学位論文要旨



No 119457
著者(漢字) 小幡,利顕
著者(英字)
著者(カナ) オバタ,トシアキ
標題(和) 高速回転下での多重連結ヘリウム薄膜のねじれ振り子実験
標題(洋) Torsional Oscillator Experiments of Multiply Connected Helium -4 Films under High Speed Rotation
報告番号 119457
報告番号 甲19457
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第5号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 久保田,実
 東京大学 教授 石本,英彦
 東京大学 助教授 松田,祐司
 東京大学 助教授 甲元,眞人
 東京大学 教授 木村,薫
内容要旨 要旨を表示する

液体ヘリウム4はバルクの液体として超流動性を示すとともに単原子膜以下の薄膜でも超流動性を示すことが知られている。前者はλ転移、後者はKosterlitz-Thouless(KT)転移として広く知られており、ヘリウム4は同じ元素で次元のことなる相転移を起こす、相転移とその次元の関係性を調べる上で非常に有用な元素である。

多孔質体に吸着したヘリウム薄膜の超流動(以下、多連結超流動薄膜と記述する。)は吸着基盤である多孔質体が3次元的に繋がっているため秩序パラメタである波動関数に3次元性に似通った性質があると考えられる。実際に平均孔径が80Aと孔径の小さい多孔質体を用いた超流動薄膜の実験結果では3次元性が深く相転移にかかわっていることが指摘されて来た。一方、このような薄膜系では孔径を大きくしていくとその転移温度が徐々に低くなると言う現象が観測されている。用いられた孔径サイズは50A〜1μmである。この現象は有限サイズのKT理論により得られる相転移温度のサイズ依存性を考えることにより理解できる。これより多連結超流動薄膜の相転移にはKT理論と同様に熱励起する量子渦対が寄与している。一方様々な実験で多連結超流動薄膜は2次元の性質と3次元の性質両方が報告されている。

2つの一見相矛盾する見解は、相転移と次元性の関係を基本的に理解するための鍵となる可能性を秘めているため、長年に渡り多くの研究者によって研究されてきた。両者のメカニズムが結びつけば相転移現象と次元性の関係をより深く理解できると言う目論見がある。2つの見解の整合性を取るために多くの研究者は多孔質体の表面で量子渦対の励起を考察し、3次元相関を満たすように拡張すると言う方法を取ってきた。長年のたゆまぬ努力にもかかわらず、KT理論の3次元的な拡張はなされていない。このようなKT理論の3次元への拡張の中で、以下のことが定性的に議論されている。

1.多孔質体で位相のコヒーレンスを問題にした場合、量子化条件はKT理論で論じられているような量子渦周りの量子化条件だけではなく、多孔質体の枝周り、孔周りの量子化条件が適用される。このことから、ジャングルジム模型を多孔質体のモデルとして用いることが出来る 2.有限サイズKT理論と実験との整合性がとられている。KT理論で議論される渦対相互作用の距離を表す渦対の相関長が孔径程度になったとき、相転移が起きる。転移点より低温では渦対の相関長は孔径サイズよりも長く、高温では渦対の相関長が孔径サイズよりも短い。3.渦対の相関長が孔径サイズよりも長いとき、多孔質体の格子定数程度の長さの相関が存在する。このときジャングルジム模型の格子点近傍の位相に注目すると多孔質の枝両面の超流動薄膜を介して3次元的な相関を持つ。このような定性的な議論のうち、3の議論に注目すると、孔径サイズ程度の限られた空間に局所的に摂動をかけるような実験が望まれる。

ヘリウム4は電気的に中性であり、磁気モーメントも持たないため、その物性を調べるために取り得る方法は非常に限られる。最も有用な方法のひとつは力学的な方法である。サンプルを振動させたり、装置全体を回転させたりする方法が取られる。多連結超流動薄膜を回転させるとバルクと同様量子渦糸が励起することが期待される。前述の定性的な議論1とエネルギーの簡単な見積もりより多孔質体の孔の内側に沿ってあたかも孔径程度の渦芯半径を持ち、多孔質体の孔を貫くような量子渦が励起すると考えられる。多孔質体の孔を通る渦はKT理論で議論されている熱励起渦対とは異なり、波動関数の振幅に特異点を持たないため孔を通る渦と言う意味で孔渦(pore vortex)と呼ばれる。孔渦はその量子化条件より孔の周りに次のような大きさの速度場を起こす。〓ここでκ=h/mは量子循環単位であり、lは多孔質ガラスの孔径である。渦糸の生成する速度場は渦糸中心からの距離をγとして1/γで減衰するので、孔渦は超流動薄膜に極めて局所的に速度場を誘起し、局所的に摂動を加えることが出来る。またバルクヘリウムの回転実験で励起する量子渦糸の直径は3Aであるのに対し、多連結超流動薄膜は量子渦糸の有効半径を孔径で完全に制御できる。

