学位論文要旨



No 119483
著者(漢字) 安西,智宏
著者(英字)
著者(カナ) アンザイ,トモヒロ
標題(和) 部位特異的レトロトランスポゾンがコードするエンドヌクレアーゼの機能解析
標題(洋) Functional Studies of Endonuclease Encoded by Site-Specific Retrotransposons
報告番号 119483
報告番号 甲19483
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第31号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 広野,雅文
内容要旨 要旨を表示する

レトロトランスポゾンは自身の RNA を逆転写してゲノムに挿入される転移因子であり、そのうち自律性の因子はLINE(Long Interspersed Nuclear Element)と呼ばれる。LINEは構造的に大きく二つのグループに分けられる。1つは進化的に古い起源を持つタイプで、open reading frame(ORF)を1つだけ持ち、その中央に逆転写酵素を、その下流に制限酵素に近縁なエンドヌクレアーゼ(EN)をコードしている。もう一方は真核生物一般に広く分布するグループで、2つの ORF を持ち、そのORF2のN末端領域に apurinic/apyrimidinic(AP) エンドヌクレアーゼに近縁なENをコードしている。LINEは一般に、ENの活性によって標的となるDNAにニックを入れ、逆転写酵素がその切断末端をプライマーとして逆転写を開始すると考えられており、その転移機構は TPRT(target-primed reverse transcription)と呼ばれている。

ヒトゲノム全体の20%を占めるL1のように、LINEの多くはゲノム中のランダムな位置に転移する。その一方で、ゲノムの特定の位置だけに転移するLINEも見つかっている。特にカイコでは、テロメア反復配列に特異的なTRAS1やSART1、28SリボソームDNAに特異的なR1といった標的配列特異的なLINEが複数知られている(図1)。カイコゲノムに存在するこれらのLINEは、系統解析から「R1 clade」というグループに分類され、進化的に非常に近縁であるにも関わらず、テロメアとrDNAというゲノムの全く異なる部位に存在している。しかし、これらのLINEがどのようにしてゲノムから特定の部位だけを選択し、そこに転移するかに関してはほとんど知見がない。

私はENドメインが標的となるDNA配列をゲノムから選択し、切断することによってLINEの挿入配列の決定に関与しているのではないかと考えた。この仮説を立証するために、まず大腸菌によるタンパク質発現系を用いてテロメア特異的なLINEであるTRAS1のEN領域のみを発現、精製し、その酵素活性を解析した。TRAS1-EN はカイコのテロメア2本鎖 DNA (TTAGG/CCTAA)n に対して切断活性を示し、(TTAGG)n 鎖のT-A間を、(CCTM)n 鎖のC-T間をそれぞれ特異的に切断した。これらの切断位置はゲノム中でのTRAS1とテロメア配列との境界の配列と一致しており、TRAS1の転移においてENが実際に機能していることを強く示唆する。TRAS1-EN は(TTAGG)n鎖を(CCTAA)n鎖より先行して切断しており(図2)、TRAS1 は(TTAGG)n鎖のニックをプライマーにして逆転写を開始した後、もう一方の(CCTAA)n鎖を切断していると考えられる。またTRAS1-ENはテロメア配列と非テロメア配列の両方を持つような75bpの基質に対しても、15bpのテロメア部分のみを選択的に切断する特異性を持っていた。次に基質であるテロメアDNAに塩基置換を導入し、それぞれの基質に対する切断活性を定量した。その結果、TRAS1-EN が切断配列の周辺の10bp(上流7bp、下流3bp)と相互作用しており、特にGTTAGという5塩基がTRAS1-ENタンパク質によるテロメアDNAの認識に重要であることを明らかにした(5'-TTAGGTT↓AGG-3' ; 下線部)。この TRAS1-EN の認識モチーフ(GTTAG)はヒトやマウスのテロメア反復配列(TTAGGG)nにおいても保存されていることから、さまざまな生物種のテロメア配列を基質にして同様のアッセイを行った。するとTRAS1-ENはカイコだけでなく、ヒトや線虫のテロメア配列に対しても特異的な位置での切断活性を示した。(以上、第一章)

次にテロメアDNAとTRAS1-ENタンパク質が転移のプロセスにおいてどのように相互作用しているかを詳細に検討するため、横浜市立大学の真板宣夫博士らとの共同研究によってTRAS1-ENのX線結晶構造解析を行い、LINEがコードするENとしては初めてTRAS1-ENの立体構造を明らかにした(図3)。TRAS1-EN はα-βサンドイッチ構造をとっており、その大まかなトポロジーは大腸菌やヒトのAPエンドヌクレアーゼである ExoIII や ApeI に類似していた。しかしC末端領域に TRAS1-EN のみに特徴的なβループ構造(β10-β11)が存在していた。私は結晶構造モデルからテロメアDNAと相互作用していると予想されるアミノ酸に変異を導入し、新たに13種の組み換えタンパク質を精製した。それぞれのタンパク質に関して、テロメア反復配列を含むプラスミドを基質として切断活性を検定したところ、多くの変異体では切断活性そのものが失われていた。次にラベルしたテロメアDNAを基質としたアッセイにより、組み換えタンパク質によるテロメアDNAの切断部位を同定した。いくつかの変異体では切断活性は維持されていたものの、5bpごとのテロメアDNA切断特異性が失われていた。そのような変異の一つは、TRAS1-EN に特徴的なループ構造にマッピングされたことから、この構造がテロメアの繰り返し配列の認識に関わっていると考えられる。(以上、第二章)

カイコのテロメア配列に特異的なLINEであるSART1は、バキュロウィルス系で強制発現させることにより in vivo でテロメア配列に転移する。私は、「R1 clade」に属する近縁なLINEがどのようにして標的配列を多様化していったのかを明らかにするため、28S rDNA に特異的なLINEであるR1に関して、その配列特異性な転移機構を解析した。まずカイコゲノムから新たにR1をクローニングし、バキュロウィルス発現系による転移実験を行った。するとR1はカイコゲノム中に見られるのと全く同一の位置である、28S rDNA の特定の塩基間に転移した。転移クローンの解析から、R1の逆転写酵素は、ENが切断した位置から逆転写を開始していることが示唆され、TPRT modelを支持する結果となった。またR1のコンストラクトの下流に28Sの配列を加えると、逆転写開始位置の正確性と転移効率が上昇した。下流の28Sの配列はリードスルーによりRNAへと転写され、ENによって切断されたDNAの断面とDNA-RNA間の相互作用を行っていると考えられる(図4)。この結果は、28S rDNAに特異的に転移するために、R1はそのENによって特異的な位置を切断するだけでなく、その切断面に標的部分のRNA配列をハイブリダイズさせることで、逆転写を効率よく開始させるメカニズムを持っている事を示唆する。

次に、配列特異的なLINEの in vivo 転移系を用いて、テロメア特異的なLINEであるSART1の標的配列を変更することを試みた。そのためにEN領域を欠損したSART1を作成し、それとさまざまな配列特異性を持つLINEがコードするENとを細胞内で同時に発現させた。まず、SART1とはテロメアにおいて挿入されるDNA鎖が異なるLINEである、TRAS1のENを共発現させたところ、SART1 の EN 活性が TRAS1-EN によってトランスに相補され、TRAS1-EN が切断した位置にSART1配列を挿入させることに成功した。すなわちテロメア配列特異的なLINEの間では、そのEN活性を変更するだけで、標的配列を自由に変更することができる。次に、SART1 とはゲノム上の挿入部位が異なるR1のEN領域を、ENを欠損したSART1もしくは TRAS1 と同時に発現させた。しかし、いずれの解析においても28S rDNAに転移していることを示すクローンは得られなかった。この原因としては、EN以外の領域がテロメアに強く局在しているためにSART1がrDNAに近づくことができなかった可能性や、R1-ENによって切断された28S rDNAのDNA末端に、鋳型RNAがうまく結合できず、逆転写が開始されなかった可能性が考えられる。(以上、第三章)

「R1 clade」に属する、カイコの部位特異的なLINE TRAS1やSART1はテロメア特異的、R1は28S rDNA特異的なLINEである。

テロメア反復配列(TTAGG/CCTAA)5に対する切断活性 一方の鎖をラベルした二本鎖 DNA に TRAS1-EN を0.2μg作用させた。反応時間を上に示す。

TRAS1-ENの結晶構造 βストランド(1-14)、3つのαヘリックスと2つの310ヘリックス(A,B)が示されている。予想されるDNA結合サイトが矢印で示されている。

