学位論文要旨



No 119460
著者(漢字) 宗宮,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ソウミヤ,ケンタロウ
標題(和) 帯域特化型干渉計における輻射圧効果の検証と重力波検出器における信号取得法の開発
標題(洋) Investigation of radiation pressure effect in a frequency-detuned interferometer and development of the readout scheme for a gravitational-wave detector
報告番号 119460
報告番号 甲19460
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第8号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 大橋,正健
 東京大学 助教授 藤浪,真紀
内容要旨 要旨を表示する

イントロダクション

アインシュタインが一般相対性理論の提唱と共に存在を予言した重力波は、遠方での時空のひずみが光速で伝播してくる現象であるが、物質への影響は非常に小さく、いまだ検出されていない未知の物理である。重力波の検出にはマイケルソン干渉計を用いるが、両腕の長さが数キロメートルあっても、重力波による伸縮はわずか10-19メートルと小さく、雑音を減らして検出器の感度を向上することが不可欠となる。

現在、日本のTAMA300やアメリカのLIGOなど第一世代の重力波検出器が稼動している。それらの検出器の感度を制限するのは最終的に光学素子の熱雑音と地面振動と量子雑音であるが、2007年に完成を予定している第二世代の重力波検出器は、低温化や防振系の向上などの先進技術により、ほぼ量子雑音だけが感度を制限することになる予定である。

本研究では、次世代型重力波検出器における量子雑音の低減化を目指し、国立天文台内に4メートルの帯域特化型プロトタイプ干渉計を建設し、技術開発を行なってきた。特に輻射圧による信号の増幅効果の観測は世界初であり、次世代の検出器で帯域特化技術を導入するためには必要不可欠なものである。また、信号の読み取り方法を工夫することで、量子雑音を大幅に軽減する手法を発案した。これらの先進技術を導入することで、重力波検出器の感度向上を実現することができる。

重力波検出器と量子雑音

重力場が大きく変動する天体現象により重力波が発生すると、地球上のマイケルソン干渉計型重力波検出器で片方の腕が伸び、もう片方が縮むという現象が起こる(図1)。そして入射側と反対のポートに設置した光検出器で干渉縞が変化する。この際、信号と無関係な光を入射側に返すように制御すると、信号を持った光は全てこの信号ポート(ダークポート)に抜けてくることになる。

干渉計の両腕にファブリーペロー共振器を組み込むと、光が折り返す間に信号が増幅される。この折り返し回数は共振器を構成する2枚の鏡の反射率で決まり、フィネスという値で表される。フィネスをあまり高くすると、共振している間に高周波の信号が相殺するので、周波数を横軸にとって感度を計算すると、図2のように帯域が制限される。いま熱雑音などを無視すると、感度を制限するのはショットノイズと呼ばれる量子雑音である。

重力波の予想される帯域に合わせて腕のフィネスを定めたとして、さらに感度を上げるためには、入射光のパワーを上げればよい。安定なレーザーの出力には限界があるので、信号以外の光が戻るブライトポート側に鏡を置いて再入射させ、干渉計での実効的な光量を上げるパワーリサイクリングという技術が用いられる。

ここまでは第一世代の重力波検出器ですでに実現されている。およそ10ワットのレーザーを用い、腕共振器内のパワーはおよそ2キロワットになる。第二世代検出器では、次章で説明するように、ダークポート側に鏡を配置し信号をリサイクリングさせる構造になっており、レーザーも100ワットに上げて、共振器内パワーはおよそ400キロワットになる。最高感度はおよそ20倍になる。

しかしこのとき、第一世代の干渉計では問題にならなかった輻射圧雑音というものが低周波の感度を制限し始める。ショットノイズと輻射圧雑音というものを合わせて量子雑音と呼ぶ。これらは光の波動性と粒子性の不確定性原理から生じ、パワーを上げて波動性を高めると、粒子性の揺らぎが効いてきて輻射圧雑音という形になって表れ、パワーを下げると波動性の揺らぎが効いてきてショットノイズが大きくなってしまう。直感的に言えば、光を量子化したときに、1つの光子がビームスプリッタでマイケルソン干渉計のどちらの腕に行くかを予想することはできない。そしてその1つの光子がその他の古典的光に対してどのような相対位相を持つかも予想することができないのである。

図1を見ると、ショットノイズと輻射圧雑音のどちらかに制限され、重力波検出器の感度は通常、標準量子限界と呼ばれる感度限界を超えられない。しかし、より遠方の微弱な重力波信号までも検出するためには、この限界を超えてさらなる高感度化を目指すことが必要となる。これまでもいくつかの理論的アプローチがこの限界を超える量子非破壊計測の手段として提唱されてきたが、近年ようやく具体的な形となってきたのである。

