学位論文要旨



No 119489
著者(漢字) 鴫,直樹
著者(英字)
著者(カナ) シギ,ナオキ
標題(和) 高度好熱菌翻訳系の耐熱化機構 : tRNAの修飾塩基s2Tの生合成とその機能
標題(洋)
報告番号 119489
報告番号 甲19489
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第37号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

高度好熱菌Thermus thermophilus は48℃から85℃という広範な温度領域で生育できるが、その温度適応性と高温耐性が翻訳システムに依存しており、その中でもとくにtRNA の転写後の化学修飾と密接に関連している (Watanabe K., et. Al., 1976)。常温菌ではtRNA の54 位にリボチミジン(rT)をもつが、高度好熱菌においてはこの位置にリボチミジン(rT)とその2 位が硫黄化された2-チオリボチミジン(s2T)が共存する。54 位はtRNA の立体構造の安定性に影響を与える位置であり、s2T をもつtRNA は、rT をもつtRNA よりも融解温度が3-5℃高い。そして翻訳反応では、s2T をもつtRNA は高温域で高い活性をもつ。実際培養温度を高くするにつれ、s2T をもつtRNA の割合が高くなり、その融解温度も上昇する。一方リボソームやその他の翻訳因子は培養温度によって性質が変化しないことが示されており、高度好熱菌翻訳系の温度適応性はtRNA の54 位に存在するrT とs2T という修飾塩基の含量によって支配されていると考えられる。しかし現在までのところこのs2T(54)2-チオ化酵素(以下2-チオ化酵素とする)は未同定であり、また硫黄の基質も知られていない。私は2-チオ化酵素のtRNA 認識機構、s2T の生合成系の解析、高温環境におけるs2T の意義について研究を行った。

2-チオ化酵素のtRNA 認識機構

T. thermophilus を80℃で培養するとそのtRNA には1 分子あたり0.7 個のs2T が含まれる。つまり、様々な配列を持つtRNA にs2T が存在する。このことは2-チオ化酵素がtRNA の共通構造を認識している可能性を示唆している。そこでin vivo で2-チオ化酵素のtRNA 認識機構の解析を行った。

T. thermophilus で複製可能なベクターに人工tRNA 遺伝子を組み込み、tRNA 発現プラスミドを構築した。このプラスミドを用いて、T. thermophilus を形質転換し、RNA を抽出し、発現を確認した。次にこの発現したtRNA を単離し、配列を塩基特異的RNases による切断により決定し、また、ポストラベル法およびLC/MS をもちいて修飾塩基の同定した。その結果、発現したtRNA はその5'端と3'端が正しくプロセシングされており、54 位のs2T の存在も確認された。

次いで2-チオ化酵素のより簡便な活性評価系を構築した。有機水銀([(N-Acryloylamino)phenyl] mercuric Chloride、APM)を含むアクリルアミドゲル中で電気泳動を行うことによって、チオカルボニル基を含む修飾塩基をもつtRNA は水銀原子との相互作用によって泳動度が遅れることが知られており(Igloi GL .,1988)、この系を応用した。tRNA 発現株の全RNA をAPM ゲル電気泳動で分画し、ノーザンハイブリダイゼーションで人工tRNA を検出し発現tRNA の54 位のs2T の有無を高感度で分析することに成功した。

以上のs2T 検出系をもちいて、転写された直後のtRNA 前駆体分子にすでに2-チオ化が起こることが観察された。このことは2-チオ化が成熟tRNA のみならず前駆体分子の高温環境での耐熱化に貢献していることを示唆している。

次いでtRNA の全体構造が2-チオ化に重要かどうかを調べた。3 次元構造を壊すような変異を持つtRNA の2-チオ化を評価したところ、これらの変異は、2-チオ化には影響を与えなかった。すなわち、2-チオ化酵素はtRNA のより局所的な構造を認識していることが示唆されたので、T ループの各塩基が2-チオ化に必要かどうかを評価した。その結果、C56 およびA58 は2-チオ化反応に必須であることが明らかになった(図1A)。なかでもA58 は2-チオ化部位であるU54 と塩基対を形成することが知られており、この塩基対は標準的なT ループの構造をとるのに寄与している。また60 位はA 変異のみ2-チオ化されなかったが、このことはU54 とA60 が塩基対を形成しT ステムを延長しT ループの形を大きく変えてしまうことが原因だと考えられる。以上のことから2-チオ化酵素は保存されたT ループの塩基によって形成される局所的構造を認識していることが示唆された。T. thermophilus のtRNA のT ループの配列の保存性を図1B に示すが、このように2-チオ化に必要な配列は保存されていることからT.thermophilus で約7 割のtRNA がin vivo で2-チオ化される理由が説明できる。

s2T の生合成系の解析

これまで、s2T の硫黄源は明らかにされていないため、in vivo tRNA 標識実験によりs2T の硫黄原子の供与体を明らかにした。35S-標識体のシステイン、メチオニン、硫酸イオンをそれぞれ含む培地で培養しtRNA への標識体の取り込みを調べた。tRNA 分解物のHPLC 解析によりシステインおよび硫酸イオンの硫黄がs2T に取り込まれることが明らかになった。

大腸菌tRNA には硫黄を含む修飾塩基が4 種類存在するが、それらの生合成すべてにIscS タンパクが関与している (Lauhon CT., 2003)。IscS はシステインの硫黄原子を転移させる活性をもつ。T.thermophilus の場合上記の実験からs2T はシステインから合成されることとが明らかとなったため、iscS遺伝子がs2T の生合成に関与している可能性が示唆された。T. thermophilus において2つのiscS ホモログ遺伝子を破壊した株をそれぞれ作成し、そのtRNA の修飾塩基をLC/MS を用いて解析した結果、どちらの破壊株でもs2T 含量は野生型と同等であることがわかった。これによりs2T の生合成は既知の硫黄を含む修飾塩基の生合成とは別経路であることが示唆された。

次に、T. thermophilus の細胞抽出液をもちいてtRNA の2-チオ化反応のin vitro 再構成を試みた。APM ゲル電気泳動法を用いて解析し、ATP の存在下で54 位に特異的な2-チオ化が検出された。この系を用いて反応温度と活性の相関を調べ、2-チオ化活性の強い温度依存性が示され(図2B)、80℃で培養したときに50℃で培養したときよりも発現量が約10 倍になることが明らかになった(図2C)。in vivoで高温にするとs2T 含量が増加するという現象(図2A)は2-チオ化酵素の発現量の増大と活性の高温依存性で説明できる。

s2T の高温での役割

in vitro の再構成系を用いた実験によりs2T 合成にはtRNA の58 位に存在する1-メチルアデノシン(m1A)が必要であることが示唆された。そこで、T. thermophilus のm1A 58 合成酵素遺伝子trmI を破壊したところ、m1A の欠損とs2T 含量の顕著な低下(野生型の約15%に減少)が観測された(図3A)。このことからs2T54 の近傍に位置する58 位のA のメチル基が効率的な54 位の2-チオ化に必要であることが明らかになった。また、この株は高温感受性を示し(図3B)、tRNA のTm 値も約2℃減少していた。m1A はtRNA の熱安定性には寄与しないことがすでに示されているので、s2T 含量の減少によりtRNA の融解温度が低下し高温感受性になる可能性が示され、s2T によるtRNA の耐熱化が高温環境での生育に重要な意味をもっているということを改めて明らかにしたといえる。

結論

T. thermophilus のtRNA でC56 とA58 は高度に保存されており、また高温下ではA58 は通常メチル化されてm1A となっている。本研究で2-チオ化酵素はT ループにあるC56 とA58 によって形成される局所的構造を認識していることが示唆された。またA58 のメチル基が認識に重要であるということも示唆された。この2-チオ化酵素のtRNA 認識機構により、T. thermophilus で約7 割のtRNA がin vivo で2-チオ化される機構が説明できる。

s2T の生合成に関して調べた結果、硫黄の供与体はシステインか硫酸イオンであることが示唆された。システインから硫黄を転移する酵素IscS はs2T の生合成に関与していないことが示されたので、s2T合成系は大腸菌で知られている硫黄の修飾塩基の生合成系とは別経路であることが示唆された。

in vivo で高温にするとs2T 含量が増加するという現象は2-チオ化酵素が(1)温度により大きく活性が増加することと(2)温度により発現量が増加することの両方の性質をもっていることにより説明でき、s2T 含量が減少した株(trmI 遺伝子破壊株)は高温感受性を示すことから、高温環境でのs2T によるtRNA の耐熱化が高温環境での生育に重要な意味をもっているということ明らかにした。

2-チオ化酵素によるT ループの認識(A)とT ループの保存性(B) 認識に重要な塩基を灰色の円で示す 保存されている塩基を灰色の円で示す

s2T 含量と活性 A. in vivo での培養温度に応じたs2T 含量の増加(Watanabe K., et.al., 1976) B. in vitro での反応温度による2-チオ化活性の上昇 C. 培養温度と2-チオ化酵素活性

trmI 遺伝子破壊株の解析 全tRNA 修飾塩基解析 温度感受性

Conserved bases in the TΨC loop of tRNA are determinants for thermopile-specific 2-thiouridylation at position 54Naoki Shigi, Tsutomu Suzuki, Masatada Tamakoshi, Tairo Oshima, and Kimitsuna Watanabe Journal of Biological Chemistry, 2002, Vol. 277, No. 42, pp. 39128-39135
審査要旨 要旨を表示する

