学位論文要旨



No 119521
著者(漢字) 松本,渉
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ワタル
標題(和) NPOの組織化原理と環境状況
標題(洋) Organizing and Environment in the Third Sector
報告番号 119521
報告番号 甲19521
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第69号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松原,望
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 助教授 清水,剛
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、まずNPO が社会での役割を十分に果たすため組織化を求められており、その期待に応える形で組織作りを進め、組織的に運営していこうとする動き(組織化原理と呼ぶ)が現実にあることを述べる。次に、その延長上に、組織として成長することも求められていること、そして、それゆえ、組織として成長したNPO が社会のなかで効率的に存在できるという展望を論じる。

本論文は、3 部構成となっている。第1 部では、研究の基本的な枠組みを設定する。第2部では、組織の形成と成長、すなわち組織化の現状を示し、組織としての成長の重要性を見出し、今後のNPO の組織作りに向けた示唆を得る。その観点から組織の環境状況との関係も触れる。第3 部では、第2 部におけるNPO の組織化の考察を踏まえ、NPO が組織として成長する重要性を確認し、組織として成長できる可能性を論じて結びとする。

以降、それらの内容を章立てにそって具体的に述べる。

第1 部は、第1 章から第3 章までの各章で構成されている。

近年、NPO の社会での役割期待が高まり、学問的にも重要となっている。ところが自発的な活動を出発点に注目を浴びたこともあり、参加者の統制につながるようなNPO の組織化に対して必ずしも肯定的な見解ばかりではない。そこで、本論文では、組織化を、短期的には組織にとって制御不能な要因である環境状況を組織にとって制御可能な要因へ読み替える方策と捉える。その結果、まず社会での問題解決に対応して、NPO でも組織化が現実に求められており、NPO もその期待に応えようとしている現実を見出す。しかも、NPOによっては、さらに組織として成長することも求められており、それ故、組織として成長を遂げても社会で効率的に存在できるという展望を論じる予定である。(以上、第1 章)

ところで、NPO 研究では、研究対象の定義が混乱した状況にあり、そのために研究の理解を複雑にしている。そこで第2 章では、まず研究の系譜と提案されてきた定義を概観し、それらの問題点を整理した。その結果、暫定的なNPO の定義が必要であることを認めつつも、より綿密な概念理解のためは、本論文のようなNPO の組織としての成長を視野に入れた動学的なNPO の組織研究の必要であると考えられた。

第3 章では、具体的な分析に先立ち、NPO 研究における調査上の問題を述べ、NPO 研究に適した調査姿勢についての見解を述べている。具体的には、NPO の組織調査では、費用的・時間的な制約から調査対象の数に限界が生じることがあるので、研究の対象や状況によっては、調査対象の数に拘泥しすぎないほうが合理的である可能性を述べている。

第2 部は、第4 章から第7 章までの各章と、第5 章に関連した補論1、第6 章に関連した補論2 と補論3、第7 章に関連した補論4 によって構成されている。

第4 章では、存在理由に立ち返って、NPO の活動に対する考え方との組織の形成を主とした組織化との関係を明らかにする。すなわち、NPO 自身の存在意義を重視する存在重視型と社会での問題解決を重視する問題解決型の2 種類に分類し、その違いがNPO の組織化に与える影響の現状を論じた。具体的には、日本のNPO の実証研究を通じて、存在重視型のNPO よりも、企業や政府では担いきれないニーズに応えることを重視している問題解決型のNPO の方が、組織化することを明らかにした。

第5 章では、組織として形成された後のNPO が成長する方向性の現状を実証した。具体的には、ネットワークを形成し、組織としての成長よりもセクター全体として成長するような構造をとっている現状などを指摘し、その維持メカニズムに中間支援を行うNPO 支援センターがかかわることと、そのような中間支援を行うNPO には、組織化が進んだものが多いことを述べた。しかし、これだけではNPO の今後の有るべき姿を論じることは難しい。

そこで、第6 章では、比較的組織化しているNPO 支援センターを題材に、助成する側の組織評価を検証することで、NPO の理想像を論じる。具体的には、助成財団の経験知から導かれる組織評価を細目化して、(1)組織の特性、(2)リーダーの特性、(3)企画力、(4)組織力の4 軸16 項目のデータを抽出し、それらと組織評価とを照合することで、その評価軸による説明力を調べた。その結果、この4 軸で財団側の審査ノウハウが凝縮された組織評価をほぼ再現できること、特に企画力と組織力は評価軸の中でも潜在的な決定力を有することも分かった。さらに、NPO が自律的な成長軌道に至ることが理想像であることも明らかになったが、そのためには、(3)企画力と(4)組織力の2 軸の充実を図った上で自主事業を展開し、時には階層を有するような大規模化を図って組織力をつけることが重要と考えられた。

第7 章は、第6 章で理想とされたような自律的な成長軌道に乗りつつあるNPO として、「霧多布湿原トラスト」の事例研究を行った。霧多布湿原トラストには、NPO の組織化に適した地域的な環境状況があるとは言えなかった。しかし、時間をかけて環境状況を操作することで、現在では、社会的な認知も高まり、NPO としては収入も多くなって、活動としても経営的にも成功するに至ったと言える団体である。その秘訣とも言える20 年近くのプロデュースの内容と団体の遍歴を述べ、価値観の異なる者同士の接触を通じて、問題意識を啓発化するという地道な努力によって、組織としての活動を成長軌道に乗せるに至ったという見解を示した。

補論1 では、中間支援を行うNPO でしばしば実践されている地域通貨について、それがNPO を支援するインフラとしてどのような意味があるか述べた。つまり、現金に代わる経営資源の運用ツールとしての期待が大きいという現状があるが、そのような目的には向いておらず、むしろ能力開発などの目的での利用を考えた方が良いことを論じている。

補論2 では、第6 章での組織評価の解明に際して、評価についての暗黙知から形式知への変換が見受けられたので、組織評価に関する知識の変換の可能性と重要性を確認し、知識転換の観点から見た場合の第6 章の研究の含意について議論している。

補論3 では、NPO 調査においては、データの数に拘泥することが必ずしも合理的ではないという第3 章での議論を踏まえた。つまり、統計分析を研究プロセスの一側面として利用できるという考えから、第6 章のように、判別分析の柔軟な利用によって、NPO の組織評価項目を解明し、実用的かつ有効にNPO を評価する簡便評価法が導けることを論じた。

補論4 では、有機的システムは不安定な環境に、機械的システムは安定的な環境に適合すると考えるコンティンジェンシー理論の枠組みをヒントに、第7 章で前提としたようなNPO にとっての環境状況の地域差の存在とその要因を確認した。具体的には、形成期の多くのNPO が有機的なシステムとして機能する現状を踏まえ、人口の移動が激しいなどの不安定な環境状況の方が適合的というマクロ的な傾向があるということを論じた。

第6 章の組織評価からNPO が自律的な成長軌道に乗ることが求められており、そして、第7 章の事例研究からそのようなNPO が芽生えている現実も確認できた。その先にあると考えられる組織としての成長についての可能性を論じたのが、第8 章から第10 章までの各章から構成される第3 部である。

第8 章では、組織としての成長の可能性を探るため、協働の組織化の成功の事例であるLinux をとりあげる。そして、Linux の成功の背後に、多くのNPO を支える米国内の制度的環境があるものの、企業との雇用関係など非制度的な環境の影響の重要性を指摘し、日本のNPO 参加者の背景を探ることで、そのヒントが得られる可能性を指摘する。

そこで、第9 章では、企業への信頼のあり方という非制度的な環境とNPO への参加との関係に注目し、「日本版総合社会調査JGSS」のデータを用いて、日本のNPO 参加者の背景を探った。その結果、労働組合の機能低下を通じて企業へのロイヤルティーが薄れ、それがNPO への参加を促す関係にあるということが分かった。そのことから、企業での利他的動機や親和動機が満たされない反動として、NPO への参加促進の可能性がうかがえたのである。ゆえに、日本企業が高度成長期に有していた共同体的機能が、近年になって弱まってきたことを考えると、親和動機や利他的動機の受け皿としての立場から、階層性などを導入したとしても、NPO が組織として成長することができると論じた。

第10 章では、ここまでの総括を行い、組織化原理の存在と組織成長の重要性と可能性を確認する。その上で、意思決定論と組織設計論の観点から、NPO が組織成長した場合の存在可能性の展望を補足する。具体的には、公的部門とNPO との間で、前者においてはネイマン=ピアソン流、後者においてはベイズ流という意思決定の違いがあると考え、階層性を伴って組織成長を遂げても公的部門との差別化を図れることを論じる。一方、コンティンジェンシー理論を前提とする組織設計論からは、より安定的な環境状況では階層構造を有するNPO の方がそうでない場合よりも効率的である。したがって、NPO が階層性を伴って組織成長を遂げた場合でも、そうでないNPO や公的部門の両者との対比的関係で効率的に存在できるような環境状況があると考えられ、そのことからもNPO の組織成長の可能性が支持されると考えられたの。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、まずNPO が社会での役割を十分に果たすため組織化を求められており、その期待に応える形で組織化を進め、組織的に運営しようとする動きを実証している。次に、その延長上に組織としての成長が求められており、同時に、組織として成長したNPO が社会で効率的に存在できるという展望を論じている。

本論文は、3 部構成で、10 章と4 つの補論から成る。

第1 部では、研究の枠組みを示している。

近年、NPO は、社会的にも学問的にも注目を集めて重要となっている。ところがNPO の組織化については必ずしも肯定的な見解ばかりではない。そこで、本論文では、まず社会の問題解決の役割に対応して、NPO でも組織化が求められており、NPO もその期待に応えるべく組織化している現実を示す。しかも、NPOによっては、さらに組織としての成長も求められており、組織として成長を遂げても社会で効率的に存在できるという展望を示す。なお、NPO の定義に関しては、混迷した学問的状況があるが、NPO の組織の時間的変化の描写を視野に入れた本研究は、その状況打開にも有用と考えられ、その点でも学問的意義がある。

第2 部では、組織化の現状を示し、組織成長の重要性を見出している。

まず、日本のNPO の組織化の現状を把握する実証研究を行っている。具体的には、NPO 自身の存在意義を重視する存在重視型と企業や政府では担えないニーズに応えることを重視する問題解決型の2 種類に分類し、前者よりも後者のNPOの方が組織化することを明らかにした。しかし、NPO の多くは、ある程度組織化するが、組織としての成長を積極的に進めるわけではなく、代わりにネットワークを形成し、セクター全体として成長する構造をとっていた。その構造維持には、NPO 支援センターなどの中間支援が関係していたが、中間支援を行うNPO 自体は、組織化が進んでいるという現状があった。

次に、NPO の今後の有るべき姿を探ることとした。そこで、比較的組織化しているNPO 支援センターを題材に、助成する立場の組織評価を検証することで、NPO の理想像を調べた。その結果、NPO が自律的な成長軌道に至ることが理想像として望まれていることも明らかになった。同時に、NPO が組織として成長するには、この企画力と組織力の充実を図った上で自主事業を展開し、時には階層を有するような大規模化を図って組織力をつけることが重要と考えられた。

この点「霧多布湿原トラスト」は、実際に自律的な成長軌道に乗ったNPO である。このNPO は、時間をかけて環境状況を操作して組織化を進めることに成功し、現在では活動としても経営的にも一応成功していた。組織運営を強化する方針も持っており、まさに自律的な成長軌道に乗るという動きが現実化していた。

第3 部では、第2 部の考察を踏まえ、組織成長の可能性を論じて結びを迎える。

米国等であれば、協働の組織化の成功事例は目につく。しかし、例えば米国と日本では、企業との雇用関係など非制度的な環境が異なる。そこで、この視点を念頭に、日本版総合社会調査のデータを用いて、日本のNPO 参加者の背景を探った。その結果、労働組合の機能低下を通じて企業へのロイヤルティーが薄れ、それがNPO への参加を促す関係が判明した。この点から、日本企業の昨今の共同体的機能の弱体化を踏まえると、親和動機や利他的動機の受け皿としての立場から、NPO が組織として成長しうる可能性があると考えられた。また、NPO が組織成長した場合でも、意思決定論の立場から行政より迅速な判断でき、かつ組織設計論の立場からは安定的環境下では成長以前よりも効率的と導かれるので、成長した場合の存在可能性はそのことからも支持されると結論づけている。

以上の内容を鑑みるに、本論文は、近年社会的にも学問的にも重要となっているNPO を研究対象としているが、NPO の機能を論じた多くの既存研究とは異なり、NPO という組織自体を正面から取り組んだ点で意欲的である。

さらに、組織の今後の成長を視野に入れて組織化という組織のダイナミズムを、日本のNPO について実証的に分析した点は画期的である。とりわけ、日本の現状において成熟段階に至ったNPO が無いなかで、第6 章で扱った組織評価という規範的手法で、NPO の組織の成長の今後の展望を論じた点は、特筆に価する。

最後に、結論として導かれているNPO の組織成長の重要性と可能性も、その主張自体斬新であり、社会的にも学問的にも大きなインパクトを与える挑戦的な内容として評価できる。

なお、本論文第6 章は、東京大学大学院経済学研究科教授、高橋伸夫氏との共著であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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