学位論文要旨



No 119490
著者(漢字) 鈴木,雅哉
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサヤ
標題(和) 出芽酵母の細胞壁合成をモニターする新規チェックポイント機構に関する分子遺伝学的解析
標題(洋) Molecular genetic analysis of a novel checkpoint that monitors cell wall synthesis in Saccharomyces cerevisiae
報告番号 119490
報告番号 甲19490
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第38号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 渡邊,公綱
 東京大学 教授 平井,百樹
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 青木,不学
内容要旨 要旨を表示する

序論

真核生物の細胞増殖は細胞周期と呼ばれる一連のプロセスを進行することによって起こるが、細胞周期は厳密に制御されていて、増殖に不適切な状況下ではその進行を停止する。細胞増殖にとって不適切な状況を感知して細胞周期を制御する機構は、チェックポイント機構と呼ばれており、チェックポイント機構の存在により細胞周期中の事象が順序だって起きることを保証している。これまでに、出芽酵母においてDNA損傷やDNA複製、アクチン細胞骨格、紡錘体形成などをモニターするチェックポイント機構が存在することが次々と明らかになってきた。更なる細胞周期研究により、未知のチェックポイント機構の存在を明らかにしていくことが期待されている。

出芽酵母は、細胞の最も外側を細胞壁によって覆われており、細胞壁の構成成分は芽の成長部位で細胞周期中の適切な時期に合成され、再構築される。出芽酵母の通常の細胞周期においては、G1 期からS期に進行する頃に出芽し、娘細胞が十分な大きさに達すると核分裂が始まる。芽が成長する時期には、DNA複製、スピンドル極体(SPB)の分離と紡錘体形成が起こる。このことから、細胞壁合成が十分に形成されてから有糸分裂が開始されることを保証する細胞周期制御機構が存在することが推測された。その証拠として、我々の研究室では、細胞壁合成欠損株の表現型を解析する過程で、細胞壁合成の停止が核分裂の停止を引き起こすという興味深い現象が発見されている。そこで私は、細胞壁合成をモニターする新しいチェックポイント制御機構が存在することを明らかにし、その分子機構を解明するために本研究を行った。

結果と考察

グルカン合成欠損株はSPB複制後、紡錘体形成以前で細胞周期を停止する

これまでの研究から、FKS1は細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカンの合成酵素の触媒サブユニットをコードしており、グルカン合成に欠損を持つ fks1 温度感受性変異株を制限温度下で培養すると、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は核分裂の前で、細胞周期を停止していることが知られていた。今回、fks1変異株が停止している細胞周期のポイントを詳細に調べるため、酵母の微小管集合中心であるSPBの形態を調べた。SPBの構成因子の一つであるSpc42PとGFPの融合蛋白質を発現させた株を用い、G1期で同調させた細胞とそれを制限温度にシフトした後180分後の細胞でSPC42-GFPのドットの示す輝度を調べた(図1)。野生株、fks1変異株ともに、G1期の細胞は一つのドットをもち、それらのSPBは複製されていなかった。野生株では細胞周期が進行すると、複製されたSPBをもつ細胞、さらにSPBが分離した二つのドットをもつ細胞が観察され、それらの細胞では紡錘体が形成されていると考えられた。一方、fks1変異株では、制限温度下で180分間培養すると、二つのSPBのドットをもつ細胞はほとんどなく、複製されたSPBをもつ細胞が蓄積していた。このことから細胞壁合成の停止により細胞周期が停止する時期はSPB複製後でかつ紡錘体形成以前であることが分かった。fks1変異株のようにSPB複製後でかつ紡錘体形成以前で細胞周期の停止が起きている事例はこれまでにほとんど報告がなく、新しいタイプの細胞周期制御機構が関与している可能性がある。

グルカン合成停止によるG2期停止はClb2pの異常により起きる

有糸分裂への進行はM期サイクリンClb2pによって誘導されるため、fks1温度感受性変異株のG2期停止がClb2pの異常によるかどうかを確かめた。Clb2pをウエスタンブロッティングにより検出したところ、野生型株では細胞周期の進行に伴いClb2Pタンパク質の蓄積が顕著に見られるのに対し、fks1変異株ではClb2pタンパク質の蓄積がほとんど起きていないことがわかった。このことからfks1変異株における細胞周期停止がClb2pの制御を通したサイクリン依存性キナーゼの活性制御と関連していると考えられた。そこでグルカン合成停止時にClb2pを過剰発現させることで、細胞周期停止がバイパスされるかどうかを調べた(図2)。同調させたfks1変異株においてClb2pを過剰発現させると紡錘体の形成が野生株と同様に起きることが観察された。このことから、グルカン合成欠損株ではClb2pの蓄積が阻害されて細胞周期が停止することが明らかになった。

