学位論文要旨



No 119505
著者(漢字) 北澤,哲弥
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,テツヤ
標題(和) 都市-里地地域における生態系のパターンと成立に関する研究
標題(洋) Pattern and process of the human-modified ecosystems in urban-rural area
報告番号 119505
報告番号 甲19505
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第53号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大澤,雅彦
 東京大学 教授 大森,博雄
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 助教授 福田,健二
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、人間活動が卓越している地域において観察される生態学的パターンの成立過程を群落生態学・景観生態学の視点から解明し、人間活動と生態系とのかかわりを明らかにする。幅広い時空間スケールにわたる生態学的現象とそれを規定する人間活動および無機的環境をとらえるために、本研究では広域での人間活動と生態系との関係を捉える地域スケールと、各生態系もしくは群落にけおける人間活動と生態系との関係を捉えるパッチスケールという二つの空間スケールを用いた。本研究では以下の3つの面からアプローチする:(1)都市化が生態系に与える面的変化プロセスと質的変化プロセスを土壌属性の地域パターン・植物種の分布パターン・地域の土地利用構造から解明する。(2)群落レベルでは人間の影響を管理タイプに着目して捉え、群落の遷移的位置づけを行い、それに基づいて地域の植物種多様性の成立を管理タイプとの関連づけにより解明する。(3)その上で、群落構成種の機能的側面としての休眠型・散布型組成を取り上げ、土地の管理履歴・景観構造・管理様式との相互関係を明らかにした。

調査地は里地から都市にかけて土地利用構造の異なる3地区(千葉市稲毛、東寺山、吉岡)を選定して行った。(1)については三地区全てを、(2)と(3)については半自然植生がまとまって残存する吉岡地区を調査地とした。

これら3地区は、吉岡→東寺山→稲毛の順に、畑/樹園地・水田・森林の被覆率が減少し、市街地の被覆率が増加し、都市化の段階が進むことを示した。こうした都市化の過程で植生・土壌が変化するか異なる土地利用型での土壌特性の変化をみると、森林土壌は他の土地利用型に比べて高い間隙率・炭素量・窒素量・CN比、低いpHを示した。対照的に、市街地の土壌は間隙率・炭素量・窒素量が低く、pHは高かった。草地と畑/樹園地は森林と市街地の中間の値を示した。以上のことから、都市化に伴う市街地面積の増加と他の土地利用型面積の減少は、間隙率・炭素量・窒素量が低くpHが高い土壌を増加させることが明らかになった。都市化に伴う各土地利用型における土壌特性の変化をみると、畑/樹園地および森林では間隙率・炭素量・窒素量・CN比は減少、ECは増加した。水田では間隙率・液相率・炭素量・窒素量・CN比が減少し、pHが増加した。一方、市街地ではCN比の増加、草地では液相率の減少がみられた。以上のことから都市化に伴って同じ土地利用型でも土壌属性の質的変化が起こることが明らかになった。土地利用型間の比較では、水田と湿地の土壌は著しく高い液相率を示した。以上、述べたように土地利用の変化に伴うと面的変化と各土地利用型内での土壌の質的変化の総体として、都市化は地域の土壌を全体として硬化・圧密化・乾燥化・アルカリ化・炭素量および窒素量の減少・CN比の低下という方向へと変化させた。都市化に伴って地域の植物総種数は、1km2あたり吉岡地区での430種から、東寺山地区での366種、稲毛地区での224種と減少した。自生種数は都市化に伴って大きく減少したが、帰化種数は逆に増加傾向を示した。自生種数の減少は主に各地区に固有に出現する地区固有自生種の減少に因っていた。都市化に伴って、地区固有自生種密度は特に草地と水田それに次いで森林において大きく減少し、これらの土地利用型において環境の質的変化が起きていることが示唆された。森林、草地、水田における地区固有自生種密度の減少は主に多年生の生活型を持つ種によって引き起こされていたが(水田では水生植物も加わる)、各土地利用で出現する種は大きく異なっていた。土地利用型ごとの地区固有自生種の積算種数-面積曲線のパターンは、種数が飽和に達するまでの面積(最小面積)が土地利用型によって異なり、また都市化に伴って種密度と関係する初期勾配、および最小面積は小さくなる傾向を示した。以上のことから、都市化にとも名内域の植物種多様性の減少は、市街地面積の増加に伴って植物種の生育地の面的減少(森林など)と、土壌属性の質的劣化(森林、水田など)の両プロセスによって起こることが明らかになった。

