No | 119531 | |
著者(漢字) | 山本,直樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマモト,ナオキ | |
標題(和) | ベクトル表現による量子制御ダイナミクスの解析 | |
標題(洋) | Analysis of Controlled Quantum Dynamics by a Vector Representation | |
報告番号 | 119531 | |
報告番号 | 甲19531 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第12号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | システム情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年, 量子力学を利用した情報技術, 例えば量子コンピュータ, 量子通信, 量子暗号などが提案され,その研究が活発に行われている. これらの技術は古典的な実装によるものの性能を原理的に上回ることが知られており, ゆえにこれらの理論の物理的実現が望まれている. しかしながら, 解決しなければならない問題は非常に多い. 例えば, 量子力学的システム(量子系) は環境から受ける外乱(デコヒーレンス) に対して非常に弱く, 所望の量子状態を達成することが困難である. そこで, デコヒーレンスの下でも望ましい量子状態を安定に保持するための方法論が必要となる. これらの問題の解決に, 古典力学的システムを対象とする従来の制御理論を応用しようとする考えは自然である. そのような試みは1980 年代中ごろからはじまり, とくにフィードフォワード制御による方法が数多く報告されている. しかしフィードフォワードによる制御はロバスト性に欠け, 量子系が外乱に非常に弱いことを考慮すると, 制御法として十分でない. 一方, 1990 年に入って,「連続測定」に基づく一般的な量子系のフィードバック制御法が提案された. この方法では時間連続な測定データが得られるため, それを利用したフィードバック制御が可能となり, 実際, 様々な量子系の制御に応用された. 例えばスクイズド光の生成、量子通信における量子ビットの誤り訂正, デコヒーレンスの下での安定な純粋量子状態の生成などである. このように, 具体的な量子系に対して連続測定による制御法の有効性が示されてきた. しかし, この方法が一般的な量子系に対して適用可能であるにもかかわらず, コントローラの系統的設計手法は明らかになっておらず, 上記の例でもアドホックなコントローラが適用されている. その大きな理由は, 測定下の量子ダイナミクスが行列を変数とする非線形確率微分方程式で記述されており, さらに量子系特有の制御目標や拘束条件を扱う必要が生じて, コントローラ設計が難解であることによる. このように、連続測定によるフィードバック法がその利点を発揮するには量子制御ダイナミクスの構造解析が必要不可欠であり、それは系統的コントローラ設計の可能性を開くものである。また、システム構造が明らかになることは純粋に物理的知見が得られたことと等価であり、それは自然現象の解明という自然科学の方向性とも合致するものである。以上の背景のもと、本論文では量子制御ダイナミクスの構造解析を行う。とくに、量子系として有限次元のものを考察する。解析は制御理論の観点で行われるものであり、したがって安定性、平衡点解析、可到達性、可観測性など、コントローラ設計に重要な指針を与えるものを中心とする。 本論文では、まずシステム解析を可能とする定式化を行う。上に述べたように、ダイナミクスは行列変数の非線形確率微分方程式で記述されており, さらに拘束条件を有する。一方で, 従来の制御理論では系統だったシステム解析が行われており、それに基づいたコントローラの設計手法が得られている. このような成功の1つの大きな要因はダイナミクスがベクトル型微分方程式で記述され(状態方程式表現)、多くの解析ツールが整備されていることによる。例えば、局所可到達集合(後述) は「リー積」によるベクトル場上の演算で求まる。そこでシステム解析の基礎的な土台として、量子状態のベクトル表現を定式化し、それに基づくダイナミクスの表現を得た。このダイナミクスは拘束条件をもたず、システム解析に適した形式となっている。ベクトル表現のアイデアは自然であり他の手法も考えられるが、提案された手法が優位性をもつことが示される。 以下、論文の中心的課題である、ベクトル表現に基づいたダイナミクスの構造解析について説明する。まず平衡点解析とその安定性について。平衡点は状態遷移の重要な目標点となるもので、とくにそれが不安定であるとき、制御入力によって安定化することは制御理論の1つの大きな課題である。解析の結果、ダイナミクスの純粋状態(それは量子状態のうち、情報量の意味で最良のものである) が平衡点となる必要十分条件が導かれ、その空間的配置も明らかになる。それは一般に複数個存在し、とくに局所安定なもの、局所不安定なものの分類がなされる。一方でダイナミクスのアンサンブル平均についての解析もなされ、それはつねに大域的に安定であることが示される。このことは制御対象としてアンサンブル平均をとるか、もとの確率ダイナミクスをとるかで、大きくコントローラ設計の方針が異なってくることを表す。平衡点については、測定対象である物理量の依存性も考察され、とくに測定物理量と操作物理量の、平衡点の移動に関する性質が明らかとなる。 つぎにダイナミクスの(局所) 可到達性、可観測性について。可到達性とは、制御入力によって状態をいかなる空間に遷移させることができるかを明らかにする概念であり、また可観測性とは得られる測定データのうち、システムが本質的に有する量を明らかにする概念である。これらはいずれも定量的に評価でき、それを計算するツールが制御理論において開発されている。本論文では量子制御ダイナミクスはベクトル表現されており、したがって上記の計算ツールを直に適用することができる。その結果、従来物理学においても知られていなかった重要な性質が明らかになる. すなわち, 非連続の大域的な測定と異なり, 連続測定による量子状態の局所的な遷移はほとんど確定的であることが示される. これは測定による量子状態の大域的遷移と局所的遷移が、全く異なる性質を有することを意味し、純粋な物理的事実である。一方, 可観測性については局所と大域の差異がないことが示される。その他、アンサンブル平均の可到達性についても解析がなされ、新たな知見が得られる。とくに、いずれのダイナミクスでも測定対象である物理量と制御物理量が「両立」するとき、制御入力が可到達性、可観測性に影響を及ぼさないことが明らかとなる。これらの物理的事実は制御理論のツールを用いて初めて得られたものであり、本研究が自然科学としての役割を有することを意味する。 以上の解析は2次元量子システムであるスピン系へ適用される。とくにスピン系は不安定平衡点をもつことが示され、制御入力による不安定平衡点の安定化可能条件が導かれる。不安定平衡点は純粋状態の中間的重ね合わせ状態に対応し、一般のシステムの場合にも有用な制御目標状態となり得るものである。また、解析結果に基づいて、スピン系特有の性質を利用した1つのフィードバック制御法が提案され、シミュレーションによる検証も行われる。 最後に、量子状態のベクトル表現を用いた、制御理論の他のシステムへの応用が提案される。具体的には「量子チャンネル」のベクトル表現が得られ、制御理論において有用なツールであるLMI が応用される。量子チャンネルの入力量子状態は外乱により汚され、もとの入力量子状態とは異なる量子状態を出力する。そこで入出力関係を訂正する付加的なチャンネルを設計する必要が生じるが、従来ではある特定のチャンネルに対してのみ、完全な誤り訂正チャンネルが得られていた。これに対して、提案手法は一般的なチャンネルに対して、不完全であっても良好な誤り訂正を達成する不可チャンネルの設計指針を与えることに成功した。 まとめると、本論文では量子状態のベクトル表現に基づいた制御理論ツールの適用を軸に、量子制御ダイナミクスが有する様々な構造を明らかにした。これらの結果はフィードバックコントローラ設計の指針を与えるのみならず、それ自身、物理的知見として有用である。また、量子状態のベクトル表現が量子チャンネルへ適用可能され、有用な結果を導いた。 | |
審査要旨 | 従来より量子系の制御は重要な問題として認識されてきたが,特に近年の量子力学を利用した情報技術(量子コンピュータなど)の提案により,それを実現するためのフィードバック制御の開発が望まれている.これを受け最近,Wiseman により「連続測定」に基づく量子系のフィードバック制御法が提案され,また様々な量子系の制御(スクイズド光の生成,量子通信における量子ビットの誤り訂正など)への応用例により,連続測定による制御法の有効性が示されてきた.しかし,対象となる量子制御ダイナミクスは難解な方程式(作用素変数の,非線形確率微分方程式)で記述されており,ダイナミクスの構造解析は未解決となっていた.またそのため,方程式そのものは一般的な量子系を記述しているにも関わらず,コントローラの系統的設計手法はこれまで考えられておらず,上記の例でも発見的にコントローラが設計されていた.山本直樹君の博士論文の目的は,このような発見的制御系の設計に頼らず,従来の制御理論が目指してきた,系統だった量子制御系設計法を確立するための基礎理論を構築することであり,本論文において,それに足るだけの十分な結果が導出された.以下,論文の構成と内容について説明する. 1章では,上述した量子制御の研究の背景,本論文のアプローチと構成について説明される. 2章では,本論文で用いられる制御理論と量子ダイナミクスの基礎概念について説明される.制御理論に関するものでは,平衡点,安定性,可到達性・可観測性の定義,確率微分方程式およびそれらを解析するために必要な,数学の基礎概念と計算方法について説明される.一方量子ダイナミクスについては,シュレーディンガー方程式,観測,連続測定などが説明される. 3章では,本論文で鍵となる量子状態のベクトル表現を提案し説明している.近代の制御理論が状態空間表現をベースに展開されており,システムの解析と制御系設計のための豊かな知識とツールが用意されている.本論文では,そのような制御理論との整合性から,量子状態を等価なベクトル表現に変換することを考えている.ただし,ベクトル表現には量子力学系の制御理論の展開に耐えうる性質を持つ必要があり,場当たり的な表現では難しい.本論文では,そこで提案するベクトル表現が十分その性質を満たしており,以下で展開する解析に耐えうることを示している. 4章では,3章で定義したベクトル表現を用いた,量子ダイナミクスの微分方程式について説明している.特に変数変換が微分方程式に及ぼす変換操作についてや,後に用いられる確率微分方程式のストラトノビッチ形式について説明される. 5章では,4章で紹介されたベクトル表現に基づく量子ダイナミクスを扱い,その平衡点の解析を行っている.ここでは量子ダイナミクスの平均的振る舞いと解釈される「アンサンブル」と,微細な振る舞いを扱うべく確率項を含んだダイナミクスのそれぞれについて,各種条件下で平衡点を求め,唯一性,アンサンブル平衡点が純粋状態となる条件,混合状態が平衡点となる条件等を具体的に導出している. 6章では,5章で求められた各平衡点の安定性について解析している.平衡点は状態遷移の目標点となり得るもので,とくにそれが不安定であるとき,制御入力によって安定化される必要がある.本章では先の章と同様,量子ダイナミクスのアンサンブルと,確率項を含むダイナミクスについて,それぞれ平衡点の安定性について解析している. 7章では,可到達性と可観測性について解析している.可到達性とは,制御入力による状態遷移の難易さを表す概念であり,また可観測性とは,測定データを用いて,どの程度内部状態がわかるのかを示す概念である.3, 4章で導入されたベクトル表現に対して,制御理論において開発されているツールを適用することにより,これらの性質が容易に判定できることが示されている.また1つの具体的結果として,従来物理学においても知られていなかった,連続測定による量子状態の局所的遷移の次元について明らかにされている.この結果は自然科学の解明に,制御理論が本質的役割を演じる重要な一例であることを意味する. 8章では,応用上極めて重要なスピン系に対して,これまでの論文の結果を適用し,そのダイナミクスの解析を行っている.具体的に,制御入力による不安定平衡点の安定化可能条件が導かれ,また,解析結果に基づいて,スピン系特有の性質を利用した1つのフィードバック制御法が提案されている.またシミュレーションによる検証も行われている. 以上が量子ダイナミクスの制御に関する結果である.なお本論文では,導入したベクトル表現を用いることにより,量子力学系を用いた情報システムの一つである量子チャンネルについても,有用な設計法が導出されることを9章で示している. 最後に10章において,本論文のまとめを述べている.その学術意義をまとめると,以下のようになる.1.量子力学系に対する系統だった制御系設計のための,スタンダードとなりうる理論的枠組みを確立した.2.自然現象の理解に制御理論が本質的役割を演ずる具体的結果を示した. このように本論文の結果は,学術的にも,また量子コンピュータに代表される情報システムの実現のためにも十分な価値を有していると結論づけられる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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