学位論文要旨



No 119494
著者(漢字) 長井,由利
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,ユリ
標題(和) ホーミングエンドヌクレアーゼVDEの宿主細胞内における核移行の分子メカニズムとその意義
標題(洋) Karyopherin-Mediated Nuclear Import of the Homing Endonuclease VDE Is Required for Self-Propagation of the Coding Region
報告番号 119494
報告番号 甲19494
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第42号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

序論

ホーミングエンドヌクレアーゼは「ホーミング」という反応により高頻度に自己コード領域を増幅させる可動性遺伝因子であり、原核生物から真核生物にいたるまで広く存在している。出芽酵母にも、VDE(VMAl-derived-endonuclease)というホーミングエンドヌクレアーゼが存在する。VDEは減数分裂期特異的に酵母核ゲノム内の認識配列を切断し、それにつづくVDEコード領域を鋳型とした組換え修復により自己コード領域を増幅させる。この反応をホーミングという(図1)。出芽酵母はその生活環において、栄養源が豊富な条件下では体細胞分裂を繰り返し対数増殖しており、栄養源が枯渇するとそのサイクルを抜け減数分裂、胞子形成へと移行する。VDEは体細胞分裂期、減数分裂期を通じて常に存在していることがタンパク質レベルで調べられているが、認識配列の切断とそれにつづくホーミングは減数分裂期にのみ引き起こされる。一般にホーミングは、ホーミングエンドヌクレアーゼ自体とその認識配列が共に存在した場合ただちに起こるとされており、ホーミングエンドヌクレアーゼの活性調節に関する知見は得られていない。したがって、VDEにおいて見られる切断の減数分裂期特異性は非常に特徴的な現象であり、そこには何らかの制御機構が存在すると考えられる。真核生物であり細胞周期を通じて核膜が消失することのない出芽酵母においては、認識配列が存在する核とVDEが合成される細胞質とは常に物理的に隔離された状態にあるため、VDEが自己増幅するためには核膜を通過し核内へ侵入することが不可欠である。そこで私は、この核内へ侵入する時期がホーミングの減数分裂期特異性の一因となっている可能性を考え、VDEの酵母細胞内における細胞内局在に注目し研究を行った。

結果と考察

VDEの細胞内局在変化とその分子メカニズムに関する解析

VDEの細胞内局在

ホーミングの時期特異性とVDEの細胞内局在との間に相関があるかどうかを調べるために、抗VDE抗体を用いた間接蛍光抗体法により体細胞分裂期と減数分裂期の細胞におけるVDEの細胞内局在を観察した。その結果、ホーミングがおきていない体細胞分裂期の細胞ではVDEは主に細胞質に存在しており、一方ホーミングのおきている減数分裂期には、VDEは核にも存在していた。次に、VDEの局在変化の詳細を調べるために、体細胞分裂期から同調した減数分裂期までを経時的に観察したところ、VDEの細胞質から核への移行は、栄養源を制限した培地で培養中の前減数分裂期にある細胞中で起きていた(図2)。さらに、このVDEの核移行は炭素源と窒素源の枯渇により誘導されることを明らかにした。

局在変化を制御するシグナル伝達系

出芽酵母においては、TORシグナル伝達系と呼ばれる経路が細胞外の栄養状態のモニタリングに必須であることが知られている。そこで、VDEの局在変化の制御機構を分子レベルで明らかにするために、TORシグナル伝達系の関与について解析を行った。TORの特異的阻害剤であるrapamycinの処理によって、栄養源が枯渇していない条件下でもVDEが核内に移行すること、また、rapamycinに対する感受性が失われているTOR1-1変異株ではrapamycin処理による核移行が起こらないことから、VDEの核への移行がTORシグナル伝達系によって制御されていることが示された(図3)。

VDEの核-細胞質問輸送を担うmachineryの同定

核-細胞質間の物資の輸送は、物質の大きさやシグナル配列に依存しており、小さな分子は拡散により核-細胞質間を行き来できるが、ある程度以上の大きさをもった分子の場合はkaryopherinと呼ばれるcarrierタンパク質によるエネルギー依存的な輸送が必要である。この機構は真核生物において酵母からヒトにいたるまで高度に保存されており、出芽酵母にも15のkaryopherinホモログが同定されている。VDEの核-細胞質間の局在変化も、このkaryopherinを利用したものであるかを調べるために、karyopherin変異株を用いて、変異がVDEの細胞内局在へ与える影響を観察した。その結果、karyopherinαホモログであるSrp1pの温度感受性変異株においてはrapamycin処理による核移行が起こらないことが明らかになった(図4)。さらに生化学的解析により、VDEがSrp1pと物理的に相互作用すること、またrapamycin処理によってこの相互作用が促進されることが示され(図4)、VDEの核移行においてSrp1pがcarrierとして機能していることが示された。この結果は、ホーミングエンドヌクレアーゼと宿主因子との相互作用に関する初めての例である。一方、核から細胞質への移行には、karyopherin-βホモログの1つであるKap142pが関与していることも明らかにした。

VDE内に存在する新規核局在化シグナル配列の同定

核に局在するタンパク質は、核局在化シグナル (NLS) を分子内にもち、karyopherinがそのシグナル配列を認識し結合することによって核移行する。VDEと物理的相互作用するSrp1pも同様に、典型的なタイプのNLS(塩基性アミノ酸残基のクラスター)と結合することが知られている。しかしながら、VDE内にはこのようなNLSは存在しないことから新規のシグナル配列の存在が示唆された。まず、two-hybrid解析により、Srp1pとの相互作用に必要な領域がドメインIと呼ばれる領域内にあることを明らかにした。そこで、このドメインIのさまざまな領域に変異をもつ変異VDEを作成し、Srp1pとの結合を調べたところ、84番目から97番目までに含まれるリジンとアルギニン(計6個;図5)をすべてアラニンに置換した変異VDEはSrp1pとの相互作用に欠損が見られた。さらに、この変異VDEは、rapamycin処理による核への移行にも欠損を示し、この領域が実際にNLSとして機能していることが確認された。

減数分裂期特異的なVDEの自己増幅におけるVDEの局在変化がもつ意義

VDEの核内への移行とホーミングの時期特異性との関連を調べるために、本来であればVDEが核に局在していない時期にVDEを核移行させた場合のホーミング能を検討した。まず、SV40ウイルス由来の強力なNLSを付加した融合タンパク質を発現させ、VDEを核内に蓄積させた場合、体細胞分裂期にもホーミングが起こることを明らかにした(図6)。また、rapamycin処理によって核内にVDEを移行させた場合にも、同様にホーミング産物が検出された(図6)。以上の結果から、VDEの核局在がホーミングを引き起こすことが示され、VDEの細胞内局在の変化がホーミングの減数分裂期特異性の一因となっていることが明らかになった。

結論

本研究では、VDEの局在変化に着目し、TORシグナル伝達系やkaryopherinによる核-細胞質間輸送機構といった宿主システムを巧みに利用した、核への侵入の分子メカニズムを明らかにすることができた。さらに、この局在変化は減数分裂に先立って起こり、減数分裂期特異的な自己伝播を保障するメカニズムであるということも同時に示すことができた。これらの結果は、ホーミングエンドヌクレアーゼのin vivoにおける活性制御機構の存在を初めて明らかにしたものである(図7)。また一方で、核-細胞質間輸送という観点から考えると、VDEにおける新規のNLSを同定したことにより、核局在のためのシグナル配列の多様性に対する理解を深めることにつながると期待される。

減数分裂期特異的なホーミング VDEの自己増幅において最も特徴的なのは、ホーミングの減数分裂期特異性である。二倍体の出芽酵母細胞は、細胞外の栄養が豊富な条件下では増殖を続けるが、周囲の栄養源が枯渇すると、それが引き金となって減数分裂が誘導される。VDEは常に細胞内に存在するにも関わらず、VDEによるDNA切断とそれに引き続いて起こるホーミングは、体細胞分裂期には認められない。このような時期特異性がどのような分子メカニズムで生み出されているのかについての知見は現在までに得られていなかった。

同調した減数分裂過程におけるVDEの細胞内局在 減数分裂の同調系を用いて、VDEの細胞内局在を経時的に観察した。抗VDE抗体による染色像(上)とDAPIによる核染色像(下)を示す。前減数分裂期 (Ohr) に、VDEの核局在(細胞全体にわたる一様な染色)が見られる。

TORがVDEの核移行に与える影響の解析間接蛍光抗体法によってVDEの局在を調べ、核にもVDEが存在する細胞の割合を派した。白;未処理、黒;rapamycin処理後。

Karyopherin αホモログSrp1pがVDEのcarrierとして機能する (A)間接蛍光抗体法によってVDEの局在を調べ、核にもVDEが存在する細胞の割合を示した。白;未処理、黒;rapamycin処理後。(B)免疫沈降法によるVDEとSrp1pの相互作用の検出。Rapamycin処理後の細胞のlysateを用いた場合の方が、より多くのVDEが共沈することが示された。

NLS欠失VDEの変異部位 灰色で示す6つの塩基性アミノ酸をアラニンに置換した変異VDEは、Srp1pとの結合および核移行に欠損を示すことが示された。

VDEの強制的な核局在によって引き起こされるホーミング NLSを付加したVDEを発現した細胞(A)、rapamycin処理後の細胞(B)におけるホーミング産物を、定量的PCR法により検出した。各レーンで鋳型として用いたDNA量は一定である。

VDEの核への移行における分子メカニズム 本研究により、VDEは、栄養源枯渇に応答し、TORシグナル伝達系を介して核内に移行すること、また、核移行にはkaryopherinαホモログであるSrp1pがcarrierとして働くことが明らかになった。このように、宿主である出芽酵母の分子を巧みに利用することにより、VDEは減数分裂期特異的な自己増幅を成し遂げていると考えられる。

Nagai, Y, Nogami, S., Kumagai-Sano, F., Ohya, Y. (2003) Karyopherin-mediated Nuclear Import of the Homing Endonuclease, VDE, Is Required for Self-propagation of the Coding Region. Mol. Cell Biol. 23:1726-1736.Nogami, S., Fukuda, S., Nagai, Y., Yabe, S., Sugiura, M., Mizutani, R., Satow, Y., Anraku, Y., and Ohya, Y. (2002) Homing at an Extragenic Locus Mediated by VDE (PI-SceI) of Saccharomyces cerevisiae. Yeast 19:773-782.Fukuda, T., Nagai, Y., and Ohya, Y. (2003) Molecular Mechanisum of VDE-Initiated Intein Homing in Yeast Nuclear Genome. Adv. Biophys. in press
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一章からなる。その内容については以下のとおりである。

ホーミングエンドヌクレアーゼは「ホーミング」という反応により高頻度に自己コード領域を増幅させる可動性遺伝因子であり、原核生物から真核生物にいたるまで広く存在している。出芽酵母にも、VDE (VMA1-derived-endonuclease) というホーミングエンドヌクレアーゼが存在する。VDEは減数分裂期特異的に酵母核ゲノム内の認識配列を切断し、それにつづくVDEコード領域を鋳型とした組換え修復により自己コード領域を増幅させる。この反応をホーミングという。出芽酵母はその生活環において、栄養源が豊富な条件下では体細胞分裂を繰り返し対数増殖しており、栄養源が枯渇するとそのサイクルを抜け減数分裂、胞子形成へと移行する。VDEは体細胞分裂期、減数分裂期を通じて常に存在していることがタンパク質レベルで調べられているが、認識配列の切断とそれにつづくホーミングは減数分裂期にのみ引き起こされる。一般にホーミングは、ホーミングエンドヌクレアーゼ自体とその認識配列が共に存在した場合ただちに起こるとされており、ホーミングエンドヌクレアーゼの活性調節に関する知見は得られていない。したがって、VDEにおいて見られる切断の減数分裂期特異性は非常に特徴的な現象であり、そこには何らかの制御機構が存在すると考えられる。真核生物であり細胞周期を通じて核膜が消失することのない出芽酵母においては、認識配列が存在する核とVDEが合成される細胞質とは常に物理的に隔離された状態にあるため、VDEが自己増幅するためには核膜を通過し核内へ侵入することが不可欠である。そこで申請者は、この核内へ侵入する時期がホーミングの減数分裂期特異性の一因となっている可能性を考え、VDEの酵母細胞内における細胞内局在に注目し研究を行った。

VDEの細胞内局在変化とその分子メカニズムに関する解析

VDEの細胞内局在

ホーミングの時期特異性とVDEの細胞内局在との間に相関があるかどうかを調べるために、抗VDE抗体を用いた間接蛍光抗体法により体細胞分裂期と減数分裂期の細胞におけるVDEの細胞内局在を観察した。その結果、ホーミングがおきていない体細胞分裂期の細胞ではVDEは主に細胞質に存在しており、一方ホーミングのおきている減数分裂期には、VDEは核にも存在していた。次に、VDEの局在変化の詳細を調べるために、体細胞分裂期から同調した減数分裂期までを経時的に観察したところ、VDEの細胞質から核への移行は、栄養源を制限した培地で培養中の前減数分裂期にある細胞中で起きていた。さらに、このVDEの核移行は炭素源と窒素源の枯渇により誘導されることを明らかにした。

