学位論文要旨



No 119488
著者(漢字) 阪,彩香
著者(英字)
著者(カナ) サカ,アヤカ
標題(和) 出芽酵母における細胞形態情報を自動認識するプログラムを用いた形態異常変異株の定量的プロファイリング
標題(洋) Profiling of Cell Morphology Mutants of Budding Yeast Using the Image Processing Program
報告番号 119488
報告番号 甲19488
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第36号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

序論

あらゆる細胞はそれぞれ種特有の形態を示し、その多様な細胞形態は厳密な制御メカニズムによって維持されていると考えられている。比較的単純な楕円球型をしている真核モデル生物である出芽酵母細胞の形態形成では、細胞の外側の細胞壁、内側のアクチン細胞骨格が細胞周期を通じて変化すること重要な働きをしている。このプロセスにおいて、形態制御の複雑さを担う多機能性タンパク質に着目した研究(発表論文1)や遺伝学的手法を用いたスクリーニングにより制御関連因子を探索する研究(発表論文2)など個々の分子メカニズムを明らかにする研究は精力的に行なわれてきた。しかしながら、その制御の複雑さゆえに、多数の遺伝子が互いにどのように連携して、均整のとれた細胞を形成させるのか、そのメカニズムの全体像は未だ明らかではない。また、1996年に全ゲノム塩基配列が決定し(Goffeau et al.)、容易に各遺伝子欠損株を作成する事が可能であることから、非必須遺伝子破壊株セット(約5000株)が作成された。詳細な研究が進むことが期待されたが、従来行なわれてきた形態変化を記述し比較検討する研究方法は、人間が行なうため、主観的、準定量的であり時間がかかるものであり、網羅的に比較検討を行なうには適していなかった。そこで、形態制御システムを包括的にとらえるために、定量的データで全遺伝子欠損による形態変化を記述する方法の確立と、遺伝子機能の網羅的解析のために細胞形態情報を集積する方法の提案を本研究の目的とした。

結果と考察

細胞形態情報を自動認識するプログラムの導入

酵母細胞の形態変化を定量的データで表わし比較検討するために、細胞形態情報を自動認識するプログラムを作成し、研究に導入することにした。このイメージプロセシングの過程において必要な作業は、細胞の外郭、核、及びアクチン細胞骨格をそれぞれ蛍光試薬により三重染色し、各々の染色画像を撮影するだけである。この画像をプログラムで処理し、デジタル化することにより、細胞の大きさ、細長さ、芽の位置など、あらかじめ設定したパラメータに基づく個々の細胞形態に関する情報を記述することができる。また、アクチン細胞骨格の細胞内局在に関する情報や核の位置に関する情報を抽出し、細胞外郭の情報と組み合わせて分類することにより、細胞極性や細胞周期の進行についての情報も得ることが可能であり、パラメータには合計70項目を設定した。全ての遺伝子破壊株で野生株との違いを一つ以上のパラメータが確認できたのでパラメータ数が形態変化をモニターするのに十分であること、また個々の遺伝子欠損による変化を表記するのに対応することが確認できた。

細胞形態情報を自動認識するプログラムを用いた形態異常変異株の定量的解析

形態異常変異株群の特徴を明らかにするため、まず、形態異常変異株(200株)の三重染色画像から抽出した70パラメータの定量的形態情報を主成分分析した。主成分分析とは、互いに相関のある多種類の変数の情報を、独立な少数個のパラメータに要約する方法である。その結果、83.5%の形態情報を主成分6つに要約できた。それぞれの主成分を構成するパラメータから、主成分1は「細胞の大きさ」、主成分2は「アクチンの局在の割合」、主成分3は「細胞質分裂の頻度」、主成分4は「芽の成長度合」、主成分5は「核分裂の割合」、主成分6は「細長さ」と名付けた。これにより、各遺伝子欠損株の形態異常性は、各主成分を軸とする六次元空間において、野生株(原点)と変異株の平均値を結ぶベクトル(表現型ベクトル)と表わすことが出来た。

次に、形態異常変異株の表現型ベクトルが持つ意味を明らかにするため、ベクトル情報を基にして形態異常変異株のクラスター分析を行なった。クラスター分析とは、似ているものを集めて分類する方法である。その結果、DNA修復や再編成に関わる遺伝子の破壊株がクラスターを形成しており、定量化した形態異常性から遺伝子機能予測できる可能性が示唆されたが、改良の余地が残った。そこで機能クラスターをさらに検出するため、六次元空間で各遺伝子欠損株の位置情報から、表現型の強さにより変化してしまう距離の情報を潰し、方向性のみの情報にすることを検討した。つまり、観測者を中心とした星の輝く夜空を球に例えた仮想球面である天球を、ここでは野生株を中心に描き、各遺伝子欠損株のデータを天球に写し出す(天球モデル)ことである。このモデルに従い、クラスター解析を行なった結果、DNA修復や再編成に関わる遺伝子群が固まっている天球上の領域に加え、極性成長に関わる遺伝子群や細胞壁形成に関わる遺伝子群の領域が確認された。これらの結果から、細胞形態自動認識プログラムにより抽出された定量的な形態異常性と遺伝子機能との間には密接な関係があり、天球モデルを用いたクラスター解析が機能プロファイリングを行なうには非常に有効な手法であることが示された。

細胞形態の異常性が作り出す六次元空間の特性

さらに六次元空間における表現型ベクトルの性質を明らかにするため、遺伝子欠損の和を作り出すため二つの遺伝子が破壊されている複数の二重変異株を作成し、プログラムで定量的細胞形態情報を抽出した。それぞれ独立した異なる機能を持っている遺伝子同士の場合、各破壊株を表わすベクトルの和と二重変異株の形態異常性を表わすベクトルがほぼ一致した。一方、シグナル伝達で関係のある遺伝子同士の場合は、ベクトルの和とは一致しなかった。形態異常性を表わす六次元空間内のこのような特性を活かすことで、機能の異なる遺伝子の二重変異株の細胞形態を予測することが可能である。

結論

本研究では、酵母細胞の画像から形態情報に関する70のパラメータを設定し、定量的かつ客観的なデータを抽出するシステムを導入し、形態異常変異株の異常性を記述することが出来た。また、酵母細胞の形態変化は六次元の固有空間を設定することでモニターできること、天球モデルに従ったクラスター解析により in silico 遺伝子機能予測が可能であることが明らかになった。以上の結果から、細胞形態情報プロファイリングの有効な手段を提唱出来たと言える。

細胞形態情報の抽出スキーム 細胞壁、アクチン細胞骨格、核をそれぞれ蛍光試薬により三重染色し、画像を取得する。二値化をして、デジタル画像へ変換する。この画像を用いて、設定した70パラメータの計測を行なう。

様々な酵母形態異常株 非必須遺伝子破壊株セット(約5000株)から形態異常を示す株を含む200株を選別し、本研究に用いた。

形態異常変異株200の形態情報アレイ(Morphological array) 細胞形態自動認識プログラムにより抽出した70パラメータ中、統計処理の可能な69のパラメータについて、野生株(his3)との有為差をウェルチ検定およびZ検定により処理した。黒マークは野生株のデータと有意差がないことを示している。

天球モデルにおける各遺伝子機能予想領域のイメージ 六次元空間情報を天球モデルに従い処理後、クラスター解析を行なった。その結果、機能が同じ遺伝子欠損株が特定領域に集中していることが確認された。

二重変異株の形態変化の定量化 単独遺伝子破壊株(A, B)をかけ合わせ、二重変異株(P)を作成した。六次元空間での位置関係を調べるため、野生株(O)と、A点,B点を通る平面を設定し、P点をその平面に投影した(P'点)。Q点は、線形性が保たれている場合のベクトルOA,OBの和を示している。機能が独立の遺伝子をかけ合わせた場合(I)、P'点はQ点とほぼ一致するが、機能が関係している遺伝子をかけ合わせた場合(II)、二点は一致しない。

