学位論文要旨



No 119476
著者(漢字) 鈴木,雄治郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ユウジロウ
標題(和) 2次元・3次元数値モデルによる火山噴煙ダイナミクスの研究
標題(洋) A study of volcanic eruption clouds by multi-dimensional numerical models
報告番号 119476
報告番号 甲19476
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第24号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 教授 松井,孝典
 東京大学 助教授 江尻,晶
内容要旨 要旨を表示する

イントロダクション

爆発的火山噴火では,マグマは上昇途中に破砕され,高温のマグマの破片と火山ガスからなる噴煙が大気より重い状態で火口から噴出する.噴煙は上昇中に乱流混合によって大気を取り込み,大気は火砕物の熱で膨張する.この時,噴煙は十分な大気を取り込めば軽くなって噴煙柱となるが,十分な大気を取り込むことができなければ重いまま高温の火砕流として地表を流れる.噴煙柱と火砕流の遷移状態や様々な噴煙挙動を予測することは,災害予測や火山堆積物の理解をする上で重要な課題である.これら噴煙挙動の多様性は,乱流による多次元的な混合によるものと考えられる.しかし,これまでのところ多次元的な乱流混合に注目して噴煙挙動の多様性を議論した研究はほとんどない.そこで,噴煙の乱流混合を正確に再現できる多次元数値モデルを構築し,噴煙柱と火砕流の中間状態を含む噴煙挙動の多様性を明らかにすることを,本研究の目的とした.

数値モデル

モデルは,平坦な地表にある円形の火口から噴煙が成層大気中に高速噴出するとした.噴煙は火砕物と火山ガスから構成されているが,それらの速度差は無く,熱平衡にあると仮定し,単一流体として扱った.このとき,噴煙の状態方程式は次のように表現される.〓ここで,ρmgmは噴煙全体の密度,nsは火砕物の質量分率,σは火砕物の密度,Rwは火山ガス(水蒸気)の気体定数,Tは温度,Pは圧力である.右辺第一項は火砕物の単位質量の占める体積を表すが,火砕物の密度σが非常に大きく第二項に比べ第一項は無視できる.すると上式は理想気体の状態方程式,〓で近似できる.つまり,噴煙は気体定数の非常に小さい(Rmgm〜23J/K・kg)理想気体として表現できる.さらに,高温の噴煙と大気が混合する場合,火砕物の熱による膨張の影響で密度変化に非線形性が見られる(図1).この噴煙・大気の混合流体に対して,気体定数を変化させることで単一の理想気体として扱った.

以上のように噴煙,及び噴煙と大気の混合流体を理想気体として扱い,圧縮性Euler方程式を支配方程式とした.乱流を構成するような小さな渦や3次元的なゆらぎを性格に記述するために,空間3次精度のスキームを用い,50m以下の細かなグリッドサイズを適用し3次元空間で数値計算を行った.

計算結果・考察

噴煙挙動の多様性

計算の結果,噴煙柱・火砕流の中間状態(噴煙柱の「部分崩壊」現象)と,これまでに記載されなかった特徴的な噴煙構造(「Fountain 構造」)の存在が明らかになった.

部分崩壊

噴煙柱と火砕流の中間状態として,噴煙柱と火砕流が同時に形成するような部分崩壊のレジームが存在した.これは,計算において流れに影響を与えないマーカー粒子の軌跡を追うことで明確に区別することができる.噴煙柱が形成する場合では粒子は噴煙柱とともにすべて上昇し(図2(A)),火砕流が発生する場合にはほとんどすべての粒子が火砕流とともに地表に流れ落ちるが(図2(C)),それらの中間的な状態では水平方向の不均一性から一部の粒子は噴煙柱とともに上昇し,それと同時に一部の粒子は火砕流として流れ落ちる(図2(B)).この噴煙挙動は,ピナツボ1991年噴火で見られたような、降下堆積物が火砕流堆積物と互層するという観察事実に適合する.

Fountain 構造

半径方向の不均一性に関して,一般に,噴煙のような高速ジェットでは中心軸付近の高濃度領域とそれを取り囲む乱流混合の領域が観察される.出口からの距離とともにこの混合領域は中心軸に向かって拡大していき,ポテンシャルコアと呼ばれる中心軸周りの高濃度噴煙の領域を浸食していく.噴煙では,初期運動量を失う前に混合領域が中心軸まで達すればポテンシャルコアは消滅し,達しなければその高さにおいてもポテンシャルコアが残ると予想される.つまり,初期運動量を失う高さ(H)と,ポテンシャルコアの長さ(L)の比によって噴煙構造に多様性が生じることが考えられる.実際,計算の結果,図3の模式図で示すような高濃度噴煙の構造が観察された.火口から伸びるポテンシャルコアはHまで達し,大気より重く下からの供給も続くので半径方向に広がろうとする.そしてその頂部側方から正に落ちようとするとき,局所的に大気の取り込みを行う(図3の矢印).この構造を Fountain と呼ぶ.したがって,噴煙柱は Fountain が存在するレジームと存在しないレジームに分類でき(図4(A), (B)),火砕流においても同様に Fountain が存在する場合としない場合にレジームは分類される(図4(C), (D)).噴煙柱内の Fountain からは大量の火砕物が降下することで火口付近に火砕丘が形成する場合や,Fountain から生じる高濃度の火砕流からは massive な火砕流堆積物が形成することが予想される.

噴煙挙動の予測

ここで,Fountain の有無,噴煙柱・部分崩壊・および火砕流の観点からレジームを分類し,マグマ物性と噴煙挙動の多様性の関係を調べた(図5),さらに,マグマの物性(温度,水蒸気量)と火口での噴出条件(噴出率,噴出速度)から Fountain の形成条件と火砕流の発生条件を単純なモデルによって理解することを試みた.

Fountain の形成条件 先に Fountain の形成条件としてH/L比を提案した.初期運動量を失う高さ(H)は初速,密度差,重力加速度から解析的に求められる.また,ポテンシャルコアの長さ(L)は亜音速であればノズル半径に,超音速であればノズル半径と初速に比例するということがジェットの室内実験から示されている [Nagamatsu et al., 1969].したがってH/L比は,噴出率(m)と噴出速度(u0)を用い次のように表すことができる.ここで,Mはマッハ数である.噴煙の密度を含む係数Cl, C2は温度や水蒸気量が変化してもあまり変わらない.そのため、レジーム図におけるH/L=constantの線は温度や水蒸気量にほとんど依存しない(図5(A)(B)の青線).数値計算結果ともよく一致する.

火砕流の発生条件 火砕流の発生は,初期運動量を失う高さ(H)に噴煙が達した時の平均的な質量分率と,ξcr1(混合流体の密度が大気密度と等しくなる質量分率,図1)の大小で決まる.そこで,半径が火口半径R0に等しく,高さがHである円筒を考え,その側面から噴出速度u0に比例して大気を取り込むことを想定する.円筒頂部での質量分率は,critical な状態でξcr1に等しくなるので,ξcr1は噴出率(m)と噴出速度(u0)と次の関係を持つ.温度や揮発成分量が小さい場合,噴煙の密度が大きくなることからξcr1は小さくなる.実際,ξcr1を表す線と数値計算の火砕流の発生条件は非常によく一致し(図5(A)の赤線),温度や揮発成分量が低い場合は(図5(B)の赤線),ξcr1を表す線は低噴出率側に移動し,数値計算の結果をよく表している.

Transition type の多様性

以上より,マグマ物性(温度,水蒸気量)によって Fountain の形成と火砕流の発生条件の相対的位置が変化することが分かった.特に,高温のマグマ噴火では Fountain 有りの噴煙柱が遷移状態として存在するが,マグマ水蒸気噴火では Fountain の無い火砕流が遷移状態として存在する.本計算から予測されるそれぞれの遷移タイプは、ピナツボ1991年噴火と三宅島2000年噴火などの観測事実とも適合した.

結論

・乱流混合に注目した噴煙の多次元モデルを構築することで,部分崩壊という噴煙柱・火砕流の中間状態と,Fountain という形状に特徴的な構造が存在することが分かった.・Fountain の形成条件はポテンシャルコアの長さ(L)と初期運動量を失う高さ(H)の競合から,火砕流の発生条件は critical な質量分率(ξcr1)によって理解することができる.・Fountain の形成条件と火砕流の発生条件は,温度や揮発成分量によってその相対的位置が変化し,噴煙挙動の遷移状態に多様性が生まれる.

噴煙と大気の混合比に対する混合流体の密度変化

火口付近における噴煙の質量分率分布とマーカー粒子の軌跡(A)噴煙柱(B)部分崩壊(C)火砕流

Fountain の模式図

火口付近における噴煙の質量分率分布(A)噴煙柱 Fountain 無(B)噴煙柱 Fountain 有(C)火砕流 Fountain 無(D)火砕流 Fountain 有

初期条件のレジームによる分類.青線・赤線は単純化モデルで予測した Fountain の形成条件(青線)と火砕流の発生条件(赤線).(A)高温 (T=1000K)(B)低温 (T=500K)

審査要旨 要旨を表示する

火山噴煙は,爆発的な火山噴火現象を特徴付ける最も本質的な物理過程であり,そのダイナミクスを理解することは,地球惑星物理学上の重要な課題であるばかりでなく,噴火予知や防災などの実用上の見地からも強く望まれる.本論文は,その「火山噴煙のダイナミクス」という物理過程について,数値モデルの観点から考察したものである.

本論文は,以下の全5章からなる.

第1章では火山噴煙のダイナミクスに関する先行研究についてレビューを行い,本論文で解決すべき問題点を明解に示した.即ち,火山噴煙のダイナミクスが,噴煙と大気が混合したときの密度変化の非線形性によって決定されていることを示し,そのことから,噴煙の数値モデルが,(1)乱流混合による噴煙内部の均質化過程,(2)乱流の渦による大気の取り込み量,の2点を正確に再現するものでなければならないという結論を得た.さらに,この結論の上にたって,先行研究の「1次元定常モデル」と「軸対称モデル」の問題点を以下のように整理した.1次元定常モデルは,乱流による大気の取り込み量を比較的容易に見積もることができるという利点をもつが,その見積もり量が「取り込み係数」という経験的なパラメータに依存するという欠点をもつ.また,1次元定常モデルは,現実の噴火現象のような多次元的かつ非定常な運動に対する拡張性に乏しい.一方,従来の軸対称モデルは,非定常な噴火現象に対応できるという利点をもつが,乱流混合に関する室内実験結果を再現しないという決定的欠陥をもつ.

第2章では,上に挙げた問題点を解決にするために,新しい数値モデルを提案した.軸対称2次元モデルと3次元モデルの結果を室内実験結果と比較することによって,噴煙のような乱流ジェット(乱流プリューム)における混合については,流れの3次元的揺らぎおよび大規模な渦から小規模な渦へのエネルギー輸送を再現することが本質的であることを示し,噴煙のダイナミクスに関わる大局的な乱流混合の構造は,3次元の座標系を用い計算スキームの空間積分を3次精度まで上げることによって再現できることを示した.また,噴煙と大気が混合した場合の密度変化に関しては,混合比に合わせて比熱比を変えるという手法によって解決した.以上2つの特徴を再現することによって,乱流混合という物理過程の本質を失わずに非定常性や3次元性まで扱える拡張性の高い火山噴煙数値モデルを世界で初めて構築している.

第3章,第4章では,それぞれ軸対称2次元モデルおよび3次元モデルでの計算結果に基づいて,火山噴煙を支配する物理現象を解析し,火山噴煙のダイナミクスを流体力学的に異なる6つの運動様式(レジーム)に分類した.特に,これまで知られていた「噴煙柱」,「火砕流」に加え「部分崩壊」と呼ばれる中間状態が存在することを明らかにした.また,中心軸付近に噴煙の高濃度領域が残った状態で噴水のような運動をする現象を新たに認識し,それに対して「Fountain」レジームと定義した.パラメータ空間上で,これらのレジームが出現する条件を決定し,火砕流発生とFountain形成の条件が独立に決まっていることを明らかにした.

第5章では,第3章,第4章の計算結果に基づいた考察を展開している.第5章前半では,火砕流発生条件とFountain形成条件の物理的意味を考察し,その条件を解析的に決定した.その結果に基づいて,前章で示した6つのレジームを分類する境界をパラメータ空間上で明確に示した.また,第5章後半では,マグマの温度や水蒸気量によってレジームを分類する境界の相対的位置関係が変わることを明らかにした.その結果,マグマ噴火(高温・低水蒸気量)とマグマ水蒸気噴火(低温・高水蒸気量)では,「噴煙柱」から「火砕流」へ移り変わる条件付近での噴煙の濃度や不均質性に大きな差が生じることを予測した.さらに,この予測を,ピナツボ火山や三宅島の噴火などの実際の観察事実と比較検証し,数値モデルの正当性を実証した.

以上のように,本論文では,火山噴煙について,そのダイナミクスを支配する乱流混合という物理要因の本質を捉えたオリジナルな数値モデルを構築し,また,数値計算結果に基づいて,火砕流の発生条件などの野外観察事実に対して新しい知見を得ることができた.これらの成果は,いずれも複雑理工学,特に火山学の進歩に大きく貢献するものである.なお,本論文第2章は,小屋口剛博,小河正基,蜂巣泉との共同研究であるが,論文提出者が主体となって数値モデルの構築を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.また,本論文第3,4,5章は,小屋口剛博との共同研究であるが,論文提出者が主体となって結果の解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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