学位論文要旨



No 119499
著者(漢字) 三ツ木,元章
著者(英字)
著者(カナ) ミツキ,モトアキ
標題(和) NK細胞レセプターLy49AによるMHCクラスI認識に関する研究
標題(洋) Studies on the recognition of MHC class I molecules by the NK cell receptor Ly49A
報告番号 119499
報告番号 甲19499
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第47号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 久恒,辰博
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

序論

ナチュラルキラー(NK)細胞は、細胞傷害活性をもつリンパ球であり、NK細胞表面上の活性化レセプターと抑制性レセプターによって、その傷害活性が制御されている。NK細胞の自己・非自己認識には、細胞表面上に発現している主要組織適合性複合体(MHC)クラスI分子が重要であることが明らかになってきた。MHCクラスI分子は核や細胞質由来のペプチドを細胞表面上に提示するための分子であり、重鎖、β2-ミクログロブリン(β2m)、そして8-9アミノ酸のペプチドから構成されている。

マウスNK細胞レセプターLy49Aは、Cタイプレクチン様構造をもち、NK細胞の細胞傷害を抑える抑制性レセプターである。Ly49Aは、MHCクラスI分子H-2Dd、H-2Dk、そしてH-2DPを認識することが明らかにされたが、そのMHCクラスI上の認識部位は同定されていなかった。そこで、Ly49Aが認識するH-2Dd分子上の領域を同定することを目的に研究を開始した。研究を遂行している最中に発表されたLy49A/H-2Dd複合体の結晶構造解析の結果は、H-2Dd一分子に対して、Ly49Aホモダイマーが二つの領域(サイト1、2)に結合することが示された(図1)。彼らは、サイト1には多型を示す残基が含まれるのに対して、サイト2には含まれないなどの理由から、β2mが関与しないサイト1が機能的結合部位であると予想した。しかしながら、抗マウスβ2m抗体がLy49AとH-2Ddの相互作用を阻害すること、さらにヒトβ2mと結合したH-2DdはLy49Aにより認識を受けない結果(発表論文1)は、β2mがLy49AによるH-2Dd認識に関与していることを示していた。

私は、Ly49Aが認識するMHCクラスI分子上の残基を同定することを目的に、様々なMHCクラスI分子変異体を作成して解析を行った。

結果と考察

Ly49AによるH-2Dd重鎖上の認識部位の同定

Ly49Aが認識するH-2Dd重鎖上の領域を決めるために、H-2Dd重鎖に種々のAla点変異を導入したAla置換H-2Dd変異体を作成した。点変異導入にあたって、その側鎖が分子表面上に露出し、Ly49Aとの結合が可能と考えられる残基を選んだ。それぞれの残基の単変異体を作成したほか、サイト1については二重変異体も作成した。H-2Ddを発現しないマウスTリンパ腫細胞株C1498に、H-2Dd変異体を安定発現させ、野生型H-2Ddを発現させた細胞と同程度のH-2Dd発現量を示すクローンを得た。

Ly49AとH-2Dd変異体発現細胞との物理的結合を可溶型Ly49Aを用いてH-2Dd変異体発現細胞との結合を測定することにより調べた。可溶型Ly49Aは野生型H-2Dd発現細胞に結合したが、R6A、D122A、K243Aの各H-2Dd変異体発現細胞には全く結合を示さなかった。さらにLy49AによるH-2Dd変異体の認識が機能的なものかを調べた。H-2Dd変異体発現細胞を標的細胞として、Ly49A陽性NK細胞による傷害試験を行った(図2)。Ly49Aとの結合が見られなかった、R6A、D122A、K243Aの各変異体発現細胞はLy49Aを介した傷害抑制効果が全く見られなかった。この結果は、Arg6、Asp122とLys243の三残基を全て含むサイト2がLy49Aによる機能的認識部位であることを示す。

Ly49A によるMHCクラスI分子内のβ2mに対する認識部位の同定

Ly49AによるH-2Dd内のβ2mに対する認識部位の同定を試みたが、技術上の問題により実験系の構築が出来なかった。そこで、Ly49Aのもうひとつのリガンド分子H-2Dkを用いて調べた。Ly49Aは、構成成分であるβ2mをマウスからヒトへと交換されたH-2Ddを認識出来なくなる。Ly49AによるH-2Dk認識においてもこの種特異性が見られるかを調べた。

マウス細胞株R1.Eは、H-2Dk重鎖を持っているが、β2m遺伝子欠損のため、H-2Dk分子が作られず、細胞表面上にH-2Dkを発現していない。この細胞にマウスあるいはヒトの野生型β2m遺伝子を強制発現させると、マウスあるいはヒトβ2mは内在するH-2Dk重鎖と結合し、細胞表面上にH-2Dkを誘導させた。これら、変異体β2m発現細胞をもちいてLy49A陽性NK細胞による傷害性試験を行った。マウスβ2mを構成要素として持つH-2Dkを発現する細胞に対する、Ly49A陽性 NK 細胞による傷害は Ly49A を介して抑制されたのに対し、ヒトβ2mを構成要素として持つH-2Dkを発現する細胞に対しては、Ly49Aを介した傷害の抑制は見られなかった(図3)。この結果はH-2Dd同様、H-2Dkにおいても構成成分であるβ2mの種特異性が、Ly49Aによる認識に重要な役割をしいることを示している。

そこで、このβ2mの種特異性を決めている残基の同定を行った。Ly49A は、H-2Dd内のβ2mをマウスまたはラットβ2mと交換しても認識するのに対し、ヒトあるいはウシβ2mに交換すると認識しないことが知られている。そこで、(a)マウスとラットで保存され、ヒトとウシでは異なっている (b) H-2Ddの分子表面上に側鎖が露出している、の二つの条件を満たす6残基(Lys3、Gln6、Gln29、Thr75、Glu89、Thr92)を選んだ。これらのアミノ酸残基をそれぞれヒトβ2mで用いられているアミノ酸残基へ置換したマウスβ2m変異体を作成した。さらに、Ly49/H-2Dd複合体でLy49Aと水素結合を形成しているβ2mのLys58をAlaへ置換したマウスβ2m変異体も併せて作成しR1.E細胞に安定発現させた。細胞表面上へH-2Dkを誘導したβ2m変異体発現R1.E細胞を用い、Ly49A陽性NK細胞による傷害性試験を行った。その結果K58A(mβ2m)変異体発現細胞へのLy49A陽性NK細胞の細胞傷害活性の抑制は完全に失われたことから、Lys58はLy49AによるH-2Dk認識に必要な残基であることが明らかとなった。さらに、Q29G(mβ2m)変異体細胞への細胞傷害活性の抑制は部分的に失われたことから、Gln29はLy49Aによる認識に関与していることが示唆された。

Ly49A/H-2Dd複合体では、マウスβ2m上のGln29とLys3はともにLy49Aと水素結合を形成しており、Gln29の側鎖とLys3の側鎖は近接している。K3R(mβ2m)変異体はR1.E細胞上へH-2Dkの発現を誘導出来なかったが、Lys3もLy49Aとの結合に関与しているのではないかと考え、Lys3ならびにGln29を、それぞれヒトβ2mで用いられている残基に置換した二重変異体K3R/Q29G(mβ2m)を作成しR1.E細胞に強制発現させた。この変異体発現細胞を用いた細胞傷害性試験の結果、Ly49Aを介した傷害抑制は見られなかった(図3)。この結果はLys3とGln29がLy49Aによる機能的認識に必要な残基であることを示唆し、さらにβ2mの種特異性を規定している残基である可能性を示唆する。

この可能性を逆方向から検証した。ヒト野生型β2m、R3K(hβ2m)、G29Q(hβ2m)発現R1.E細胞に対する、Ly49A を介した傷害活性は抑制されたのに対し、R3K/G29Q(hβ2m)発現R1.E細胞に対する、Ly49Aを介した傷害活性の抑制は見られなかった(図3)。これらの結果はLy49AによるH-2Dk認識におけるβ2mの種特異性を規定しているのは、3番および29番目のアミノ酸残基であることを示す。

まとめ

マウス抑制性NK細胞レセプターLy49Aによって認識されるMHCクラスI上の残基を同定する事を目的とし、様々なMHCクラスI変異体を作成し解析を行った。その結果Ly49AによるH-2Dd認識には重鎖上のArg6、Asp122とLys243が必要であることが明らかにした。また、Ly49AによるH-2Dk認識はβ2mの種に影響され、マウスとヒトの種特異性を規定している残基は3番目と29番目の残基であることを明らかにした。これらの結果はLy49ファミリーのMHCクラスI認識機構の解明に大きく貢献するものと考えられる。

Ly49AとH-2Dd複合体結晶解析 Ly49AとH-2Ddの複合体(PBD 1QO3)をリボンモデルで表した。サイト1はH-2Ddのα1/α2ドメイン、サイト2はα1/α2、α3ドメイン、β2mにまたがる領域である。

H-2Dd変異体発現細胞に対するLy49A+ NK細胞の傷害活性 縦軸はLy49Aを介したLy49A+ NK細胞の傷害抑制率、横軸はH-2Dd変異体を表す。黒はコントロール、薄い灰色はサイト1に含まれる残基の変異体、濃い灰色はサイト2に含まれる変異体、白はその他の領域に含まれる変異体を示す。

β2m 変異体発現細胞に対するLy49A陽性NK細胞の細胞傷害率 縦軸は細胞傷害率、横軸はE/T比を表す。□は培地のみ、○は抗Ly49A抗体、△はコントロール抗体を添加した事を示す。R1.Eは親株、その他はβ2m変異体発現細胞を表す。mβ2mはマウスβ2m、hβ2mはヒトβ2m発現細胞を表す。

Matsumoto, N., Mitsuki, M., Tajima, K., Yokoyama, W. M., and Yamamoto, K. 2001. The functional Binding Site for the C-type Lectin-like Natural Killer Cell Receptor Ly49A Spans Three Domains of Its Major Histocompatibility Complex Class I Ligand. J Exp Med 193, 147-158Mitsuki, M., Matsumoto, N., and Yamamoto, K. A species-specific determinant on β2-microglobulin required for Ly49A recognition of its MHC class I ligand. Int Immunol (in press)
審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章から構成され、ナチュラルキラー(NK)細胞レセプターLy49Aとそのリガンド分子との相互作用に関する原子レベルでの解析結果について述べられている。Ly49AのリガンドであるMHCクラスI分子は、重鎖とβ2-ミクログロブリン(β2m)および8-9アミノ酸からなるペプチドから構成されているが、第1章ではLy49Aとの相互作用に関与する重鎖上残基について、第2章ではLy49Aとの相互作用に関与するβ2m上残基について述べられている。

NK細胞は、ある種のがん細胞を認識するリンパ球として、約30年前に発見され、がんや細胞内寄生病原体に対する先天的免疫機構を担っている細胞である。NK細胞が、がん細胞をはじめとする標的細胞を認識する際、活性化レセプター、ならびに、自己の目印とも言える主要組織適合性抗原複合体(MHC)クラスI分子を認識する抑制性レセプターが関与し、これらのレセプターからのシグナルのバランスにより、標的細胞を傷害するか否かが決定される。本論文では、マウスNK細胞でMHCクラスIを認識する抑制性レセプターとして機能しているLy49Aが認識するMHCクラスI上領域を世界に先駆けて同定した。本論文では、Ly49AによるMHCクラスI認識が、MHCクラスIのα1/α2ドメインあるいはβ2mに対する抗体により阻害を受けることから、Ly49AがMHCクラスI上の広い領域を認識することを予測し、MHCクラスI重鎖の広範囲にわたって点突然変異体を作成し、Ly49Aとの相互作用に対する影響を検討した。その結果、Ly49AはMHCクラスIを構成する3つの構造的ドメイン全てが関与する領域に結合することが明らかになった。

また、本論文では、Ly49Aが認識するMHCクラスI領域に特徴的なこととして、Ly49AがMHCクラスIの最小の構成要素であるペプチドを直接認識しないこと、β2mをインターフェイスの一部として用いていることをあげて、T細胞レセプターとの対比を行っている。

さらに、本論文の第2章では、Ly49AとMHCクラスIの相互作用がMHCクラスIを構成するβ2mの由来により大きな影響を受けること、すなわちLy49Aはマウスβ2mを構成要素とするMHCクラスIを認識するが、ヒトβ2mを構成要素とするMHCクラスIを認識しないことを見いだし、このヒト、マウスβ2m間の違いを規定している2つのアミノ酸残基を同定することに成功した。本論文では、これらのβ2m残基の種間での違いとLy49分子群がNK細胞によりMHCクラスIを認識するレセプターとして用いられているかという点の間の相関を指摘し、その進化的意義について考察を加えている。

本論文での発見は、NK細胞による標的認識機構を理解する上で、重要な貢献をしたと認められる。

なお、本論文の一部は、松本直樹博士、 Wayne M. Yokoyama博士、田嶋恭子氏、 山本一夫博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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