Saka, A., Abe, M., Minemura, M., Qadota, H., Utsugi, T., and Ohya, Y. (2001) Complementing Yeast rho1 Mutation Groups with Distinct Functional Defects. J. Biol. Chem. 276 : 46165-46171.Sekiya, -K. M., Abe, M., Saka, A., Watanabe, D., Kono, K., Minemura, M., Watanabe, T., and Ohya, Y. (2002) Dissection of Upstream Regulatory Components of the Rho1p Effector, 1, 3-β-Glucan Synthase, in Saccharomyces cerevisiae. Genetics.162 : 663-76.Ohtani, Saka, A., Sano, F., Ohya, Y., Morishita, S., (2003) Development of Image Processing Program for Yeast Cell Morphology. J. Bioinfo. Comput. Biol. in press.Saito, T.L., Ohtani, M., Sawai, H., Sano, F., Saka, A., Watanabe, D., Yukawa, M., Ohya, Y., Morishita, S. (2004) SCMD : Saccharomyces cerevisiae morphological database. Nuc. Acid. Res. in press.Watanabe, D., Suzuki, G., Saka, A., Yukawa, M., Ohtani, M., Asakawa-Minemura, M., Abe, M., Morishita, S., and Ohya, Y. Systematic and quantitative analysis of polarized cell growth in Saccharomyces cerevisiae. submitted.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一章からなる。その内容については以下のとおりである。

あらゆる細胞はそれぞれ種特有の形態を示し、その多様な細胞形態は厳密な制御メカニズムによって維持されていると考えられている。比較的単純な楕円球型をしている真核モデル生物である出芽酵母細胞の形態形成では、細胞の外側の細胞壁、内側のアクチン細胞骨格が細胞周期を通じて変化すること重要な働きをしている。このプロセスにおいて、形態制御の複雑さを担う多機能性タンパク質に着目した研究(発表論文1)や遺伝学的手法を用いたスクリーニングにより制御関連因子を探索する研究(発表論文2)など個々の分子メカニズムを明らかにする研究は精力的に行なわれてきた。しかしながら、その制御の複雑さゆえに、多数の遺伝子が互いにどのように連携して、均整のとれた細胞を形成させるのか、そのメカニズムの全体像は未だ明らかではない。また、1996年に全ゲノム塩基配列が決定し(Goffeau et al.)、容易に各遺伝子欠損株を作成する事が可能であることから、非必須遺伝子破壊株セット(約5000株)が作成された。詳細な研究が進むことが期待されたが、従来行なわれてきた形態変化を記述し比較検討する研究方法は、人間が行なうため、主観的、準定量的であり時間がかかるものであり、網羅的に比較検討を行なうには適していなかった。そこで、形態制御システムを包括的にとらえるために、定量的データで全遺伝子欠損による形態変化を記述する方法の確立と、遺伝子機能の網羅的解析のために細胞形態情報を集積する方法の提案を本研究の目的とした。

細胞形態情報を自動認識するプログラムの導入

酵母細胞の形態変化を定量的データで表わし比較検討するために、細胞形態情報を自動認識するプログラムを作成し、研究に導入することにした。このイメージプロセシングの過程において必要な作業は、細胞の外郭、核、及びアクチン細胞骨格をそれぞれ蛍光試薬により三重染色し、各々の染色画像を撮影するだけである。この画像をプログラムで処理し、デジタル化することにより、細胞の大きさ、細長さ、芽の位置など、あらかじめ設定したパラメータに基づく個々の細胞形態に関する情報を記述することができる。また、アクチン細胞骨格の細胞内局在に関する情報や核の位置に関する情報を抽出し、細胞外郭の情報と組み合わせて分類することにより、細胞極性や細胞周期の進行についての情報も得ることが可能であり、パラメータには合計70項目を設定した。全ての遺伝子破壊株で野生株との違いを一つ以上のパラメータが確認できたのでパラメータ数が形態変化をモニターするのに十分であること、また個々の遺伝子欠損による変化を表記するのに対応することが確認できた。