第二世代検出器のいくつかで導入する帯域特化という技術は量子非破壊計測を実現する技術の一つで、本研究ではその物理の確認が主題である。

シグナルリサイクリング

ブライトポート側に鏡を置くパワーリサイクリングと比べ、ダークポート側に鏡を置くシグナルリサイクリングは、信号の周波数により共振状態が変わる。信号のDC成分を共振状態に保つブロードバンドシグナルリサイクリング(BSR)では、低周波で信号が増幅する一方で高周波では信号が相殺し、信号のDC成分を反共振状態に保つブロードバンドレゾナントサイドバンドエクストラクション(BRSE)では、逆に高周波で信号を増幅できる(図3)。腕共振器で増幅した信号をさらに増やすのがBSRで、腕共振器内で相殺する高周波信号を増やして結果的に帯域を拡張するのがBRSEである。

また、共振から少しずらした非共振状態に保つと、中間の狭帯域で信号が増幅され、ある周波数に特化して感度を向上させることができる。これをデチューニングと呼び、BSRおよびBRSEから少しずらしたものを各々デチューンドシグナルリサイクリング(DSR)、デチューンドレゾナントサイドバンドエクストラクション(DRSE)と呼ぶ。

デチューンするとダークポート側のシグナルリサイクリングミラー(SRM)で反射されて干渉計に再入射した光が入射レーザーとカップリングする。この成分は共振器内のパワーの変動となり、輻射圧で鏡を動かし、再び信号としてダークポートに漏れてくるという循環をする。このように輻射圧信号は複合共振器内で光のバネを形成し、ある周波数で特に信号を増幅することになる。

この光バネの効果をふまえて感度を計算したものが図4である。2つの周波数で信号が増幅しており、高周波の方がシグナルリサイクリングされたもの、低周波の方が輻射圧信号によるものである。輻射圧信号は輻射圧雑音よりも大きくなりえるので、標準量子限界を超えることができる。

プロトタイプ実験による光バネの検証

光バネは、量子雑音そのものを測定しなくても信号の増幅を検出することで存在を確かめることが可能である。ただし、そのためには光学素子は振り子で吊られている必要があるし、共振器内パワーも高くないと光バネの周波数が低くなってしまい検出できない。本実験では、入射レーザーは高々500ミリワットで、パワーリサイクリングも用いていないが、40グラムという大型干渉計の1000分の1ほどの重さしかない鏡を用いることでパワーを1000倍したのと同じ効果を持たせ、輻射圧の影響を大きくしている。

干渉計は、信号側をダークポートに、両腕を共振状態に、シグナルリサイクリングキャビティをデチューン状態に、それぞれ制御する必要がある。特にデチューン状態に制御するには工夫が必要で、振り子に吊られたデチューン干渉計の制御に成功したのは本実験が世界で最初である。

まず、元々の光であるキャリア光の他に、制御用に位相変調器で±17メガヘルツのサイドバンドを立て、この上下のサイドバンドが同時に共振状態に入らないように共振器長をずらしておく(図5)。こうすることで非対称性が生じ、キャリアは共振でも反共振でもない状態に保たれる。

次に、共振状態に保つサイドバンドを1次ではなく2次の高調波にしておく。1次のサイドバンドは、その他の自由度を制御するときに用いるので、非対称性の影響があまり出ないようするのである。

そして、腕共振器の信号と独立に扱うために、シグナルリサイクリングキャビティの制御信号は1次と2次のビートを3次で復調して得る。この際キャリアと3次のビートが混入を防ぐため、51メガヘルツの位相変調器で3次高調波が消してある。

このような独自の手法を用いて4自由度全てを制御した状態で、腕共振器を差動で動かし、仮想的な重力波信号を与え、伝達関数を測定する。同様の実験をシグナルリサイクリングなしで行ない、伝達関数の比から信号の増幅が分かる。国立天文台内に建設した4メートルのプロトタイプ干渉計で実験した結果が図6である。10キロヘルツ付近に見える高周波の緩やかなピークに加え、低周波にも輻射圧信号によるピークの裾が確認でき、200ヘルツ程までは理論曲線ともよく符合している。この輻射圧効果の観測は世界初の成果である。図の理論曲線における低周波のピークは非常に鋭くなっているのは制御等によるダンピングの影響を含んでいないからである。また、低周波は制御により抑え込まれているため、高周波は振り子の影響で信号が小さいために測定の精度が落ちているが、信号取得の積分時間を上げると改善が可能である。

アンバランスドサイドバンドデテクション

最後に読み取り方法を工夫することによる量子非破壊計測方法を発案したので、それも紹介する。

デチューンするとシグナルリサイクリング共振器を上下片側のサイドバンドだけが共振し、ダークポートで上下のサイドバンドにアンバランスが生じる。このような場合、復調位相を変えることで標準量子限界を超えられる。復調というのは例えば17メガヘルツ周期で現れる信号をストロボスコピックに検出する手段で、従来は信号が最大になるようにしていたが、信号は最大でなくても輻射圧雑音の影響が小さい瞬間に合わせてストロボスコピックな検出をすることで、標準量子限界を超えることが可能となるのである。

ストロボスコピックな読み取り方法自体は以前から提唱されていたが、それは位相をずらした別の光をレファランスとして用いていた。復調位相を変えるという手段の最大の特徴は、光ではなく電気信号を扱うため分割してもショットノイズが不変だという点である。周波数ごとに異なる復調位相を用いて計測を最適化しそれらを足し合わせることで、広範囲での量子非破壊計測が可能となる。復調時に生じる別の量子雑音が問題となるが、これはメガヘルツ帯へのスクイーズを施すと解決することが分かっている。

重力波検出器の構成。第一世代では腕共振器とパワーリサイクリングが、第二世代ではさらにシグナルリサイクリングが導入される。

異なる共振器内パワーにおける量子雑音。およそ200ヘルツより高周波では腕共振器内で信号が相殺して感度が落ちることと、パワーを上げても標準量子限界よりは感度が上がらないことが分かる。

シグナルリサイクリングキャビティでの共振状態によるシグナルゲインの違い。

デチューンしたときの感度曲線。

DRSEの制御方法

実験結果。光バネの効果が確認できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、次世代の干渉計型重力波検出器に必要とされる検出器の技術的な問題を理論と実験の両面から研究した成果をまとめたものであり、7章と補遺からなる。第1章の導入では重力波の紹介と検出の意義を述べ、特に、その感度と量子限界の関係の重要性を指摘した。

第2章では、干渉計型検出器の一般論が展開されている。現在、すでに運転が始まっているファブリ・ペロー・マイケルソン干渉計から、リサイクリング技術、さらに、帯域制御可能な干渉計技術であるシグナルリサイクリング (SR)・レソゾナントサイドバンドエクストラクション (RSH) についての説明がされている。最後のRSEは、本論文でもっとも重要な要素技術であり、その実験的なデモンストレーションは、近年になってようやく可能になった高度な技術である。

第3章では、この干渉計を動作させるための制御理論が展開されている。光学系の状態を精密に把握して正しい動作状態に保つ技術は、干渉計にとっては不可欠であり、特に、ここでは光変調技術を利用した状態判断信号を取得する方式に関して詳細な検討がなされている。

第4章では、第1章で指摘した干渉計の量子論的な側面に関する議論を行った。従来、目で見えるような巨視的な物体の運動は古典力学的な対象と考えられてきたが、超高感度は干渉計では、キログラムを超える質量を持つ鏡の運動の量子限界が見えると考えられている。この量子限界は、標準量子限界 (SQL) と呼ばれているものであるが、その限界の存在とそれを超える技術として知られる量子非破壊計測法(QND計測法)に関して、理論的な検討が進められている。

第5章において、前章のQND計測法に関連して、この論文提出者独自の考えによる量子力学的な信号取得法論を展開した。この理論は、干渉計で利用される光変調による信号取得法の性質を詳細に検討した結果、キャリア光の上下に現れるサイドバンドの大きさを制御することにより、光の量子性と干渉計の鏡の運動が結合して生じたスクイーズド状態を利用して、SQLを越えた精度の測定が可能になるというものである。外国の同様な研究グループで提案されているものは、スクイーズ状態を利用するために別の光学系を利用するという方式であった。本方式は、そのような従来型とはまったく異なるもので、新たな方式として検討が進んでいる。

第6章では、実際のプロトタイプ干渉計装置を試作し、世界に先駆けて運転に成功したことが報告されている。干渉計は機械系と光学系が複雑に絡んだ系であり、それを動作させること自身が非常に困難なことである。そのため、制御・運転技術の開発は、この分野の研究において極めて重要な課題である。特に、本論文で扱っているRSEを導入した干渉計の制御技術は、未完成の部分が多く、さらなる研究が必要とされている。さらに、帯域を可変にするデチューニングと呼ばれる技術に関しては、光学台に固定した干渉計で実験が進められている程度で、本格的なプロトタイプ(実機に近づけるため、干渉計を構成するほとんどの光学素子が吊り下げられている)による実験は皆無であった。本論文では、そのプロトタイプによる世界初の運転成功が報告されている。また、デチューニングを施した干渉計では、光の輻射圧と機械系が結合して起きる光スプリング現象が観測されると予想されていたが、その兆候が観測されていることも特筆すべき点である。この現象は、従来の光学台に固定した干渉計では決して見ることのできないものである。

第7章では、ここで得られた研究成果を総括し、次世代干渉計の実現に向けて必要とされる、量子限界の克服と帯域制御技術の確立に関して大きな貢献があったことが述べられている。

なお、本論文第6章は、川村静児,宮川治,Peter Beyersdorfとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験装置の設計・試作、および測定を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できるものと認める。

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