局在変化を制御するシグナル伝達系

出芽酵母においては、TORシグナル伝達系と呼ばれる経路が細胞外の栄養状態のモニタリングに必須であることが知られている。そこで、VDEの局在変化の制御機構を分子レベルで明らかにするために、TORシグナル伝達系の関与について解析を行った。TORの特異的阻害剤であるrapamycinの処理によって、栄養源が枯渇していない条件下でもVDEが核内に移行すること、また、rapamycinに対する感受性が失われているTOR1-1変異株ではrapamycin処理による核移行が起こらないことから、VDEの核への移行がTORシグナル伝達系によって制御されていることが示された。

VDEの核-細胞質問輸送を担うmachineryの同定

核-細胞質問の物資の輸送は、物質の大きさやシグナル配列に依存しており、小さな分子は拡散により核-細胞質間を行き来できるが、ある程度以上の大きさをもった分子の場合はkaryopherinと呼ばれるcarrierタンパク質によるエネルギー依存的な輸送が必要である。この機構は真核生物において酵母からヒトにいたるまで高度に保存されており、出芽酵母にも15のkaryopherinホモログが同定されている。

VDEの核-細胞質間の局在変化も、このkaryopherinを利用したものであるかを調べるために、karyopherin変異株を用いて、変異がVDEの細胞内局在へ与える影響を観察した。その結果、karyopherin aホモログであるSrp1pの温度感受性変異株においてはrapamycin処理による核移行が起こらないことが明らかになった。さらに生化学的解析により、VDEがSrp1pと物理的に相互作用すること、またrapamycin処理によってこの相互作用が促進されることが示され(図4)、VDEの核移行においてSrp1pがcarrierとして機能していることが示された。この結果は、ホーミングエンドヌクレアーゼと宿主因子との相互作用に関する初めての例である。一方、核から細胞質への移行には、karyopherin-bホモログの1つであるKap142pが関与していることも明らかにした。

VDE内に存在する新規核局在化シグナル配列の同定

核に局在するタンパク質は、核局在化シグナル (NLS) を分子内にもち、karyopherinがそのシグナル配列を認識し結合することによって核移行する。VDEと物理的相互作用するSrp1pも同様に、典型的なタイプのNLS(塩基性アミノ酸残基のクラスター)と結合することが知られている。しかしながら、VDE内にはこのようなNLSは存在しないことから新規のシグナル配列の存在が示唆された。まず、two-hybrid解析により、Srp1pとの相互作用に必要な領域がドメインIと呼ばれる領域内にあることを明らかにした。そこで、このドメインIのさまざまな領域に変異をもつ変異VDEを作成し、Srp1pとの結合を調べたところ、84番目から97番目までに含まれるリジンとアルギニン(計6個)をすべてアラニンに置換した変異VDEはSrp1pとの相互作用に欠損が見られた。さらに、この変異VDEは、rapamycin処理による核への移行にも欠損を示し、この領域が実際にNLSとして機能していることが確認された。

減数分裂期特異的なVDEの自己増幅におけるVDEの局在変化がもつ意義

VDEの核内への移行とホーミングの時期特異性との関連を調べるために、本来であればVDEが核に局在していない時期にVDEを核移行させた場合のホーミング能を検討した。まず、SV40ウイルス由来の強力なNLSを付加した融合タンパク質を発現させ、VDEを核内に蓄積させた場合、体細胞分裂期にもホーミングが起こることを明らかにした。また、rapamycin処理によって核内にVDEを移行させた場合にも、同様にホーミング産物が検出された。以上の結果から、VDEの核局在がホーミングを引き起こすことが示され、VDEの細胞内局在の変化がホーミングの減数分裂期特異性の一因となっていることが明らかになった。

本研究では、VDEの局在変化に着目し、TORシグナル伝達系やkaryopherinによる核-細胞質間輸送機構といった宿主システムを巧みに利用した、核への侵入の分子メカニズムを明らかにすることができた。さらに、この局在変化は減数分裂に先立って起こり、減数分裂期特異的な自己伝播を保障するメカニズムであるということも同時に示すことができた。これらの結果は、ホーミングエンドヌクレアーゼのin vivoにおける活性制御機構の存在を初めて明らかにしたものである。また一方で、核-細胞質問輸送という観点から考えると、VDEにおける新規のNLSを同定したことにより、核局在のためのシグナル配列の多様性に対する理解を深めることにつながると期待される。

なお、本論文は長井由利、野上識、佐野史、大矢禎一の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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