高度好熱菌Thermus thermophilus は48℃から85℃という広範な温度領域で生育できるが、その温度適応性と高温耐性が翻訳システムに依存しており、その中でもとくにtRNA の転写後の化学修飾と密接に関連していることが知られている。高度好熱菌翻訳系の温度適応性はtRNA の54 位に存在するrT とs2T という修飾塩基の含量によって支配されていると考えられる。しかし現在までのところこのs2T(54)2-チオ化酵素(以下2-チオ化酵素とする)は未同定であり、また硫黄の基質も知られていないという状況であった。本論文ではこの2-チオ化酵素のtRNA 認識機構、s2T の生合成系の解析、高温環境におけるs2T の意義について以下のことを明らかにしている。

序章では高度好熱菌翻訳系の温度適応性はtRNA の54 位の2-チオ化によるものであることを示すこれまでの研究について概説している。

第1 章では2-チオ化酵素のtRNA 認識機構について実験と考察を行っている。T. thermophilus ではさまざまな配列を持つtRNA にs2T が存在する。このことは2-チオ化酵素がtRNA の共通構造を認識している可能性を示唆している。そこで2-チオ化酵素のtRNA 認識機構の解析を行っている。まずin vivo でのtRNA 発現・2-チオ化活性評価系を水銀化合物APM を用いたゲル電気泳動法により構築している。このs2T検出系をもちいて、転写された直後のtRNA 前駆体分子の2-チオ化が起こることが観察され、この現象について考察し、2-チオ化が成熟tRNA のみならず前駆体分子の高温環境での耐熱化に貢献していることについて言及している。次いで2-チオ化酵素のtRNA 認識機構を調べている。変異体tRNA 発現株を作成し、各塩基が2-チオ化に必要かどうかを評価している。その結果、C56 およびA58 は2-チオ化反応に必須であることが明らかとし、2-チオ化酵素は保存されたT ループの塩基によって形成される局所的構造を認識していると考察している。さらに2-チオ化に必要な配列はT.thermophilus において保存されているという事実を示し、このことによりT.thermophilus でほとんどのtRNA がin vivo で2-チオ化される理由が説明できると考察している。

第2 章ではs2T の生合成系の解析と考察を行っている。in vivo でのtRNA 標識の実験によりシステインおよび硫酸イオンの硫黄がs2T に取り込まれることが明らかにしている。上記の実験からIscS ホモログ遺伝子がs2T の生合成に関与している可能性が示唆された。T. thermophilus において2つのIscS ホモログ遺伝子を破壊した株の修飾塩基解析により、どちらの破壊株でもs2T 含量は野生型と同等であることがわかった。これによりT. thermophilus のs2T の生合成は既知の硫黄を含む修飾塩基の生合成とは別経路であることが示唆されている。次に、抽出液をもちいてtRNA の2-チオ化反応のin vitro 再構成をしている。反応産物をAPM ゲル電気泳動法を用いて解析した結果、ATP の存在下においてtRNA の54 位に特異的な2-チオ化が検出された。この系を用いた解析から、in vivo で高温にするとs2T 含量が増加するという現象は2-チオ化酵素の発現量の増大と活性の高温依存性で説明できるとしている。

第3 章ではs2T の高温での役割について実験と考察を行っている。T.thermophilus のm1A 58 合成酵素遺伝子TrmI を破壊したところ、m1A の欠損とs2T 含量の顕著な低下が観測された。このことからs2T54 の近傍に位置する58 位のA のメチル基が効率的な54 位の2-チオ化に必要であることを明らかにしている。また、この株は高温感受性を示し、tRNA のTm 値も野生型に比べて約2℃減少していた。m1AはtRNA の熱安定性には寄与しないことがすでに示されているので、s2T 含量の減少によりtRNA の融解温度が低下し高温感受性になる可能性が示された。このことは高温環境でのs2T によるtRNA の耐熱化が高温環境での生育に重要な意味をもっているということを初めて明らかにした成果である。

以上、高度好熱菌のtRNA の転写後修飾による翻訳系の温度適応性について、様々なアプローチから実験・検証をおこない、その成果は翻訳系研究における生命科学の進展に大きく貢献している。なお、本論文第1章は、鈴木 勉氏、玉腰 雅忠氏、大島 泰郎氏、渡辺 公綱氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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