学位論文要旨



No 119469
著者(漢字) 森,浩一
著者(英字)
著者(カナ) モリ,コウイチ
標題(和) 大気吸込型パルスレーザー推進機におけるエネルギー変換過程
標題(洋) Energy Conversion Processes in Air-Breathing Pulse-Laser Propulsion
報告番号 119469
報告番号 甲19469
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第17号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

大気吸込型パルスレーザー推進機におけるエネルギー変換過程に関し実験的な研究を行った.本論分は5章からなっており,第1章は,序論であり,本研究の背景となるパルスレーザー推進の原理及び特性,これまでの研究の経緯及び現状,本研究でのパルスレーザー推進機の特性量の定義及びその位置付けに関する説明がなされている.大気吸込型パルスレーザー推進機では, 大気中にレーザービームが集光され,これによって空気プラズマを生成する. この空気プラズマの急激な膨張に伴って周囲に爆風波を生じ, この爆風波がノズル壁面に作用することによって推進力を得る. パルスレーザー推進機には, レールガンやラム・アクセラレーター等のようなマス・ドライバーとしての用途が考えられ, レーザーパルスジェット→レーザーラムジェット→レーザーロケットの3つの推進モードを経て, 非常に高いペイロード比で宇宙空間に物資を輸送することができる. 推進機駆動用の大出力レーザーとしては, 炭酸ガスレーザーを挙げることができる. これは, その波長(10.6μm)が大気中の伝播に適しており, 大出力化が有望なためである. また,  本章では, レーザーパルスの入射から力積の発生までの過程を,(1)レーザー加熱過程(2)爆風波膨張過程,(3)排気過程,(4)吸気過程の4つに分割して考えることによって大気吸込型パルスレーザー推進機の一般的な相似則を導出することを提案している. これは, 今日までの大気吸込型パルスレーザー推進機に関する研究では,これらの過程が明確に分離されておらず, 明確な設計指針を得るに至っていなかったためである. 本研究では特に, 3つの推進モードに共通でありながらも, これまでの研究では, その系統的な解明がなされて来なかった(1)レーザー加熱過程におけるエネルギー変換を調べることに力点を置いた.  爆風波のエネルギーを衝撃波に囲まれる体積に含まれる内部エネルギー及び運動エネルギーの和として定義し, 入射レーザーパルスエネルギーのうちレーザー爆風波のエネルギーへ変換された割合を, 爆風波エネルギー変換効率として定義した.

第2章から第4章において実験方法,実験結果及びこれに基づく考察が説明されている. 第2章では, 大気のパルスレーザー加熱過程に関し, レーザー支持爆轟波(LSD波)の支持条件を実験的に調べている. 過去の研究から, レーザー吸収領域はレーザー入射方向逆向きに波状に伝播することが知られている. このレーザー吸収波には, 2つのモードがあることが知られており, 1つは熱伝導とレーザー入射の相互作用の結果としてレーザー入射方向逆向きに亜音速で伝播するレーザー支持燃焼(LSC)波, もう1つは, 衝撃波を伴い, 衝撃波とレーザー入射の相互作用の元で吸収が行われ, 超音速で伝播するレーザー支持爆轟波(LSD波)である. LSD波の生成によってレーザーエネルギーが効率良く爆風波のエネルギーに変換されるので, LSD波の支持条件が推進機の性能に大きな影響を及ぼすと考えられる.  大気圧空気中及び低圧空気中に集光された炭酸ガスパルスレーザーによって生成されたLSD波に対し, そのプラズマ領域及び衝撃波面の伝播をシャドウグラフ法によって可視化し, LSD波の伝播及びLSD波支持限界を調べた.  その結果, LSD波支持に必要なレーザーパワー密度は, 雰囲気の空気密度に対しては大きな変化を見せなかったものの, レーザーパルスのパワー,及び減衰時定数に対しては大きく変化することがわかった. また, この実験結果をRaizer のLSD波の伝播及び支持条件に関する理論に基づいて整理することによって, 入射レーザーパルスエネルギーのうちのLSD波に吸収されたエネルギーの割合を一意に決定する無次元パラメタを導出した. この無次元パラメタはレーザーパルスの最大パワー, 減衰時定数, 集光光学系のf値 及び雰囲気密度の関数であり, その導入によって, 任意のレーザーパルス, 集光光学系,及び雰囲気状態の下での, LSD波に吸収されるレーザーパルスエネルギーの割合を容易に計算することが可能となった. また, 本研究で主に調べたレーザーパルスのパラメタ(レーザーパルスエネルギー:4〜10 J, レーザーパルスの減衰時定数:約1μs)では, 入射したレーザーパルスエネルギーの80〜90%がLSD波によって吸収されており, 本研究で用いたレーザーパルス, 集光光学系, 雰囲気密度がLSD波の支持に適したものであることがわかった. これは低圧雰囲気圧においても変わらないことも示された.

第3章では投入されたレーザーパルスエネルギーに対する誘起された爆風波のエネルギーの割合(爆風波エネルギー変換効率)に関する実験結果を説明している. シャドウグラフ法による可視化により得られた衝撃波の半径の時間変化から, Sedov等による点源爆風波理論に基づく新たな解析法を用い爆風波のエネルギーを測定している. この解析法は, 従来の点源爆発理論では扱えなかった楕円的に膨張する爆風波の爆風波のエネルギーを導出することを可能にしたものである. 大気圧下での測定の結果, 爆風波エネルギー変換効率は, レーザーパルスエネルギー及び集光光学系のf値の変化に対して大きく変化することはなく, 約40%の値を得た. 一方, 雰囲気圧力及び密度の低下に伴って爆風波エネルギー変換効率は低下し, 0.2 atm の雰囲気圧の元では約20%までに低下していることがわかった. この実験のパラメタにおいては入射したレーザーパルスエネルギーのほとんどがLSD波によって吸収されており, これは低圧雰囲気圧の基でも変わらないことから, 雰囲気圧力の低下に伴ってLSD波におけるエネルギー損失が増大し,効率の低下を招いたと考えられた. また, マッハ数2の超音速気流中においてもレーザープラズマを生成し, 爆風波エネルギー変換効率を測定した. この超音速気流では同じ静圧の元でも, 静止空気中よりも空気密度は1.8 倍高く, 雰囲気の圧力及び密度に対する効率の依存性を個別に調べた. 更に, 大気圧の空気中においては,  エネルギーメータを用い, レーザーの透過エネルギー及びプラズマから輻射量の測定を行い, レーザーパルスエネルギーから爆風波のエネルギーへと変換される過程におけるエネルギーバランスを明らかにした. 透過損失は, 空気プラズマの点火過程において生じるものであり, 一端点火した後においては, レーザーはプラズマを透過してこないことがわかった. また, 透過エネルギーのレーザーパルスエネルギーに対する割合に関しても, 数%程度と, エネルギーバランスに大きな寄与を及ぼすものではないことが示された. 一方, プラズマからの輻射損失は投入エネルギーの約20%にも昇り, レーザー加熱過程におけるエネルギー損失機構において, プラズマからの輻射損失が大きな割合を占めていることがわかった.

第4章ではレーザーパルスの集光によって空気中に誘起された爆風波によって円錐ノズルが受ける力積を調べている. 円錐ノズルの大きさ及び開口角度を系統的に変化させて力積を測定することによって, ノズル形状と力積の関係を調べた. 結果として, 最適ノズル長さの存在が示され, これは理論による解析と爆風波エネルギー変換効率の測定結果とによって, 爆風波エネルギー変換効率及びレーザーパルスエネルギーの関数として与えられることがわかった. この理論に基づくと, ノズルの長さが最適なときにはノズルにおいて爆風波の最適膨張が達成されていることが示唆された. また, 開口角度の増加に伴う力積の減少も確認され, これに関して, 測定結果をCFDによる計算結果と比較した.結果,  開口角度の増加に伴って吸気過程における負の推力が増大してしまい, 力積が低下したことが判明した.

第5章では, 以上の結果をまとめている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,”Energy Conversion Processes in Air-Breathing Pulse-Laser Propulsion”(大気吸込型パルスレーザー推進機におけるエネルギー変換過程)と題し,大気吸込型パルスレーザー推進機の推進力発生機構の解明を目的として,パルスレーザーによって生成されるプラズマ及びその周囲に誘起される衝撃波を可視化し,更に円錐ノズルに生じる力積の測定を行い,レーザービームの吸収から推力インパルス生成までの過程を研究したものであり,5章より構成されている.

第1章は序論であり,研究の背景と目的を述べている.過去の大気吸込型レーザー推進機に関する研究の結果を紹介すると共に,過去の研究では推力測定のみが先行し,推力発生機構にまで踏み込んだ研究がなされていないことを指摘している.また,レーザーによる打ち上げシステム全体の見通しを示し,打ち上げシステムとしての位置付けについて説明している.更に,推進性能の一般的な議論をするために推力発生の一連の機構を3つの素過程に分割して考えることを提案しており,各過程の原理を説明している.

第2章は「レーザー吸収過程」と題し,レーザー支持デトネーション(LSD)波の維持条件に関する研究の方法,結果及び考察を述べている.はじめに,実験で用いた炭酸ガスパルスレーザーの構造及び特性,パルス波形、レーザービームの集光方法,雰囲気状態の制御方法,シャドウグラフの撮影方法についてまとめている.シャドウグラフ法による可視化の結果として,LSD波の維持に必要なレーザーパワー密度の閾値を求めている.レーザーパワー密度の閾値は,雰囲気密度に対しては大きく変化せず、LSD波終了時のLSD波断面半径に反比例することが示されている.更に,投入レーザーエネルギーのうちLSD波が維持されている時間中に照射されたエネルギーの割合として定義されるLSD 波吸収効率を定義し、実験結果と理論モデルを比較することによって,レーザーパルス形状,集光光学系のf値及び雰囲気密度の影響を表す実験式を導出している.これに基づいて,ピークパワー10MW、減衰時定数が1μs程度のレーザーパルスでは,80%以上のLSD 波吸収効率が得られることを示している.

第3章は「爆風波エネルギー変換過程」と題し,爆風波変換効率として定義される,投入レーザーエネルギーのうち爆風波として流体の運動エネルギーに変換された割合を調べるための一般的な方法を導出し,この変換効率のレーザーエネルギー,集光光学系のf値、雰囲気圧力及び密度の効果に関して調べている.結果としてレーザーエネルギー及びf値に対する依存性は弱かったものの,雰囲気圧力が一桁下がると爆風波変換効率が約50%低下することを明らかにしている.さらに,超音速風洞を用い、同じ圧力のもとで密度を変化させた実験を行った結果,密度も効率に影響を及ぼすことが示されており,高高度を超音速で飛行中の効率を正確に予測するためには,圧力と密度など、2つの熱力学的状態量を指定する必要であると指摘している.また,プラズマを透過するレーザーエネルギー及びプラズマからの輻射エネルギーを測定し,爆風波エネルギー変換過程におけるエネルギー収支を明らかにしている.

第4章は「推力インパルス発生過程」と題し,円錐ノズルに生じる力積を測定した結果を述べ,1次元衝撃波伝播モデルによる解析結果と比較することにより,最大推力インパルスがノズルの開き角によらず、衝撃波波面がノズル出口に達するまでの最適条件で達成されていることを示している.この結果に基づき,最大性能を与える最適ノズル長さを定式化し、さらにレーザー打ち上げ機設計の一例を提案している.

第5章は結論であり,本論文の研究成果をまとめている.

以上要するに,本論文は大気吸込型パルスレーザー推進機の推力発生過程におけるエネルギー効率と推進性能を評価するために、レーザー生成プラズマ周囲に誘起される衝撃波を可視化し,爆風波へのエネルギー変換効率を定量的に測定し,更にモデル推進機を用いて推力インパルスを測定することにより、最適ノズルスケールを明らかにしたものであり,これらの結果は、レーザー推進を用いた将来型宇宙輸送システムの実現可能性の評価、およびその設計に応用ができ、先端エネルギー工学、特に推進工学に貢献するところが大きい.

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める.

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