吉岡地区の草本群落を維持する主要な人為活動である耕作・踏みつけ・刈り取り・放棄の4管理タイプの下で成立する草本群落は、TWINSPANとDCA分析の結果、優占種の異なる7つの植生タイプに区分された。DCA1軸は遷移段階を反映し、さらに優占植物の生活型は、一年生草本から多年生草本を経て、多年生/木本実生へと移行した。これと対応して群落高と遷移度の増加がみられ、群落の管理様式タイプは耕作から踏みつけ、刈り取り、放棄へと移行した。この軸に沿って積算種数は管理様式の変化に伴ってステップ状に増加し、そのパターンは特定の管理様式にのみ出現する立地特異種の存在によっていた。このことは、異なる人為管理様式下にある多様な遷移段階の群落が共存することにより、立地特異種の出現を通して地域の種多様性が全体として高められていることを示唆する。4管理タイプのうち刈り取りをうけるサイト(特に伝統的畦畔草地)は特に定期的な刈り取りに適応した立地特異種およびローカルレベル(千葉市)での希少種を多く含んでいた。

吉岡地区においてみられた4管理タイプのうち、刈り取りによって維持される半自然草地群落は、クラスター分析によって優占種が異なる6つのプロット群にまとめられた。これらのプロット群は植物の休眠型組成や散布型組成、管理様式としての刈り取り頻度・草地として利用される直前の土地利用型・草地としての持続期間・さらに空間的特性としての隣接するパッチの土地利用型などの立地特性もそれぞれ特徴的であった。休眠型および散布型に基づいて区分された種群の分布と立地特性に関する回帰分析の結果、管理様式の指標である年間刈り取り頻度は一年生草本の種密度・機械散布種・重力散布種の種密度を増加させた。これは刈り取りの頻度という攪乱圧が群落の種組成や種多様性を決定する一要因として働くことを示す。草地として利用される直前の過去の土地利用型は、この研究では、どの種群の種密度とも関係がみられなかった。草地としての持続期間は地中植物・半地中植物・体外動物散布種・体内動物散布種・重力散布種・栄養繁殖種の種密度を増加させた。このことは土地履歴という時間的要因が侵入機会の増加を通して、特に散布力の弱い重力散布・栄養繁殖型の地中植物・半地中植物を増加させることを示す。森林との隣接率は地上植物・体外動物散布種・体内動物散布種の種密度を増加させた。一方、道路との隣接率は地中植物・半地中植物・風散布種・重力散布種の種密度を減少させた。このことは、草地と森林の隣接は様々な生物が利用する林縁部を生み出し、動物散布型の種群を増加させることを示す。また道路との隣接は不定期な人間活動による土壌攪乱をうけるために地中植物・半地中植物を減少させることが推測された。以上のことから刈り取りによって維持される半自然草地の群落組成は、管理様式・土地履歴・景観構造(隣接土地利用型)が異なる生態学的特性を持つ種群の分布に対してフィルターとして作用し、現在の群落が成立していると考えることができる。また特に草地としての持続期間が長く森林と水田に挟まれた畦畔草地では群落内の種多様性が高く、また千葉市や千葉県などローカルレベルでの稀少種が集中していることが示された。現在これらの草地はごく限られた面積しか存在せず、水田耕作の放棄や基盤整備により消失してしまう可能性が高い。

