学位論文要旨



No 119518
著者(漢字) 原,圭史郎
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ケイシロウ
標題(和) 下水汚泥管理システムのサステイナビリティ評価について : 東京都およびヨーテボリのシステムを例に
標題(洋) Sustainability Assessment for Sewage Sludge Management System : Case Studies in Tokyo and Gothenburg
報告番号 119518
報告番号 甲19518
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第66号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 清家,剛
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

下水道システムは、人間生活にとって欠かかすことのできない重要な社会基盤の一つである。この下水の処理に伴って排出される「下水汚泥」は、高度処理の普及や合流式下水道の改善に伴い、今後も排出量が増加していくことが予想されている。国内外を問わず、汚泥の処理処分や再資源化に対して様々な取り組みが行われているが、大量に排出されている下水汚泥を、効率的かつ持続可能な形で管理するシステムの構築が求められている。

下水汚泥管理システムの設計には、都市の社会経済的、地理的、文化的背景が反映される。たとえば東京都の場合、最終処分場の枯渇という問題に直面していることから、処分場に流れていく処理汚泥の量を減らすことを念頭にして汚泥管理システムが構築されている。その結果、焼却処理による汚泥減量化や、処理された汚泥を使用した「再資源化」などが推進されている。例えば東京湾臨海部に立地する「南部プラント」において、汚泥を利用したメトロレンガ、スラジライト(軽量細粒材)、溶融スラグ等が製造されており、建設資材などとして利用されている。一方、スウェーデンでは、汚泥中のリン資源の回収やリサイクルなどといった、汚泥中からの資源回収が議論の中心となっており、汚泥減量化を目的とした焼却工程を組んでいる汚泥処理場は、現在のところほとんど存在しない。

このように社会背景や制限要素などを反映して、地域ごとに異なった汚泥管理システムが設計されているわけであるが、地域性を考慮したうえで、最適かつ「持続可能な」汚泥管理システムを追求していく必要がある。本研究は、東京都とスウェーデンのヨーテボリ市をケーススタディとして取り上げ、サステイナビリティ(持続可能性)の観点から、それぞれの都市で採用されている汚泥管理システムを評価することを主な目的とした。

従来、システムにおける環境負荷側面の評価に関しては、評価手法も含め研究が進んでいるが、サステイナビリティ(持続可能性)という概念の評価に関しては、体系だった手法が存在しない。その理由のひとつには、持続可能性という概念自体の定義づけが難しいこと、そして持続可能性は、環境負荷の側面のみならず、経済的な側面、社会的な側面をも含めた多面的アプローチが必要であるため評価が複雑となること、などが挙げられる。本研究では、持続可能性を測るための「指標群」(サステイナビリティ・インディケーター)を体系的に構築し、それらの指標に基づいて評価を行い、両都市の汚泥管理システムを「サステイナビリティ(持続可能性)」の観点から考察した。また、評価結果に基づいて、それぞれの汚泥管理システムについて特徴を抽出し、汚泥管理方策の将来の方向性についても考察することにした。

持続可能性を測るための指標については、国際機関をはじめ、世界的に研究や提案がなされてきたが、標準的な土台はいまだに構築されていない。また、いくつか提案されている手法についても、指標を評価した後の、持続可能性の観点からの最終的な解釈方法について、問題点や限界などが指摘されている。さらに、これら国際機関が提案している持続可能性評価手法は、国や地域レベルでの評価を対象としたものが多く、今回対象としている汚泥システムといった、システムレベルの評価へ適用した例は少ない。

本研究では、まず、持続可能性を測る指標群を構築するための手順・フレームワークを提案するところから始めた。その提案された手順をもとに、両都市における汚泥管理システムを評価するための「指標群」を実際に構築した。その際、地域性やシステムの特徴なども考慮し、かつ客観性・一般性も持たせた上で、指標の選別を行った。

指標構築のための手順であるが、まず持続可能性を評価するために着目すべき視点として、汚泥管理システムについての「経済的側面」、「環境側面」、「社会的側面」、「管理システムの技術や機能の側面」の、大きく4つの視点を挙げた。4つの視点への分割については、東京都、ヨーテボリのケースともに共通である。この4つの視点はさらに細かい基準(Criterion)に分けられる。たとえば、「環境側面」については、汚泥管理システム稼動のために「消費された資源量」、汚泥処理システム稼動に伴う二酸化炭素排出などの「直接的な環境負荷」、資源を消費することから「誘発される環境負荷」、「健康リスク」、「効率性」などの基準に分けられ、最終的にこれらの基準を評価するための指標群が提案された。

東京都、ヨーテボリのケーススタディそれぞれ同じように、1995年度、1997年度、1999年度、2001年度の2年度ごと4ヵ年について、選別された指標群すべてに関して評価を行い、1995年から2001年までの間の、指標の評価値の変化を観察した。たとえば、「エネルギー消費量」という指標が1995年度から2001年度にかけて減少していれば、エネルギー消費(資源消費)の観点から改善の方向に向かっており、システムのサステイナビリティに、環境の側面において貢献している、という評価を行う。このように、本研究においては、経年変化のアセスメントを行うというアプローチを取った。

東京都でのケーススタディの結果、処理された汚泥量は、1995年度から2001年度まで増加しているにもかかわらず、エネルギー消費量、脱水助剤などといった汚泥処理システムにおける「消費資源量」は、概して減少傾向を示した。経済的視点のコスト評価でも同じように減少傾向を示し、これらの結果から、東京都は、資源などの投入量について効率的な汚泥管理システムへと移行していることが示唆された。このような変化がおきた背景としては、評価が行われた1995年から2001年の間に、とくに再資源化工程が効率的なシステムへと変更したことが大きく関係していることがわかった。東京都は、南部プラントで稼動していた再資源化システムを大幅に変更してきており、固形燃料化(RDF)などエネルギー消費負荷の比較的大きい再資源化プロセスを中止し、軽量細粒材など、エネルギー効率性のよい製造工程を導入することによって、再資源化システム全体でのエネルギー効率性を改善したことが本研究の評価により確認された。一方、汚泥処理システムからの「直接的な環境負荷」(地球温暖化ガスや、酸性化ガスなど)に関しては、必ずしも期間中に減少しておらず特に酸性化ガスについては逆に増加傾向が見られた。処理汚泥の増加に伴って、焼却処理工程の稼動が増えたことが直接負荷の増加に関与していると考えられる。汚泥処理の一部である「消化工程」からのエネルギー回収については、1995年から減少傾向を示しており、エネルギーのリサイクル、有効利用の観点からは悪化していることがわかった。本研究では、汚泥の潜在的なエネルギー量を示したうえで、今後の展望として、消化工程のガスや焼却工程からの廃熱エネルギーを積極的に回収し、汚泥処理・管理システム内で循環、再利用することを提案した。

ヨーテボリのシステムに関しては、処理汚泥の増加とともに、処理システムでの「消費された資源量」は1995年から2001年にかけて単純に増加の傾向を見せた。また、経済視点のコスト評価でも同様に、汚泥処理システム内で必要であったコストは増加している。東京都と異なり、ヨーテボリの汚泥処理システムでは調査期間中にシステムの大きな変更はなく、汚泥の増加に伴って資源消費量が増加したと考えられる。ただし、ヨーテボリのシステムには、焼却工程や、レンガ製造など燃料を消費する工程がないことから、システムの稼動に伴う、地球温暖化ガスや酸性化ガスの排出といった「直接的な負荷」は理論的にはほとんど皆無である。また、ヨーテボリのシステムで特徴的なのは、消化工程からのエネルギー回収を積極的に行っており、処理システム系内で、エネルギー資源の有効活用を行っている点である。また、回収されたエネルギーの一部は、ガス会社によって購入されることから、この分の歳入を確保することができる。これらの歳入は、ヨーテボリの汚泥処理システム運転のために経済的側面から大きく持続可能性に貢献していることも評価結果から示唆された。

以上は、「経済側面」、「環境側面」、「社会側面」、「技術と機能に関わる側面」という4つから見た多面的な評価により判明した結果の一部である。本研究のケーススタディを通して、指標群を使用し、多面的にかつ経年的に評価を行うことで、対象システムの持続可能性に関する動向、また、システムの特徴や改善点などを抽出することが可能であることがわかった。

本研究では、持続可能性を評価するための指標群について、できるだけ客観的に構築するための手順・フレームワークを提案したが、今後さらにこの指標群の構築方法に一般性を持たせ、様々なシステムの評価につなげることが課題である。また、経済的側面や、環境的側面に関してはデータを使った定量的評価が可能であったが、社会的側面などに関してはそのような定量評価が困難である。定性的な判断や評価をどのようにシステム全体の「持続可能性」の全体評価に組み込んでいくか、ということも今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

現代社会に不可欠な社会基盤の一つである下水道システムにおいて排出される廃棄物に下水汚泥がある。本論文は、その下水汚泥の処理・処分・再利用システムを対象として、技術システム自体の「持続可能性(サステナビリティ)」を評価する手法を論じたものである。サステナビリティという概念は地球環境全体あるいは人類全体を対象に論じられることが多いが、サステナビリティ実現のための具体的な行動指針の議論になると常に社会的背景や地理的な制約条件が大きく影響して、合意に至るのが難しくなる。地域性を考慮したうえで、最適かつ「持続可能な」汚泥管理システムを追求していく必要がある、との立場から、本研究は、日本の東京都とスウェーデンのヨーテボリ市をケーススタディとして取り上げ、持続可能性の観点から、それぞれの都市で採用されている汚泥管理システムを評価することを主な目的としている。

本論文は4編・10章からなる。第I編は第1章「Introduction」から成り、本研究の背景・目的・構成が述べられている。

第II編は「Studies on sludge management policy and sustainability assessment」と題し、本研究で対象とする汚泥管理システムやその評価手法について整理している。ここに第2、3.4章が含まれる。第2章は「Sludge management policy and its background (Tokyo and Sweden)」、第3章は「Life Cycle Assessment for environmental system analysis」、第4章は「Sustainability Indicators」であり、これらの章において持続可能性を測る指標群を構築するための手順・フレームワークを提案している。

引き続く第III編が本論文の核心部であり、「Case studies in Tokyo and Gothenburg」の表題のもとに第5-9章の5つの章が収められている。

第5章「Sludge management system in Tokyo and Gothenburg」においては、本研究で研究対象として取り上げた2つの都市、東京とヨーテボリの汚泥管理システムについて現状を調査した結果をまとめている。

第6章は「Development of sustainability indicators for sludge management system in Tokyo and Gothenburg」であり、両都市における汚泥管理システムを評価するための「サステナビリティ・インディケータ」群を実際に構築している。その際、地域性やシステムの特徴なども考慮してインディケータの選別をおこなっている点が特徴である。まず持続可能性を評価するために着目すべき視点として、「経済的側面」、「環境側面」、「社会的側面」、「管理システムの技術や機能の側面」の4つをかかげ、さらに細かい基準(Criterion)に分割する手法をとった。たとえば、「環境側面」については、汚泥管理システム稼動のために「消費された資源量」、汚泥処理システム稼動に伴う二酸化炭素排出などの「直接的な環境負荷」、資源を消費することから「誘発される環境負荷」、「健康リスク」、「効率性」などの基準に分けられ、最終的にこれらの基準を評価するためのインディケータ群を提案した。

第7章「Assessment of sludge management system: Case study in Tokyo」および、第8章「Assessment of sludge management system: Case study in Gothenburg」において、東京とヨーテボリにおける汚泥管理システム評価のためのケーススタディを実施してる。1995年度、1997年度、1999年度、2001年度の2年度ごと4ヵ年について、選別された指標群すべてに関して評価を行い、1995年から2001年までの間の、指標の評価値の変化を観察した結果、東京については、汚泥の持つ潜在的なエネルギー量を示したうえで、今後の展望として、消化工程のガスや焼却工程からの廃熱エネルギーを積極的に回収し、汚泥処理・管理システム内で循環、再利用することを提案している。また、ヨーテボリについては、エネルギー回収を積極的におこなっていることがその環境負荷のみならず経済面でも大きく持続可能性に貢献していることを明らかにした。

第9章は「Discussions on sustainability assessment」であり、「経済側面」、「環境側面」、「社会側面」、「技術と機能に関わる側面」という4つの視点から持続可能性を評価するサステナビリティ・インディケータ群を選び対象システムの持続可能性を評価するという本研究で提案した手法の総合的評価をおこなっている。

最後に第IV編、第10章「Conclusions」において本研究で得られた成果をまとめている。

以上、本論文は、人類が将来にわたって地球環境で生存していく上で重要なサステナビリティ(持続可能性)を評価する枠組みとして、「サステナビリティ・インディケータ」という概念を下水汚泥の処理・処分・再利用技術システム評価に当てはめるるとともに、東京とヨーテボリという2つの都市の汚泥管理システムにその手法を応用して有用性を示した。その成果は、サステナビリティ評価手法の体系化に重要な基礎を与えており、環境学の発展に大きく寄与するものである。

なお、本論文の第III編は、味埜俊、佐藤弘泰との共同研究であるが、本論文の内容については基本的に論文提出者が実施し、分析、検証をおこなったものである。論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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