細胞壁チェックポイントによるG2期停止にはArp1pが必要である

これまでの結果をチェックポイントの概念に照らし合わせると、細胞壁合成と紡錘体形成をカップリングする新たなチェックポイント(細胞壁チェックポイント)が存在することが考えられた。その存在を確証付けるために、このチェックポイントに欠損を持つ変異株の単離が行ってきた。細胞周期チェックポイント欠損株は、グルカン合成停止時に細胞周期を停止できずに不適切な状況に陥り、生存率を低下させると考えられる。したがって、目的のチェックポイント欠損株はFKS1の発現を一時的に抑制した時にプレート上で生存できなくなる株として単離されることが予想された。このようなスクリーニングにより得られたチェックポイント欠損株の候補wac1 (wall checkpoint 欠損) が実際にチェックポイントに欠損を持つかどうかを検証した。

グルカン合成が正常に行われない条件下では、チェックポイントが働けば、紡錘体形成が起こらないが、チェックポイントに欠損があれば、紡錘体が形成されると考えられる。そこで、野生株、wac1変異株、fks1変異株、fks1 wac1 二重変異株の四つの株を用い、G1期で同調させた細胞を制限温度にシフトした後、紡錘体形成を観察した(図3)。グルカン合成に欠損があるfks1変異株では紡錘体を形成している細胞はほとんど観察されなかったが、fks1 wac1二重変異株では紡錘体を形成しているのが観察された。このことはwac1変異によりほとんどの細胞でチェックポイントを乗り越えていることを示しており、Wac1pがチェックポイントの機能に必要であることを示唆している。

また、wac1変異の原因遺伝子はARP1であることがわかってきた。Arp1pはダイニンの活性化因子であるダイナクチン複合体の構成因子であり、Arp1p以外のダイナクチン複合体構成因子 (Jnm1p, Nip100p) も細胞壁チェックポイントに必要であることが明らかにされている。このことからダイナクチン複合体は核の分配と細胞壁チェックポイントの二つの機能を担っていると推測される。

細胞壁チェックポイントはClb2pの蓄積、Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性をCLB2転写レベルで制御する

wac1変異株での核分裂の進行がM期サイクリンClb2pタンパク質の蓄積によるものかどうかを検証するため、wac1変異株でClb2pタンパク質をウエスタンブロッティングにより検出した(図 4A)。また、同時にClb2pが結合したサイクリン依存性キナーゼCdc28pの活性化を調べた(図 4B)。先の実験と同様に、G1期に同調させた細胞を制限温度にシフトアップし、細胞周期を再開させた。その結果wac1変異株では、グルカン合成に欠損がある場合でも野生型株と同様にClb2pタンパクの蓄積が見られた。また、この時Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性がみられた。このことから、Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性化レベルはClb2pの細胞内濃度を反映しており、細胞壁チェックポイントはClb2pの蓄積を阻害することによってCdc28の活性を負に制御していると考えられた。

次にCLB2 mRNAのレベルをノーザン解析により調べたところ、ウエスタン解析と同様に、wac1変異株では、グルカン合成に欠損がある場合でもCLB2 mRNAの蓄積が見られた(図 4C)。このことからは、グルカン合成停止時にはWac1pがCLB2の転写レベルを負に制御することにより有糸分裂への進行を抑制していることが示唆された。サイクリンの転写レベルにより制御しているチェックポイントはこれまでに報告がなく、ダイナクチンがどのようにM期サイクリンの転写制御を行っているのかは興味深い問題である。現在進行中の研究から、細胞壁チェックポイントが誘導されると、CLB2の転写因子であるFkh1P, Fkh2Pにシグナルが伝達され、CLB2の転写を制御している可能性が考えられている。

グルカン合成阻害剤やmnn10Δ変異株により細胞壁チェックポイントが誘導される

細胞壁チェックポイントがfks1変異以外でも誘導されることを確かめるため、グルカン合成酵素の阻害剤であるEchinocandin B (EchB) による細胞周期進行への影響を調べた(図 5A)。G1期で同調させた細胞を EchB を含む培地にリリースすると、fks1変異株でみられたのと同様に、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は紡錘体形成以前で、細胞周期を停止していることがわかった。また、wac1変異株ではEchB存在下でも紡錘体形成が起こることから、EchBによる細胞周期停止はwac1変異によりバイパスされることが分かった。このことから細胞壁チェックポイントはfks1変異株特異的に誘導されるわけではないことが示された。

