学位論文要旨



No 119508
著者(漢字) 尾崎,徹
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,トオル
標題(和) ウェアラブル生体情報端末の開発研究
標題(洋) Development of Wearable Information Devices for Human Healthcare
報告番号 119508
報告番号 甲19508
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第56号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 安藤,英幸
 東京大学 講師 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

背景

近年,3大成人病(ガン,脳血管疾患,心疾患)をはじめとする生活習慣病による死亡者は増加の一途であり,死因全体の6割以上を占める.これに対し,厚生労働省の「健康日本21」によると生活習慣病は,飽食,運動不足,慢性的な高血圧,高脂血症などが危険因子といわれており,病気の早期発見,早期治療とともに,食生活の改善や適度な運動の管理といった,生活習慣の改善による病気の一次予防が重要であるとされている.一次予防のためには,日常生活中の長時間生体情報検出が必要とされる.

著者らは,特に人間の状態を検出することに特化した,ウェアラブル生体情報システム (Wearable Information System for Human Healthcare; WISH2) という概念を提唱し,開発研究を進めてきた.ウェアラブル生体情報システムは,Fig.1に示すように,微小な生体センサを人体表面に分散配置し,体表面上で近距離無線ネットワークを構築する,無拘束なシステムである.

上記微小な生体センサを備えたウェアラブルヘルスケア機器の必要要件は,(a)軽量小型,(b)非侵襲,(c)無拘束である.特に軽量小型,無拘束という観点から,センサの小型化およびセンサ数の削減が重要なブレークスルーとなる.

目的と成果目標

本開発研究では,上記ウェアラブル生体情報システムに有用なウェアラブルヘルスケア機器の開発を行った.ウェアラブルヘルスケアという概念は,上述したように生体情報を24時間常時検出することで生活習慣病の一次予防に有用となる機器/システムである.そこで特にウェアラブルヘルスケアにおいて最も有用と考えられる応用分野に対応する循環動態モニタとエネルギ収支モニタに着目し,端末開発の基本部分である循環動態モニタリング端末開発,エネルギ収支モニタリング端末開発と,将来必要な技術となる歩行速度検出,自動発電に関する技術開発を目的とした.

上記目的に対する,本開発研究の成果目標は,下記4点である. ウェアラブルヘルスケア機器に有用なセンサが限定される. 上記センサ出力の有用性が定量的に評価される. 上記センサのその他のアプリケーションへの適用性を示し普遍性が明確化される. 特徴的な成果として,腕時計関連技術のウェアラブルヘルスケア機器への適用可能性についてまとめられる

循環動態モニタリング端末開発

具体的な開発目標は,以下の2点である. 加速度,角速度,心電図を同時計測可能なセンサユニットの作製 計測実験の結果に基づく角速度を加味した認識アルゴリズムの提案と評価

センサユニットの作製

センサユニットの試作機を作製した.特徴は,加速度(3軸),角速度(3軸),心電図2chが同時測定可能で,かつコンパクトフラッシュカードスロットを備えておりモバイルPCを介さずに直接カードへ記録可能な仕様である (Fig.2).

アルゴリズム開発

センサ情報から心臓に負担のかかる行動の識別アルゴリズムの構築を行い,上下軸方向加速度と前後軸まわりの角速度に着目して,平地歩行,早足,平地走行,階段上り,階段下りの5つの行動パターンを定性的に識別するアルゴリズムを開発した.

また,センサは1軸(上下方向)加速度と,1軸(前後軸まわり)角速度を検出すればよいことを示し,センサユニットのウェアラブル化(軽薄短小化,省電力化)に向けて設計指針を得た.本開発研究の循環動態モニタリング端末により,行動情報の自動識別が可能となり,循環動態検出の精度向上が実現する.

エネルギ収支モニタリング端末開発

具体的な開発目標は,以下の2点である. 日常生活の軽負荷運動における,消費カロリ高精度測定のためのアルゴリズム開発 上記アルゴリズムを実装したウェアラブルな測定装置の作製

アルゴリズム開発

消費カロリと高い相関を持つ酸素摂取量は,高負荷の運動時は脈拍数と有意な相関を示すが,日常生活運動レベルの軽い負荷下では,安静時脈拍数のばらつきにより,酸素摂取量との相関が低い.そこで運動中の安静時に対する脈拍の差分と酸素摂取量の差分の有意な相関を用いて補正し,高い精度で消費カロリを測定するアルゴリズムを開発した.本アルゴリズムを用いることで従来比30%の精度向上を実現した.

