭素雰囲気におけるマイクロ放電/プラズマの発生に着手した。1μmギャップを持つ電極による放電開始電圧測定から、放電開始電圧の臨界点付近における減少「谷」、更には3MPa付近における「折ね」が見出された(図2)。これらの変化は、5μm,10μmギャップ電極を用いた実験では確認できなかったことから、微細化がもたらした新規現象の一つであると考えられる。また、超臨界二酸化炭素雰囲気について、温度を変化させた実験から、超臨界流体中におけるクラスタリング(密度揺らぎ)と放電開始電圧の変化の関係が導かれ、また、臨界点付近の「谷」は、スケーリング関係式で表すことができることが示された。更に、変化の一つの要因とし、高圧雰囲気において存在するクラスターへの電子付着の可能性を示唆した。

高周波マイクロプラズマ

直流型による、放電維持時間の短さを改善するため、無電極放電の可能な高周波マイクロプラズマの発生を行った。一般的に、微細な領域においては、壁における電子の損失の割合が大きくなり、その維持が困難となることが知られている。そこで、誘導結合型プラズマ発生用コイル内部にタングステンワイヤを挿入(図3)、誘導過熱されたタングステンワイヤより熱電子をプラズマ中に供給することにより、直径20μmに至る円筒管中にて誘導結合型プラズマの少なくとも1時間以上の安定発生を可能とした (Thermoelectron-enhanced microplasma: TEMP, 図4)。また、レーザー吸収分光法、レザーエバネッセントモード蛍光分光による診断から、450MHz,5W,Ar;50sccm,60Torrで発生を行ったTEMP中のAr 1s5密度は、バルク部において、3×1012cm-3程度、4mm離れた基板直上において、1010cm-3程度と見積もられた。また、ガス温度は、1200K程度であった。簡単なモデルによる見積もりから、基板直上までの粒子数の低下は、拡散の影響が大きいことが示唆された。この強い拡散の影響は、マイクロプラズマの応用において、考慮すべき因子のひとつと考えられる。

物質合成への応用

並列マイクロプラズマCVD

マイクロプラズマは、その高密度性に依存する反応速度の増加、更には並列化も可能となるため、試料の同時高速作製が可能な並列プラズマ合成装置「プラズマチップ」を提唱し、直流マイクロプラズマによる2×2, 2×3プロトタイププラズマチップを作製、水素-メタン系による炭素系プラズマCVDによる、異なる試料の同時合成に成功した。メタン-窒素系によるアモルファスCN膜の堆積も行い、条件によりC:N比の異なる膜の堆積に成功し、また、その堆積速度は約1μm/minと、その高速性を確認した(図5)。

超臨界流体マイクロプラズマ物質合成

超臨界二酸化炭素雰囲気におけるマイクロプラズマの発生を行い、超臨界二酸化炭素を反応雰囲気とした、さらには唯一の炭素原料としたカーボンナノチューブや、カーボンナノポリヘドロンなどの、カーボンナノ構造物質の作製を実現した(図6)。

さらに、銅の有機金属(copper bis(diisobutyrylmethanate))を溶融し、還元剤としての水素を含む超臨界二酸化炭素雰囲気においてマイクロプラズマの発生を行うことで、ガス雰囲気ではその作製が確認できなかった、銅ナノ構造物質の作製を確認した。この違いは、超臨界流体雰囲気の高溶解性といった利点を反映した結果と考えられる。

従来の熱による反応促進とは異なり、放電による本反応促進機構は、雰囲気の温度上昇を必要とせず、超臨界流体のもつ高密度性などの利点との融合が図りやすいといった利点を持つ。

総括

本研究は、超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下でのマイクロプラズマの発生を行い、その物質合成への応用を初めて行った研究である。

マイクロプラズマは省スペースで発生させることができ、発生雰囲気の密度上昇を要因とし、その密度が比較的高いことを確認した。さらに、特に超臨界流体状態においては、新規状態が導かれる可能性を、放電開始電圧の低下によって示唆した。本研究によって示された、局在性、高密度性、新規性といったものは、今後の材料開発、プロセスを目的とした研究の大きな研究動機となるであろう。

実際に、本研究において、物質合成への初の適応を行った。マイクロプラズマの並列化を行い、異なるサンプルの同一チップ上への作製を行うとともに、その合成速度の高速性を確認した。高速かつ、試料の作りわけが可能な並列化マイクロプラズマは、高効率な新物質探索や、材料開発を導くものと考えられる。超臨界流体雰囲気におけるマイクロプラズマを用いたナノ構造物質の合成にも取り組み、超臨界二酸化炭素を原料としたカーボンナノチューブ等の作製、超臨界流体の高溶解性を利用した銅ナノ構造物質の作製を行った。超臨界流体マイクロプラズマを用いた生成効率・速度の確認は行えていないものの、マイクロプラズマの持つ、急加熱・冷却場といったメリットに加え、雰囲気の温度上昇を必要としない本手法は、超臨界流体のもつ利点との融合が図りやすく、超微粒子やナノパウダーといった、ナノ構造物質の作製手法のひとつとして有望であると考えられる。今後、マイクロプラズマの並列化により、生成量の増加を図るとともに、効率、制御性に関する研究などが続いてくることを望む。

