No | 119492 | |
著者(漢字) | 知念,秋人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チネン,アキト | |
標題(和) | ゼブラフィッシュを用いた視物質吸収光特性の進化変遷及び視物質遺伝子の発現制御領域の探索による色覚進化の研究 | |
標題(洋) | A Study of the Spectral Tuning and the Cell Type Specific Expressional Regulation of Zebrafish Visual Pigments for Elucidation of the Evolution of Color Vision | |
報告番号 | 119492 | |
報告番号 | 甲19492 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第40号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 視物質は七回膜貫通型蛋白質であるオプシンと発色団であるレチナールから構成される光受容分子であり、特定の波長範囲の光を吸収した時に光情報を細胞内へ伝達する。脊椎動物の視物質は進化系統関係に基づき5つのグループに分類される。桿体型のRH1、紫外から青色の光を吸収するSWS1、青色の光を吸収するSWS2、緑色の光を吸収するRH2、緑色から赤色の光を吸収する M/LWS である。遺伝子重複や欠失によるオプシン遺伝子の数の変化と、オプシンのアミノ酸置換に伴う視物質の吸収光波長の変化による視物質レパートリーの進化変遷は、動物の生息する光環境への適応と密接に関係することがこれまでに明らかにされてきた。 動物が色覚を獲得するためには少なくとも、異なる吸収波長を有する複数の視物質遺伝子を獲得すること、及び異なる視物質をそれぞれ特異的な光受容細胞で発現することが必要である。私はゼブラフィッシュを用いこれら2っの条件に焦点をあて、色覚システムを獲得してきた進化の過程を理解したいと考えた。魚類には5つのグループ全ての視物質を有する種が多く、その魚類のなかでもゼブラフィッシュは発生学・遺伝学において優れたモデル動物であり遺伝子発現制御機構を研究する上で様々な知見や実験手法を利用できるからである。 ゼブラフィッシュは1種類の桿体細胞と形態的に区別できる4種類の錐体細胞を有する。1999年Vihtelicらは各1種類のRH1、SWS1、SWS2、LWS、と2種類のRH2のcDNAを単離し、それぞれが桿体細胞、短形単錐体細胞、長形単錐体細胞、長形複錐体細胞、短形複錐体細胞で発現していることを明らかにした。そこで、私の所属する研究室は、ゼブラフィッシュ視物質遺伝子の発現制御領域を探索するために、それら視物質遺伝子を含むゲノム領域を単離した(図1)。この中にはcDNAでは単離されていなかった、新規の遺伝子3種類(LWS-2とRH2-2及びRH2-3)が含まれていた。またSWS2と2種類のLWS直列に並んでおり、4種類のRH2も別に4重複構造をしていることが明らかになった。ゼブラフィッシュのゲノム中にはこれら9種類以外の視物質遺伝子が存在しないことがゲノムサザンハイブリダイゼーション及びゲノムデータベースにより確認された。これらの知見を踏まえ私は以下のことを行った。 9種類のゼブラフィッシュ視物質の吸収光特性と眼球における相対的発現量 ゼブラフィシュの9種類の視物質を培養細胞を用い生合成し、その吸収波長を測定した(図 2)。その結果、4種類のRH2及び2種類のLWSの吸収波長が互い異なることを明らかにした。それらの最大吸収波長(λmax)は次の通りであった、RH2-1 : 467nm, RH2-2 : 476nm, RH2-3 : 488nm, RH2-4 : 505nm, LWS-1 : 558nm, LWS-2 : 548nm。また、RH1、SWS1、SWS2のλmaxはそれぞれ501、355、416nmであった。 ゼブラフィシュの各視物質遺伝子の眼球における発現量の相対値をリアルタイムRT-PCRにより定量した(図3)。その結果、SWS2とRH2-2の発現が他の錐体型視物質遺伝子の発現量に比べきわめて多く、ついでSWS1の発現量が多かった。2種類のLWSの発現量はきわめて低く、これらの間ではLWS-2の発現量がLWS-1の発現量に比べ低かった。RH2-1とRH2-3及びRH2-4はきわめて低いレベルではあるが発現していた。電気生理学的な方法によりゼブラフィシュ網膜の光感受性は短波長側で高く長波長側で低いということが報告されており、私の結果はこの傾向が視物質の発現量の差によりもたらされることを示していた。 ゼブラフィッシュRH2及びSWS2視物質の吸収光波長の進化変遷 視物質の吸収波長の変化に影響をおよぼすアミノ酸座位はRH1, SWS1, M/LWS視物質グループに関して詳しく調べられている。しかし、RH2とSWS2視物質グループに関してはまだ良く理解されていない。これまでに報告されている脊椎動物RH2のλmaxはおよそ470-510 nmの範囲こある。ゼブラフィシュの4種類のRH2のλmax(467-505 nm)はほぼその範囲を含んでおり、脊椎動物RH2の吸収波長の変化に影響をおよぼすアミノ酸座位を探索する上でよい材料になると考えた。また、ゼブラフィッシュSWS2の吸収波長は他の脊椎動物のSWS2に比べ大きく短波長にシフトしているが、その原因となるアミノ酸座位は分かっていない。そこで、ゼブラフィッシュRH2及びSWS2視物質の吸収波長の進化変遷を次のように検討した。 脊椎動物RH2の塩基配列から系統樹を作成した結果、ゼブラフィッシュの4種類のRH2の系統関係は図4で示すトポロジーをとることを高いブートストラップ値で明らかにした。この系統関係を基にそれぞれの分岐点における祖先型のアミノ酸配列を最尤法により推定した。祖先型視物質を複数の点変異を導入することにより作成し、その吸収波長を測定した。4種類のRH2共通の祖先型視物質(A)とRH2-3とRH2-4の共通の祖先型視物質(C)のλmaxは506nmでRH2-4とほぼ同じ値を示した。RH2-1とRH2-2の共通の祖先型視物質(B)のλmaxは474nmであった。続いて、AからB及びCからRH2-3への枝でそれぞれ独立に、122番目のアミノ酸がグルタミン酸からグルタミンに変化し、λmaxがそれぞれ15nm, 14nm短波長シフトしたことを点変異導入視物質により明らかにした。さらに、AからB及びBからRH2-1への枝で複数のアミノ酸置換がλmaxの短波長シフトに影響をおよぼしていることを明らかにした。 SWS2に関してはゼブラフィッシュと近縁である金魚のSWS2 (λmax : 443nm)と比較することで短波長シフトの原因となるアミノ酸置換を探索した。ゼブラフィッシュと金魚の祖先型視物質は430nmのλmaxを有し、ゼブラフィッシュへの枝で短波長シフトが、また金魚への枝で長波長シフトが生じていることを明らかにした。それぞれの枝でλmaxのシフトに効果のあるアミノ酸置換を複数同定した。 RH2視物質遺伝子の発現制御領域の探索 RH2-1遺伝子の発現制御領域を探索するため、RH2-1の5'上流7.3kbとGFPレポーター遺伝子を結合させたコンストラクト及び5'上流1.5kbとGFPを結合させたコンストラクトをそれぞれゼブラフィッシュ胚へ導入したが、眼球でのGFPの発現を確認できなかった。DNA領域が不十分と考え、新たに4種類のRH2遺伝子を含む約85kbのインサートDNAを有するPACクローンを単離し解析を進めていくことにした。RH2-1の5'上流1.5kbとGFPを結合させたコンストラクトとPACクローンの制限酵素断片を混合し、ゼブラフィッシュ胚へ共導入した。その結果、最終的にRH2-1上流約15kbに存在する0.5kbの制限酵素断片を加えた時にGFPが眼球で発現することを明らかにした。この0.5kb領域に既知の転写制御モチーフ配列は見出せなかった。0.5kb領域とRH2-1の5'上流1.5kb及びGFPを結合させたコンストラクトを用いてトランスジェニックゼブラフィッシュ(TGZF)を作成した。このTGZFは網膜中心部の複錐体細胞でGFPを発現しており、所属研究室で得られている in situ hybridization の結果と整合していた。 RH2-2の5'上流3kbとGFPを結合させたコンストラクトを用いたTGZFは複錐体細胞ではGFPを発現せず、ごく一部の双極細胞で発現していた。そこでRH2-1の発現に関与していた0.5kb断片とRH2-2の5'上流3kb及びGFPを結合させたコンストラクト用いてTGZFを作成した。このTGZFは網膜中心から背側領域にかけての複錐体細胞でGFPを発現しており、in situ hybridization の結果と整合していた(図5)。 これらの結果はRH2-1上流約15kbに存在する0.5kbの領域がRH2-1及びRH2-2の発現に共に必要であることを示している。RH2-3及びRH2-4に関しては in situ hybridization の結果と整合するようなGFPの発現を誘導するDNA領域をまだ同定できておらず、更なる解析が必要である。 結論 動物が色覚を獲得するためには、異なる吸収波長を有する視物質遺伝子の獲得及び、細胞種特異的な視物質遺伝子の発現制御機構の獲得が少なくとも必要である。私はゼブラフィッシュを用い、RH2とSWS2視物質の吸収波長変化の分子メカニズム、及びRH2視物質の発現制御機構に関して以下の点を明らかにした。1)9種類のゼブラフィッシュ視物質は異なる吸収光特性を有し、眼球において発現量が異なる。2)ゼブラフィッシュRH2とSWS2視物質の吸収波長の変化に効果をおよぼす複数のアミノ酸置換を同定した。3)複錐体細胞特異的なRH2-1及びRH2-2の発現を誘導する発現調節領域をRH2-1遺伝子上流15kbに存在する0.5kb領域に見出した。 ゼブラフィッシュ視物質遺伝子のゲノム構造 9種類のゼブラフィッシュ視物質の吸収光特性 LWS-1の発現量を1としたときの眼球における各視物質遺伝子の相対的発現量 RH2の進化系統関係 0.5kb::RH2-2-5'up-3.Okb::GFPトランスジェニックゼブラフィッシュ網膜切片(左)及び網膜全体像(右) | |
審査要旨 | 本論文は3章からなり、第1章はゼブラフィッシュ視物質の吸収光特性と眼球における相対的発現量について、第2章はゼブラフィッシュRH2及びSWS2視物質の吸収光波長の進化変遷について、第3章はRH2視物質遺伝子の発現制御領域の探索について述べられている。色覚は動物の重要特徴であり、その進化過程の研究は動物の環境適応の仕組みを明らかにする上で究めて重要である。そのなかでも魚類の色覚は水中という多様性に富む光環境を反映して多様であることがこれまでに明らかにされてきており、動物の色覚進化研究の優れたモデルである。しかし、その基礎となる視物質遺伝子の多様性についての知見は乏しかった。論文提出者はゼブラフィッシュという発生遺伝学的に優れたモデル動物を対象に世界で始めて1つの魚類種からその全視物質遺伝子のcDNAを単離し、全視物質の再構成に成功した。さらにそれらの吸収波長を明らかにし、発現量の定量的比較を行った。これによりゼブラフィッシュ視物質が異なるタイプ間ばかりでなくサブタイプ間でも吸収波長を異にしており、さらに全体に短波長側にシフトした波長感受性を有することを明らかにした。これはそれまでのゼブラフィッシュの視覚に関する常識を覆すものであり、ゼブラフィッシュ視覚研究に強固で新たな基盤をもたらす重要な発見である。また、進化系統学の方法論を取り入れることで祖先視物質の配列を復元し、現生の配列を改変することで祖先視物質の再構成とそれらの吸収波長測定に成功した。これにより、進化の過程で生じてきた視物質吸収波長の変遷多様化を実験室で再現することに成功した。これは視覚科学におけるばかりでなく進化学における究めて重要な貢献である。さらに論文提出者は遺伝子重複したRH2視物質遺伝子の発現制御領域を、蛍光色素マーカー遺伝子を視物質遺伝子の上流領域に接続してゼブラフィッシュに導入しトランスジェニックゼブラフィッシュにおけるマーカー遺伝子の発現を検討することで探索し、当該領域同定に成功した。サブタイプをもつ錐体視物質の制御領域の同定は世界で初であり、複雑と考えられている錐体視物質の転写制御機構解明にブレイクスルーをもたらしたといえる。 なお、本論文第1章は浜岡崇憲、山田幸宏、河村正二との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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