上記アルゴリズム実装のウェアラブル機器作製

上記アルゴリズムを実装したウェアラブルPCと,脈拍センサからなる測定装置を開発した (Fig.3).従来の万歩計あるいは消費カロリメータでは区別のつかない階段の上り/下りを行い,上記アルゴリズムを実装した測定装置の有効性を確認した.

本開発研究のエネルギ収支モニタリング端末により,日常生活運動量管理が可能となり,糖尿病等の生活習慣病の一次予防に有用である.

歩行速度検出技術の開発

肥満や心理状態などの外乱により強いシステム開発のために,脈拍と同時に絶対的な尺度である歩行速度を計測することは有効である.そこで足首に装着した加速度センサ出力を用いて,従来技術よりも小型で電力消費の低い歩行速度検出技術を開発した.具体的には,センサ出力をFFT処理して得られた運動の特性周波数とその2倍成分周波数のサイン波と,データベース化された一般的な足首角度振幅情報から,足首角度の擬似波形を作成し,前後方向と上下方向加速度と上記足首角度から水平方向速度を導出するアルゴリズムを開発し,実験によりアルゴリズムの妥当性を実証した.

本アルゴリズムを実装した装置は,消費電力で従来比13%の削減が見積もられる.

自動発電技術の開発

上記循環動態モニタリング端末,エネルギ収支モニタリング端末をはじめとする,ウェアラブルヘルスケア機器で,小型で高効率のエネルギ供給デバイスが必要とされる.そこで人間の動作により自動発電する装置の端緒として,人間の引張り動作により発電するデジタルテープメジャー用自動発電機の開発と小型化の検討を行い,またウェアラブルヘルスケア機器への適用可能性を明確にした.

腕時計に内蔵されている自動発電機AGSを利用することで,小型で高効率の発電システムを作製した (Fig.4).具体的には,体積がメジャー本体の1.35%で,2〜3回の引張り動作によりLCD(約270μW)を約30秒表示可能な自動発電機を開発した.

また上記自動発電機の開発を通じて,人間の動作による入力エネルギに対する出力エネルギの相関を明らかにして,スポーツをはじめとするヘルスケア機器へ適用可能性を明確に示した.

結論

本開発研究の成果と,本開発研究によって得られた普遍的成果を以下に述べる.

本開発研究の成果は,ウェアラブルヘルスケア機器を開発したことである.具体的には循環動態モニタリング端末の開発とエネルギ収支モニタリング端末の開発,および将来必要となる歩行速度検出技術と自動発電技術の開発を行ったことである.

本開発研究を通じて得られた普遍的な成果としては,以下4点が挙げられる.

ウェアラブルヘルスケア機器の必要要件が,(a)軽量小型(b)非侵襲(c)無拘束であることと,ウェアラブルヘルスケア機器の特徴が24時間計測であり,多くのアプリケーションに対応する検出情報が,日常生活中の循環動態と,行動あるいは運動量に限定されることを示した.さらに以上を鑑みて,必要な情報が脈拍,加速度,角速度であることを明確にした.

上記アルゴリズム開発の結果,ウェアラブルヘルスケア機器における上記センサの有用性を定量的に評価した

脈拍,加速度,角速度のヘルスケアへの応用は上記日常生活中の24時間モニタリングに有用であるのみならずその他,特にストレス評価とスポーツに適用可能であることを示し,本開発研究の成果の普遍性を明確にした.

本開発研究は,腕時計関連技術の利用を前提としたウェアラブルヘルスケア機器開発を目的としたものではないが,結果として開発要素に対していくつかの腕時計技術が利用された.特にセンサの微細加工技術,駆動技術,発電技術等において,腕時計関連技術のヘルスケア適用性が示された.

ウェアラブル生体情報システムの概念図

試作した循環動態モニタリング端末の外観

試作したエネルギ収支モニタリング端末の外観

デジタルテープメジャー用自動発電機の外観

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「ウェアラブル生体情報端末の開発研究 (Development of Wearable Information Devices for Human Healthcare)」と題し,全6章からなっている.生活習慣病の一次予防を目的に,日常生活中に常時生体情報を計測する小型軽量なウェアラブルヘルスケア機器を開発している.具体的には,循環動態モニタとエネルギ収支モニタを対象に,計測アルゴリズムおよび電源デバイス考案,心電計・加速度計・脈拍計などを実装した新しい小型センサ端末の開発を行っている.