細胞形態情報を自動認識するプログラムを用いた形態異常変異株の定量的解析

形態異常変異株群の特徴を明らかにするため、まず、形態異常変異株(200株)の三重染色画像から抽出した70パラメータの定量的形態情報を主成分分析した。主成分分析とは、互いに相関のある多種類の変数の情報を、独立な少数個のパラメータに要約する方法である。その結果、83.5%の形態情報を主成分6つに要約できた。それぞれの主成分を構成するパラメータから、主成分1は「細胞の大きさ」、主成分2は「アクチンの局在の割合」、主成分3は「細胞質分裂の頻度」、主成分4は「芽の成長度合」、主成分5は「核分裂の割合」、主成分6は「細長さ」と名付けた。これにより、各遺伝子欠損株の形態異常性は、各主成分を軸とする六次元空間において、野生株(原点)と変異株の平均値を結ぶベクトル(表現型ベクトル)と表わすことが出来た。

次に、形態異常変異株の表現型ベクトルが持つ意味を明らかにするため、ベクトル情報を基にして形態異常変異株のクラスター分析を行なった。クラスター分析とは、似ているものを集めて分類する方法である。その結果、DNA修復や再編成に関わる遺伝子の破壊株がクラスターを形成しており、定量化した形態異常性から遺伝子機能予測できる可能性が示唆されたが、改良の余地が残った。そこで機能クラスターをさらに検出するため、六次元空間で各遺伝子欠損株の位置情報から、表現型の強さにより変化してしまう距離の情報を潰し、方向性のみの情報にすることを検討した。つまり、観測者を中心とした星の輝く夜空を球に例えた仮想球面である天球を、ここでは野生株を中心に描き、各遺伝子欠損株のデータを天球に写し出す(天球モデル)ことである。このモデルに従い、クラスター解析を行なった結果、DNA修復や再編成に関わる遺伝子群が固まっている天球上の領域に加え、極性成長に関わる遺伝子群や細胞壁形成に関わる遺伝子群の領域が確認された。これらの結果から、細胞形態自動認識プログラムにより抽出された定量的な形態異常性と遺伝子機能との間には密接な関係があり、天球モデルを用いたクラスター解析が機能プロファイリングを行なうには非常に有効な手法であることが示された。

細胞形態の異常性が作り出す六次元空間の特性

さらに六次元空間における表現型ベクトルの性質を明らかにするため、遺伝子欠損の和を作り出すため二つの遺伝子が破壊されている複数の二重変異株を作成し、プログラムで定量的細胞形態情報を抽出した。それぞれ独立した異なる機能を持っている遺伝子同士の場合、各破壊株を表わすベクトルの和と二重変異株の形態異常性を表わすベクトルがほぼ一致した。一方、シグナル伝達で関係のある遺伝子同士の場合は、ベクトルの和とは一致しなかった。形態異常性を表わす六次元空間内のこのような特性を活かすことで、機能の異なる遺伝子の二重変異株の細胞形態を予測することが可能である。

本研究では、酵母細胞の画像から形態情報に関する70のパラメータを設定し、定量的かつ客観的なデータを抽出するシステムを導入し、形態異常変異株の異常性を記述することが出来た。また、酵母細胞の形態変化は六次元の固有空間を設定することでモニターできること、天球モデルに従ったクラスター解析により in silico 遺伝子機能予測が可能であることが明らかになった。以上の結果から、細胞形態情報プロファイリングの有効な手段を提唱出来た。

なお、本論文は阪彩香、阿部充宏、岡野浩行、門田裕志、浅川(峯村)昌代、宇津木孝彦、一野彰久、田中一馬、高井義美、森下真一、大矢禎一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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