新たな配列特異的な転移メカニズムENが切断した位置したDNA配列と鋳型RNAとがハイブリダイズしてから、逆転写酵素によって逆転写が開始される。上にR1の標的配列を示してある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章はテロメア特異的レトロトランスポゾンTRAS1がコードするエンドヌクレアーゼ(EN)の機能解析、第2章は TRAS1-EN の結晶構造解析とその知見に基づいたテロメア認識機構の解析、第3章は 28S rDNA 特異的なレトロトランスポゾンR1の転移機構とレトロポゾンの挿入配列の操作について述べられている。

論文提出者は non-LTR 型レトロトランスポゾンの転移におけるエンドヌクレアーゼの機能を明らかにするために、まず第1章においてカイコのテロメア特異的レトロポゾンである TRAS1 のエンドヌクレアーゼを大腸菌で発現、精製して、そのタンパク質の生化学的な解析を行った。TRAS1-ENはカイコのテロメア2本鎖DNA (TTAGG/CCTM)nの特定の位置を切断しており、(TTAGG)n鎖を(CCTAA)n鎖より先行して切断する活性を有していた。次に基質であるテロメアDNAに塩基置換を導入することで、TRAS1-ENが切断配列の周辺の10bpと相互作用しており、特にGTTAGという5塩基がTRAS1-ENによるテロメア DNA の認識に重要であることを明らかにした。また、さまざまな生物種のテロメア配列を基質にして同様のアッセイを行ない、ヒトや線虫のテロメア配列に対しても特異的な位置での切断活性を示すことを明らかにした。これら TRAS1-EN のテロメア特異的な切断活性は、あらゆる生物種を通しても、全く新規の酵素活性であり、研究テーマの設定に非常に高い独自性が認められる。TPRTと呼ばれるnon-LTR型レトロトランスポゾンに特有の機能に関して、更に詳細な解析が加われば、TRAS1の転移メカニズムに対して深い理解が得られるであろう、という指摘があった。

第二章ではテロメアとTRAS1-ENの相互作用を詳細に検討するため、TRAS1-ENのX線結晶構造解析を行なった。TRAS1-EN はα-βサンドイッチ構造をとっており、その大まかなトポロジーは大腸菌やヒトのAPエンドヌクレアーゼに類似していた。しかしC末端領域に TRAS1-EN のみに特徴的なβループ構造が存在していた。論文提出者は結晶構造モデルからテロメア DNA と相互作用していると予想されるアミノ酸に変異を導入し、それぞれのタンパク質に関して切断活性を検定した。更にテロメアDNAを基質としたアッセイにより、テロメアの切断特異性が失われる変異を見出した。そのような変異の一つは、TRAS1-ENに特徴的なループ構造にマッピングされたことから、この構造がテロメアの繰り返し配列の認識に関わっていると結論付けた。この研究は、non-LTR型レトロトランスポゾンのENとしては初めてその立体構造を明らかにしたもので、レトロポゾンの転移メカニズム、特に標的DNAとENとの相互作用に関して新規の知見をもたらした。また進化の上でレトロポゾンがどのようにエンドヌクレアーゼ活性を獲得したかに関して、構造生物学の視点からアプローチしている点が高く評価された。

第三章では「R1 clade」に属する近縁なLINEがどのようにして標的配列を多様化していったのかを明らかにするため、28S rDNAに特異的なLINEであるR1の転移機構を解析している。クローニングしたR1は28S rDNAの特定の塩基間に転移し、R1はENが切断した位置をプライマーにして逆転写を開始していた。またR1は転移の際、EN によって特異的な位置を切断するだけでなく、その切断面に鋳型の RNA 配列をハイブリダイズさせることで、逆転写を効率よく開始させるメカニズムを持っている事を明らかにした。これは既に明らかになっているテロメア特異的なLINEであるSART1の転移系では見出されなかった特徴であった。更に論文提出者は、レトロポゾンをトランスジェニックベクター系へ応用する可能性も探索し、テロメア特異的な SART1 の標的配列を変更するための新たな系を構築した。この系を用いることで、SART1の転移配列をテロメアの別の位置に変更させることに成功したが、SART1に改変を加えてリボソームDNAに転移させることはできなかった。ただ、挿入配列を変更するという発想は非常に独創的で、またレトロトランスポゾンによる応用研究に先鞭を付けた点は評価に値する。

なお、本論文の第1章は藤原晴彦、高橋秀和、第2章は藤原晴彦、真板宣夫、水野洋、第3章は藤原晴彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であったと判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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