No | 119545 | |
著者(漢字) | 今井,伸明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イマイ,ノブアキ | |
標題(和) | 16Cの四重極集団運動性 | |
標題(洋) | Quadrupole Collectivity of 16C | |
報告番号 | 119545 | |
報告番号 | 甲19545 | |
学位授与日 | 2004.04.08 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4574号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 加速器技術の発展に伴い、自然には安定に存在しない原子核(不安定核)がビームとして生成できるようになり、不安定核の研究が1980年後半から盛んに行われている。この結果、安定核の核構造を元に構築された魔法数の様な原子核の基本的な性質が、不安定核では消失していることが分かってきた。 原子核の性質を調べる上で、一般に良く用いられるプローブとして励起エネルギーと励起準位間の転移確率が挙げられる。特に偶偶核の場合、ほとんど例外なく基底、第一励起状態のスピンパリティがそれぞれ0+、2+であることから、これらの原子核の第一励起状態の励起エネルギー(E(2+))や、第一励起状態から基底状態への転移確率は系統的な議論に適している。 第一励起状態が束縛状態の場合、脱励起には電磁相互作用のみが関与する。液滴模型を用いると、励起エネルギーを考慮した換算転移確率(B(E2))は電荷を持つ陽子物質の四重極集団運動性を反映する変形パラメータβcで表現することが出来る。このβcは原子核全体の集団運動性を示す変形パラメータβ2と高々50%程度のずれで一致することが系統的に分かっていた。この一致は原子核中では陽子分布と中性子分布の集団運動が、ほぼ等しいことを示している。この性質は現在までに知られている、陽子と中性子数が極端に違う不安定核でも成り立っていた。ところが、不安定核16Cのβc、β2を測定したところ、後者が前者の約6倍大きいことが分かった。この変形パラメータの極端な違いは他の原子核には見られなかったことであり、少数量子多体系での新しい集団運動形態を示すものである。 不安定核のB(E2)測定には、一般に中間エネルギーのクーロン励起法が用いられている。しかし、この方法は16Cの様に陽子数が小さい場合には核力励起が主になり、求めたB(E2)は核反応模型に大きく依存し、不定性が大きい。そこで、核反応模型を用いずにB(E2)を決定するために、私は新しい方法を開発した。この方法では第一励起状態の寿命を直接測定する。励起状態の寿命は遷移確率の逆数であり、B(E2)とは反比例の関係にある。光速の30%程度の速度を持つ16Cを9Be標的に照射し、非弾性散乱により励起状態を生成する。標的下流には鉛障壁を配置する(下図1参照)。またガンマ線検出器を標的上流に輪状に二つ(R1,R2)配置する。脱励起は励起状態の寿命に従って行われる。もし寿命が100psの場合、原子核は高速で移動するので、ガンマ線の放出位置が下流に平均約1cm移動する。R1、R2で検出されるガンマ線が辿る鉛障壁内の距離は、放出位置に対して異なる関数である。ガンマ線は鉛では完全に吸収されないが、その強度は減衰するので、同じ位置から放出されたガンマ線に対してもR1、R2で検出するガンマ線の収量は異なる。この収量の差は放出位置に依存するので、収量差から寿命を求めることができる。 この方法を初めて16Cに適用し、励起状態の寿命を67+/-13(統計誤差)+/-14(系統誤差)psと決定した。これは変形パラメータに変換するとβc=0.14+/0.01+/-0.02に相当し、第一励起状態の四重極集団運動への陽子の寄与は小さいことが予想できる。 寿命をB(E2)に変換すると0.71+/-0.14+/0.15e2fm4となる。中心値をWeisskopfunitと呼ばれる、励起に関与した陽子数に換算すると0.29となった。図2(a)に、質量数が50以下の偶偶核でのB(E2)をWeisskopfunitで表示している。四角は陽子、もしくは中性子数が魔法数を持つ原子核を示し、丸は両方とも魔法数を持たない原子核を示している。図から 魔法数を持つ原子核が小さいB(E2)を持つことが分かる。しかし、16Cは魔法数を持たないにも関わらず、そのB(E2)は魔法数を持つ原子核よりも約一桁小さく、系統性から大きく外れている。この異常性はB(E2)とE(2+)との関係を見ると更に際立つ。液滴模型ではB(E2)はE(2+)に反比例する。このE(2+)から予想されるB(E2)をB(E2)sysとし、実測値との比を示したものが図2(b)である。魔法数を持たない原子核の場合、B(E2)sysは50%程度のずれで実測値を再現しており、魔法数を持つ場合でも比は高々0.2である。ところが16Cの比は0.036となり、極端に小さい。これらは16C内部の陽子の四重極集団運動性が極めて小さいことを示している。一方、非弾性散乱は核力によって生じるので、励起断面積は16C全体のβ2を反映する。脱励起ガンマ線の収量を測定することにより、断面積41+/-2+/-6mbと決定した。また、β2は測定した断面積と歪曲波ボルン近似(DWBA)を用いた計算とを比較することにより得られる。DWBAを行うには、入射、出射波を表す光学ポテンシャルが必要である。通常、光学ポテンシャルは弾性散乱の解析から得ることが出来る。しかし、16Cと9Beの弾性散乱は測定されておらず光学ポテンシャルを得ることができなかった。代わりに、12Cと12C、12Cと16Oの弾性散乱測定結果から導出された二つの光学ポテンシャルを用いてDWBA計算を行った。これら二つの反応の重心系のエネルギーと換算質量は、本研究で用いた反応のものとほぼ等しく、導出したβ2の光学ポテンシャル依存度が小さいと考えられる。最終的に得られた結果はβ2=0.87+/-0.02+/-0.19となり、原子核全体の四重極集団運動性は大きいことを示している。陽子物質の集団運動性が小さいことはB(E2)の値から分かっているので、大きいβ2は中性子物質の集団運動性が大きいことを示唆している。 中性子の四重極集団運動性を示す変形パラメータ(βn)は、β2とβcの値と、Bernsteinらが提唱する半経験的な式を用いることで導出できる。その結果、陽子と中性子物質の変形パラメータの比は|βn/βc|=6.0+/-0.6+/-0.8となった。図3は陽子、中性子数が魔法数である原子核とその周囲の原子核の|βn/βc|を示している。通常の原子核の場合、点線で示したように|βn/βc|=1になる。つまり陽子と中性子の集団運動性が等しくなる。しかし、16Cでは|βn/βc|=6であり、陽子中性子の四重極運動が非対称であることを示している。 この特異現象を説明する原子核描像の候補として、殻模型と反対称化分子動力学(AMD)を用いた理論計算が挙げられる。殻模型では、陽子数と中性子数の非対称性に起因して、陽子側のp1/2とp3/2間のエネルギーギャップが大きくなり、また中性子の有効電荷が小さくなる二つの効果が考えられる。これら二つを考慮することで、通常の殻模型計算よりもB(E2)を小さく予想することに成功している。一方、AMDの計算によると、16C内では陽子、中性子物質がそれぞれオブレート、プロレート変形するという興味深い描像が予想されている。また、第一励起状態の回転軸が中性子側によって決まっており、陽子と中性子の回転軸が直交しているために、陽子の変形パラメータが固有値よりも小さくなり、その結果として小さいB(E2)を予想している。ただ、両者とも未だ実験値に比べてB(E2)の値は約2倍大きく、更なる理論研究が望まれる。 また、実験側としても、16C周囲の原子核である15,17Bや、18Cの第一励起状態の寿命測定及び、非弾性散乱断面積測定を通し、この異常性の領域を明らかにすると共に原因追求を進めて行く予定である。 図1 実験のセットアップの概略図 図2 16CのB(E2)と質量数50以下の偶偶核のB(E2)との比較。 図3 陽子と中性子分布の変形パラメータの比 | |
