学位論文要旨



No 119533
著者(漢字) 川田,雅人
著者(英字)
著者(カナ) カワダ,マサト
標題(和) ユーザ志向型協調的ネットワーキングに関する研究
標題(洋)
報告番号 119533
報告番号 甲19533
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第14号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 江崎,浩
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

インターネットが米国の軍事・学術機関によって利用され始めた1980年代から,世界各国の一般家庭にまで普及した今日まで,ネットワークを介した遠隔協調作業のことを広く指す「ネットワークコラボレーション」はインターネット利用の最たる目的の一つであり続けている.特に昨今のコンピュータ環境とネットワーク環境の質的・量的な拡大は,多様なネットワーク端末が遍在する「ユビキタスコンピューティング環境」を作り出し,その結果として多くの通信端末が相互かつ頻繁にデータ通信と計算処理を行う分散協調的なネットワークコラボレーションが必要とされている.これに向けて,ユーザは遍在性と多様性に対する負担を強いられることなく,ユーザの多様な志向(操作感,嗜好,注目など)に対応する柔軟かつ高品質なサービスを享受するためのネットワークコンピューティング技術の研究開発が求められる.

本論文では,システムの構成や評価指針の中心にユーザを据える考え方で,ユーザを取り巻く複数の通信端末やデータストリームが協調制御を行って,ユーザの意図を考慮した柔軟性の高いサービスを提供するネットワークコンピューティング技術のことを「ユーザ志向型」協調的ネットワーキング技術と呼ぶ.本ネットワーキング技術は,アプリケーションの開始/終了を支援するブートストラップ手法から,各エンティティを相互に結ぶ自律分散的な論理的ネットワークの構築手法,および各データフローに対する柔軟な資源割当機構までの,ネットワークコラボレーションにおける一連の手続きを含むことを想定している.

本論文の構成もこの流れに従い,まず第1章でユーザ志向型協調ネットワーキングの目的,フレームワークの説明を行った後,第2章では,ネットワークを介したユーザ同士のコラボレーションの参加を支援することを目的とする,ユーザのコンテクストをユーザ主導で管理・交換するプレゼンスシステムについて論じている.続いて第3章では,コラボレーションへの参加が決まったユーザ・端末同士を相互接続するネットワークインフラの構築手法に着目し,構成端末の参加・脱退,および通信処理能力の異種性に対応したオーバレイネットワーク構築,ルーティング,および伝送レート手法について論じている.第4章,第5章は,相互接続ネットワークインフラとしてデータ伝送効率の高いIPマルチキャストを用いた際に,ユーザの要求に基づいたストリーム間レート制御を達成することを目的として,階層型マルチキャストを用いたストリーム間協調制御機構を導入した統合的レート制御手法,さらにユーザ間協調制御機構を追加したレート制御手法について論じたものである.

第2章では,状況に応じたネットワークコミュニケーションの機会促進とユーザのプライバシー制御能力の拡大を目的とする,ユーザ主導型プレゼンスネットワークシステムを示している.本システムでは,ユーザがプライバシーと情報公開の対価であるサービスを考慮して情報公開ポリシーを主導的に決定できるピアツーピア型システムを採用し,各ユーザがプレゼンス情報(相手に伝達する場所や状況などのコンテクスト)を分散的に管理し,各自のプレゼンス制御ポリシー(通達先,通達内容)に基づいて柔軟にプレゼンス情報を交換・解釈・表現する.具体的には,各ユーザのプレゼンスユーザエージェント(UA)は,通信先アドレス(SIPアドレス)リストと公開ポリシー表に基づくフィルタリング・通信プロトコルに基づいて自身のプレゼンス情報を伝達する.また,相手から受け取ったいくつかのプレゼンス情報を合わせて解釈し,共通要素はグループとして表現する.これより各ユーザは,自分と相手との関係に基づく合成プレゼンス情報空間を形成し,例えばグループコミュニケーションなど柔軟性の高いネットワークアプリケーションのブートストラップを可能にする.本プロトコルを実装したプロトタイプは,SIPに基づくメッセージングとシグナリングプロトコルに準じており,ユーザの状態や会話を識別するCall-IDをプレゼンス情報として流通させ,複数人の会話イベントの合成表現,および2者以上の会話に参加するシグナリングを実現している.

第3章では,ネットワークコラボレーションを構成する複数の端末を相互接続する論理的なネットワークインフラストラクチャを構築する手法として,端末の通信処理能力の異種性対応に着目したオーバレイネットワーク構築・伝送手法CORTH (Collaborative Overlay Routing and Transferring considering terminal Heterogeneity) を示している.CORTHでは,主に単一レート配信を目的とする従来のオーバレイネットワーク構築手法では考慮されていない,端末の通信環境(有線〜無線)と処理能力(デスクトップ〜PDA)の異種性に対応した多様なコミュニケーション形態を実現するために,(1)オーバレイネットワーク構築,(2)各データに対するオーバレイネットワーク上のルーティングプロトコル,(3)オーバレイネットワーク上の伝送レート制御,の3つの機能を具備する.オーバレイネットワーク構築では,ネットワーク遅延のみならず端末のデータ伝送能力(帯域,処理能力)の異種性に適応するために,端末の伝送能力とオーバレイネットワークにおける複製・転送機能の役割(接続ホスト数)を対応させる.ルーティングプロトコルにおいては,オーバレイネットワーク上における各送信データの経路は,最短遅延木を基に,伝送能力や特別機能(メディア変換機能など)をパラメータにして柔軟に決定される.オーバレイネットワーク上の伝送レート制御では,オーバレイ端末間にTCPに親和性のあるレート制御機能を持つUDPオーバレイリンクを動作させて利用可能帯域を正確に取得した上で,当該リンクの帯域資源を下流のデータ取得要求に基づいた重みをつけて割り当てる.上記の機能によって,まずオーバレイネットワーク構築によって通信の信頼性とネットワーク全体のスループット向上を図った上で,オーバレイネットワーク上のルーティングおよび伝送レート制御によって,端末の能力やユーザの要求に応じた柔軟なサービスと高いアプリケーション品質を提供する.本手法は,Windows上(VC++6.0)でミドルウエアコンポーネントとして実装され,レート制御が可能な階層符号化ビデオを用いたマルチパーティ・ビデオチャットアプリケーションのネットワーク要素,レート制御要素として組み込んだ.本アプリケーションを大規模な実験ネットワーク上で動作させた結果では,異種性への適応度,遅延やスループットの性能評価,ユーザの要求への適応度に関してそれぞれ動作確認と良好な品質結果を得ている.

第4章では,ネットワークコラボレーションのネットワークインフラストラクチャとしてデータ伝送効率の高いIPマルチキャストを利用した場合について,不均一な帯域幅制限をもつネットワーク環境とユーザの各データに対する要求度の双方に基づいて各ストリームの受信レートを制御する手法を示している.本手法では,離散的ではあるが各受信ユーザの通信環境に適した受信レートでの配信を可能にする階層型マルチキャスト技術を用い,従来では各ストリームが独立して行うレート制御を,複数の階層型ストリーム上にまたがるセッションレベル機構においてストリーム間協調制御を行うアプローチを採る.各受信ユーザに導入される複数ストリーム統合制御機構(Multiple Streams Controller, MSC)はそれぞれ,受信する複数のストリームの受信状況を同時に監視し,検出した輻輳結果からボトルネックリンクに関する帯域情報の他に,輻輳結果の相関関係から同一リンクを通過するストリーム群情報を推定する.このストリーム群は同一の帯域資源を共有するため,これらを仮想的な一つのストリームとみなすことにより,輻輳制御における受信可能レートの学習の効率化,およびストリーム間における可変レート割当て制御を実行することが可能となる.計算機シミュレーションにおける評価では,本手法の協調レート制御によって各ストリームの受信品質が改善すること,またストリーム間で受信レートの調整ができることを検証している.しかしながら,本手法では各受信ユーザが自主的に受信レート制御を行うことから,マルチキャストツリー切断による受信レート変更の遅延や要求帯域の調停機能の不十分さが課題となった.ネットワークコラボレーションの利用形態では,マルチキャストレート制御の上位層で互いに連携をするブートストラップ通信環境があることが想定される.このことから第5章では第4章の検討をさらに進め,受信端末間を結ぶ制御チャネルを追加して受信端末・ストリーム間の双方の連係制御を行うミドルウエアCRM(Collaborative Rate Manager)の構成とCRMに基づく受信端末協調型マルチキャスト伝送手法を示している.具体的には,制御チャネルを通じて受信ユーザ間でパケットロスを比較分析することにより,物理トポロジーに即した制御対象端末グループを構築する.このグループに所属するユーザ同士は,各ソースデータに対する要求の集計,その結果に基づく優先度算出とレート割当決定,およびマルチキャストツリーの枝作成/切断命令の端末間同期制御を,従来よりも少ない試行回数と制御パケット量で効率的に実行することが可能となる.本手法のシミュレーション評価では,制御対象端末同士で受信帯域の調停を行った後,ユーザの各データに対する嗜好の変化や利用可能帯域の変動に動的に対応し,その結果としてユーザのアプリケーション利用満足度を高く維持することができることを示している.

以上をまとめると,本論文で述べた協調的ネットワーキング技術は,ネットワークコラボレーションの開始〜終了までの一連の過程で,複雑化するネットワーク環境におけるユーザの行動支援(環境に適応したオーバレイネットワークの構築)と,ユーザの存在・意思の反映(プレゼンス空間における表現力の拡大,注目・興味の通信品質への対応)の実現可能性を示している.さらにこれらの技術を主にプロトタイプ実装によって具体化しその有用性を検証したことで,本論文が目的としている「ユーザ志向」の方向性と可能性を示すことに貢献していると考える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「ユーザ志向型協調的ネットワーキングに関する研究」と題し,6章からなる.ネットワークコラボレーションを実現する多対多通信環境では,構成する複数のネットワーク要素(ここではユーザ,端末,データストリームを指す)が協調制御を行って,ユーザの志向(嗜好,要求)とネットワーク環境の双方を考慮した通信環境を提供する技術が必須となる.本論文では,ユーザの志向を考慮に入れる柔軟性の高い通信技術のことを「ユーザ志向型協調的ネットワーキング技術」と呼び,ネットワークコラボレーションの実行に必要な(1)ユーザ同士がネットワークを介して互いを認識すること,(2)端末同士が相互接続される通信環境を構築すること,(3)ストリーム同士がユーザの要求に応じてレートを割り当てること,の3つの処理過程に関し,ユーザ志向制御の実現手法を論じている.

第1章は「序論」であり,本研究の背景を述べると共に,ユーザ志向型ネットワーキングの想定環境と要求項目を列挙し,本研究を通した設計指針について検討を行っている.

第2章は「ユーザ主導型プレゼンスシステム」と題し、ユーザのコンテクストを相手ユーザに通達する際に,各ユーザが自身のプレゼンス制御ポリシに基づいて柔軟にプレゼンス情報を交換・解釈・表現するユーザ主導型プレゼンスシステムを提案している.本システムでは,プレゼンス情報所有者としてのユーザにプレゼンスの取得・保存・公開ポリシを柔軟に決定する機能を与えると共に,プレゼンス情報受信者としてのユーザにおける情報解釈機能に着目する.各ユーザが受信した情報は送信元と自身との関係に基づいてポリシ制御が施されており,このようにして集められた複数ユーザの情報を合成処理することでユーザ毎の人間関係(リスト登録,公開ポリシ)を反映したプレゼンス情報空間を形成することができる.本章では特に会話プレゼンス情報としてユーザの状態や会話を識別するCall-IDを流通させ,複数人の会話イベントの合成表現,および他者通話シグナリングが可能なプレゼンス・ユーザエージェントを実装し,その動作を検証している.

第3章は「CORTH:端末の異種性に対応したオーバレイネットワーク制御方式」と題し,複数の端末を相互接続する論理的な多対多通信ネットワークを構築する時に,全体の通信品質を高めるために端末の通信処理能力の異種性対応に着目したオーバレイネットワーク構築・伝送手法CORTH (Collaborative Overlay Routing and Transmission considering terminal Heterogeneity) を示している.従来の1対多の論理配送網を作るアプリケーションレベルマルチキャスト(ALM)とは異なり,CORTHでは多対多通信網構築と伝送レートの制御性の双方を実現するために(1)共通オーバレイネットワーク構築,(2)各データに対するオーバレイネットワーク上のルーティングプロトコル,(3)オーバレイネットワーク上の伝送レート制御,の3つの機能を具備する.これにより,まずオーバレイネットワーク構築によって通信の信頼性とネットワーク全体のスループット向上を図った上で,オーバレイネットワーク上のルーティングおよび伝送レート制御によって,端末の能力やユーザの要求に応じた柔軟なルーティング/帯域割当を提供する.本手法は多対多ビデオチャットのミドルウエアとして実装し,JGN上での実験によってCORTHの有効性を検証している.

第4章は「階層型マルチキャストを用いた協調的ストリーム間レート制御手法」と題し,配信網としてIPマルチキャストを採用した際に,不均一な帯域幅制限をもつネットワーク環境とユーザの各データに対する要求度の双方に基づいて各ストリームの受信レートを制御する手法を示している.本手法では階層型マルチキャストを利用し,従来では各ストリームが独立して行うレート制御を,複数の階層型ストリーム上にまたがるセッションレベル機構MSC (Multiple Streams Controller)を導入してストリーム間協調制御を行うアプローチを採る.MSCでは各ストリームの受信状況を監視することでボトルネックリンクを共有するストリーム群を推定し,共有ストリーム群内で制御情報を共有することで通信品質の安定化とレート割当変更を実現している.

第5章は「受信者協調型マルチキャストストリーム間レート制御機構」と題し,第4章の検討をさらに進め,受信端末間を結ぶ制御チャネルを追加して受信端末・ストリーム間の双方の連係制御を行うミドルウエアCRM(Collaborative Rate Manager)の構成とCRMに基づく受信端末協調型マルチキャスト伝送手法を示している.具体的には,制御チャネルを通じて受信ユーザ間でパケットロスを比較分析することにより,物理トポロジーに即した制御対象端末グループを構築する.このグループに所属するユーザ同士は,各ソースデータに対する要求の集計,その結果に基づく優先度算出とレート割当決定,およびマルチキャストツリーの枝作成/切断命令の端末間同期制御を,従来よりも少ない試行回数と制御パケット量で効率的に実行することが可能となる.本手法のシミュレーション評価では,制御対象端末同士で受信帯域の調停を行った後,ユーザの各データに対する嗜好の変化や利用可能帯域の変動に動的に対応し,その結果としてユーザのアプリケーション利用満足度を高く維持することができることを示している.

第6章は,「結論」である.

以上これを要するに,本論文で述べた協調的ネットワーキング技術は,ネットワークコラボレーションの開始〜終了までの一連の過程で,ユーザの存在・意思の反映(プレゼンス空間における表現力の拡大,注目・興味の通信品質への対応)と,複雑化するネットワーク環境におけるユーザの行動支援(環境に適応したオーバレイネットワークの構築)の実現可能性を示している.さらにこれらの技術を主にプロトタイプ実装によって具体化しその有用性を検証したことで,電子情報学上寄与するところ少なくない.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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