学位論文要旨



No 119542
著者(漢字) 土肥,徹次
著者(英字)
著者(カナ) ドヒ,テツジ
標題(和) マイクロファブリペロー干渉計による血液生体情報の取得
標題(洋)
報告番号 119542
報告番号 甲19542
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第23号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 松本,潔
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

医療の分野においては,生命の基本素子は細胞であり,操作対象が小さくなればなるほど,より生命に対して本質的な医療行為が行えるということがいわれている.そのため,MEMS技術への期待も高く,局所計測・治療,非侵襲化・低侵襲化,検査・診断・治療の新手法など,幅広い分野での応用が望まれている.これらの領域のひとつとして,微小分光デバイスがあげられる.

光を利用した計測は非侵襲・低侵襲な計測法であるため,医療分野で幅広く利用されている.近年ではパルスオキシメータや光トポグラフィー(OCT : Optical Coherent Tomography)などで盛んに研究が行われている.また,血液などの体液の成分分析には吸光スペクトルを計測する方法が一般的である.また,近年では埋込型センサに分光デバイスを搭載し,体内での局所的な生体情報を取得したいという要望や,ポイントオブケアデバイスのセンサとしての需要も高まってきている.そこで,本研究では微小分光デバイスとしてマイクロファブリペロー干渉計を製作し,血液の吸光スペクトルを解析することによって生体情報を取得することを目的とする.

ファブリペロー干渉計

ファブリペロー干渉計の原理をFig. 1に示す.ファブリペロー干渉計は,2枚の半透過鏡が光の波長と同程度の間隔で配置されており,この間隔を調節することで透過する光の波長を変化させることができる.このファブリペロー干渉計を利用した分光法は,平行薄膜の間隔を制御することで分光できるため,微小化が容易であり, MEMS製作技術との相性も良い.従来,通信の分野における波長分割(WDM: Wavelength Division Multiplexing)による大容量伝送[1] [2]や.可変波長レーザに利用されてきた [3].また,マイクロファブリペロー干渉計を利用してCO2及びH2Oガスの検出も試みられている[4].

本研究では,血液などの吸光スペクトルを計測するため,従来の分光分析器で利用されている波長400〜1000nmの範囲で分光することを目標としている.従来製作されてきたマイクロファブリペロー干渉計では,上記の範囲において透過スペクトルを連続的に変化させることはできなかった.これは,コンデンサの電極の一方をミラーとしているため,初期間隔の2/3までの範囲でしか制御を行うことができないためである.そこで,本研究ではミラーを駆動するコンデンサの電極とミラー部を分離することによりこの問題を解決した.

次に,ファブリペロー干渉計の特性を理論的に求め,波長400〜1000nmの範囲で分光できるように設計を行う.ファブリペロー干渉計に振幅a0,波長lの光L0が入射角qで入射したとする.半透過鏡での振幅透過率をt,振幅反射率をr,半透過鏡の屈折率をn,半透過鏡の間隔をhとすると.透過する光の波長透過率Tは,式(1)で表される.ここで,強度反射率をR = r2とした.また,d は隣接する透過光間の位相差であり,式(2)であらわされる.Fig. 2にミラー間隔 h = 1000 [nm] において,強度反射率R = 0, 0.1, 0.5, 0.9に変化させた場合の透過率と波長の関係を示す.ここでは結果を分かりやすくするために,入射光の入射角は0°とした.Fig. 2より強度反射率Rが高くなるほど波長の選択性が強くなることがわかる.また,透過光のピークは,sin(d /2) = 0の時である.

次に,強度反射率R = 0.7 の場合においてミラー間隔h = 200〜500 [nm]まで変化させた場合の結果をFig. 3に示す.グラフより,ミラー間隔が狭くなることによって,干渉して透過する光の波長が短くなっていくことがわかる.ここで,ミラー間隔が500nmの場合には,次数の異なる干渉光が混入してしまっている.そのため,本研究では分光して検出された信号をデコンボリューションすることによって,信号の回復を行うこととした.

プロトタイプの製作と評価

MFPIを実際に製作して血液計測を行う前に,プロトタイプを製作し,ファブリペロー干渉計が血液計測に適した光学特性を持つかの確認を行った. Fig. 4は,製作したプロトタイプの構造と実験系の概略図であり,Fig. 5はプロトタイプの構造全体の写真と電圧印可により干渉が発生している様子である.

プロトタイプは,厚さ120mmのスライドガラスにミラーとしてのSi薄膜(60nm),電極用のITO(200nm),初期ミラー間隔調整用Alスペーサ(600nm)が成膜してある.また,電圧を印可した際に変形しやすいように,ミラー部以外のスライドガラスをHFでエッチングすることにより厚さ80mm程度まで薄くしている.このプロトタイプに0〜200Vの電圧を印可し,2枚のSiミラー間隔を変化させることでフィルタ特性を変化させる実験を行った.Siミラー間隔は2枚のスライドガラスを重ねあわせているため,正確な初期間隔を決定することはできないが,治具による押しつけ力を変化させることで適切な初期間隔になるように調節した.

Fig. 6に電圧印可による透過スペクトルの連続的な変化の様子を示し,Fig. 7に電圧印可による透過光ピークの変化を示す.Fig. 6より0〜200Vの電圧を加えることよりミラー間隔が狭くなり,透過光のピーク波長850nmから550nmまで短くなっていくことがわかる.また,このときのミラー間隔は980nmから670nmまで変化していることが計算により求められる.このフィルタが最も高い透過率を示すのは,印可電圧60V,波長780nmの時で,透過率は約80%であった.また,本研究ではSi薄膜をミラーとして利用しているため,500nm以下の波長の光はSi薄膜が吸収してしまうために透過率が非常に低くなってしまうことがわかった.

マイクロファブリペロー干渉計

次に,プロトタイプの結果をもとにしてマイクロファブリペロー干渉計を試作した.試作したMFPIの構造の概略と実験セットアップをFig. 8に示す.光源から出た光はレンズによって集光され,MFPIのミラー部のみに光が入射する.MFPIを透過した光は再度レンズで集光され,ハーフミラーによって位置合わせ用のCCDカメラへの入力と,特性計測のための分光器に入射する.

このMFPIの試作プロセスをFig. 9に示す.まず始めに,SOIウェハ(5/2/670mm)を熱酸化(2mm)し,Siミラー支持部とする.次に犠牲層となるSiをスパッタにより成膜(5mm),DRIEによるエッチングを行う.次に陽極接合時の平面を出すために熱酸化(0.1mm)を行う.ここで,陽極接合用のパイレックスガラス(200mm)ウェハと共にMFPIのミラーとなるSi(60nm)をスパッタし,DRIEによりパターニングを行う.構造部のSOIにおける,不要な部分のSiO2を除去したあと,350℃,-800Vの条件で陽極接合を行い,ウェハを接合する.接合後,SOIの不要な基板部Si層とSiO2層を除去する.最後にSiのパターニングを行い,MFPIが完成する.

Fig. 10は試作したMFPIの顕微鏡写真である.左側の写真は上面から見た場合,右側の写真は下面から見た場合の写真である.このMFPIをガラス管により強制的に変位させ,ミラー間の干渉を変化させた様子がFig. 11である.ガラス管によりミラー間隔が狭くなり,干渉している光の波長が変化していることがわかる.

このMFPIに電圧を印可した場合の透過率の変化をFig. 12に示す.0〜300Vの電圧の印可に伴って,光の透過光のピークは950nmから550nmまで変化している.また,このときのミラー間隔は1580nmから1270nmまで変化していることが計算により求められる.このフィルタが最も高い透過率を示すのは,印可電圧140V,波長880nmの時で,透過率は約80%であった.

血液生体情報の取得

最後に,静脈血と動脈血の酸素飽和度を計測するために,プロトタイプによってそれぞれの血液における透過率の計測を行った.Fig. 13(a)とFig. 13(b)はプロトタイプに電圧を0〜300[V]まで印可することによって計測された静脈血と動脈血の透過光である.ここで,利用したプロトタイプが理想的なフィルタ特性を持っていると仮定すると,それぞれのグラフにおける包絡線は血液の透過率を示す.Fig. 13(c)は静脈血と動脈血の包絡線を取り出したグラフであり,それぞれの血液のおおよその光の透過率を示す.グラフより,動脈血と静脈血で光の透過率の形状が異なっており,この結果を利用することによって血液の酸素飽和度を求めることが可能である.

結論

医療用MEMS分光デバイスとして,マイクロファブリペロー干渉計(MFPI)の設計・試作を行い,MFPIによって血液の吸光スペクトルから生体情報を取得できることを示した.まず始めにプロトタイプ試作し,設計したMFPIが広い範囲(550-850nm)で高い透過率(40-80%)と波長選択性を持つことを確認した.また静脈血と動脈血の透過スペクトルを計測し,血液の吸収スペクトル特性の傾向が計測できることがわかった.

このプロトタイプでの結果を利用して,MFPIの試作を行った.製作したMFPIをガラス管で強制変位させることで干渉波長が変化することを確認した.MFPIに電圧を加え,Siミラー間隔を変えることで,プロトタイプと同様の透過スペクトル特性が得られることを確認した.最後に血中酸素飽和度の計測を行い,製作したMFPIによって血液生体情報が取得できることを示した.

ファブリペロー干渉計の原理

強度反射率Rと透過スペクトル

強度反射率Rと透過スペクトル

プロトタイプの概略

プロトタイプの写真と光の干渉

電圧印可による透過スペクトルの連続的変化

電圧印可による透過光ピークの減少

MFPIの概略と実験装置

MFPIの試作プロセス

MFPI顕微鏡写真

強制変位による干渉の変化

電圧印可によるMFPIの透過率変化

静脈血と動脈血の透過率計測

K. Aratani, P. J. French, P. M. Sarro, D.Poenar, R.F. Wolffenbuttel and S. Midddel hoek, “Surface micromachined tunable interferometer array,” Sensors and Actuators, A43, pp. 17-23, 1994.M. Kobayashi, H. Toshiyoshi, and H. Fujita, “A micromechanical tunable interferometer for free-space optical interconnection,” Proceedings of IEEE/LEOS Optical MEMS'97, Nara, November, 1997, pp. 171-175.F. Sugihwo, M. C. Larson, J. S. Harris, “Micromachined Widely Tunable Vertical Cavity Laser Diodes,” Journal of Microelectromechanical Systems, Vol. 7, No. 1, pp. 48-55, March 1998.M. Noro, K. Suzuki, N. Kishi, H. Hara, T. Watanabe, and H. Iwaoka, “CO2/H2O Gas Sensor Using a Tunable Fabry-Perot Filter with Wide Wavelength Range,” Proceedings of IEEE MEMS, Kyoto, January, 2003, pp. 319-322.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は「マイクロファブリペロー干渉計による血液生体情報の取得」と題し,5章からなっている.医療用デバイスにおいて,MEMS技術は小型・低侵襲化可能,局所計測可能,高機能化可能といった長所から,光学計測は非侵襲・低侵襲化可能,微小化学量変化を測定可能といった長所から注目を集めている.本論文では,このMEMS技術の長所と光学計測の長所を組み合わせたデバイスとして,2×2mmの大きさのマイクロファブリペロー干渉計を用いたマイクロスケールの分光器を実現し,このマイクロ分光器によって血液の生体情報を取得することを目的としている.また,医療用MEMS デバイスによる生体情報の取得方法として,このマイクロファブリペロー干渉計によってスペクトルを解析するという方法が有効であることを示している.

第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,論文の構成について述べている.

第2章「理論」では,まずファブリペロー干渉計の分光原理について述べ,ファブリペロー干渉計をマイクロスケールで試作する際に重要となってくるパラメータを明らかにしている.次に,マイクロ分光器の要求仕様を決定し,この要求仕様を達成できるようにファブリペロー干渉計の光学特性を理論的に計算し,ファブリペロー干渉計で利用する光学材料の仕様を決定した.さらに,試作するマイクロファブリペロー干渉計でこの光学特性を実現できるように,ファブリペロー干渉計の構造設計を行っている.最後に,ファブリペロー干渉計とフォトダイオードを組み合わせたマイクロ分光器において,測定されたデータのデコンボリューションを行うことでデータ精度および波長分解能を向上させることが可能であることを示している.

第3章「プロトタイプによる検証」では,マイクロファブリペロー干渉計のプロトタイプを試作し,第2章で行った理論の検証を行っている.プロトタイプを試作するにあたり,ファブリペロー干渉計を構成する部分の材料及び薄膜の光学特性を計測し,ファブリペロー干渉計に与える影響を調べている.特にマイクロファブリペロー干渉計のミラー部分となるシリコンの薄膜について厚さが40から60nmの範囲であれば可視光から近赤外光の領域で薄膜干渉と光の吸収の影響を最小限に抑えることで,高い反射率が得られることを確認している.最後にプロトタイプの光学特性を計測している.プロトタイプでは2次の干渉光を利用した分光を実現しており,0から200Vの電圧印可により干渉光の波長を830から560nmの範囲で変化させ,ミラー間隔を計算により830から560nmの範囲で制御していたことを求めている.

第4章「マイクロファブリペロー干渉計」では,第3章で試作したプロトタイプの結果を反映したファブリペロー干渉計を,MEMS技術を利用して試作している.この際に,ガラス基板を利用し,SOIウェハと陽極接合をすることによって,可視光から近赤外光の範囲でファブリペロー干渉計を利用可能としている.試作したマイクロファブリペロー干渉計に0から300Vの電圧を印可することで,3次から5次の干渉光での分光により,透過波長を950から550nmの範囲で変化させることを実現している.次にフォトダイオードと組合せ,マイクロ分光器としての評価を行っている.フォトダイオード信号をデコンボリューションすることによって,多数の干渉光が混入してしまっている問題を解決し,また原理的に分解能の向上が容易であることを示している.最後にブタの静脈血と動脈血のスペクトルを計測し,波長600nmから900nmの範囲において吸光度0.1から1.2の範囲で吸光度計測が可能であることを示した.さらに,波長680nmから780nmの範囲の測定結果を利用することによって,静脈血の酸素飽和度が50%であることを誤差10%程度で計測可能であるといっている.

第5章「結論」では,本研究によって得られた成果とその結論を述べ,さらに今後の展望についてまとめている.

以上のように,本論文では可視光から近赤外光領域で利用可能なマイクロファブリペロー干渉計を試作し,フォトダイオードと組み合わせることでマイクロ分光器を実現している.このマイクロ分光器で血液の酸素飽和度の計測に用いる場合の特性を検討することによって,医療用デバイスとしての有効性を示している.本論文中で実現したマイクロ分光器は,微小化・高機能化が容易であり,また非侵襲・低侵襲な生体情報計測が可能という特徴をあわせ持っており,医療用埋込型デバイスやポイントオブケアデバイスなど,医療分野で期待が高まっている分野で非常に有効であると考えられ,知能機械情報学の発展に貢献するものである.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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