本研究により、マイクロプラズマを用いた物質合成研究の扉が開かれた。以上の、本研究による結果も踏まえ、この分野の今後の発展を確信している。

10μm ギヤツプのPt基板電極:SEM像

1μmギャップを持つW基板電極による高圧力二酸化炭素雰囲気の放電開始電圧測定結果:左から305.65K,308.15K,313.15Kによるもの。

TEMP発生装置概略図

TEMP発生写真

膜厚計による測定結果:Aが電極表面x≒180μmにおける突部は劣化した電極によるもの

マイクロプラズマによって作製された、超臨界二酸化炭素を原料としたカーボンナノ構造物質

審査要旨 要旨を表示する

本研究論文は、超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下マイクロプラズマ発生から、その物質合成への応用を行ったものであり、4章から構成され、第1章では緒言を、第2章では発生について、第3章では物質合成への応用について、第4章ではそれらの総括を述べている。

第1章では、近年のマイクロプラズマに関する研究をまとめ、超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下マイクロプラズマの持つ物質合成への可能性および期待を述べ、研究の目的を明らかにしている。

第2章では、高圧環境下でのマイクロプラズマ発生研究について述べている。先ず、微細加工技術を用いて基板上に作製した基板電極を用い、大気圧付近の各種気体雰囲気にて、直流型マイクロプラズマ(電極間ギャップ距離1〜40μm)の発生を確認するとともに、一例としてのH2-1 atm,電極間ギャップ距離10-μm,印加電圧:450Vの条件で発生したプラズマを対象にラングミュアプローブ法、発光分光法、Particle-in-cell-Monte Calro collision計算法から、その高密度性(1021m-3オーダ)などを確認した。また、Ar雰囲気にてパッシェン則(Pd則)が、5μmという微小領域まで拡張できることも示している。次に、そのマイルドな臨界条件(臨界圧力:7.38MPa、臨界温度:304.2K)、環境負荷の低さなどから応用が進められている超臨界二酸化炭素雰囲気を対象とし、同様に、直流型マイクロプラズマの発生を行った。その結果、高圧力雰囲気から超臨界流体雰囲気における電極間ギャップ距離1μmを持つ電極での特異な放電開始電圧低下特性を見出している。また、電極間ギャップ距離5μm,10μmの電極を用いた実験ではその特異現象が見出せず、本現象がプラズマの微細化に起因する新規現象である可能性を示した。また、超臨界流体中でのクラスタリングと放電開始電圧の変化の関係式を導き、その変化の一つの要因として、高圧雰囲気において存在するクラスタへの電子付着の可能性を提示している。さらに、プラズマによる電極ダメージに因る直流型放電維持時間の短さを改善するため、無電極マイクロプラズマの開発とそのプラズマ診断も行っている。誘導結合型プラズマ発生用コイル内部にタングステンワイヤを挿入し、誘導加熱されたタングステンワイヤから熱電子をプラズマ中に供給することにより、従来困難であった直径20μmに至る微小円筒管中での誘導結合型プラズマの1時間以上の安定発生を可能とした。

第3章では、マイクロプラズマの物質合成への応用を行っている。物質探索・材料開発を目指した、試料の同時高速作製が可能な並列マイクロプラズマ合成装置「プラズマチップ」を提唱し、直流マイクロプラズマによるプロトタイププラズマチップを作製し、水素-メタン系プラズマCVDによる、異なる4個あるいは6個の試料の同時合成を行っている。メタン-窒素系による非晶質窒素炭素膜の堆積も行い、条件により組成比の異なる膜の堆積に成功し、また、その高速成膜性(堆積速度;1μm/min)を確認した。また、新しい物質合成プロセス雰囲気である、超臨界流体マイクロプラズマ雰囲気を用いたナノ構造物質の作製も行っている。超臨界二酸化炭素を反応雰囲気・初期原料とした、カーボンナノチューブなどのナノ構造物質の作製を実現するとともに、原料としての銅の有機金属、還元剤としての水素を含む超臨界二酸化炭素雰囲気においてマイクロプラズマ合成法により、二酸化炭素ガス雰囲気では合成できなかった銅微粒子作製に成功した。この差は、超臨界流体の高い溶解度などの利点に起因するものと考えられる。マイクロプラズマの持つ、急加熱・急冷却といった特徴に加え、プロセスの低温化を可能とする本手法は、超臨界流体のもつ利点との融合が容易であり、超微粒子やナノクラスタなどのナノ構造物質作製法の一つとして有望であると結論している。

第4章では、以上の研究の総括を行っている。

なお、本論文は、寺嶋和夫、井崎武士、浅原あずさ、西山寛之、藤原秀之、片平研、Sergei Kulinich、清水禎樹、越崎直人、佐々木毅、杉本京三、高橋秀彰、吉川裕久、櫻井彪、との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本研究は、超臨界流体雰囲気を含む高圧環境下でのマイクロプラズマの発生を各種の新方式を用いて行い、その物質合成への応用を行ったものであり、ここで示されたマイクロプラズマの局在性、高密度性、新規性といった特長は、今後の材料開発、プロセス研究に対して大きな研究動機となり、マイクロプラズマを用いた物質合成という材料科学分野の今後の発展に大きく寄与するものと判断される。

したがって、本論文は博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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