学位論文要旨



No 119500
著者(漢字) 森山,陽介
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,ヨウスケ
標題(和) ミトコンドリア母性遺伝の機構とmtDNA分解に関与するDNaseの解析
標題(洋) The mechanism of maternal inheritance of mitochondria and analyses of DNase that is involved in the digestion of mtDNA
報告番号 119500
報告番号 甲19500
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第48号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 青木,不学
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 助教授 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

序論

ミトコンドリアは母性遺伝することが多くの真核生物で確かめられている.その機構は精子に対し卵のもつミトコンドリアの数が圧倒的に多いためと説明されてきた.しかしPCR法を用いて父親由来のミトコンドリア DNA(mtDNA) の有無が受精卵や子孫で調べられ,マウスの場合,種内交配ではmtDNAは厳密に母性遺伝するが,マウスの同一属内での異種交配ではこれが寛容で父親由来の mtDNA も遺伝していることがわかった(Gyllensten et al., 1991 ; Kaneda et al., 1995).ミトコンドリアが同一種の父親由来であることを認識し厳密に母性遺伝させる機構の存在が示唆される.また,アカゲザル・ウシ・マウスなどで受精卵の精子ミトコンドリアにユビキチンが結合していることが示されたため,母性遺伝機構としてユビキチンが関与するミトコンドリアの排除の可能性も考えられている(Sutovsky et al., 1999 ; Sutovsky et al., 2000).

葉緑体の母性遺伝に関しては,雄由来の葉緑体DNAの選択的分解がその原因であることがわかっている(Kuroiwa et al., 1982).ミトコンドリアの母性遺伝に関しても,ミトコンドリアの排除に先立って mtDNA が分解される可能性が考えられている.しかし,高等動物ではミトコンドリアあたりのmtDNAのコピー数が少なく,mtDNAの選択分解の顕微鏡観察による実証は困難であった.私は,修士課程で,ミトコンドリアが大きく,mtDNAのコピー数が多く,発達した核様体をもっている真正粘菌 Physarum polycephalum を用いて,接合後すぐに父親由来mtDNAの選択的な分解が生じることを明らかにした.真正粘菌の配偶子である粘菌アメーバ(n)を異なる接合型同士で接合すると,接合子内で両親由来のほぼ同数のミトコンドリアはすぐに混ざり合うが.接合後3.5時間後に約半数のミトコンドリアでmtDNAが一斉に分解されることが顕微鏡観察される(paragraph).このmtDNAの分解が,父親由来のものに限定されているかどうかを解析するため,接合子の細胞一個を顕微鏡下でマイクロマニュピレーターを用いて回収し,PCR法で両親由来のmtDNAを検出した.すると,mtDNAの分解が観察される時期から後は,父親由来のmtDNAは接合子からまったく検出されなかった(paragraph).このことから,父親由来mtDNAの選択的な分解の母性遺伝への関与が考えられる.

博士課程では,mtDNA分解後のミトコンドリアの挙動を解析した.その結果,父親由来mtDNAが選択的に分解されることでミトコンドリアが母性遺伝し,mtDNAを失ったことで父親由来のミトコンドリアが排除されることを明らかにした (Moriyama and Kawano, 2003).また,ミトコンドリア母性遺伝に関与する可能性の高い接合期特異的なDNase活性を同定している.

結果と考察

接合子におけるmtDNA分解後のミトコンドリアの挙動

mtDNA分解後のミトコンドリアの挙動を解析した.接合後の真正粘菌は細胞分裂をしないため,接合時にもっていたミトコンドリアは接合後も一細胞内に保持される.そこで細胞内のDNAをもつミトコンドリアともたないミトコンドリアを,接合後8-60時間の間で数えた,mtDNAをもつミトコンドリアは分裂を繰り返してその数が細胞当たり400個程度まで増加する.これに対し,mtDNAをもたないミトコンドリアの数は接合後36時間まで変わらず細胞あたり15個程度であり,接合後36時間以降は減少していった(paragraphA,B).接合後36時間後の接合子を電子顕微鏡観察すると,ミトコンドリア核の存在する通常のミトコンドリアが存在する一方で,ミトコンドリア核をもたず,ミトコンドリア内膜が崩壊したものが観察された(paragraphC).接合直後にmtDNAを分解されたミトコンドリアはゆっくりと分解・排除されるものと考えられる.