申請者らのグループは六本木キャンパスにおいて秒速1回転の回転希釈冷凍機を用いてねじれ振り子実験を行い、孔径1μmの多孔質中に吸着された超流動薄膜について研究してきた。この系で超流動転移点近傍での熱励起する量子渦に起因するエネルギー散逸ピークの低温側に新たなピークが生じるダブルピーク構造が測定されている。近年、申請者も加えて共同研究でこのピークの解析が進められた。孔径が1μmのとき、渦芯回りの速度場の大きさはおよそ2.5cm/sとなる。このような大きな速度場によりヘリウム薄膜上に熱励起した渦対はある種の非線形な効果を受けると考えられる。そこで、多連結超流動薄膜の非線形速度応答の実験との比較を試みたところは定性的にではあるが、コンシステントであることが示された。

もし、最高回転速度が上昇すればピークが大きくなり、そのメカニズムをより明確かつ直接的に理解することが期待できる。そこで申請者はこのメカニズムをより確定的に理解するため、また秒速1回転では観測されていない回転による非線形な効果を観測するために、回転希釈冷凍機の抜本的な改良を行ってきた。冷凍機のセンタリング精度を上げ、回転に対する空気抵抗を減らすために冷凍機全体をプラスチック製のカバーで覆うなどの冷凍機全体にかかわる改良を施し、現在のところ秒速6回転の高速回転下で希釈冷凍機温度を保つことに成功した。

申請者は高速回転希釈冷凍機に孔径1μmと10μmの多孔質ガラスを吸着基盤としたねじれ振り子実験を行った。高速回転下での両者の実験結果を図1に示す。1μmのデータはエネルギー散逸がダブルピークとなるが、10μmのデータはダブルピーク構造にならずピークの低温側が膨らんでいる。まず、2種類の一連のデータをそれぞれの非線形効果の実験結果と比べることにより両者の違いは孔径の大きさによるものである。両者に孔渦が励起しているとき、孔渦の周りの多孔質体の最短の経路にそって励起する速度場の大きさはそれぞれ2.5cm/s、0.25cm/sとなる。実験結果は1μmのセルの方が変化が著しいので孔渦の作る速度場の大きさが大きい方が回転により著しい変化をしている。両者をそれぞれの非線形効果の実験結果と比較したグラフを図2に示す。1μmのデータは非線形効果の実験データとピークの温度に関して一致している。10μmのデータは回転速度が0.75までは非線形効果のコンシステンシーが取れたが、それ以上の回転速度ではピークの高さが比例せずピークの温度もわずかながらずれているようである。

実験で観測される量は超流動密度とエネルギー散逸量であるが、多連結超流動薄膜の性質を議論するためにはKT理論などで便宜上導入される誘電関数を求めることが必要である。誘電関数はその実数成分は渦対のエネルギーの遮蔽効果と超流動密度の温度変化に寄与し、虚数成分はエネルギー散逸を起す渦対の数に比例する。それぞれのデータは回転させても超流動密度に明確な変化を生じていないので実数成分は回転によりさほど変化しない。回転による効果はエネルギー散逸ピークに顕著に現れるので、誘電関数の虚数成分を求めた。それぞれのセルでの虚数成分の温度変化を図3に示す。すると両方のセルでそれぞれ特徴的な結果を得た。まず、1μmのデータは回転数を変えても一定の曲線が平行移動するだけであった。つまり虚数成分はIm[ε(ω)]=nΩεrotと記述できる。ここで、nΩは回転で励起する渦糸の密度である。この結果は回転下におけるエネルギー散逸ピークが渦対と孔渦の相互作用により起きていることを表している。この結果は非線形効果と回転下におけるエネルギー散逸ピークの整合性を強く支持する。一方、10μmのデータは回転数が0.75Hzまでのデータに関しては誘電関数の虚数成分が一様に増えていくが、0.75Hzから3Hzでは1つの曲線に重なっていることがわかる。ある温度での誘電関数の虚数成分は孔渦の密度に比例すると考えられるので、0.75Hzから3Hzの回転速度では孔渦が入りにくくなっていると考えられる。

以上のように申請者は高速回転希釈冷凍機を開発し、高速回転下でねじれ振り子実験を行った。孔径1μmと10μmの多孔質ガラスにヘリウム薄膜を吸着させ、回転下でのねじれ振り子案験も行い、両者は低速回転では非線形効果により定性的に示されることを示した。10μmのセルに関しては回転により生じるピークに回転速度に対する非線形効果を測定した。さらなる高速化と孔径の大きなセルでの実験に期待がもたれる。

回転下での孔径1μm、10μm多孔質ガラスに吸着したヘリウム薄膜のねじれ振り子実験の実験結果

それぞれの実験結果に対する非線形効果との比較

実験結果より得られた孔径の違う多孔質ガラスに吸着したヘリウム薄膜の誘電関数

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、大別して二つの部分からなる。第1の部分は申請者が世界に例のない高速回転冷凍機を完成させ、これを用いて行なった多重連結ヘリウム薄膜系の捻り振り子を用いて行なった超流動実験を記述し、回転によって得られたこの系独特の超流動渦糸状態の初の非線形的振る舞いの観測と、線形的応答の解析を行なったものである。第2の部分は、これに先立って申請者が行なった理論的研究で、第1の部分の研究をを定量的に行なうために長年にわたり未解決であった問題の解決の糸口を示す仕事である。コスタリッツ・タウレスの2次元超流動理論を申請者独自の直方体の棒を組み合わせたジャングルジム・モデルについて拡張し、この系で渦対が移動して出来る状態を調べ上げ、これに伴う位相の変化を数値計算によって求めた。更にこれから渦対を多重連結ヘリウム薄膜上を移動させた状態でのエネルギーを計算し、この系での3次元的渦励起である渦輪のエネルギーを求めた。また超流動流れに対する応答を求めた。この第2の部分は、既に投稿論文が出版されるとともに量子液体固体国際シンポジウムQFS2003(Albuquerque)及び、回転超流動国際ワークショップ(日光)で本人による口頭発表が行なわれている。

論文審査は、第1の部分について特に詳しく行なった。これは、所属の久保田研究室が六本木にあった時代に行なった孔径が1ミクロンに揃った多孔質ガラスの孔表面に吸着させたヘリウム薄膜の毎秒1回転までの研究を更に押し進め、1ミクロンとともに孔径10ミクロンの多孔質ガラスに吸着させたヘリウム薄膜についての研究にも拡張したのに加え、これを世界に例がない、いっそう高速の毎秒4.5回転迄の回転下で行なった捻り振り子実験研究についての報告である。以下の点が特筆されるべき点である。

[1].多孔質ガラスで実現される多重連結の孔表面に吸着させたヘリウム薄膜は、原子層薄膜としての2次元性と多重連結している表面の3次元結合性とから、2次元と3次元の超流動の性質を併せ持つ。これを回転下においた時に想定される渦糸の振る舞いがどのように捻り振り子法で研究できるのかが、まずもって解明されるべき課題であった。1ミクロンの系での回転実験から、捻り振り子の散逸ピークが、静止下で現れる散逸ピークに加えその低温側に新たに回転数に比例して高くなるものとして現れることが見出されている。この回転渦発生のメカニズムは最近、Fukuda, Minoguchi, Soninらによって考察されたが、このメカニズムによると孔径が変わると静止、回転の二つのピークの位置が変化すると予測される。10ミクロン系での回転実験の結果は、このメカニズムを肯定、より確定する結果となった。

[2].角速度Ωの回転下の超流体中に安定に存在する渦格子を形成する渦の単位断面積あたりの渦密度 n は n = (2Ω/κ)である。ここでκは循環量子でh/m の大きさを持つ。これからある回転角速度Ωの時の平均渦間距離が求まる。毎秒5回転くらいの回転速度では、この渦間距離は、孔径1ミクロン(平均格子間間隔2ミクロン)の多孔質では10以上の孔格子間隔に相当するのに対し、孔径が10ミクロン(平均格子間間隔20ミクロン)の系では孔間距離と同程度以下になる事が想定される。それ故、いわば渦糸の高密度状態が実現すると考えられる。本論文で、申請者は次の点を見出した。a). 1ミクロン系では線形の応答が続いている回転領域である毎秒1回転付近で10ミクロン系で線形応答からのずれが回転によるピークの高さで見出された。b). この非線形な部分を更に誘電関数を用いた解析を行なう事によって、非線形性と孔格子と渦間距離の関係の解明が進められる事が見出されて来た。これらの成果をもとにいっそうの超流動渦系の科学の進展が期待される。

なお、本論文は共同研究の成果を含んでいるが、本論文の第2の理論計算の部分は、申請者個人がモデルを考案し、計算を実行、論文執筆を中心的に押し進めたものである。また、第1の回転実験の部分についても、大型の装置自体の建設には研究室を挙げての取り組みがなされたものの超流動回転実験の実現は申請者の中心的働きによって初めて可能となった。更に実際の実験研究と実験結果の解析は申請者によってなされた。よって、論文提出者の寄与が十分であると判定する。

従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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