学位論文要旨



No 119543
著者(漢字) 中井,博之
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,ヒロユキ
標題(和) 環境適合能力を有する変形変態ロボットの行動生成法に関する研究
標題(洋)
報告番号 119543
報告番号 甲19543
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第24号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 下山,勲
内容要旨 要旨を表示する

一般環境下で活動するロボットの場合,環境や状況に柔軟に適応する能力が重要となる.本研究では,ロボットがこのような環境適合性を実現するためには身体の形状を行動目的に応じて物理的に変化させる方法が有用であると考え,ロボットにおける変形変態機能の実現とその機能を用いた環境適合行動の生成法を構築することを目的とした.なお、本研究ではこのロボットにおける変形変態機能を実現する方法としては,身体の一部として変形構造を持つロボットを用いる他に,ロボットが環境内に配置された道具を用いて身体の拡張を行う方法も考えられる.これらの方法は異なる性質を持つ部分もあるが,両者を変形変態ロボットとみなすと形状操作において共通する機能が多くある.

そこでこの変形変態能力を実現するための要素機能として(1)目的形状に応じて変形操作方法を計画する機能(2)変形された形状を確認・認識する機能(3)変形形状を利用した全身行動を計画する機能が必要であると考え,これらを構築し組み合わせることでモデルベースに形状操作行動を計画するシステムを開発した.さらにそれをロボットに組み込むことでリンクの形状変形を利用した全身行動を実現し,その有用性を検証した.これにより形状の概形モデルを用いることで,ロボットにおける身体の形状操作及び変形構造を利用した環境適合行動のプランニングが可能であることを示した.

また,身体の剛性や形状を変形させることが可能なロボットを実現させるために,低融点合金の相変化を利用した軟化変形構造材及びその構造材を用いた変形変態ロボットの開発を行った.

以下に論文の各章の内容に沿ってその概要を述べる.

第1章「序論」

本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べる.

第2章「変形変態機能を有するロボット環境適合能力の構成法」

本節では,まずロボットの環境適合性について考察し,変形変態ロボットにおいて形状操作機能を利用した環境適合能力を実現するためにはどのような構成法を用いればよいのかを検討する.次に形状操作機能を実現するためのシステム構成とその構成に必要となる要素技術について述べる.

さらに,ここでの形状操作機能とは柔軟な対象を行動目的に応じた形状に変形させる能力のことを指すが,ロボットにおいて形状操作機能が有用である状況には自己の身体が変形する場合以外に,ヒューマノイドのような汎用性の高いロボットが変形可能な道具を扱う場合を考えることができる.ここでは道具を用いることを「形状変形するリンクによるボディの延長」と考え変形変態ロボットにおける自己形状の変形との共通点及び相違点について検討する.

このとき,変形対象が変形変態ロボットの軟化変形リンクや弾塑性材料のように形状を固定することができる場合,形状操作機能を実現するためには次の機能が必要となる.(1)行動目的に応じて適切な変形目的形状を決定する機能(2)目的形状に応じて変形操作方法を計画する機能(3)変形された形状を確認・認識する機能(4)変形対象を利用した全身行動を計画する機能(5)形状誤差を補正して行動実行する機能

これらのうち(1)の機能は経験や教示によって形状の特性をデータベース化することで構築可能であり,(5)の機能は実機においてセンサからのフィードバックを利用して実現されると考えられる.本論文では(2),(3),(4)の機能に注目し,以後の章でその詳細について述べる.

第3章「自己形状の変形を伴う全身行動のプランニング」

形変態ロボットが身体形状を変化させる場合を含めた全身行動のプランニングについて述べる.ロボットが一部のリンクのみを軟化させ残りのリンクが剛体である場合及び変形部を硬化させた場合には,変形変態ロボットにおいても剛体リンクからなるボディに対するプランニングシステムが必要となる.

そこで本章ではまずロボットの全身が剛体リンクとみなせる場合の全身行動の生成法について述べる.全身行動型のロボットは一般に使用できる自由度が多く,また基底リンクが空間に固定されていない.さらに環境との接触による拘束条件も存在する.このためその探索空間は非常に次元が高く,同時に多種の拘束条件も考慮しなければならない.

ここでは,全身行動型ロボットが主としてリム単位で分割可能であることに注目し,そのリム毎に拘束条件を付加し動作を生成するリム分割方式で全身行動を生成する.リム毎に分割して行動生成を行うことにより,それぞれの探索次元を低下させることが可能であり,また複数のリムが同時に運動する場合においても効果的な解が得られる.

次に変形変態ロボットにおいてボディが形状変化する場合のプランニングについて述べる.変形変態ロボットの場合,通常の剛体リンクからなるロボットと次の点で異なる.(1)リンクを変形させながら行動することができ,軟化状態にあるリンクは柔軟であるため障害物との接触が許容される.(2)ロボットはリンクを変形させて環境に馴染ませることができるが,この場合ロボットのバランスを考えるためには接触点における摩擦力を評価する必要がある.

そこでまず行動計画時にリンクの変形を考慮するためにリンクの端点同士を結ぶ最短経路探索の手法を用いてその変形可能性を判定する方法について述べる.変形可能性を評価する方法は変形形状を計算する方法よりも計算時間が少なく,多くの姿勢に対して変形状態を求める必要があるモーションプランニングの用途に適している.

次に変形リンクを利用した場合のロボットの摩擦によるバランスの評価方法について述べる.この方法では,各接触点における摩擦力を計算し,それらによって接触点が離脱せずに現在の姿勢を維持することが可能であるかどうかを判定する.

第4章「柔軟物の変形モデルを用いた形状操作行動」

ロボットが柔軟物を変形させる際の変形モデルの構築法と,そのモデルを利用した形状予測に基づく形状操作行動について述べる.柔軟物を変形させる場合,ロボットはまずある変形操作に対して対象がどのように変形するかを予測するための順方向の変形モデルを構築する必要がある.本論文ではこの変形モデルを構築するために変形時のポテンシャルエネルギを考え,それを最小化することで変形形状を算出する方法を用いる.

このポテンシャルエネルギを用いる方法では,変形時の操作力を同時に求めることが可能である.変形変態ロボットにおいてその変形方法の一つにリンクを環境に押し当てて変形させる方法が考えられるが,このとき操作点の離脱に対する判定は操作力を評価することによってなされる.

次にロボットが柔軟物の形状を操作する場合,ある目的形状が与えられたときにその変形させるために対象をどのように操作すればよいかを求めるための逆方向の変形モデルが必要となる.しかし,柔軟物の変形においてはある形状に対して変形方法が複数存在する場合が多くあるため,変形の逆モデルを解析的に求めることは困難である.そこで,ここでは前述の順計算によって得られた結果を用いてニューラルネットワークを学習させることで逆モデルを構築する方法について述べる.

第5章「視覚情報に基づく変形形状のモデル化」

ロボットが変形を認識するための方法には,変形対象に組み込まれたセンサを用いてその変形を直接的に検出する方法と,変形対象を外部からセンシングすることによって変形を検出する間接的な変形検出法の二通りが考えられる.

変形対象にセンサを組み込む方法では取り扱う全ての変形対象にセンサを組み込みが必要であることとセンサの配置によって変形自由度が妨げられる可能性があることが問題となる.そこで本節では外部センサとして視覚センサを用いた変形形状の獲得法について述べる.

本章では,まず視覚画像からの三次元モデルの構築のために観測対象の多視線方向からの輪郭線画像を用いてモデルの形状を削り出しを行うシルエット法の実装について述べる.この構築された三次元モデルは変形形状の概形であり,そのままロボットの行動計画に用いるモデルとしては適切でない.そこで次に形状を定式化し,三次元モデルからそのパラメータを導出しロボットのモデルに反映する方法について述べる.

第6章「形状操作能力を利用した全身行動の実現」

各章で述べた要素を組み合わせることによって形状操作機能を構築し,ロボットにおける環境適合行動を実現する.また低融点合金を用いた変形変態ロボットを開発し,リンクの変形を利用した行動を行うことによってその有用性を検証する.

本章ではまず変形変態ロボットを実現する方法として低融点合金を利用し,温度変化によってリンクの形状及び剛性を変化させることが可能である軟化変形リンクの設計と開発について述べる.さらにこの軟化変形リンクを用いた脚型ロボットを開発し,実際にリンクの変形を利用した行動を行う.

次にロボットの環境適合行動について述べるが,そこでまずヒューマノイドを用い,柔軟物を変形させて道具として用いる行動を行う.この行動は変形対象の形状を操作,形状を認識とモデルへの反映,変形後のモデルに基づく行動生成からなり,これまで述べてきた機能を組み合わせることによって実現することができる.

また,低融点合金を用いた軟化変形リンクはリンクの剛性を変化させる際に相変化を用いているため,リンクが欠損した場合にも主構造材である合金を融解させ再度凝固させることで自己修復機能を実現することができる.そのため変形変態ロボットはその構成法として従来のロボットのように頑強な構造を持つのではなく軽量化した骨格を用いて構成することが可能である.本節では最後にこのような軽量骨格脚型ロボットを提案し,その形状操作を伴う環境適合行動について述べると共に,その応用として自己修復機能を利用した衝撃吸収法についても議論する.

第7章「結論」

これまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,変形変態ロボットにおける環境適合法の発展及び今後行なわれるべき目的について考察する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「環境適合能力を有する変形変態ロボットの行動生成法に関する研究」と題し,関節のみならず構造部材の変形をも制御することができるロボットは環境に対する態勢を大きく変えることができることから,その新しいロボットを変形変態ロボットと呼び,変形変態後の環境と身体の相互関係に応じた形状認識と動作計画からなる行動生成法を明らかにしたものであり,低融点金属を利用した独自の変形変態ロボットによる多彩な行動実験,ならびに,等身大ヒューマノイドによる変形可能物体を道具として利用する物体操作実験によってその有効性を示した論文であり,7章からなる.

第一章「序論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.

第二章「変形変態機能を有するロボットの環境適合能力の構成法」では,ロボットの環境適合能力を概括し,構造部材の変形により変形変態機能を有するロボットにおける環境適合能力の構成法について述べている.ロボットの環境適合能力としては,ロボットの行動を変化させる場合と,ロボットの構造特性を変化させる場合を示し,本研究ではこれらを融合して利用するロボットの行動生成法を示すことを述べている.変形変態機能としては,自己の身体の構造材を変形させるロボットだけでなく,ヒューマノイドのような汎用性の高いロボットが外部の変形可能な物体を操作する場合へも利用可能な機能として位置づけている.

第三章「自己形状の変形を伴う全身行動のプランニング」では,変形リンクを有するロボットの全身行動のプランニングにおいて必要な空間探索法と状態判定法について述べている.探索手法としては確率的空間探索木高速生成法をとりあげその実装法を示している.そして,それを用いて全身行動が障害物を回避する動作を生成する場合に,全身を動作,固定,自由リムの3つに分割することで探索空間を縮小する方法を示している.また,変形リンクを環境に押し当てて変形させる場合の動作生成のために,最短経路に基づくリンクの変形可能性の判定法を示し,環境と接触し摩擦によってその全身の安定性を保つために必要な条件の計算法について述べている.

第四章「柔軟物の変形モデルを用いた形状操作行動」では,ロボットが柔軟変形可能なリンクを曲げ変形させる際に必要となる操作と変形の間の双方向の計算法を示し,押し当て変形時の操作点の離脱を防いだ形状操作行動の構成法を示している.操作と変形における順方向計算は,どのように対象が変形するかを予測するために用いるもので,ポテンシャルエネルギ最小化に基づく変形形状の計算方法を示している.逆計算は,目的となる変形形状に対して2点で曲げ操作を行うと考えた場合に必要となる操作パラメタの計算を行うためのものであり,多数の順方向計算例を教師としてニューラルネット学習を行わせて変形形状から操作パラメタを求める方法を示している.

第五章「視覚情報に基づく変形形状のモデル化」では,変形対象の三次元形状をロボット自身が知覚するために,変形対象を回転して観察しその視覚情報から対象の外形シルエットを複数得ることでその三次元形状を計測し,対象のモデルを再構成する方法を示している.三次元形状の表現にはオクトツリー化されたボクセル表現を用い,計測精度を高めるためにボクセル表現から変形リンクの曲がり具合を示す形状モデルパラメタの生成法を示している.

第六章「形状操作能力を利用した全身行動の実現」では,ロボットが形状操作能力を利用して全身行動を実現した実験例を示している.まず,低融点金属を用いて軟化変形リンクを構成する方法を示し,歩行だけでなく脚部を変形させることではしごの昇段が可能な小型ロボットを実現し,軟化変形リンクをもつロボットの環境適合性の可能性をまず示している.そして,ヒューマノイドが手の届かないところにある物を引き寄せる際に,曲げ変形可能な棒状の物体を両腕で変形させ,それを利用して対象物を手前に引き寄せる動作を実現している.視覚による変形形状認識と全身行動の自動生成によって実機による行動実験を可能としている.さらに,低融点金属を用いた軟化変形リンクを脚に持った軽量骨格型4脚ロボットに視覚を搭載し,一本の脚を物を引き寄せるための腕として扱う必要が起こった場合に,その脚を対象物へ押し当てて変形させる行動を実現し,脚の変形具合の予測と押し当てる操作点の自動計画,ならびに,自己の脚の変形形状の認識の検証実験を行っている.また,この軽量骨格型のロボットにおいては,軟化変形リンクによる構造修復機能と衝撃吸収法に関しても言及している.

第七章「結論」では,各章の内容をまとめることで全体を総括し,変形変態ロボットにおける環境適合法の発展及び今後の課題に関する展望を述べている.

以上,これを要するに本論文は,ロボットがその設計時には想定されていなかった環境の多様性に適合するための方法として,身体の構造部材や外部の変形可能な操作物を曲げ変形させられる能力を与えたロボットを変形変態ロボットと位置づけ,変形変態ロボットが自律的に環境へ適合できるようにする際に必須となる変形認識と変形操作行動の生成法を示し,実証実験によりその有効性を示したものであり,知能機械情報学上貢献するところ少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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