mtDNAは,ミトコンドリア内でDNA結合タンパク質と結合し,ミトコンドリア核あるいは核様体と呼ばれる一種のDNA・タンパク質複合体を形成する.接合後36時間後にはミトコンドリア核をもたないミトコンドリアが観察されることから,ミトコンドリアのヒストンH1様DNA結合タンパク質に対する抗体を用い,接合期のミトコンドリア核の挙動を解析した.抗体のシグナルは接合直後ではmtDNAと共局在しており,また,mtDNAの分解直後ではミトコンドリア核としての大きさを保っていた.接合後8時間後にはミトコンドリア内に拡散しているのが観察された.これらの結果から,ミトコンドリアの母性遺伝は,接合後の父親由来mtDNAの選択的分解→ミトコンドリア核構造の崩壊→ミトコンドリア膜構造の崩壊の順に進行すると考えられる.

不完全なmtDNA分解と両性遺伝

mtDNAの分解がミトコンドリアの母性遺伝を決定付けているのか,それともmtDNAの分解とは別にミトコンドリアの排除の機構が存在していて,mtDNAが分解されなくとも母性遺伝するのかを解析した.

真正粘菌の交配型はオスとメスの2つに収斂していない.交配型の異なる粘菌アメーバ16株をもちいて,60通りのかけあわせ(交配型の組み合わせば8通り)を行い,接合後すぐにmtDNA分解が見られないものを探索した.その結果,ほとんどのかけあわせではmtDNAが選択的かつ完全に分解されていたが,接合後すぐにmtDNAの選択的な分解が始まるが完全には分解しきらずミトコンドリア内にmtDNAの小さな輝点が残る交配型の組み合わせが3通り存在した.残される輝点の大きさはかけあわせにより様々であった.

これら交配型の組み合わせの中から,特に小さな輝点が残るかけあわせ (AI5×DP246) を選び,DAPIの蛍光輝度によりmtDNAの挙動を解析した.このかけあわせでは,接合後すぐのDNA分解により,接合後24時間では粘菌アメーバのもつミトコンドリアあたりのmtDNAの輝度に対して1/4以下の輝度のmtDNAしかもたないミトコンドリアが複数存在していた,しかし,接合後36時間後では,1/4以下のものが減る代わりに1/2程度のものが増えていき,成熟した変形体のミトコンドリアはすべて通常のmtDNA輝度をもっていた.

mtDNAのDAPI染色による蛍光輝度はmtDNA量に比例する.不完全な分解を受けるmtDNAが父親由来のものであり,父親由来ミトコンドリアの排除が生じないならば,これらのかけあわせでは両性遺伝すると考えられる.そこで,これら60通りのかけあわせから得た変形体からDNAを抽出し,PCRによりミトコンドリアの遺伝を調べた.すると,不完全なmtDNAの分解が見られた3通りの交配型の組み合わせのみで両性遺伝が確認された.PCRにより両親由来のmtDNAの存在比を推定したところ,観察に用いたAI5×DP246では1:10-4であり,その他の不完全なmtDNAの分解が見られた変形体では1:1から1:10-4まで様々であった.

交配型の組み合わせによってはmtDNAの分解が不完全なものが存在し,それらではmtDNAは両性遺伝することになる.mtDNA分解とは独立した父親由来ミトコンドリアの排除機構は存在しないものと考えられる.なぜmtDNAの分解が不完全な段階で止まるのかについては,父親由来mtDNAを完全に分解する前に,分解に対する保護の機構が働いたか,ミトコンドリア内でのmtDNAの分解活性が失われたためではないかと考えられる.

mtDNAの分解を担うDNase活性の探索

真正粘菌の1つの接合子には総量でおよそ50Mbの父親由来mtDNAが存在し,それが速やかに分解されることを考えると,選択的かつ非常に強力な DNase の存在が考えられる.そこで,mtDNAの分解を担う DNase 活性の探索を DNA zymography により行った.この手法では,サケ精子DNAを混ぜたポリアクリルアミドゲルで接合子の可溶性タンパク質を泳動後,DNase の活性に必要と考えられる二価イオンを加えた反応バッファー中でインキュベートする.DNase 活性をもつ分子は周辺のDNAを分解するため,ゲルをEtBr染色し,UV照射すると DNase に相当するバンドが検出されることになる.そこで,Ca2+, Mg2+, Zn2+, Mn2+のいずれかを加え,pHは3.5から9.5の間の7段階とする28通りの条件下で, 接合子のもつ DNase 活性と分子量を解析した(paragraph).