また、タンパク質のグリコシル化に欠損を持つmnn10Δ変異株では有糸分裂に進行する以前で芽の形成が遅れることが知られている。そこでmnn10Δ変異株でみられる細胞周期遅延が細胞壁チェックポイントによるものかどうかを調べた(図 5B)。mnn10Δ変異株ではfks1変異株で見られたように確かに紡錘体形成に遅延が起きていたが、mnn10Δ wac1 二重変異株では紡錘体形成の遅延が起こらなかった。このことからmnn10Δ変異株における細胞周期遅延はWac1pに依存していることが分かった。細胞壁チェックポイントはグルカン合成だけではなく細胞壁合成全体、あるいは細胞壁の安定性をモニターしていると考えられた。

結論

以上の結果から、出芽酵母において新規のチェックポイント制御機構である細胞壁チェックポイントが存在することを提唱する(図 6)。細胞壁チェックポイント機構は、有糸分裂を開始する前に、細胞壁合成が正常に行われ適切な大きさの芽が形成されることを保証していると考えられる。その機構は、細胞壁合成が停止するとそれを感知し、Clb2pの蓄積を転写レベルで抑制することにより、SPB複製後、紡錘体形成以前で細胞周期を停止させる。この細胞周期制御にはダイナクチン複合体の機能が必要である。また、既知のチェックポイントとは異なることから、細胞壁チェックポイントは新規のチェックポイント機構であると考えられる。

fks1変異株におけるSPBの形態。SPBの構成因子の一つであるSpc42pとGFPの融合蛋白質を発現させた株を用い、G1期で同調させた細胞を制限温度にシフトした後180分の細胞でSPC42-GFPのドットの示す最大の輝度を調べた。輝度600のドットは複製される前のSPB、輝度1200のドットは複製されたSPBを示している。二つのドットが観察された細胞ではSPBの分離が起きている。

グルカン合成停止時におけるClb2p過剰発現の影響。fks1変異株においてガラクトース誘導プロモータによりClb2pを過剰発現した時の紡錘体形成を観察した。A.リリース後の紡錘体形成の割合B.リリース後180分の細胞の核と紡錘体。

グルカン合成停止時におけるWac1pに依存したG2期停止。グルカン合成停止時の紡錘体形成を観察した。wac1変異株ではG2期停止をバイパスし、紡錘体形成が起きた。A.リリース後の紡錘体形成の割合B.リリース後180分の細胞の核と紡錘体。

グルカン合成停止時におけるWac1pに依存したClb2pの制御。グルカン合成停止時のClb2p(A), Clb2p/Cdc28pキナーゼ活性(B),CLB2 mRNA(C)を調べた。wac1変異株ではグルカン合成に欠損がある場合でもClb2p、Clb2p/Cdc28pキナーゼ活性、CLB2mRNAの増加がみられた。このことから、Wac1pはClb2pの量を転写レベルで制御することにより、有糸分裂の開始を制御していることが示唆された。

グルカン合成阻害剤、mnn10Δ変異の細胞壁チェックポイントへの影響。グルカン合成阻害剤 (EchB) 添加時(A)、あるいはmnn10Δ変異株(B)における紡錘体形成を調べた。どちらの場合にも、G2期遅延が見られ、遅延はwac1変異により解除されたことから、細胞壁チェックポイントが誘導されたことが分かった。

細胞壁チェックポイントのモデル。細胞壁の十分な形成をモニターしており、細胞壁合成が停止した際には、チェックポイント機構が働き、M期サイクリンClb2pの蓄積を抑制することで、有糸分裂の開始を防いでいると考えられる。また、この機構にはダイナクチン複合体が関与している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一章からなる。その内容については以下のとおりである。

真核生物の細胞増殖は細胞周期と呼ばれる一連のプロセスを進行することによって起こるが、細胞周期は厳密に制御されていて、増殖に不適切な状況下ではその進行を停止する。細胞増殖にとって不適切な状況を感知して細胞周期を制御する機構は、チェックポイント機構と呼ばれており、チェックポイント機構の存在により細胞周期中の事象が順序だって起きることを保証している。これまでに、出芽酵母においてDNA損傷やDNA複製、アクチン細胞骨格、紡錘体形成などをモニターするチェックポイント機構が存在することが次々と明らかになってきた。更なる細胞周期研究により、未知のチェックポイント機構の存在を明らかにしていくことが期待されている。

