学位論文要旨



No 119491
著者(漢字) 田嶋,恭子
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,キョウコ
標題(和) NK細胞抑制性レセプター阻害剤によるがん細胞傷害の増強
標題(洋) Inhibitory NK cell receptor blockers augment NK cell killing of tumor cells
報告番号 119491
報告番号 甲19491
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第39号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 助教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 助教授 上田,宏
内容要旨 要旨を表示する

序論

ナチュラルキラー(NK)細胞は、癌細胞を傷害する能力を持つリンパ球である。NK細胞による標的細胞の傷害は、NK細胞上に発現している抑制性レセプターと活性化レセプターからのシグナルのバランスにより調節される。正常細胞は、細胞上に発現している自己MHCクラスI分子がNK細胞抑制性レセプターに認識され、抑制性シグナルが送られることでNK細胞の細胞傷害から免れる。これは、NK細胞活性化レセプターに対するリガンドを発現し、NK細胞に対して感受性の高い癌細胞においても、MHCクラスI分子を発現していると、同様のことが起こる。このような癌細胞に対してNK細胞の細胞傷害を引き起こす方法として、NK細胞抑制性レセプターとそのMHCクラスIリガンドとの結合を阻害し、NK細胞への抑制性シグナル伝達を遮断することが考えられる(図1)。

私は、マウスNK細胞抑制性レセプターであるLy49Aに結合するペプチドを探索し、そのペプチドを用いて、Ly49AとそのMHCクラスIリガンドであるH-2Dd、H-2Dkとの結合を阻害することを試みた。

すでに、私は、7残基の環状構造を持つランダムペプチドを発現しているファージディスプレイペプチドライブラリーから、Ly49A結合性ペプチドを提示するファージを単離した。これらのファージは、8つのアミノ酸配列のうち、いずれかのペプチドを発現していた(図2)。また、これらのアミノ酸配列を比較すると二つのタイプに分けることができた(Type I, Type II)。

本研究では、Ly49A結合性ペプチドのLy49Aと、そのMHCクラスIリガンドとの結合に対する影響、更に、Ly49A陽性NK細胞のH-2Dd発現腫瘍細胞傷害への影響を調べた。

Ly49A結合性ペプチドによるLy49AとそのMHCクラスIリガンドとの結合阻害実験

蛍光標識Ly49AテトラマーとマウスT細胞腫C1498に強制発現させたH-2Ddとの結合に対するLy49A結合性ペプチドの結合阻害効果を、フローサイトメトリーによって検討した。Ly49A結合性ペプチドを加えることにより、H-2Dd強制発現細胞へのLy49Aテトラマーの結合は、約80%阻害された(図3)。他の二つのLy49A結合性ペプチド(C1, C11)も同様に、Ly49AとH-2Ddとの結合を阻害した。これらの阻害は、ペプチド濃度依存的であった。また、Ly49A結合性ペプチドはLy49Aと、もうひとつのMHCクラスIリガンドであるH-2Dkとの結合も濃度依存的に阻害した。以上のことから、Ly49A結合性ペプチドは、Ly49AとそのMHCクラスIリガンドとの結合を阻害することがわかった。

Ly49A結合性ペプチドの結合阻害形式の解析

表面プラズモン共鳴により、Ly49A 結合性ペプチド存在下におけるH-2DdのLy49Aへの結合のシミュレーションを行った。BIACOREにより、Ly49AへのH-2Dd、C26ペプチドの結合を解析した結果、Ly49Aに対するH-2Dd、C26ペプチドの解離定数(KD)は0.9μM、28.6μMであった。Ly49Aに対して、Ly49A結合性ペプチドとH-2Ddが競合的に阻害することを想定し、Ly49A結合性ペプチドとH-2DdのKD値を様々な値で仮定し、描いたスキャッチャードプロットと、実測値で描いたプロットを比較した。競合阻害を想定して、KD値をH-2Dd、C26ペプチドそれぞれ1.17μM、35.8μMとした時のプロットが、実測値とよく一致した(図4)。それぞれの実測KD値と仮定KD値との差は、BIACOREによる測定上の誤差範囲であると考えられる。一方で、実測プロットは、非競合阻害をどのKD値で想定して描いたプロットとも一致しなかった。

