学位論文要旨



No 119541
著者(漢字) 杉原,知道
著者(英字)
著者(カナ) スギハラ,トモミチ
標題(和) 全身運動による反力操作に基づいたヒューマノイドロボットの高機動化制御
標題(洋) Mobility Enhancement Control of Humanoid Robot Based on Reaction Force Manipulation via Whole Body Motion
報告番号 119541
報告番号 甲19541
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第22号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 講師 岡田,昌史
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、ヒューマノイドロボットにおける機動性拡大、特に操縦者からの指令への敏捷な応答や、環境や障害物との衝突などによる大きな外乱の柔軟な吸収を実現する制御器の設計を目的とする。これは生物の反射・平衡感覚の実装に相当し、高次行動のための階層的制御系を構築する際に根幹となるものである。

力学系としてのヒューマノイドロボットは強い非線形性を有し、運動制御の問題に閉じた解を持たない。加えて実環境は未知の事象に富むため、上記のような基本的段階においてすら大きな困難がある。特に、ヒューマノイドを含む脚運動系は慣性系に固定点を持たず、原理的に、各関節に働くトルク(内力)を環境との相互作用を通して反力(外力)に変換することで運動するため、環境から受ける反力をいかに操作するかが第一の問題となる。また多数のリンクおよび関節から成り、多様な動作表現および高度なタスク遂行が可能である反面、複雑な大自由度系の管理が要求されることが第二の問題である。これは、関節数の増加に伴い計算コストも増加するという実装上の問題も含む。これまでに多くの研究がなされてはいるが、これらの問題に十分な解を与えた例はなく、現在あるヒューマノイドたちの運動能力は未だ貧弱であり、機動性拡大のためには理論的・技術的なブレイクスルーが必要である。

これらの問題を解決するために本論文では、重心と、系に加えられる全外力およびその作用点であるゼロモーメント点(ZMP)との関係を抽出した比較的単純なモデルによって、ヒューマノイドロボットのダイナミクスを近似的に表現し、制御戦略を検討する指針とする。更にその単純なモデルと厳密なモデルとを補完するために、重心ヤコビアンの概念を導入する。系に加えられる全外力は、それと等価な重心加速度に変換できるので、重心運動を用いて系全体のダイナミクスを表現することが可能である。重心ヤコビアンは全関節角速度から重心速度への写像であり、これによって、厳密な運動方程式を用いなくても、操作量として決定される系に加えられるべき反力と等価な全関節の運動が、近似的にではあるが、大幅に低減された計算コストで得られることになる。

また提案する制御戦略は、予め計画した全身の目標軌道を再現するいわゆるパターンベーストな方法と、幾何学的な目標軌道を持たず与えられた指令に即座に応答する非パターンベーストな方法に分けられる。

前者は、既知の環境で高度なタスクを行なうのに適するが、モデル化誤差などの外乱を吸収する安定化制御の併用が必須である。外乱の吸収は、接地状態を維持するための力パターンに関するものと目標軌道に収束するための幾何パターンに関するものの二者を同時に考慮する必要があるが、これらが互いに矛盾する状況は頻繁に起こる。本論文では、これらを各々考慮する際の時間的条件が異なることに基づき、多重な時間の枠組の中で矛盾を解決していく時間二重外乱吸収法を提案する。

後者は、高度なタスクへの応用は難しいが、環境の未知性や指令の急変更等に対応できる頑健性を有する。このとき、ヒューマノイドのダイナミクスを表す単純なモデルが倒立振子と類似のダイナミクスを有することに着目し、水平方向の運動制御は倒立振子の支持点操作をそのまま応用してZMPを操作することで行なう。また鉛直方向の制御にはインピーダンス制御を応用する。その際、インピーダンススイッチングの概念を導入することによって重力方向のエネルギーを制御し、接地状態の操りによる跳躍などの実現が可能であることを示す。

更に、提案した制御理論を検証するために開発した実験用小型ヒューマノイドロボットの機構およびハードウェア/ソフトウェアシステムについて述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Mobility Enhancement Control of Humanoid Robot Based on Reaction Force Manipulation via Whole Body Motion」(全身運動による反力操作に基づいたヒューマノイドロボットの高機動化制御)と題し、7章からなっている。

力学系としてのヒューマノイドロボットは関節角度などの体の座標を変化させることによって、地面や環境からの反力を作り出し、それを利用して運動を生成することが特徴である。このような力学系の構造は、ヒューマノイドロボットを劣駆動系とよばれるものに分類する。この系では一般に非可積分系として、制御系の設計法に困難な問題を突きつけている。ヒューマノイドロボットの歩行制御系の設計論がヒューリスティックな体系となり、見通しの良さを見せないのはこの理由による。本論文では上述のような特徴をもつヒューマノイドロボットの歩行制御の問題に、力学的な特徴を利用した明確な設計指針を与えることによって、ヒューマノイドロボットに俊敏な動作を可能にする機動性を与えることを論じている。また、設計論を実装するために高機動性を設計仕様としたヒューマノイドロボットを開発し、実験により設計論の有効性を実証した結果を述べている。

本論文の第1章は序論で、はじめにヒューマノイドロボットの歩行制御に関する従来の研究を概観し本論文の学術的位置づけを明らかにしている。ヒューマノイドロボットが求められる社会環境とそこで必要とされる高機動性について述べ、本論文の目指す方向を説明している。さらに、本論文の内容と特徴を概説している。

本論文の第2章は、ヒューマノイドロボットの全身運動を力学的な特徴をとらえて見通しよく表現する手段として、質量中心ヤコビアン (COG Jacobian) についてその概念と、力学的な意味についてまとめている。質量中心ヤコビアンの概念は従来の研究で導入されたものであるが、質量中心ヤコビアンが全身運動についてもつ動力学的な意味を明らかにした点が、この章の意義である。

第3章では、ヒューマノイドロボットの歩行を安定化する制御法として、時間二重外乱吸収法とよぶ新たな設計法を提案している。ヒューマノイドロボットの制御では、予め計画した全身の目標軌道に基づく方法と、目標軌道を持たず与えられた指令に即座に応答するようにする目標軌道に基づかない方法がある。これらは外乱の生じた瞬間には互いに矛盾した運動指令を生じることがある。本論文では前者が長時間的な安定化に必要な方法であり、後者が短時間的な安定化に特に効果をもつことから、多重な時間の枠組みの中で矛盾を解決することを提案したのが時間二重外乱吸収法である。

第4章では、ヒューマノイドロボットの全身運動の動力学モデルを、質量のない移動車に搭載された倒立振子として、ある種の近似が行なえることを示している。この移動車の運動と、ヒューマノイドロボットのゼロモーメントポイント (ZMP) の操作に対応させること、さらに質量中心ヤコビアンを用いて重心を変えることでZMPを操作することを提案している。

第5章では、インピーダンスモデルの切り替えによる接触状態の遷移制御について述べている。重心の移動や接触状態を俊敏に変化させるためには動作の計画が必要になる。これは状況や環境の判断などに、多くの計算を必要とする。これをインピーダンスモデルのパラメータを瞬時的に変化させる方法で簡便かつ滑らかに実現できることを示した。

第6章では、高機動性を設計仕様とした小型ヒューマノイドロボットの開発について述べ、それに本論文で提案した制御系を実装し、実証した結果を説明している。

第7章は結論であり以上の研究を要約したものである。

以上を要するに、本論文はヒューマノイドロボットの動作の機動性拡大を目指し、特に操縦者からの指令への俊敏な応答や、環境や障害物との衝突などにおいて生じる大きな外乱を柔軟に吸収する制御系の設計を、ヒューマノイドロボットの力学的な特徴を捉えて論じたものであり、知能機械情報学ならびにロボティクスに寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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