その結果をもとに DNase 活性の変化を接合前の粘菌アメーバと,接合の誘導から2時間ごとの細胞から調べた.Ca2+要求性,50 kDaの DNase 活性は接合前後に存在し,Mn2+要求性,13 kDaの DNase 活性は接合直後にmtDNAが分解される時期から上昇していた(paragraph).また,接合子からミトコンドリアを経時的に単離し同様の解析をすることで,これらの活性が実際にミトコンドリア内に存在することが確かめられた.ゲル濾過カラムによりタンパク質を分子量ごとに分画すると,これらの DNase は高分子量複合体として存在することが明らかになった.

ミトコンドリアへの局在や,活性が上昇する時期から考えて,これらの DNase がミトコンドリア母性遺伝におけるmtDNA分解に関与する可能性が高いと考えられる.DNase 活性が父親由来mtDNAのみに働く機構は現在のところ不明であるが,高分子量複合体を形成することが,mtDNA分解の選択性をもたらす可能性があると考えられる.

結論

本研究では,真正粘菌を用いて,接合期のmtDNA,ミトコンドリアのそれぞれの挙動に注目し,ミトコンドリアの母性遺伝機構について以下のことを明らかにした.

真正粘菌においてミトコンドリアの母性遺伝は,接合から3.5時間後に父親由来のmtDNAが一斉に,かつ完全に分解されるためである.

mtDNAの分解を経て,接合後少なくとも8時間後にはミトコンドリア核構造が崩壊する.

ミトコンドリア核構造の崩壊を経て,接合後少なくとも36時間後にはミトコンドリア内膜が崩壊し,接合後48時間後には父親由来のミトコンドリアが排除される.

mtDNAが不完全にしか分解されない交配型の組み合わせが存在し,それらではミトコンドリアが両性遺伝する.

ミトコンドリアに局在し,高分子量複合体を形成する DNase 活性を2種類同定した.特にMn2+要求性の DNase はmtDNAが分解される時期に活性化されるため,母性遺伝との関わりが強く示唆される.

これらは,ミトコンドリアの母性遺伝を決定付けるのは,父親由来ミトコンドリアの排除ではなく,父親由来mtDNAの選択的分解であることを示すと考えられる.

真正粘菌の接合過程におけるmtDNAの分解

アルカリ固定法により真正粘菌の接合過程を観察した(A-D).一倍体の粘菌アメーバ(A)が,接合型の異なるもの同士で接合する(B).接合から2時間後には細胞核が融合する(C).合から3.5時間後に約半数のミトコンドリアでmtDNAが分解される,粘菌アメー(E),接合面後(F),mtDNA分解直後(G)のミトコンドリアに形態的な差異はない.

一接合子から検出された父親由来mtDNAの分解

顕微鏡下からマイクロマニュピレーターにより一細胞を回収した(A, B).両親mtDNAの多型を識別できるPCRプライマーにより semi-nested PCR を行い,一細胞から接合前後の両親由来のmtDNAの存在を解析した(C). mtDNAの分解と同時に父親由来肌DM(TU41:T-type)が検出されなくなる.

接合後のミトコンドリアの排除

接合子内の DNase 活性の検出

接合期特異的なDNase活性の検出

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、真正粘菌Physarum polycephalumを材料として、第1章は選択的なミトコンドリアDNA(mtDNA)の分解により母性遺伝が生じること、第2章は接合期特異的なDNA分解酵素活性について述べられている。また、補遺として真正粘菌Didymium iridisにおいてもミトコンドリアDNAの分解が生じることを示している.

ミトコンドリアの母性遺伝は多くの真核生物で確かめられているが,どのように母性遺伝するかについては明らかではなかった.本論文の1章ではmtDNAの観察に適した材料である真正粘菌Physarum polycephalumを用い,観察のために新規の固定法を開発して接合期のmtDNAの動態を解析している.真正粘菌の配偶子である粘菌アメーバが異なる接合型同士で接合すると,接合子内で両親由来のほぼ同数のミトコンドリアはすぐに混ざり合うことが顕微鏡観察された.しかし接合から3.5時間後に約半数のミトコンドリアでmtDNAが一斉に分解された.このmtDNAの分解が片親由来のものに限定されているかどうかを解析するため,接合子の細胞一個をとりだしPCR法で両親由来のmtDNAを検出した.するとmtDNAの分解が観察される時期から後は,片親由来のmtDNAは接合子から全く検出されなかった.このことから,片親由来mtDNAの選択的な分解の母性遺伝への関与が考えられる.

mtDNAと結合しているミトコンドリア核タンパクの挙動を調べるため,特異的抗体を用いて蛍光抗体染色をした.mtDNAの分解直後ではミトコンドリア核としての大きさを保っていたが,さらに5.5時間後にミトコンドリア内に拡散しているのが観察された.また,mtDNAをもつミトコンドリアは接合後も分裂を繰り返すが,mtDNAをもたないミトコンドリアは分裂せず,接合後36時間以降は減少していった.接合後36時間後の接合子を電子顕微鏡観察すると,ミトコンドリア内膜が崩壊したものが観察された.これらの結果から,ミトコンドリアの母性遺伝は接合後の父親由来mtDNAの選択的分解→ミトコンドリア核構造の崩壊→ミトコンドリア膜構造の崩壊の順に進行すると考えられる.

mtDNAの分解が生じなければ母性遺伝しないかを調べるため,由来の異なる16株の粘菌アメーバを用いたかけあわせから両性遺伝する個体を探索した.PCRによりmtDNAの遺伝を調べたところ,特定の7株間のかけあわせにおいて両性遺伝がみられた.両親由来のmtDNAの存在比を推定したところ,観察に用いたAI5 × DP246では1:10-4であり,その他の不完全なmtDNAの分解が見られた変形体では1:1から1:10-4まで様々であった.これらのかけあわせではmtDNAの不完全な分解と,その後のDNAの複製により,mtDNAの存在比の偏った両性遺伝が生じることを確かめた.

真正粘菌mtDNAの選択的分解には,非常に強力かつ選択的なDNaseの存在が考えられる.そこで,DNA zymographyによりmtDNAの分解を担うDNase活性の探索を行った.加えるイオンと反応液のpHを変えて接合子のDNase 活性と分子量を検討した結果,Ca2+要求性のpH6.5に最適pH をもつ50 kDaのものと,Mn2+要求性のpH8.5に最適pHをもつ13 kDaのDNase活性がミトコンドリアに存在し,そのどちらもが巨大な複合体として存在していた.DNase活性の変化を接合前の粘菌アメーバと,接合後から経時的に調べたところ,Ca2+要求性,50 kDaのDNase活性は接合前後に存在し,Mn2+要求性,13 kDaのDNase活性は接合直後にmtDNAが分解される時期から上昇していた.これらのヌクレースが母性遺伝におけるmtDNA分解に関与する可能性が高いと考えられる.DNase活性に対してmtDNAが時期特異的に保護されてはいなかったので,ヌクレースが複合体を形成していることで分解活性が制御される可能性がある.

補遺

真正粘菌P. polycephalumの近縁種のDidymium iridisでもmtDNAの選択的分解が生じることを報告している.

以上の研究により,mtDNAが選択的に分解されることでミトコンドリアが母性遺伝し,mtDNAを失ったことで不要となったミトコンドリアが排除されることを初めて明らかにしている.また,ミトコンドリア母性遺伝に関与する可能性の高い接合期特異的なDNase活性を同定している.なお,本論文第一章は河野 重行との,第二章と補遺は野村 英雄,河野 重行との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(生命科学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク