学位論文要旨



No 119511
著者(漢字) 陳,媛
著者(英字)
著者(カナ) チン,エン
標題(和) 軟組織における力学・電気化学現象の三相理論に基づく非線形有限要素解析
標題(洋) Nonlinear Finite Element Analysis of Mechanical Electrochemical Phenomena in Hydrated Soft Tissues Based on Triphasic Theory
報告番号 119511
報告番号 甲19511
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第59号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 陳,献
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

関節軟骨や椎間板のような生体軟組織はプロテオグリカン凝集体やコラーゲン線維からなる細胞外基質と重量にして約80%の水分より構成されている。プロテオグリカン凝集体は強い陰性荷電を持つグリコサミグリカンを含める[1]。陰性荷電に起因する浸透圧(osmotic pressure)が膨張効果を生じ軟組織の粘弾性挙動に影響を与える一方,力学的負荷による歪みはプロテオグリカンに固定される陰性荷電密度を変化させ,軟組織内における電気化学的平衡の変化をもたらす。このような力学・電気化学現象による基質内静水圧,水分含有量,イオン組成及び浸透圧の変化は細胞代謝に大きく影響を与えるので,軟骨や椎間板の変性病変の病因を解明するためには力学・電気化学的連成を考慮する必要がある。

これに関連する研究として,飽和多孔質体にイオンの拡散を考慮した多孔質弾性体理論[2]及び混合体理論に基づく三相理論[3]が提案されている。多孔質弾性体理論では軟組織の固体線維部分と流体の運動方程式にイオンの拡散を表す Fick 拡散定理を加えて軟組織の挙動を記述する。大変形問題においては変形前の固体 skeleton を参照配置として扱う。一方,三相理論では軟組織を固体相と流体相及びイオン相からなる3相混合体として扱い,各相が巨視的に同じ空間位置を同時に占有すると仮定して連続体理論に基づく定式化を行う。しかしこの理論では混合体に対して大変形解析に必要な参照配置を定義てきないため,大変形問題への適用が困難である。そこで,本研究では数学的厳密性と物理的明確性を持つ連続体力学に基づく3相理論に着目し,変形前の固体相を参照配置として三相理論の基礎式を参照配置への変換を行うことにより,3相理論の大変形問題への適用を可能にする。さらに,重み付き残差法により大変形三次元非線形有限要素解析の定式化を行い,非圧縮及び電気的中性条件を直接導入することにより,軟組織における固体相の変位,流体相の相対速度,イオン相の相対モル流束,静水圧及び電気ポテンシャルを同時に求めることができる。また,以上の定式化に基づく数値解析を通じて三相構造の力学特性及び電気化学効果の影響に関する基礎的検討を行い,これにより生体軟組織細胞の生理活動を行う組織内の力学・電気化学環境に関する知見を得ることを目的とする。

三相理論では軟組織を固体相(プロテオグリカン凝集体やコーラゲン繊維),流体相(間質液)及びイオン相からなる混合体として,巨視的に同じ空間位置を同時に占有する各相を表すため,各相の微小実質体積dVαの混合体微小体積dVに対する比を体積率φαとして次のように定義する。〓

ここで添え字αは固体(s),流体(w),陽イオン(+)及び陰イオン(-)を表す。固体相と流体相に関する非圧縮性仮定,軟組織における電気的中性条件及び無化学反応の条件を考慮して流体相,イオン相及び混合体の運動方程式は次のように導かれる。〓

但し,混合体体積における各相の見かけ質量密度ραは実質質量密度ραγからρα=φαραγと定義され,σ=σs+σw+σ++σ-は混合体の応力,μwは水分の化学ポテンシャル,μ+及びμ-は陽イオン及び陰イオンの電気化学ポテンシャル,R及びcαは気体定数及び単位流体体積におけるイオンモル濃度である。fαβ=fβαは各相間の相対運動に対する抵抗を表す摩擦係数であり,透過度及び拡散係数dαとの間で〓の関係がある。また,イオン相の体積を無視して固体相及び流体相の非圧縮性仮定より〓が成り立つ。ここでvαは各相の速度,〓は固体・流体間の見かけの相対速度である。cF及びc+,c-を混合体単位体積における陰性荷電密度及び陽イオン,陰イオンモル濃度として,陰性荷電の存在による軟組織内の電気的中性条件は次式となる。〓さらに,境界においては力学的及び幾何学的境界条件の以外に,化学的及び電気化学的境界条件を満たす必要がある。

しかし,上述基礎方程式を大変形問題に適用する場合,軟組織の変形に伴う流体及びイオンの流れにより,大変形解析に必要な混合体の参照配置を定義できない。そこで,本研究では変形前の固体相を参照配置として定義すると共に.流体の相対速度及びイオンの相対モル流束を参照配置へ射影することにより,3相理論基礎式の参照配置への変換を行う.これにより式 (2)〜(6) に対応して大変形における軟組織の挙動を記述する基礎方程式は次のように導かれる.〓ここで K及びDα (α=+,-)は参照配置における透過度及び拡散係数, W及びJα(α=+,-)は参照配置における流体相対速度及びイオン相対モル流束,M+及びM-は陽イオン及び陰イオンの原子量,は第1 Piola-Kirchhoff 応力,Cαは参照配置におけるイオン体積モル濃度である。また,W=Qの関係が成り立つ。透過度及び拡散係数は計測可能な材料定数であり,固体相の歪みエネルギー関数及び境界条件として外力,境界変位,外部イオン濃度,静水圧及び電気ポテンシャルを与えれば式 (7)〜(11) を解くことができる.

上述の複雑な微分方程式を実用問題に対して解析的に解くことが極めて困難であるため,数値解析手法を導入することが必要である.本研究では重み付き残差法及び変分法に基づく非線形有限要素解析の定式化を行う.重み付き残差法においては許容関数空間から選ばれた試行関数を重み関数とする Galerkin 法を用いると,速度型汎関数に非圧縮条件及び電気的中性条件を Lagrange 未定乗数法により導入した変分法と等価になり,有限要素解析における弱形式は次のように得られる.〓上式を離散化すると,節点における固体の変位,流体の相対速度,イオンの相対モル流束,静水圧及び電気ポテンシャルを変数とする非線形方程式が導かれる.さらにこの非線形方程式の解を Newton-Raphson 法により反復的に求めるため,上式を微分することにより接線剛性マトリックスが得られる.なお,時間進行として後退 Euler 型時間積分アルゴリズムを適用して解を求める.

上述定式化に基づき解析プログラムを作成し,軟骨における confined と unconfined 圧縮問題について解析を行った。まず,confined 問題に対して有限要素法による計算結果と有限差分法の計算結果との比較,また unconfined 問題に対してはイオン効果を取り除いた解析結果と2相理論[4]の解析解との比較により開発したプログラムの有効性を検証した.さらに,数値解析例を通じて,大変形による非線形性と電気化学効果の影響に関する基礎的検討を行った。図1に示すように confined 圧縮において三相理論による解析結果 (triphasic) と電気化学効果を無視した二相理論による解析結果 (biphasic) との差はイオンによる浸透圧を表している.また,unconfined 圧縮において正弦波形負荷に対する stream potential の位相差は実験結果と同様な傾向を示している(図2).さらに,最近の研究では力学的刺激に対する軟組織における生化学的環境変化が細胞の代謝及び細胞外基質の合成に及ぼす影響は明らかにされつつあるため,本研究では力学的刺激に対する軟組織内の力学・電気化学環境の変化について実験結果と比較しながら,細胞の代謝及び細胞外基質の合成に対する影響についての検討を試みた。

Fig1 Stress relaxation of confined compression

Fig2 Phase angle of streaming potential by FEM

Maroudas A., Physicochemical properties of articular cartilage in : Adult Articular Cartilage, Freeman M. A. R. (ed) 1979 : 215-290 Pitman Medical Kent U. KSimon B. R., Liable J. P., Pflaster D., Yuan Y., Krag M. H., A Poroelastic Finite Element Formulation Including Transport and Swelling in Soft Tissue Structures, ASME Journal of Biomechanical Engineering, 1996 118 : 1-9Lai W. M., Hou J. S., Mow V. C., A Triphasic theory for the swelling and deformation behaviors of articular cartilage, ASME Journal of Biomechanical Engineering 1991 113 : 245-258Mow V. C., Kuei S. C., Lai W. M., Armstrong C. G., Biphasic creep and stress relaxation of articular cartilage in compression : theory and experiment ASME Journal of Biomechanical Engineering, 1980 102 : 73-84
審査要旨 要旨を表示する

本論文は生体軟組織を対象として,「軟組織における力学・電気化学現象の三相理論に基づく非線形有限要素解析」と題し,6章よりなる.

関節軟骨や椎間板などの生体軟組織は間質液とプロテオグリカン凝集体やコーラゲン繊維で構成される2相性構造を持ち,さらに強い陰性荷電を持つグリコサミノグリカンがプロテオグリカンに含まれている.このような構造における力学並びに電気化学挙動は細胞代謝に大きく影響を与え,軟骨や椎間板の変性病変の病因を解明するためには力学・電気化学的連成を考慮した解析が必要となる.これに関連する研究として,プロテオグリカン凝集体やコーラゲン繊維と間質液をそれぞれ固体相と流体相として扱うと同時に,イオン相を取り入れる3相理論が提案され,軟骨や椎間板などの生体組織,さらには人工軟組織材料の力学・電気化学現象の解明に応用されている.しかし、3相理論の大変形問題への解析的適用は困難であり,また数値解析も理論の複雑さにより従来ほとんどなされてこなかった.そこで本論文は3相理論の大変形問題への拡張及び非線形有限要素解析手法の開発に的を絞って研究を行った.

第1章では本研究の背景,目的及び従来の研究がまとめられている.

第2章では3相理論の基本方程式,即ち連続方程式,運動量方程式,エネルギー方程式,エントロピー不等式,力学及び電気化学的構成則などの基礎理論を整理している.

第3章では3相理論を大変形問題へ拡張するための定式化が行われている.3相理論は軟組織を固体,流体及びイオン相が同時に同じ空間位置を占有する混合体として定式化されている.軟組織の大変形を考慮する際,ある時刻において同一空間位置を占めるイオン相,流体相と固体相は変形に伴う移流により分離していくため大変形解析における参照配置を定義することはできず,これまでに3相理論は微小変形問題のみに適用されてきた.そこで本論文では固体相の変形に着目し,変形前の固体相を参照配置として,3相理論の基礎方程式を参照配置へ変換することにより,大変形問題における3相理論の定式化を行った.変換の際に流体相及びイオン相の軟組織に対する相対速度の参照配置への写像は,現時刻における単位時間内軟組織の微小体積から流出する流体体積及びイオンモル数を保つように整合性がもたれている.

第4章では拡張した3相理論に基づく非線形有限要素解析の定式化が行われている.第3章で得られた大変形における3相理論の基礎式は解析的に解くことは困難であるため,本論文では重み付き残差法及び変分法に基づく非線形有限要素法の定式化を行った.重み付き残差法においては許容関数空間から選ばれた試行関数を重み関数とすると,速度型汎関数に非圧縮条件及び電気的中性条件を Lagrange 未定乗数法により導入する変分法と等価になることが証明され,有限要素解析における弱形式の方程式が得られた.さらに離散化を行うことにより,節点における固体変位,流体相対速度,イオン相対流束,静水圧及び電気ポテンシャルを変数とする非線形方程式,及び非線形方程式を解くための Newton-Raphson 法における接線剛性マトリックスが導かれた.

第5章では第4章の定式化に基づく解析プログラムを作成して数値解析を行った.まず,典型的実験配置である confined 及び unconfined 問題について,差分法及びイオン効果を取り除いた2相理論の解析結果と比較することにより開発したプログラムの有効性を検証した.また,イオン相による電気化学効果が軟組織の粘弾性特性,内部流体の流れ,電気ポテンシャル分布に及ぼす影響について基礎的検討を行い,解析結果は実験結果と同様な傾向を示すことを確認した.さらに,電解液に置かれた軟骨の自由膨張(free swelling)が軟骨内の固定陰性荷電分布により軟骨のゆがみを引き起こす現象についての解析を行った.この問題は大変形による強い非線形性を有しており,解析は実験と比較して良好な結果が得られた.

第6章では以上の成果を総括し,将来の展望を述べている.

以上を要するに,本研究は従来微小変形における生体軟組織の力学・電気化学挙動を対象とした3相理論を大変形問題へ拡張し,これに基づく非線形有限要素解析定式化を行うことにより,これまで解析が困難であった大変形を伴う生体軟組織における力学・電気化学連成現象の数値解析手法を開発したものであり,本研究の成果は生体力学,医学,再生医工学などに寄与するところが大きい.なお,本論文第4, 5章は,陳 献,久田 俊明,との共同研究であるが,論文提出者が主体となって開発及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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