出芽酵母は、細胞の最も外側を細胞壁によって覆われており、細胞壁の構成成分は芽の成長部位で細胞周期中の適切な時期に合成され、再構築される。出芽酵母の通常の細胞周期においては、G1期からS期に進行する頃に出芽し、娘細胞が十分な大きさに達すると核分裂が始まる。芽が成長する時期には、DNA複製、スピンドル極体(SPB)の分離と紡錘体形成が起こる。このことから、細胞壁合成が十分に形成されてから有糸分裂が開始されることを保証する細胞周期制御機構が存在することが推測された。その証拠として、我々の研究室では、細胞壁合成欠損株の表現型を解析する過程で、細胞壁合成の停止が核分裂の停止を引き起こすという興味深い現象が発見されている。そこで申請者は、細胞壁合成をモニターする新しいチェックポイント制御機構が存在することを明らかにし、その分子機構を解明するために本研究を行った。

グルカン合成欠損株はSPB複製後、紡錘体形成以前で細胞周期を停止する

これまでの研究から、FKS1は細胞壁の主要な構成成分である1, 3-β-グルカンの合成酵素の触媒サブユニットをコードしており、グルカン合成に欠損を持つfks1温度感受性変異株を制限温度下で培養すると、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は核分裂の前で、細胞周期を停止していることが知られていた。今回、fks1変異株が停止している細胞周期のポイントを詳細に調べるため、酵母の微小管集合中心であるSPBの形態を調べた。SPBの構成因子の一つであるSpc42pとGFPの融合蛋白質を発現させた株を用い、G1期で同調させた細胞とそれを制限温度にシフトした後180分後の細胞でSPC42-GFPのドットの示す輝度を調べた。野生株、fks1変異株ともに、G1期の細胞は一つのドットをもち、それらのSPBは複製されていなかった。野生株では細胞周期が進行すると、複製されたSPBをもつ細胞、さらにSPBが分離した二つのドットをもつ細胞が観察され、それらの細胞では紡錘体が形成されていると考えられた。一方、fks1変異株では、制限温度下で180分間培養すると、二つのSPBのドットをもつ細胞はほとんどなく、複製されたSPBをもつ細胞が蓄積していた。このことから細胞壁合成の停止により細胞周期が停止する時期はSPB複製後でかっ紡錘体形成以前であることが分かった。fks1変異株のようにSPB複製後でかつ紡錘体形成以前で細胞周期の停止が起きている事例はこれまでにほとんど報告がなく、新しいタイプの細胞周期制御機構が関与している可能性がある。

グルカン合成停止によるG2期停止はClb2pの異常により起きる

有糸分裂への進行はM期サイクリンClb2pによって誘導されるため、fks1温度感受性変異株のG2期停止がClb2pの異常によるかどうかを確かめた。Clb2pをウエスタンブロッティングにより検出したところ、野生型株では細胞周期の進行に伴いClb2pタンパク質の蓄積が顕著に見られるのに対し、fks1変異株ではClb2pタンパク質の蓄積がほとんど起きていないことがわかった。このことからfks1変異株における細胞周期停止がClb2pの制御を通したサイクリン依存性キナーゼの活性制御と関連していると考えられた。そこでグルカン合成停止時にClb2pを過剰発現させることで、細胞周期停止がバイパスされるかどうかを調べた。同調させたfks1変異株においてClb2pを過剰発現させると紡錘体の形成が野生株と同様に起きることが観察された。このことから、グルカン合成欠損株ではClb2pの蓄積が阻害されて細胞周期が停止することが明らかになった。

細胞壁チェックポイントによるG2期停止にはArp1pが必要である

これまでの結果をチェックポイントの概念に照らし合わせると、細胞壁合成と紡錘体形成をカップリングする新たなチェックポイント(細胞壁チェックポイント)が存在することが考えられた。その存在を確証付けるために、このチェックポイントに欠損を持つ変異株の単離が行ってきた。細胞周期チェックポイント欠損株は、グルカン合成停止時に細胞周期を停止できずに不適切な状況に陥り、生存率を低下させると考えられる。したがって、目的のチェックポイント欠損株はFKS1の発現を一時的に抑制した時にプレート上で生存できなくなる株として単離されることが予想された。このようなスクリーニングにより得られたチェックポイント欠損株の候補wac1(wall checkpoint 欠損)が実際にチェックポイントに欠損を持つかどうかを検証した。グルカン合成が正常に行われない条件下では、チェックポイントが働けば、紡錘体形成が起こらないが、チェックポイントに欠損があれば、紡錘体が形成されると考えられる。そこで、野生株、wac1変異株、fks1変異株、fks1 wac1二重変異株の四つの株を用い、G1期で同調させた細胞を制限温度にシフトした後、紡錘体形成を観察した。グルカン合成に欠損があるfks1変異株では紡錘体を形成している細胞はほとんど観察されなかったが、fks1 wac1 二重変異株では紡錘体を形成しているのが観察された。このことはwac1変異によりほとんどの細胞でチェックポイントを乗り越えていることを示しており、Wac1pがチェックポイントの機能に必要であることを示唆している。また、wac1変異の原因遺伝子はARP1であることがわかってきた。Arp1pはダイニンの活性化因子であるダイナクチン複合体の構成因子であり、Arp1p以外のダイナクチン複合体構成因子 (Jnm1P, Nip100p) も細胞壁チェックポイントに必要であることが明らかにされている。このことからダイナクチン複合体は核の分配と細胞壁チェックポイントの二つの機能を担っていると推測される。