人間活動は地域スケールで捉えられる土地利用型構成の変化と、パッチスケールで捉えられる生態系および群落内部での変化という両プロセスにより地域の生態系に影響を及ぼしていた。本研究は、都市-里地地域の植物種多様性を保全する上で、人間活動はマイナスの影響とプラスの影響を持つことを示した。地域全体をより人工的な景観へと創りかえる都市化は面的にも質的にも地域の植物種多様性に負の影響を与えるのに対し、水田耕作を中心とした農業管理とその歴史は群落の多様な成立過程を可能にし、遷移段階と管理様式が異なる多様な群落を生み出す。こうして農業を中心とした人間活動は地域全体としての植物種多様性を高める役割を担っていた。近年の人間活動の発展・拡大に伴い、里地の農業的・社会的システムが大きく変容していくその中で、農業管理に依存する半自然植生を持続することが可能な社会的枠組み作りや、新たな価値の創造が里地の植物種多様性を保全する上で必要となる。

審査要旨 要旨を表示する

人間活動による自然環境へのインパクトは、自然生態系を大きく変化させており、日本の国土の8割近くは何らかの人為を受けた二次的生態系である。われわれの生活も日常的には、二次的生態系に依存している。本研究は、都市化の程度が異なる千葉市の3地点を選んでこうした二次生態系の成立・維持機構を解明し、地域の生物多様性を保全し、持続的な生態系を保全するための基礎的知見を得るための研究である。

本論文は5章からなり、第1章は、本研究のフレームワーク、既往研究の中での位置づけ、全体の構成について概観する。第2章は人間の影響が次第に強くなる都市化の影響を、都市化の程度が異なる3地点、すなわち吉岡、東寺山、稲毛地区を選んで相互に比較する。とくに群落を支える土壌条件のパラメータ、植物種の分布学的特性、群集構造などについて解析し、とくに都市化に伴う種多様性の減少が森林では土地利用変化に伴う生態系の面積の減少、水田や草地では面積も減少するが、それ以上に個々の生態系の土壌条件や人為の変化などの質的劣化によって低下するという2つのメカニズムがあることを明らかにした。水田の場合は乾田化などにともなう液相率の低下などが原因となっていた。草原に関しては、他の土地利用型に比べて面積の低下というより、都市化に伴う農耕体系の変化など直接的な人為の変化によって種密度の低下が著しかった。

第3章ではその原因を解明するために特に草原に限って調査を進めた。遷移の極相としては森林が卓越するこの地域では、草原は何らかの人為によって維持される。さまざまな草原が広くみられる吉岡地区で調べると、おもに農業と関連する耕作、踏みつけ、刈り取りの3つの人為とそれらが行われなくなった放棄畑などに成立する草原の4タイプがみられた。これら4つの人為作用によってそれぞれ特異的な種を有していた。とくに刈り取り草地では著しく高い種多様性を持つタイプが見られた。フロラおよび生活型解析を行った結果、これらの刈り取り草地では特異的にツリガネニンジン、ワレモコウ、リンドウ、チダケサシなどの地中・半地中植物が多くみられ、しかもそれらの種は千葉市レベルでは希少種に入るものであった。これらの草地は谷津田水田とそれを取り巻く台地斜面林の間で日射を確保し、植物の進入を防ぐために維持されてきたフリンジ型草地であった。

第4章ではこれらフリンジ型草地が特別なタイプであるかどうかを土地利用の履歴を追跡して調べた。その結果、これらは空中写真などの記録では少なくとも70年前、さまざまな歴史資料を含めると400年以上前から農耕とともに維持されてきた刈り取り草地であることが明らかになった。里地では伝統的な農作業が長期間持続することによって、結果的に特定の種の生育立地を持続的に維持することになり、希少種のレフュジア、種多様性のホットスポットとなることがデータによってはじめて示され、解明した。

以上、述べたようにこの研究は、人間の影響によって都市化が進行し、地域の種多様性が著しく低下する中で、発達した森林だけでなく農耕や自然利用型の人為にともなって長期間維持されてきた生育立地は、特異的な種を持続的に保有し、地域の多様性を高める上で意味を持っていることをはじめて具体的なデータにもとづいて生態学的に明らかにしたものである。人と自然とのかかわりを健全かつ、持続的に維持するための基礎を解明するという環境学の上から意義ある研究と認める。

なお、本論文第3章の一部はOhsawa, Masahikoとの共著論文として公表されたが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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