学位論文要旨



No 119467
著者(漢字) 竹下,貴之
著者(英字)
著者(カナ) タケシタ,タカユキ
標題(和) 石炭と原子力に着目した環境調和型エネルギーシステム構築のための長期戦略に関する検討
標題(洋) Long-Term Strategy for Environmentally Friendly Energy System with Focus on Coal and Nuclear Energy
報告番号 119467
報告番号 甲19467
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第15号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

世界エネルギーシステムの将来像については、供給安定性、環境調和性、経済性の3条件がトレードオフにあること、すなわち、トリレンマの状況に直面していることが知られている。これら3条件を同時に満足することを単一の技術的選択肢に期待することは現状では不可能であるため、将来の世界エネルギーシステムの理想像を議論する際には、多様な技術的選択肢をどのように組み合わせ、どのように導入していけばよいかというシステム解析の視点が必要になる。これまで、このような問題意識に基づいて、再生可能エネルギーをはじめとした、将来魅力的となるであろう新規技術の可能性の評価・検討が主になされてきたが、将来の技術進歩にまつわる不確実性を考慮すれば、既に技術的・市場的に確立された技術をどのように利用すれば望ましい世界エネルギーシステムを構築できるかを検討することも重要であろう。そこで、本論文では、石炭と原子力に着目しつつ、供給安定性、環境調和性、経済性の3条件を満足する望ましいエネルギーシステムを構築するための長期戦略について、複数の問題を設定し、問題に応じて構築された数理計画モデルを用いて検討する。まず、2章において、望ましい世界エネルギーシステムを構築する上で石炭、原子力が長期的に果たし得る役割、可能性について検討を行った上で、3−5章では、そのような石炭、原子力の利用を推進するにあたって現在懸案となっている重要な問題点を個別具体的に分析し、解決策の提案や技術的・政策的オプションの可能性評価を行うことによって、短中期的な時間範囲における石炭・原子力利用のあり方について具体的な政策提言を行う。

2章では、資源枯渇問題やCO2排出問題の対策を考える上で重要性が高まっている自動車輸送部門に着目しつつ、エネルギー代替性に優れ、世界の大気中CO2濃度を安定化できるような望ましい世界エネルギーシステム像を具体的に描く。そして、そのような望ましい世界エネルギーシステムにおいて、エネルギー代替性を高め、利用過程でCO2を排出しないエネルギーキャリアである電力と水素、及び、1次エネルギーとしての石炭と原子力が長期的に果たし得る役割、可能性について検討を行う。このような目的に対し、電力と水素の生産手段を包括的に導入、核燃料サイクルを導入、水素利用部門として有望視される自動車輸送部門を詳細にモデル化、といった改良を施した世界エネルギーモデルを用いて検討を行った。その結果、大気中CO2濃度安定化を図るための最適戦略としては、電力・水素利用の推進が有効であり、自動車輸送部門では燃料電池自動車が大きなシェアを占めるという結果が得られた。また、そのような望ましい世界エネルギーシステムにおいては1次エネルギー源が多様化し、石炭、原子力とも、発電手段に加え水素生産手段として長期的に重要な役割を果たし得るという新たな可能性を描写した。但し、石炭が望ましい世界エネルギーシステムにおいて重要な役割を果たすためには発電時・水素製造時に排出されるCO2の回収・貯留が前提であることを指摘した。

3章では、今後のエネルギー消費の拡大が見込まれ、一方で石炭のシェアが著しく大きく、石炭利用に伴う環境汚染が既に深刻化している中国東北地方の発電部門において、どのように石炭のクリーン利用や石炭からの燃料代替を図っていくべきかについて、対策技術の技術的特徴や対象地域の地域的特徴を詳細に考慮した最適電源構成決定モデルを用いて検討を行った。その結果、SOx排出削減対策技術としては選炭や脱硫が優位であり、これらの同時導入によって、2022年までのSOx排出量を無政策時の2002年の排出量の1割以下に抑制できることを示した。また、CO2排出削減対策としては天然ガスや原子力への燃料転換が不可欠であり、CO2排出削減を図ることによりSOx排出も大幅に削減できることを示した。また、今後予想される負荷先鋭化の対策としては、石炭が非常に大きなシェアを占め、石油や水力の供給制約がある現状の発電システムでは対応が困難であり、石炭から天然ガスへの燃料代替が必要であることを示した。政策的含意としては、緊急度が高いSOx排出削減対策としては、選炭や脱硫といった既に確立されたクリーンコール技術の普及推進が効率的かつ効果的であること、クリーン開発メカニズムなどの国際的枠組を介して天然ガスをCO2排出削減対策として導入し、石炭を代替する政策は、CO2及びSOxの排出削減、負荷先鋭化対策につながり、さらには中国のエネルギーオプションを増やすことにつながるという意味で検討に値すること、を指摘した。そして、2章からの知見も考慮し、クリーンコール技術の普及が進展するまで、より長期的には石炭の価値を飛躍的に高めるCO2回収・貯留技術の普及が進展するまで、様々な利点を持つ天然ガスによる石炭の代替を推進し、経済性と供給力に富む石炭をリザーブしておくという戦略を提案した。

4章では、原子力開発利用は長期の時間軸での検討が必要であり、大きな不確実性にさらされていることをふまえ、プルトニウム利用技術の将来コスト、及び、将来のCO2排出規制にまつわる不確実状況下における我が国の長期核燃料サイクル戦略のあり方について、核燃料サイクル部門を詳細化した我が国の最適電源構成決定モデルを確率的に拡張したモデルを用いて検討を行った。その結果、まず、専門家の知見に基づいて想定した不確実性の幅を前提とすれば、我が国の最適な核燃料サイクル戦略の幅は非常に広く、使用済燃料を全量直接処分する政策から全量再処理リサイクルを行う政策まであり得ることを示した。そして、不確実状況下における我が国の核燃料サイクル戦略としては、将来あり得る全てのシナリオに対して適切かつ柔軟に対応するため、状況が確定するまで使用済燃料を敷地外中間貯蔵しつつ、再処理、プルトニウム利用発電、直接処分といった貯蔵後に選択し得る技術的・政策的オプションを複数保持しておき、状況確定後、確定した状況に応じて行動することが最適であることを示した。但し、将来コストの不確実状況下の最適戦略は、プルトニウム利用が競合可能になる見込みに対して感度が高く、将来あり得るシナリオに対してそれらの実現確率に応じて備えるという、いわばヘッジング戦略と見なすことができる一方、CO2排出規制の不確実状況下の最適戦略は、シナリオ実現確率によらず、常に最も厳しい制約が課されるシナリオを想定して備えておくという、いわば用心した戦略と見なすことができるという、両者の相違点を見出した。次に、このような最適戦略を反映して、不確実状況下において敷地外中間貯蔵の価値が非常に大きいこと、貯蔵後に選択し得る技術的・政策的オプションを複数保持しておくことが有用であることを定量的に示した。そして、敷地外貯蔵の持つ様々な利点を具体的に明らかにし、敷地外貯蔵が、現在我が国が核燃料サイクル政策を推進するにあたって直面している諸問題への有効な対策となり得ることを明らかにした。さらに、プルトニウム利用技術の将来コスト情報が事前に得られることの価値、すなわち、情報の価値が大きいことを定量的に示した。政策的含意としては、敷地外中間貯蔵の推進を重視すべきであること、全量再処理リサイクル路線に固執せず、使用済燃料直接処分も含めた多様な技術的・政策的オプションを保持することが重要であること、関連研究開発部門との連携により、バックエンド技術の将来見込みを勘案しつつ政策決定をすることが有益であること、を指摘し、最後に、導かれた不確実状況下における最適戦略を選択する上で障害となっている我が国の制度的社会的な問題点を整理した。

5章では、多くの原子力利用国において重要な政策課題となっている使用済燃料の管理策として、国際共同使用済燃料貯蔵制度の可能性について、世界エネルギーモデル、及び、二国間核燃料サイクルモデルを用いて、日本とロシアの二国を対象とした検討を行った。その結果、日本・ロシア二国間共同使用済燃料貯蔵の具体像を示しつつ、使用済燃料貯蔵料金などの本制度の制度設計や、日本の原子力利用規模にまつわる大きな幅を考慮しても、本制度は日本・ロシア両国にとって有益であることを明らかにした。具体的には、本制度は、日本に経済的な使用済燃料貯蔵オプションを提供し、本制度の運用が硬直的である場合でも、不確実状況における日本の最適な核燃料サイクル戦略の一環として重要な役割を果たし得ることを示した。また、ロシアにとっては、本制度から得られた資金を活用することにより、余剰核兵器や余剰プルトニウムの大幅な削減につながること、余剰プルトニウムを国内の原子力発電所で燃焼することによってウラン消費の節約につながることを示した。政策的含意としては、このような大きな可能性を持つ日本・ロシア二国間共同使用済燃料貯蔵制度は更なる検討に値すること、及び、日本・ロシアが協調することによって得られる利益の大きさをふまえ、両国が地道な信頼関係の構築を通じて、戦略的パートナーシップを締結していくことが望ましいことを提言した。

このように、本論文は、石炭と原子力が、発電だけでなく水素製造を行うことを介して、エネルギー代替性と環境調和性に優れた望ましい世界エネルギーシステムにおいて長期的に重要な役割を果たし得るという、石炭と原子力が開き得る未来、新たな可能性を描写した。そして、このような大きな可能性の芽を育むべく、これら石炭と原子力の利用を推進するにあたって現在懸案となっている諸問題に対し、具体的かつ定量的な解決策を提示した。これらは、本論文の意義と指摘することができるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Long-Term Strategy for Environmentally Friendly Energy System with Focus on Coal and Nuclear Energy (石炭と原子力に着目した環境調和型エネルギーシステム構築のための長期戦略に関する検討)」と題し、6章からなり、石炭と原子力に着目しつつ、供給安定性、環境調和性、経済性の3条件を満足する望ましいエネルギーシステムを構築するための長期戦略について、複数の問題を設定し、問題に応じて構築された数理計画モデルを用いて検討している。第1章は序論であり、研究の背景を整理している。

第2章では、一次エネルギー間の代替性を高め、利用過程でCO2を排出しないエネルギーキャリアである電力と水素が長期的に果たし得る役割、可能性について検討を行った。手法としては、地域を細分化した世界エネルギーモデルに、種々の水素の生産技術、核燃料サイクル、水素利用部門として有望視される自動車輸送部門を付加するなどの改良を行って適用した。その結果、21世紀に大気中CO2濃度安定化を図るための最適戦略としては、電力・水素利用の推進が有効であり、自動車輸送部門では燃料電池自動車が大きなシェアを占めるという結果が得られた。また、そのような望ましい世界エネルギーシステムにおいては一次エネルギー源が多様化し、石炭、原子力とも、発電手段に加え水素生産手段として長期的に重要な役割を果たし得るという新たな可能性を描写した。ただし、石炭が望ましい世界エネルギーシステムにおいて重要な役割を果たすためには発電時・水素製造時に排出されるCO2の回収・貯留が前提であることを指摘した。

第3章では、石炭のシェアが著しく大きく環境汚染が既に深刻化している中国東北地方の発電部門を対象とし、どのように石炭のクリーン利用や石炭からの燃料代替を図っていくべきかについて、対策技術の技術的特徴を詳細に考慮した最適電源構成決定モデルを用いて検討を行った。その結果、SO2排出削減対策技術としては選炭や脱硫が優位であり、これらの同時導入によって、2022年のSO2排出量を無政策時の2002年の排出量の1割以下に抑制できることを示した。また、CO2排出削減対策としては天然ガスや原子力への燃料転換が不可欠であり、CO2排出削減を図ることによりSO2排出も大幅に削減できることを示した。また、今後予想される負荷先鋭化の対策としては、石炭から天然ガスへの燃料代替が必要であることを示した。

第4章では、プルトニウム利用技術の将来コスト、及び、将来のCO2排出規制に関する不確実状況下における我が国の長期核燃料サイクル戦略のあり方について、核燃料サイクル部門を詳細化した最適電源構成モデルを確率的に拡張して検討を行った。その結果、将来コストの不確実状況下の最適戦略は、将来あり得るシナリオに対してそれらの実現確率に応じて備えるヘッジング戦略になるが、CO2排出規制の不確実状況下の最適戦略は、シナリオ実現確率によらず、常に最も厳しい制約が課されるシナリオを想定して備えておく用心した戦略になるという、両者の相違点を見出した。次に、不確実状況下において保持しておく技術オプションとして、敷地外中間貯蔵の価値が非常に大きいことを定量的に示した。さらに、プルトニウム利用技術の将来コスト情報が事前に得られることの価値を定量的に示した。

第5章では、日本とロシアの間での国際共同使用済燃料貯蔵制度の可能性について、世界エネルギーモデルと二国間核燃料サイクルモデルを用いて検討を行った。その結果、日ロ共同使用済燃料貯蔵の具体像に基づき、本制度は、日本に経済的な使用済燃料貯蔵オプションを提供し、不確実状況における日本の最適な核燃料サイクル戦略の一環として重要な役割を果たし得ると同時に、ロシアにとっても、本制度から得られた資金を活用することにより、余剰プルトニウムを国内の原子力発電所で燃焼してウラン消費の節約につながるなどの利益が得られることを示した。

第6章はまとめであり、各章で得られた結論をまとめ、その政策的含意を整理している。

以上のように本論文は、石炭と原子力が、環境調和性に優れ経済的に最適なエネルギーシステムの構築において重要な役割を果たし得ることを数理モデルによって描き、それらの役割を実現するために懸案となっている諸問題に対して具体的かつ定量的に解決策を明らかにしたもので、先端エネルギー工学特にエネルギーシステム工学に寄与する所が大きい。したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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