これらの結果から、Ly49A結合性ペプチドはH-2DdとLy49Aに対して、競合的に阻害することが推定された。

高親和性Ly49Aブロッカーの探索

Ly49A結合性ペプチドは、Ly49AのMHCクラスIリガンドH-2Ddの認識を阻害した。しかし、これらのペプチドのLy49Aに対する解離定数はH-2Ddよりも小さく、in vivo での効果を検討するためには、より高い親和性を持つブロッカーが必要である。そこで、新規ファージディスプレイペプチドライブラリーを作製し、Ly49Aに対してより高い親和性を持つペプチドの探索を行った。

ライブラリーは二つの方法で作製した。ひとつは、Type I,Type IIの共通アミノ酸配列を保持したライブラリーを、もうひとつは、Ly49Aとのコンタクトサイトを増やし、Ly49Aへの親和性を高める事を考えて、Ly49A結合性ペプチドのアミノ酸配列の両末端三つずつランダムなアミノ酸を加えたライブラリーを作製した。そして、それぞれのライブラリーをLy49Aアガロースビーズに結合させ、得られたファージ集団からファージの単離を行った。単離したファージへのLy49Aテトラマーの結合に対するC1ペプチドの結合阻害効果を検討した結果、C1ファージよりも約3倍親和性の高いLy49A結合性ファージを得るこことができた。

Ly49A結合性ペプチドによるH-2Dd発現腫瘍細胞に対するNK細胞傷害活性増強

Ly49A結合性ペプチドによるLy49AのMHCクラスI分子認識阻害がNK細胞の細胞傷害能の増強を引き起こすかどうかを調べるため、細胞傷害試験を行った(図5)。自己MHCクラスI分子としてH-2Ddを発現しているB10.D2マウス由来Ly49A陽性NK細胞は、H-2Dd強制発現C1498細胞や元来H-2Ddを発現している腫瘍細胞、A20上のH-2Ddを認識し、効率的に傷害しなかった。ここに、Ly49A結合性ペプチドを加えた時、抗Ly49A抗体を加えたときと同程度、またはそれ以上のNK細胞の細胞傷害活性を増強した。その増強効果は、濃度依存的であった。

これらの結果から、Ly49A結合性ペプチドは、Ly49A-H-2Dd相互作用を阻害することで、Ly49A陽性NK細胞のH-2Dd発現腫瘍細胞に対する細胞傷害活性を増強することが明らかになった。

Ly49ファミリー内におけるLy49A結合性ペプチドの交差結合性

細胞傷害試験では、C26ペプチドが抗Ly49A抗体よりも強い細胞傷害活性増強効果を示した(図5)。この結果から、C26ペプチドがLy49ファミリー内の他の抑制性レセプターも同時に阻害する結果として、強いNK細胞傷害効果を示す可能性が考えられた。Ly49G2は、Ly49Aとアミノ酸配列において高い相同性を持つ抑制性レセプターであり、Ly49Aと同様にH-2Ddをリガンドとする。また、Ly49G2は、B10.D2マウス由来のLy49A陽性NK細胞の約40%に発現している。そこで、Ly49A結合性ペプチドのLy49G2に対する結合性を調べた(図6)。固相化したファージクローン(C1、C11、C26)に対する酵素標識Ly49G2ならびにLy49Aテトラマーの結合を測定した。その結果、Ly49G2テトラマーの結合は、C26ファージのみに認められた。また細胞傷害性試験では、C26ペプチドが、Ly49G2陽性NK細胞のH-2Dd強制発現C1498細胞に対する細胞傷害を増強することがわかった。

以上の結果から、C26ペプチドは、Ly49AならびにLy49G2とH-2Ddとの結合を阻害する結果、他の二つのLy49A結合性ペプチドよりも強いNK細胞傷害活性増強効果を示すことが明らかになった。

結論

本研究では、マウスNK細胞抑制性レセプターであるLy49Aに結合し、更にLy49A阻害剤として機能するペプチドをファージディスプレイペプチドライブラリーより獲得することに成功した。さらに、重要なことに、Ly49A結合性ペプチドは、Ly49A陽性NK細胞のH-2Dd発現腫瘍細胞に対する細胞傷害活性を増強したことである。Ly49A結合性ペプチドであるC26ペプチドは、Ly49Aだけでなく、Ly49G2にも結合し、同時に二つの抑制性レセプターを阻害することで、特に強いNK細胞傷害活性増強効果を示した。

以上の結果より、低分子量NK細胞抑制性レセプター阻害剤は、抑制性レセプターに結合するMHCクラスI分子を発現している癌細胞のNK細胞による傷害を誘導することが明らかになった。

NK細胞抑制性レセプター阻害剤によがん細胞傷害の増強

取得したLy49A結合性ペプチドのアミノ酸配列

図中の括弧内の数字は、そのペプチぎを発現しているファージクローンの数を示す

C26ペプチドによるLy49AとH-2Ddとの結合阻害

Ly49A結合性ペプチド(C26)の結合阻害形成

Ly49A結合性ペプチドによるNK細胞の細胞傷害活性増強効果

Ly49A結合性ファージクローンのLy49G2への結合性

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、がんに対する先天性免疫応答に中心的な役割を果たすナチュラルキラー(NK)細胞に発現する抑制性レセプターを阻害する物質の発見とその物質のNK細胞によるがん細胞傷害を増強する作用について述べられている。

NK細胞が、がん細胞をはじめとする標的細胞を認識する際、活性化レセプター、ならびに、自己の目印とも言える主要組織適合性抗原複合体(MHC)クラスI分子を認識する抑制性レセプターが関与し、これらのレセプターからのシグナルのバランスにより、標的細胞を傷害するか否かが決定される。細胞のがん化にともないMHCクラスI分子の発現がしばしば低下することも知られているが、MHCクラスIを発現し続けるがん細胞をNK細胞は効率よく傷害することはできない。本論文では、この事象に着目し、MHCクラスIを認識する抑制性レセプターに対する阻害物質を用いて、NK細胞によるがん細胞傷害を増強することを考えた。本論文では、標的となる抑制性レセプターとしてマウスLy49A分子を選択し、抑制性レセプター阻害物質の発見にはランダムペプチドを提示するファージライブラリの検索が用いられた。発見された7種類のLy49A阻害物質はいずれも、Leu-Pro-Trpの共通配列を有していたが、その配列上の位置により、タイプI, IIの2種に分類された。これらのLy49A阻害物質はいずれもLy49Aに結合することにより、Ly49Aによるリガンド認識を容量依存的に阻害した。また、タイプI,ならびにタイプII阻害物質がLy49A上の結合部位を共有していることも明らかになった。本論文では、さらに、Ly49AおよびそのリガンドであるH-2Dd間の分子間相互作用に対するLy49A阻害物質の影響の速度論的解析を行い、Ly49A阻害物質が競合的にLy49Aによるリガンド認識を阻害することを明らかにした。

本論文では、これらLy49A阻害物質がNK細胞によるがん細胞傷害に対して示す影響についても詳細な解析を行っている。その結果、Ly49A阻害物質は、著者が期待したように、Ly49Aによるがん細胞上のMHCクラスIリガンド認識を阻害する結果、NK細胞によるがん細胞傷害を増強することが明確になった。さらに、この解析により、Ly49A阻害物質の一つ、C26が格段に強いがん細胞傷害増強効果を有することを見いだした。本論文はこの点にも着目し、C26がLy49Aだけではなく、同一のリガンドを認識する類縁の抑制性レセプターLy49Gにも結合し、そのリガンド認識を阻害することを突き止めた。さらに、C26はLy49AとLy49G2を同時に阻害することによりNK細胞によるがん細胞傷害をより効率的に増強することを示した。

高分子化合物である抗体を用いて抑制性レセプターを阻害し、同様の効果を得ようという試みはこれまでにも報告されていたが、本論文のような低分子化学合成化合物を用いて抑制性レセプターを阻害し、がん細胞の傷害を誘導しようという試みはこれまでに例がなく、世界で初めてのものである。

本論文では、以上得られた結果をもとに、抑制性レセプター阻害物質のがん治療における可能性について、詳細な考察を加えている。

以上の本論文での発見は、NK細胞を標的とするがん治療法の開発にも大きな貢献をすると認められる。

なお、本論文の一部は、松本直樹氏、大森一二氏、和田はるか氏、 伊藤昌之氏、鈴木和博氏、山本一夫氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク