No | 119501 | |
著者(漢字) | 和田,はるか | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワダ,ハルカ | |
標題(和) | NK細胞レセプターCD94/NKG2によるヒト白血球抗原HLA-E認識に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the recognition of human leucocyte antigen-E(HLA-E) by the NK cell receptors CD94/NKG2 | |
報告番号 | 119501 | |
報告番号 | 甲19501 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第49号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ナチュラルキラー細胞(NK細胞)は、がん細胞やウイルス感染細胞を傷害する免疫担当細胞である。NK細胞による標的細胞の識別機構については、NK細胞は“自己の目印”である主要組織適合性抗原複合体(MHC)クラスIの発現を監視し、発現の低下した細胞を傷害するというMissing Self仮説が提唱されている。実際に、自己のMHCクフスIを認識しNK細胞に抑制のシグナルを伝達する抑制性レセプターが数多く報告されている。一方で、抑制性レセプターと同じリガンドを共有する活性化レセプターの存在も報告されているが、この活性化レセプターの役割についてはよくわかっていない。 NK細胞レセプターの一つであるCD94/NKG2は、ほとんどすべてのNK細胞および一部のT細胞上で発現している。NKG2には数種類の分子種が存在することが知られており、Aは抑制性レセプターとして、Cは活性化レセプターとして機能するが、ともにヒト白血球抗原-E(HLA-E)を認識する。 HLA-Eは重鎖、β2ミクログロブリン(β2m)、重鎖の溝に結合するペプチドの三者からなる複合体である(図1)。重鎖はα1、α2、α3の3つのドメインからなる。ペプチドはα1、α2領域にあるペプチド結合溝に横たわっている。HLA-Eは重鎖の溝に結合するペプチドとして主に他のMHCクラスIのシグナルペプチド-HLA-A、-B、-C、-Gのシグナルペプチドを必要とする特殊なMHCクラスIであり、細胞表面上におけるHLA-Eの発現量は、その細胞のMHCクラスIの発現量を反映していると考えられている。 NK細胞は抑制性のCD94/NKG2レセプターを介してHLA-Eの発現をモニターし、標的細胞上のMHCクラスIの発現の総和を監視していると考えられている。一方で活性化レセプターであるCD94/NKG2CもHLA-Eを結合するが、その意義については不明である。 これまでにHLA-E、CD94ホモダイマーのそれぞれ単独の構造は明らかになっているものの、CD94/NKG2によるHLA-E認識様式の詳細は不明である。本研究ではCD94/NKG2A、CによるHLA-E上認識領域の同定、及びCD94/NKG2によるHLA-E認識におけるHLA-E重鎖に結合するペプチドの影響を解析した。CD94/NKG2A、CによるHLA-E認識には違いがあることが明らかになったことから、HLA-E認識の違いを規定するNKG2上残基の同定も行なった。 CD94/NKG2A、CD94/NKG2CによるHLA-E上認識領域の同定 CD94/NKG2A、Cが認識するHLA-E上領域の同定を行うために、各種HLA-E変異体を作製し、ヒトCD94/NKG2A、C発現細胞に対する結合解析を行った(図2)。 HLA-Eのα1、α2領域に存在する残基であるR65、Q72、R75、R79、D162、E166のHLA-E重鎖アラニン変異体および重鎖の溝に結合するペプチド(野生型:VMAPRTVLL)の4残基目をLys(Pp4K)、5残基目をGlu(Rp5E)、8残基目をLys(Lp8K)にした変異体でCD94/NKG2A、Cへの結合が低下した。これらの結果から、CD94/NKG2A、Cは共にHLA-E上の上面部-HLA-E重鎖に結合しているペプチドを含む領域を認識していることが明らかになった(図3)。 予期していなかったことに、HLA-E重鎖上のD69、H155へのアラニン変異導入はCD94/NKG2Aへの結合を低下させたものの、CD94/NKG2Cへの結合には大きな影響を与えなかった。これらの結果は、CD94/NKG2A、CはHLA-E上のほぼ同じ領域に結合するものの、結合に関与する残基は一部異なることを示している。D69、H155の残基はそれぞれα1、α2領域の上面に存在することから、HLA-E重鎖が結合するペプチドの種類によって、CD94/NKG2A、CによるHLA-E認識に異なる影響を与える可能性が示唆された。 以上の実験は、ヒトCD94/NKG2A、Cを発現するマウス細胞トランスフェクタントとHLA-Eの結合解析の結果であるが、CD94/NKG2A、Cを発現するヒトNK細胞株、ヒト末梢血由来NK細胞を用いた実験でも同様の傾向を示す結果を得ている。 CD94/NKG2A、Cが認識するHLA-E上領域は、NKG2Dが識するMICA上領域と類似していた(図3)。よって、CD94/NKG2A、CのHLA-E結合モードは、NKG2DとMICAの結合モードと類似していることが予想される。NKG2Dはホモダイマーであるが、CD94/NKG2はヘテロダイマーであるので、CD94/NKG2とHLA-Eの結合の方向性は2通り考えられる。CD94ホモダイマー単独、HLA-E単独のX線結晶構造解析によると(図4)、CD94、HLA-E α1領域にそれぞれ疎水性領域があり、またCD94には酸性領域、HLA-Eのα1領域には塩基生領域が存在する。これらの領域同士がそれぞれ疎水的、静電的に結合すると推測されCD94はHLA-Eのα1領域側に結合する可能性が示唆された。 HLA-E認識の違いを規定するNKG2上残基の同定 HLA-E認識の違いを規定するNKG2A、C上残基を明らかにするため、NKG2Aと異なるNKG2Cの残基をNKG2Aに導入したNKG2A変異体を発現する細胞株を樹立し、各種HLA-E変異体との結合を解析した。 NKG2A上のM163、M189、E197、I225をそれぞれNKG2C型に置換したNKG2A単変異体の野生型HLA-Eへの結合は大きくは変化しなかった。また、loop3の変異体を除く上記4つのNKG2A単変異体は、野生型CD94/NKG2Aと同じHLA-E変異体の結合パターンを示した。この結果から、HLA-E認識の違いを規定するNKG2A、C上残基はloop3であることが予想された。しかし、loop3の置換により野生型HLA-Eの結合能が著しく低下した。そこで、loop3以外の他の残基の置換によって、loop3に起因するHLA-Eへの結合の低下が相補される可能生を考え、loop3に加えさらに別の残基もNKG2C型に置換したNKG2A二重変異体を作製し、HLA-Eとの結合解析を行なった。 すべてのNKG2A二重変異体で、程度の差はあるものの野生型HLA-Eとの結合が回復した。この結果はloop3に起因する結合の低下分をこれらの残基が相補する効果をもっていることを示している。またNKG2A二重変異体とHLA-E変異体との結合解析の結果、すべてのNKG2A二重変異体で野生型CD94/NKG2Cと同様のHLA-E変異体の結合パターンを示した。これらの結果から、CD94/NKG2A、CによるHLA-E認識の違いはNKG2上のloop3によって規定されていることが明らかになった。興味深いことに、loop3は抑制性のNKG2レセプターではSIIS、活性化ではASILというアミノ酸配列が保存されており、NKG2上のloop3はHLA-E認識における要衝であると考えられる。 HLA-E重鎖に結合するペプチド4残基目がCD94/NKG2への結合に及ぼす影響の解析 CD94/NKG2AモデルをHLA-Eに重ね合わせるとNKG2Aのloop3はちょうどHLA-EのD69、H155の残基に重なる。このD69、H155のアラニン変異体はCD94/NKG2A、Cに対する結合に異なる影響を与えたが、そのようなHLA-E変異体は自然界には存在しない。しかし、HLA-E重鎖に結合するペプチドとしては、MHCクラスI由来のもの以外にもさまざまなペプチドを結合できることが示されており、ペプチドの種類によってHLA-Eには多様なバリエーションが存在することになる。 D69、H155の2残基は、それぞれα1、α2領域上面のαヘリックス中央にあり、HLA-E重鎖が結合するペプチドの4残基目を挟むところに位置している。そこで、HLA-E重鎖が結合するペプチドの4残基目を各種アミノ酸に置換したHLA-Eと、CD94/NKG2A、Cとの結合を解析した(図5)。 ペプチド4残基目をAla、Lys、Met、Argに置換したHLA-EはCD94/NKG2A、Cに対しての結合が著しく低下したが、His、Trpに置換したHLA-Eは、CD94/NKG2A、Cに対しての結合が野生型(Pro)よりも増強された。特に、Hisに置換したHLA-Eでは、CD94/NKG2Cへの結合が顕著に増加したことから、HLA-Eに結合するペプチド次第では、CD94/NKG2Cに選択的に結合するHLA-E(ペプチド)が存在する可能性が示唆された。CD94/NKG2Aによっては認識されないが、CD94/NKG2Cにより認識されるようなHLA-E(ペプチド)、例えば、がん化やストレス負荷に伴って産生されるようなHLA-E(ペプチド)が存在すれば、NK細胞による異常細胞検知という点で非常に合理的であり、興味深い。 結論 CD94/NKG2A、CはともにHLA-Eのペプチドを含むα1/α2領域上面を認識するものの、結合に関与しているHLA-E上残基が一部異なっていることが明らかになった。 HLA-E重鎖に結合するペプチド次第ではCD94/NKG2A、CによるHLA-Eの認識に異なる影響を与え、特にCD94/NKG2Cに選択的に結合するHLA-E(ペプチド)が存在する可能性が示唆された。 CD94/NKG2A、CによるHLA-E認識の違いはNKG2上のloop3の違いに起因していることが明らかになった。 HLA-Eを含むMHCクラスIの構造 HLA-Eを含むMHCクラスIの構造をリボンモデルで示した。白色は重鎖、灰色はβ2m、黒色は重鎖の溝に結合しているペプチドを示す。重鎖はα1、α2、α3の3ドメインから成る。ペプチドは、重鎖のα1、α2ドメインに結合している。 CD94/NKG2とHLA-Eの結合解析 可溶型HLA-Eアラニン点変異体をPE標識ストレプトアビジン(PE-SA)でテトラマー化し、CD94/NKG2A(上図)、CD94/NKG2C(下図)への結合を解析した。結合の割合は以下の式で標準化した。(HLA-E変異体の結合-PE-SAの結合)/(野生型HLA-Eの結合-PE-SAの結合)×100。 CD94/NKG2が認識するHLA-E上領域 HLA-Eのα1/α2領域の上面をリボンモデルで示した(左)。アラニン点変異を導入した残基を水色、ピンク色、黄色で示した。また、CD94/NKG2A、Cへの結合に影響があった残基の側鎖を表示し、ピンク色で示した。ただし、CD94/NKG2Aへの結合のみに影響があった残基については黄色で示した。NKG2D-MICA複合体をリボンモデルで示した(右)。NKG2Dが結合するMICA上の残基を緑色、藤色で着色した残基は。 CD94/NKG2AモデルとHLA-Eサーフェイスモデル CD94 (A)、HLA-E (B) はサーフェイスモデルを、NKG2Aはリボンモデル (A) を示した。また、NKG2A、Cのレクチン様ドメインのアミノ酸配列を示した。 HLA-E重鎖に結合するペプチド4残基目の変異体とCD94/NKG2への結合 HLA-E重鎖が結合するペプチドの4残基目をさまざまなアミノ酸に変化させたペプチドを用いて可溶型HLA-Eを作製し、CD94/NKG2A、CD94/NKG2Cへの結合を解析した。結合は図2と同様の方法で標準化した。 | |
審査要旨 | 本論文では、ヒト ナチュラルキラー(NK)細胞上のCD94/NKG2レセプターによるHLA-E認識の様式について述べられている。 NK細胞は、がん細胞や病原体感染に対する先天性免疫を担う細胞群である。NK細胞による標的細胞の認識には、活性化レセプターと抑制性レセプターが関与し、両者からのシグナルのバランスによって、認識した標的細胞を傷害するか否かが決定される。CD94/NKG2レセプターには複数の分子種が知られており、CD94/NKG2Aは抑制性レセプター、CD94/NKG2Cは活性化レセプターという相反する機能を持ちながら、ともに同一のリガンドHLA-Eを認識する。これらのうち、CD94/NKG2Aは自己の正常細胞の傷害を防いでいると考えられているが、CD94/NKG2Cの生物学的役割については不明である。本論文は、CD94/NKG2が認識するHLA-E上領域を同定する目的で、多数のHLA-E点突然変異体を作製し、そのCD94/NKG2との結合を検討した。その結果、CD94/NKG2A およびCがHLA-E分子の上面を認識することを世界で初めて明らかにしただけではなく、本論文は、それまでHLA-Eの同じ構造を認識すると考えられていたCD94/NKG2AとCの間で一部のHLA-E変異体の認識が異なることを明らかにした。すなわち、CD94/NKG2Cによっては認識されるが、CD94/NKG2Aによって認識されないHLA-E変異体があることを明らかにした。これらの変異体は自然界には存在が知られていない人工的なものであるが、HLA-Eの構成要素の一つである9残基からなるペプチドにはある程度の多様性が存在することが示唆されていることから、本論文では、ペプチドの配列を一部改変し、そのCD94/NKG2A, Cとの結合に対する影響を解析している。その結果、CD94/NKG2Cに対するHLA-Eの結合を選択的に増強するペプチドが存在することが明らかになった。本論文では以上の結果をもとに、細胞のがん化や病原体への感染等の異常に伴ってCD94/NKG2Cに対するHLA-Eの結合を選択的に増強するペプチドが誘導されることを想定して、未解明の活性化レセプターCD94/NKG2Cの生物学的機能を説明しうるモデルを提案している。すなわち、正常細胞のHLA-Eは抑制性レセプターCD94/NKG2Aによって認識されるため、正常細胞はNK細胞によって傷害を受けないが、異常の生じた細胞上のHLA-Eは活性化レセプターCD94/NKG2Cによって認識されるため、異常細胞はNK細胞によって傷害される。 今後の検証が必要ではあるが、このモデルは非常に独創的なものであり、NK細胞による異常細胞の監視システムの理解に大きな貢献をするものと評価された。 なお、本論文の一部は、松本直樹博士、 前仲勝実博士、鈴木和博博士、 山本一夫博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |