学位論文要旨



No 119458
著者(漢字) 幸坂,祐生
著者(英字)
著者(カナ) コウサカ,ユウキ
標題(和) 高温超伝導体における金属絶縁体転移のナノスケール電子分光
標題(洋) Nano-scale Electronic Spectroscopy on the Metal-Insulator Transition in a High-Temperature Superconductor
報告番号 119458
報告番号 甲19458
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第6号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 秋山,英文
 東京大学 助教授 Harold,Hwang
 東京大学 教授 辛,埴
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

モット絶縁体にドープされた電子やホールは、銅酸化物における高温超伝導やマンガン酸化物における超巨大磁気抵抗(CMR)のような新奇な現象を引き起こすことが知られている。モット絶縁体がわずかにキャリアドープされた場合には、ドープされたキャリアの遍歴性と背景の磁気秩序が相反して、キャリアの空間的な偏析が起こり得る。CMRマンガン酸化物においては、こうした電子状態の空間不均一が強磁性金属への転移に重要であるとの議論がある。一方、銅酸化物高温超伝導体では、キャリアドープに伴いどのようにしてモットギャップが消失し系が金属へと変化するのかという問いに対して、未だ満足な答えが与えられていない。果たして、CMRマンガン酸化物同様に、銅酸化物においても電子状態の空間不均一が金属絶縁体転移における重要な役割を担っているのだろうか?

走査トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)は実空間で電子状態を直接測定できるため、このような問題を扱うのに適した実験手法である。これまでに、STM/STSを用いてBi2Sr2CaCu2Oy(Bi2212)における超伝導状態の空間不均一が観測されている[1]。その良好なへき開性ゆえにSTM/STS測定に広く用いられてきたBi2212であるが、低キャリア濃度では化学的に不安定であり単結晶を育成するのが困難であった。そのため、STM/STSを用いて金属絶縁体転移近傍の電子状態を明らかにするためには、測定に適した単結晶試料を用意する必要があった。

数ある銅酸化物高温超伝導体の中でもCa2-xNax-CuO2Cl2は最適な候補である。母物質である反強磁性モット絶縁体Ca2CuO2Cl2のCaをNaで置換することによりホールがドープされ、x〜0.08で超伝導が発現する。Ca2-xNaxCuO2Cl2はLa2-xSrxCuO4と類似の結晶構造を持ち、しかも低温においても構造相転移を起こさずに正方晶CuO2面を保つことが知られている。これは、平らで正方形をしたCuO2面における電子物性を調べるのに非常に適した性質である。

本研究では、はじめに、高圧下フラックス法という新たな手法を用いて、金属絶縁体転移を含む広い組成範囲のCa2-xNaxCuO2Cl2単結晶の育成を行った。そして、様々な物性測定に用いることができるような大きな単結晶を得ることに成功した。得られた単結晶は非常に良好なへき開性を示し、STM/STS測定に最適である。次に、キャリアドープに伴う絶縁体から金属への電子状態の実空間における発達過程を明らかにするために、この物質についてSTM/STS測定を行なった。その結果、電子状態がnmスケールで空間変化し、選択的な方向性を持つドメイン構造を持つことが明瞭に観測された。このドメイン構造はドープ量によって変化し、Ca2-xNaxCuO2Cl2におけるパーコレーション的な電子状態の発達過程を物語っている。

単結晶育成

Ca2-xNaxCuO2Cl2単結晶の育成は、試料容積が1cm3と大きい、キューピックアンビル型高圧合成装置を用いて行った。この大きさが大型単結晶育成に重要な要素である。高圧合成の出発組成は、予め焼成しておいたCa2CuO2Cl2とNaClO4(フラックス・Na供給源・酸化剤),NaCl(フラックス・Na供給源)である。2-5.5GPaの高圧下で、これらを1100-1250℃まで加熱し溶かした後で、ゆっくりと(-5〜-10℃/h)、950-1050℃まで冷やして結晶育成を行った。

上記の合成の結果、平板状(〜1×1×0.5mm3)の良好なへき開性を示す単結晶が得られた。単結晶中のNa濃度は、図1のインセットに示されるように、印加圧力の増加(0-5.5GPa)に伴いx=0から0.12まで系統的に増加することがEPMAを用いた組成分析により確かめられた。ここで、圧力によってNa濃度を制御したのは、この方法により1つのバッチ内におけるNa濃度の不均一が抑えられるからである。出発組成によるNa濃度制御の試みは、バッチ内の大きなNa濃度不均一をもたらす結果に終わった。

図1に得られたCa2-xNaxCuO2Cl2単結晶の磁化の温度依存性を示す。x=0.08以上の試料において超伝導が観測され、確かにホール濃度が変化していることがわかる。超伝導転移温度Tcとxの関係は、図2に示す相図のようになる。得られた単結晶は絶縁体(x=0.06)、金属絶縁体転移(x=0.08)、アンダードープ超伝導体(x=0.10,0.12)と広い範囲にわたっている。

STM/STS測定

STM/STS測定は10-8Pa台の超高真空中で行った。超高真空中・低温(〜80K)で試料を(001)面にそってへき開し、その後すぐにSTMヘッドヘと移送した。測定は4.7-7Kで行った。探針には機械研磨したPt-Ir線、もしくは電界研磨されたW線を使用した。STM像は全て定電流モードにより測定された。

STM像(x=0.08)の一例を図3(a)に示す。規則的な四角格子が明瞭に観測された。格子定数は390pmであり、面内格子定数とよく一致している。この格子に重畳して、nm程度の大きさを持った凹凸が観測された。図3(a)では明るい(高い)領域と暗い(低い)ドメインとして表されている。このドメインは空間的に規則正しく並んではいないが、結晶格子に対する配向性を持っていることがわかる。これは多くの場合、3(a)に示されるように、[100]もしくは[010]方向に配列したパターンとして現れる。この配向性は、図3(a)に示されるような自己相関解析によりはっきりとかつ定量的に確認される。自己相関係数は、原点から2-3nm程度で急速に減衰しており、これがSTM像におけるドメインサイズに対応している。さらに、結晶格子方向に弱く尾を引く様子が見て取れる。これはSTM像における[100]または[010]方向に配列したパターンを示している。

このようなドメイン構造は、実際の表面の凹凸ではなく、電子状態が空間的に変化しているためであると考えられる。定電流モードにおけるSTM測定では、負帰還回路の働きによってトンネル電流が一定に保たれるため、局所状態密度の空間変化は高さの変化として観測されるのである。このような局所状態密度の空間変化は、STS測定によって実際に確かめることができる。図4(a)にSTS測定の結果を示す。図4(a)と図4(b)を比較することで、微分コンダクタンススペクトルとSTM像において観測される高さの間にはっきりとした相関があることがわかる。この相関は測定した全ての試料において見出される。これはCa2-xNaxCuO2Cl2の電子状態が空間的に不均一であることを如実に示している。さらに、STM像として観測される高さを元にして、微分コンダクタンススペクトルから局所状態密度を求めることができる。その結果は、STM像で明るい(高い)ドメインでは、局所状態密度も大きいというものであった。それゆえ、このナノドメインは、より金属的な領域とより絶縁体的な領域からなるということがいえる。

この「金属的」ドメインと「絶縁体的」ドメインの比率は、ドープ量によって変化する。ドープ量の増加に伴って金属的ドメインの割合が増大する様子が図5(a)-(c)にはっきりと示されている。このことはヒストグラム(図5(d))によって定量的に確認できる。ドープ量が多い試料ほど、左に引いたヒストグラムの裾が消えており、これはすなわち、STM像において低い領域(絶縁体的ドメイン)が減少したことを示している。また、ドープ量が多い試料ほどヒストグラムの幅が狭まっており、ドープが進むにつれて系が均一化する傾向と矛盾しない。このような絶縁体から超伝導体への電子状態の発達過程は、Ca2-xNaxCuO2Cl2における金属絶縁体転移がパーコレーション的な性質を持っているということを暗示している。

STM像に見られる顕著なドープ量依存性とは対照的に、図5(e)に示す微分コンダクタンスには目立った変化は見受けられない。これらのスペクトルはみな特徴的なV字型をしている。金属絶縁体転移をはさんでこうした共通のスペクトルにおける特徴を持つことは、局所的な電子状態が保存されていることを示しており、パーコレーション的な描像に符合する。

一方で、スペクトルを詳細に見ていくと、ドープ量に伴う系統的な変化も存在していることがわかる。±100mV以下のエネルギー領域で、ドープ量の増加とともにコンダクタンスが増加する。これはドープ量の増加とともに状態密度が増加していることを示している。加えて、金属的領域におけるV字型スペクトルはドープ量の増加とともに閉じる傾向にある。x=0.08の試料においてはおよそ150mVの位置にようやく見えるギャップエッジに相当する肩が、x=0.10の試料においてはより明瞭に130mV付近に見える(図5(e))。図は示されていないが、x=0.12の試料においてはこの肩が100mV付近に観測される。このような変化は、金属絶縁体転移が単なるパーコレーションではなく、系統的な変化も伴うものであることを示唆している。

低ドープ量のCa2-xNaxCuO2Cl2において観測されるナノドメインと、最適ドープ付近のBi2212において報告されている超伝導状態の不均一[1]を比較すると、いくつかの重要な事柄を見出すことができる。Ca2-xNaxCuO2Cl2における特徴的なV字型をしたスペクトルはドープ量の増加とともに閉じる傾向があることは前述の通りだが、この傾向の結果として、V字型スペクトルがBi2212において観測されている擬ギャップスペクトルヘとなめらかに接続するように見える。これは擬ギャップの起源が超伝導状態が消失するような低ドープ領域に見出される可能性を示している。また、各ドメイン構造の大きさが2-3nm程度と非常に似通っている。これはCa2-xNaxCuO2Cl2のナノドメインとBi2212における超伝導の空間不均一が共通の起源を持つかもしれないことを示唆している。

まとめ

本研究においては、数GPaの高圧下でのフラックス法によるCa2-xNaxCuO2Cl2単結晶育成を試み、これに初めて成功した。フラックス法に特有の組成不均一を避けるために、印加圧力によるNaドープ量制御という新たな方法を採用した。得られた結晶のドープ量は母物質反強磁性モット絶縁体から、金属絶縁体転移を経て、アンダードープ超伝導体へと広範囲にわたる。そして、この結晶を用いて低温超高真空中でSTM/STS測定を行った。その結果、Ca2-xNaxCuO2Cl2の電子状態は空間的に変化し、結晶軸に沿った配向性のあるnmスケールのドメイン構造を持っていることが明らかになった。STS測定から、このナノドメインの起源は、状態密度が空間的に変化し電子状態の空間配置がより金属的な部分とより絶縁体的な部分に分かれていることにあることが判明した。ドープ量の異なる試料についての測定の結果から、この金属的ドメインの比率はドープ量の増加とともに増加し、さらにドメイン構造自体が消失し系が均一化する方向へと向かう傾向が見られることが明らかになった。これはCMRマンガン酸化物において磁場を印加した際に見られる変化に対応し、Ca2-xNaxCuO2Cl2における絶縁体から金属への変化がパーコレーション的性質を持っている可能性を示唆している。Ca2-xNaxCuO2Cl2におけるナノドメインとBi2212における不均一超伝導は共通した長さスケール(2-3nm)を持ち、また、Ca2-xNaxCuO2Cl2におけるV字型スペクトルはBi2212における擬ギャップスペクトルと似ている。これらは2つの物質の電子状態の空間不均一の間には密接な関連があることを伺わせる。このような実験結果はナノドメインの形成およびその存在が、キャリアドープに伴う絶縁体から超伝導体へと至る電子状態の発達過程において重要な役割を果たしていることを示しているものである。

Ca2-xNaxCuO2Cl2単結晶の磁化の温度依存性。インセットは単結晶中のNa濃度の印加圧力依存性。Na濃度はEPMA測定によって求められた。

Ca2-xNaxCuO2Cl2の相図。単結晶の結果(本研究)と多結晶の結果[2]を合わせて示す。

(a)Ca2-xNaxCuO2Cl2(x=0.08)のSTM像(152nm2,Vs=200mV,It〜10pA)。(b)STM像(a)の自己相関像。

(a)微分コンダクタンススペクトル。測定は(b)に示された線に沿って行われた。各スペクトルは測定位置に応じて縦にずらして表示されている。黒実線、黒破線で示されたスペクトルはそれぞれ(b)における実線と点線に対応する位置で測定された。(b)STM像と(a)のスペクトルが測定された位置。

(a)(b)(c)Ca2-xNaxCuO2Cl2(x=0.06,0.08,0.10)のSTM像。大きさは192nm2、測定温度は4.7-5.0 K、バイアス電圧は(a)300mV、(b)(c)200mV、トンネル電流は全て100pA。像のグレースケールは(d)のヒストグラムを元にして規格化されている。(d)STM像(a)-(c)のヒストグラム。各像は平均値が0になるように調節されている。(e)各ドープ量における微分コンダクタンススペクトル。STM像で最も高い領域と低い領域から得られたスペクトルをそれぞれ平均して示す。なお、STS測定領域は(a)-(c)に示したSTM像とは異なっている。

S. H. Pan et al., Nature 413, 282 (2001); C. Howald, P. Fournier, and A. Kapitulnik, Phys. Rev. B 64, 100504 (2001); K. M. Lang et al., Nature 415, 412 (2002).Z. Hiroi, N. Kobayashi, and M. Takano, Nature 371, 139 (1994);Physica C 266, 191 (1996).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、題目「Nano-scale Electronic Spectroscopy on the Metal-Insulator Transition in a High-Temperature Superconductor(高温超伝導体における金属絶縁体転移のナノスケール電子分光)」に表現されているように、高温超伝導体のキャリアドープに伴う金属絶縁体転移を経た電子状態の発達過程をナノスケールの空間分解能を持つ電子分光手法にて実験的に明らかにすることを試みた研究である。論文は全4章からなる。

第1章では研究の背景と目的が述べられている。反強磁性モット絶縁体にキャリアドープすることで高温超伝導が発現する。そのキャリアドープに伴う電子状態の発達過程においてストライプ秩序や擬ギャップ現象など、高温超伝導の発現機構と関連して興味がもたれている現象が発見されていることを指摘し、実験的に電子状態の発達過程を明らかにすることの重要性を述べている。また、銅酸化物(Bi2Sr2CaCu2Oy)における空間的に不均一な超伝導状態や、超巨大磁気抵抗を示すマンガン酸化物における電子状態の空間不均一を例に挙げ、電子状態の空間不均一がキャリアドープされたモット絶縁体に特有の共通した物性である可能性に触れている。そして、それゆえにナノスケールの空間分解能を有する電子分光手法、すなわち、走査トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)により上記の発達過程を明らかにすることが極めて重要であると述べている。

第2章では、上記の目的意識の元で、試料に求められる条件、及び、その条件を満たす物質の単結晶育成・評価について述べている。本研究を遂行するために試料に求められる条件は、(1)STM/STS測定に適した良好な劈開性を持ち、かつ、(2)絶縁体から超伝導体までの組成制御が可能、であることであり、これまでに意図する実験がなされてこなかったのは両方の条件を満たす物質が無かったことにあることが指摘されている。これを受けて本研究では銅酸化物高温超伝導体の1つであるCa2-xNaxCuO2Cl2に着目し、この物質の単結晶の育成を行うことから始めている。この物質は上記の必要条件を満たすが、数万気圧の高圧下でのみ合成可能であるため、大型の高圧合成装置を用いて単結晶育成を行ったこと、そして、高圧下でのフラックス法により1×1×0.05 mm3程度の大きな単結晶を得ることに成功したことが述べられている。高圧下で合成される銅酸化物高温超伝導体はたくさんがあるが、このような大型単結晶育成に成功した例はこれまでになく、本研究の大きな特徴となっている。得られた単結晶は当初のねらい通り良好な劈開性を示すことが述べられている。

単結晶育成成功を受けて、次に組成制御の試みについて報告がなされている。始めに、出発組成を変えることでNa濃度制御を試みたが、試料内に濃度不均一が生じたことが述べられている。そこで次に、印加圧力を変えることによって Na 濃度を制御することを試み、そして、圧力制御により不均一なく Na 濃度が制御可能であることが見出されている。これは、Naの固溶限が印加圧力の関数になっており、その固溶限で頭打ちになったNa濃度で均一な試料が得られるためであると本論文では推測している。このような新奇な(そして、高圧合成法に特有の)濃度制御法を駆使することにより、本研究においては絶縁体組成(x=0.06)から金属絶縁体組成(x=0.08)を経てアンダードープ超伝導体(x=0.12)までのCa2-xNaxCuO2Cl2単結晶育成に成功している。

第3章では、得られた単結晶についてのSTM/STS測定の結果、及び、それらについての議論を行っている。超高真空(-10-8 Pa)・低温(4.7-7.0 K)環境下での測定の結果、STM測定ではすべての組成において原子分解能を達成し、正方格子(格子定数:390 pm---面内格子定数と一致)をなす周期的な原子配列に重畳して、nm オーダーの非周期的な凹凸が観測されることを報告している。そして、相関関数解析を用いて、この凹凸は一見不規則であるが実際には結晶格子方向に配向していることを定量的に確認している。さらに、STS測定によって、この凹凸は実際の表面形状ではなく、空間的に不均一な電子状態を反映したものであることを明らかにすることに成功している。また、STS測定により得られる微分コンダクタンスから局所状態密度を求めるには、トンネル障壁の高さが空間的に一定であればよいことを指摘している。そして、測定により障壁が一定であることを確認した後に、局所状態密度を求めている。その結果、STM像において観測される凹凸はより金属的な領域とより絶縁体的な領域からなるナノスケールのドメイン構造であること主張している。そして、「金属的」領域には 100-200meV 程度の大きな擬ギャップが開いていることを明らかにしている。

続けて、これらの特徴のドープ量依存性が報告・議論されている。まず、STM 像にはドープ量の増加に伴う前述の「金属的」領域の増加が見出されることを述べている。このような系統的な変化は本研究において初めて見出されたものである。そして、この結果は電子状態の発達過程がパーコレーション的な側面を持つことを示唆するものであると本論文では主張している。次に、STS測定により低エネルギーにおけるスペクトルの変化は主として「金属的」領域に見出され、その変化は大きな擬ギャップがその幅を狭めていくものであることを報告している。この結果は、ドープ量の増加に伴う電子状態の変化は「金属的」領域の増加及びその領域内でのホール濃度の増加として記述されることを示唆すると述べている。最後にCa2-xNaxCuO2Cl2におけるナノドメイン構造の起源、及びBi2Sr2CaCu2Oyにおける不均一な超伝導との関連が議論されている。起源を考察する上で、ナノスケールの電子状態が存在することの異常性、ドーパント原子が一定の役割を担うこと、そして、強い電子相関の寄与があること、が指摘されている。さらに、ナノドメイン構造が超伝導状態の不均一と極めてよく似た長さ(2-3 nm)を持つことから、両者は同じような起源を持つであろうことが述べられている。

第4章では本研究成果のまとめが述べられている。

なお本論文は高木英典、花栗哲郎との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文にまとめられた研究は、数万気圧の高圧下で単結晶育成および組成制御が可能であることを実証し、高温超伝導体の電子状態の発達過程を実空間という観点から初めて実験的に明らかにした先駆的なものである。本研究は、高温超伝導及びその周辺現象の理解に重要な知見を提供するだけでなく、広く、キャリアドープされたモット絶縁体の基礎学理構築に大きく寄与するものである。よって、本論分は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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