細胞壁チェックポイントはClb2pの蓄積、Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性をCLB2転写レベルで制御する

wac1変異株での核分裂の進行がM期サイクリンClb2pタンパク質の蓄積によるものかどうかを検証するため、wac1変異株でClb2pタンパク質をウエスタンブロッティングにより検出した。また、同時にClb2pが結合したサイクリン依存性キナーゼCdc28pの活性化を調べた。先の実験と同様に、G1期に同調させた細胞を制限温度にシフトアップし、細胞周期を再開させた。その結果wac1変異株では、グルカン合成に欠損がある場合でも野生型株と同様にClb2pタンパクの蓄積が見られた。また、この時Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性がみられた。このことから、Clb2p/Cdc28pキナーゼ複合体の活性化レベルはClb2pの細胞内濃度を反映しており、細胞壁チェックポイントはClb2pの蓄積を阻害することによってCdc28の活性を負に制御していると考えられた。

次にCLB2 mRNAのレベルをノーザン解析により調べたところ、ウエスタン解析と同様に、wac1変異株では、グルカン合成に欠損がある場合でもCLB2 mRNAの蓄積が見られた。このことからは、グルカン合成停止時にはWac1pがCLB2の転写レベルを負に制御することにより有糸分裂への進行を抑制していることが示唆された。サイクリンの転写レベルにより制御しているチェックポイントはこれまでに報告がなく、ダイナクチンがどのようにM期サイクリンの転写制御を行っているのかは興味深い問題である。現在進行中の研究から、細胞壁チェックポイントが誘導されると、CLB2の転写因子であるFkh1p, Fkh2pにシグナルが伝達され、CLB2の転写を制御している可能性が考えられている。

グルカン合成阻害剤やmnn10Δ変異株により細胞壁チェックポイントが誘導される

細胞壁チェックポイントがfks1変異以外でも誘導されることを確かめるため、グルカン合成酵素の阻害剤であるEchinocandin B (EchB) による細胞周期進行への影響を調べた。G1期で同調させた細胞をEchBを含む培地にリリースすると、fks1変異株でみられたのと同様に、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は紡錘体形成以前で、細胞周期を停止していることがわかった。また、wac1変異株ではEchB存在下でも紡錘体形成が起こることから、EchBによる細胞周期停止はwac1変異によりバイパスされることが分かった。このことから細胞壁チェックポイントはfks1変異株特異的に誘導されるわけではないことが示された。

また、タンパク質のグリコシル化に欠損を持つmnn10Δ変異株では有糸分裂に進行する以前で芽の形成が遅れることが知られている。そこでmnn10Δ変異株でみられる細胞周期遅延が細胞壁チェックポイントによるものかどうかを調べた。mnn10Δ変異株ではfks1変異株で見られたように確かに紡錘体形成に遅延が起きていたが、mnn10Δ wac1 二重変異株では紡錘体形成の遅延が起こらなかった。このことからmnn10Δ変異株における細胞周期遅延はWac1pに依存していることが分かった。細胞壁チェックポイントはグルカン合成だけではなく細胞壁合成全体、あるいは細胞壁の安定性をモニターしていると考えられた。

以上の結果から、出芽酵母において新規のチェックポイント制御機構である細胞壁チェックポイントが存在することを提唱した。細胞壁チェックポイント機構は、有糸分裂を開始する前に、細胞壁合成が正常に行われ適切な大きさの芽が形成されることを保証していると考えられる。その機構は、細胞壁合成が停止するとそれを感知し、Clb2pの蓄積を転写レベルで抑制することにより、SPB複製後、紡錘体形成以前で細胞周期を停止させる。この細胞周期制御にはダイナクチン複合体の機能が必要である。また、既知のチェックポイントとは異なることから、細胞壁チェックポイントは新規のチェックポイント機構である。

なお、本論文は鈴木雅哉、渡邊大輔、浅田洋輔、大矢禎一の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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