第1章「序論」では,生活習慣病の1次予防の重要性に触れ,著者が提唱するウェアラブル生体情報システムに関して,その有用性と従来の据え置き型のヘルスケアシステムに対する優位性を説明している.関連して,ウェアラブルヘルスケアの最も有用なアプリケーションである循環動態モニタとエネルギ収支モニタを対象として,特に日常生活運動検出の重要性を明示している.さらにウェアラブルヘルスケア機器の必要要件について示し,端末開発の技術的課題について述べている.

第2章「定性的な行動識別技術の検討」では,循環動態モニタリング端末を開発している.心電図と3軸加速度,3軸角速度を24時間計測可能な携帯型センサユニットの最適設計法を述べている.さらに日常生活における基本的な5つの行動パターンを抽出して,上下方向加速度と前後方向軸まわり角速度の出力から上記行動パターンを定性的に識別するアルゴリズムを提案し,上記アルゴリズムの妥当性を評価している.また上記行動識別のために必要なセンサを限定することで,センサユニットを軽量小型化,省電力化する手法を示している.

第3章「運動の定量評価技術の検討:エネルギ収支モニタリング端末の開発」では,エネルギ収支モニタリング端末を開発している.日常生活レベルの軽負荷運動における消費カロリの高精度測定のためのアルゴリズムを提案している.具体的には運動中の安静時に対する脈拍数の差分と酸素摂取量の差分の相関を用いたカロリ計算法を提案し,実測によりアルゴリズムの妥当性を評価している.また上記アルゴリズムを実装したウェアラブルPCと脈拍センサからなる測定システムを構築している.

第4章「運動の定量評価技術の検討:歩行速度検出技術の開発」では,第3章のエネルギ収支モニタリング端末を心理状態や外乱に強いシステムへ発展させるために,絶対的な尺度となる歩行速度計測技術について述べている.具体的には,足首に装着した加速度センサ出力と,データベース化された一般的な足首角度振幅情報から作成された足首角度の擬似波形から水平方向速度を導出するアルゴリズムを提案し,実測によりその妥当性を検証している.

第5章「システムへのエネルギ供給に関する検討」では,上記循環動態モニタリング端末,エネルギ収支モニタリング端末をはじめとするウェアラブルヘルスケア機器に必要な,小型高効率なエネルギ供給デバイスについて述べている.人間の動作により自動発電する発電機を製作し,デジタルテープメジャーに組込み,無給電で動作するウェアラブル情報機器を開発している.発電機は,腕時計に実装されている自動発電機AGSを改造したもので,テープ引張り動作を利用して液晶表示可能な電力を得ている.また,人間の動作による発電機を分類整理し,スポーツをはじめとするヘルスケア機器への適用可能性を示している.

第6章「結論」において,以上で得られた結果を総括している.

以上のように,本論文は,循環動態モニタリング端末の開発とエネルギ収支モニタリング端末の開発を行い,従来の据え置き型ヘルスケア機器では不可能とされてきた軽量小型で非侵襲24時間計測を可能とするウェアラブルヘルスケア機器を実現している.また将来必要となる歩行速度検出技術と自動発電技術の開発を行っている.24時間計測が有用なアプリケーションに対応する検出情報が日常生活中の循環動態と行動あるいは運動量に限定されることが示され,また想定される制約条件下で有用なセンサが脈拍センサ,加速度センサ,角速度センサであることが明示されている.さらに,ウェアラブルヘルスケア機器において,微細加工技術,センサ技術,制御技術,発電技術などにおいて,腕時計技術が種々適応可能なことを示し,従来産業の新分野への発展可能性を示唆している.本成果は,人工物と人間のインタフェイスに関する新しい知見を示すもので,人工環境学ならびに人間環境学の発展に寄与するところが大きい.

なお,本論文第2章,3章,5章は,保坂寛,板生清,苗村潔,太田暁生,水谷隆,佐々木健,柴建次,杉本千佳,丹治宏彰,古田拓也,松本博志,小見正幸との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる.

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