学位論文要旨



No 119479
著者(漢字) 野里,英明
著者(英字)
著者(カナ) ノザト,ヒデアキ
標題(和) 大型ヘリカル装置(LHD)における不純物ペレット入射と高空間分解能制動放射計測を利用した粒子輸送の電荷依存性に関する研究
標題(洋) A Study of Charge Dependence of Particle Transport using Impurity Pellet Injection and High-Spatial Resolution Bremsstrahlung Measurement on the Large Helical Device
報告番号 119479
報告番号 甲19479
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第27号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 村重,淳
 核融合科学研究所 助教授 森田,繁
内容要旨 要旨を表示する

研究背景・目的

プラズマ中には燃料イオン(水素同位体)の他に不純物イオンが混在し、不純物線スペクトル放射および制動放射による放射損失や燃料イオン密度の希薄化を起こす。トロイダル(ドーナツ状)プラズマにおける粒子輸送論(新古典理論)では、粒子間の衝突周波数によって粒子拡散のステップ幅が異なり、拡散係数は衝突周波数に依存する。高温プラズマ中の不純物粒子は衝突周波数が高いため、トロイダル方向に十分周回できないので、流体的な取り扱いができる。拡散のステップ幅はサイクロトロン運動の半径(Larmor radius)で与えられ、衝突周波数の増加に伴い線形的に増大する。また、不純物粒子と燃料粒子との相互作用(摩擦)により、不純物イオン温度勾配、燃料イオン密度勾配および不純物イオンの価数に依存して、プラズマ中で対流を起こし、密度勾配は内向きの対流速度(inward velocity)を生じ、温度勾配は外向きの速度(outward velocity)に寄与するとされている。トカマク及びヘリカル型磁場閉じ込め装置において、粒子輸送係数(拡散係数及び対流速度)の測定及びその評価方法は多岐にわたって試みられたが、拡散係数と対流速度の空間分布および原子番号(Z)依存性について報告された例は少ない。現在、実験炉としてトカマク型のITERが建設されようとしており、ヘリカルプラズマを含めたトロイダルプラズマの粒子輸送機構を解明する意義は大きい。本学位論文の目的は、ヘリカルプラズマにおける粒子輸送を理解するために不純物ペレット入射後の制動放射を高時間・空間分解能で計測することで、粒子輸送係数の空間分布およびその原子番号依存性を理解することである。

実験方法

文部科学省核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)で生成されたヘリカルプラズマに対して本研究は行われた。プラズマ中に不純物粒子を供給するため、不純物ペレット入射装置をLHDに設置し、遠隔操作により選択的に不純物ペレットを入射できるようにした。制動放射計測器は一つのポロイダル断面あたり40チャンネル(図1)で2断面同時計測による合計80チャンネルの計測視線を持ち、強い線スペクトル放射のない可視領域を干渉フィルタ-(λ=536.6nm, FWHM=6.2nm)と光電子増倍管を組み合わせて、0.1msの時間サンプリングで測定している。しかし、その信号には中性粒子および低電離イオンの線スzペクトル放射が含まれるので、可視分光器で測定(時間分解能〜200ms)した可視スペクトル(図2)からその寄与を取り除いた。制動放射は、プラズマ中の自由電子が自由-自由遷移する際に放出する電磁波で、そのスペクトルは連続的である。単位波長あたりの放射強度(△PBrems./△λ)は波長の二乗に反比例するので、線スペクトル放射がほとんどないλ=531〜532nmの領域で近似曲線を決定し、その割合を評価した。ここで、添え字j, qは粒子種とその価数を表し、gffはガウント因子と呼ばれる定数で、ne, Te, λ, nj,qの単位はそれぞれm-3, eV, nm, m-3である。

LHDプラズマにおける粒子輸送の原子番号依存性を調べるために、炭素、アルミニウムおよびチタンペレットをNBI(Neutral Beam Injection : PNBI=7.0MW)により加熱された定常プラズマに入射した。炭素(図 3(a))およびチタン(図 3(b))ペレットが入射された時間は、t=1.531, 1.554sで、入射された原子数はそれぞれ5.72×1019, 6.66×1018であった。炭素ペレットの場合、線平均密度およびZeff(プラズマの平均イオン価数)の時間変化から入射された瞬間に中性粒子から完全電離するが、チタンはある程度の多価イオンまで電離するのに100ms程度の時間を要したと考えられ、その後電子密度の減少に伴ってZeffが上昇していく。図4は、炭素ペレットを異なる線平均電子密度のプラズマに対して入射した後の制動放射強度の減衰時間を表したもので、高密度放電ほど減衰時間が長くなり、粒子閉じ込めが良くなる。これらの放電では、入射された全ての炭素ペレットは規格化小半径ρ(a/r)=0.65付近で溶融が最大となり、プラズマに対するペレット進入長依存性はない。この結果から、プラズマ中の輸送係数が電子密度に依存することが示唆される。

実験解析・結果

上記の依存性を調べるために、不純物粒子の輸送係数を評価した。入射したペレット粒子の輸送を制動放射強度の過渡的変化から評価するために、不純物粒子の1次元輸送コードを用いた。解析時間内では、拡散係数と対流速度は一定であると仮定し、増加した電子密度は入射した不純物ペレットの電離によって供給され、不純物イオンの輸送に応じて変化するものとする。粒子輸送係数は、拡散/対流モデルで評価され、径方向の粒東は次式で表される。ここで、Dq(r)はrでの拡散係数を表し、Vq(r)は対流速度を表す。今までの粒子輸送研究では、拡散係数は空間的に一様で、対流速度は半径に比例して増加するモデルで説明されてきたが、それは電子密度分布が尖端化している場合であった。LHDプラズマの典型的な電子密度分布はp<0.6では平坦で、それより外側で勾配を持つので、プラズマ中心部では対流速度がないことが考えられる。V(r)=V(a)×r/aの対流速度モデルでは実験結果を説明できなかったので、図5に表されるように、ρ*より内側ではV=Om/sであるというモデルを採用した。D, V(a)m ρ*, R(リサイクリング係数)を決定するために、各チャンネルで測定した制動放射の絶対値と計算値との残差が最小になるように最適解を求めた。解析は、炭素ペレットを入射した電子密度ne=4.5×1019m-3の放電に対して行った。図6,7に示すように、ρ*=0.6, D=0.2m2/s, V(a)=-1.5m/s, R=0.85で最適解が得られた。これは、LHDプラズマにおいてp<0.6では対流速度がなく、それより外側では内向き速度が存在することを示す。図7からわかるように測定値と計算値の一致も良く、新古典理論でも内向き対流速度は燃料イオン密度の勾配に比例することからLHD密度分布と矛盾しない結果を得ることができた。

異なる密度勾配長や不純物の原子番号依存性を検証するために、炭素ペレット入射を行った他の放電やチタンやアルミニウムペレットについても同様の解析を行った。チタンやアルミニウムのような原子番号の大きい元素では、LHDプラズマの電子温度では完全電離されないので、拡散係数及び対流速度に価数依存性を考慮しないと雲験結果を説明することができなかった。そこで衝突(Pfirsch-Schluter)領域における新古典理論式を参考にして、価数の異なるイオンの拡散係数は一定として対流速度にのみ価数に線形的な価数依存性を持たせることにした。対流速度にはρ*から外側に径方向だけでなく、価数にも線形的な依存性を与えた。ここで、V(a)はペレット粒子の最大価数における値を示す。一般的に粒子輸送計算では、チタン等の金属は通常リサイクリングしない粒子として扱われる。分光器で測定したTiXII線スペクトル放射(47.98nm)がペレット入射後のt=1.62s以降に検出されないことから、真空容器壁から跳ね返ってくるチタン粒子束がないことを示している。図8に、チタンペレット入射後の制動放射測定値とR=0を仮定した場合の計算値の時間変化を示す。各電離状態におけるチタンイオンの拡散係数はD=0.15m2/sで,対流速度はV(a)=-4.0m/sの時に良い一致を見せた。この結果から、プラズマ中ではチタンイオンの拡散係数は電離状態に依存せずに、対流速度にのみ価数依存性が現れていることがわかった。アルミニウムもチタンと同様に対流速度にのみ価数依存性を持たせると実験結果を良い一致を得た。図9に(a)拡散係数と(b)対流速度の電子密度及び元素依存性を示す。対流速度は、電子温度分布に基づいてρ=0.8における支配的な価数について示している。拡散係数には粒子の種類やその価数および電子密度に対する依存性は見られなかったが、対流速度には強い密度及び価数依存性を持つことを確認した。

まとめ

今回の実験で得られた拡散係数は、新古典理論から予想される値より10〜20倍ほど大きく、LHDプラズマの閉じ込めば異常輸送であると結論できる。一般に、H-modeやITBといった閉じ込め改善モード以外では異常輸送が支配的であることが知られているが、p>0.6における粒子の対流速度のみが密度及びその価数に強く依存することは興味深く、不純物ペレットによる局所的な粒子補給と多チャンネルによる高空間分解能制動放射計測を組み合わせた計測手法の特色を活かした成果である。粒子輸送係数の空間分布を実験的に詳しく求めた報告例はトカマク・ヘリカル装置を通じてほとんど存在せず、この手法を通して粒子輸送研究が新たな方向に展開していくことを提唱したい。

磁気軸3.6m, β=0.22%のLHDプラズマ横断面図と高空間分解能制動放射計測視線

水素プラズマから放射された可視スペクトル(実線)と制動放射強度の近似曲線(破線)

炭素(a)及びチタン(b)ペレットを入射した放電におけるプラズマ蓄積エネルギー(Wp)とNBIパワー(PNBI)、線平均電子密度(ne)、線平均Zeffの時間発展

炭素ペレット入射後の制動放射減衰時間の電子密度依存性

拡散係数及び対流速度分布のモデル

制動放射計測値と計算値間の残差のV(a)とρ*に対する等高線マップ

炭素ペレット入射後の制動放射計測値と計算値の比較

チタンペレット入射後のTi XII線スペクトル放射時間発展及び制動放射計測値と計算値の比較

ρ=0.8における炭素、アルミニウム、チタンイオンの拡散係数及び対流速度の電子密度依存性

審査要旨 要旨を表示する

プラズマ中の不純物は放射損失や燃料の希薄化を起こすため、核融合炉を実現するためには不純物の輸送を理解し、さらにそれを制御することが不可欠である。本論文は、不純物ペレット入射直後の制動放射を高時間・空間分解能で計測するという新しい手法でヘリカルプラズマにおける不純物粒子輸送について詳しく調べたものである。その結果、拡散係数は電荷や粒子密度に依存しないのに対し、対流速度は密度勾配のある領域だけで有意な値をもち、電荷および密度にほぼ比例するという新しい知見を得た。

本論文は、"A Stydy of Charge Dependence of Particle Transport using Impurity Pellet Injection and High-Spatial Resolution Bremsstrahlung Measurement on the Large Helical Device"[和文題目:大型ヘリカル装置(LHD)における不純物ペレット入射と高空間分解能制動放射計測を利用した粒子輸送の電荷依存性に関する研究]と題し、全7章より成る。

第1章では、核融合、磁場閉じ込めプラズマ、および不純物の役割を解説し、本研究の目的を明確にしている。

第2章では、磁場閉じ込めプラズマにおける粒子輸送理論、ならびに粒子輸送研究に今まで使われてきた実験的手法をレビューしてまとめている。

第3章では、本研究で不純物粒子供給に使われたペレット入射装置について説明されている。ペレットの形状、駆動ガス圧およびゲートバルブ開閉のタイミングに関する最適化、ペレット速度計測法などが詳述されている。

第4章では、不純物入射後に増加した可視光領域の発光強度分布の時間変化を計測するために用いられた80チャンネルの高空間分解能制動放射計測器について説明されている。測定波長領域や検出器の選択および校正、新たに開発した、より高い波長分解能をもつ分光器で測定した波長スペクトルを用いて制動放射以外の信号成分を取り除く手法、線積分データから局所的発光強度の空間分布の導出法、誤差の見積りなどが詳述されている。

第5章では、高空間分解能制動放射計測器による測定から導出した、重要な物理量である平均電荷の線積分値および詳細な空間分布について記述されている。平均電荷はプラズマ中の不純物量の度合いを表す有用なパラメーターであり、その計測はこの研究以外にも多くの実験結果の解析に不可欠である。特に詳細な空間分布を計測できるようになったため、輸送過程については大局的な平均値のみでなく空間的な構造に関する情報が得られるようになったのは大きな貢献である。

第6章では、不純物ペレット入射後の制動放射空間分分布の時間変化から導かれた輸送係数(拡散係数および対流速度)について詳しく議論されている。この論文で用いられた拡散・対流モデルを紹介し、解析に用いた仮定を説明した後、炭素、アルミニウム、チタンの3種類の不純物について解析した結果を詳述している。その結果、粒子拡散係数はプラズマ密度や不純物の電荷によらないが対流速度はプラズマ密度および電荷に線形的な依存性をもつこと、炭素は真空容器壁からの再流入を表すリサイクリング係数が1に近いが、アルミニウムやチタンは0に近いこと、対流速度はプラズマ中心部付近の密度分布が平坦な領域ではゼロと考えてよいことが明らかとなった。これらの実験結果は新古典理論や、トカマクで得られた実験結果と対比して議論されている。

第7章では、本論文で得られた結果をまとめ、世界的にも新しい重要な結果が得られたことを指摘し、今後の研究の方向性が示されている。

以上のように、本論文は不純物ペレット入射と高空間分解能制動放射計測を組み合わせた新しい手法により、ヘリカルプラズマにおける粒子輸送に関して大きな成果を上げ、複雑理工学上貢献するところが大きい。なお、本論文第3章、4章は森田繁、後藤基志との共同研究、5章、6章は森田繁、後藤基志、江尻晶、高瀬雄一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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