審査要旨 | 本論文は、不安定核16C中の陽子のみおよび核子全体の集団運動性を示す変形パラメータ(それぞれβcとβ2)を実験的に導出し、β2がβcより約6倍も大きいことを見いだした、ことを述べたものである。この変形パラメータの極端な違いは他の原子核には見られなかったことであり、少数量子多体系での新しい集団運動形態を示すものとして、大変重要な発見である。論文提出者は、これらの変形パラメータとくにβcを導出するために独自の新しい方法を考案した。 一般に、偶偶核の第一励起状態(2+ )から基底状態への脱励起の換算転移確率(B(E2))が電荷を持つ陽子物質の四重極集団運動性を示す前出の変形パラメータβcで表現されるため、βcを求めるためにはB(E2)の測定を行う。不安定核のB(E2)測定には通常中間エネルギーのクーロン励起法が用いられているが、この方法は16Cのように陽子数が小さい場合には核力励起が主になるため求めたB(E2)は核反応模型に大きく依存し、不定性が大きい。そこで、新たに考案した方法では次のような測定を行った。光速の30%程度の速度を持つ16Cを9Be標的に照射し、非弾性散乱により励起状態を作る。ガンマ線検出器を標的のすぐ上流に輪状に2つ配置し、これらの検出器に対して16Cからの脱励起ガンマ線が遮られるように鉛障壁を配置する。脱励起は励起状態の寿命に従って行われるので、もし寿命がたとえば100psの場合、ガンマ線の放出位置が下流に平均約1cm移動する。ガンマ線が2つの検出器に到達するまでに通過する鉛障壁内の距離は、放出位置に対してそれぞれ異なる関数となっている。ガンマ線は鉛では完全に吸収されずその強度が減衰するので、2つの検出器で検出するガンマ線の収量が異なることになる。この収量の差は16Cが移動する距離つまり寿命に依存する。このようにして、収量差を測定することによって寿命をしたがってB(E2)を求めた。得られた結果は、励起状態の寿命が67+/-13(統計誤差)+/-14(系統誤差)psで、βc=0.14+/-0.01+/-0.02と非常に小さい値であった。一方、β2の値は、同じ検出系を用いて脱励起ガンマ線の全収量を測定することによって励起断面積を導出し、それと歪曲波ボルン近似(DWBA)を用いた計算と比較することによって求めた。得られた結果は、β2=0.87+/-0.02+/-0.19であった。 本論文は7章からなり、第1章で物理的な背景や本実験の動機、第2章で従来の実験の方法と本実験の方法の原理、第3章で本実験の測定系、第4章でデータ解析の詳細、第5章で実験結果、第6章で実験結果をもとにした議論、第7章で結論、について必要十分に述べられている。 なお、本論文の第5章の一部は「Anomalously hindered E2 strength B(E2;21+->0+) in 16C」というタイトルの論文にまとめられ、Physical review Letters誌に投稿し受理されている。この研究は、Ong Hooi Jin、青井 孝、櫻井博儀、出道仁彦、河崎洋章、馬場秀忠、Zsolt Dombradi、Zoltan Elekes、福田直樹、Zsolt Fulop、Adrian Gelberg、五味朋子、長谷川浩一、石川和宏、岩崎弘典、金子恵美、菅野祥子、岸田 隆、近藤洋介、久保敏幸、栗田和好、道正新一郎、峯村俊行、三浦元隆、本林 透、中村隆司、野谷将広、大西健夫、齋藤明登、下浦 享、杉本 崇、鈴木 賢、竹下英里、武内 聡、玉城 充、渡邉 寛、山田一成、米田健一郎、石原正泰との共同研究であるが、この実験の主眼である新しい測定方法は論文提出者が考案したものであり、また実験装置の設計やデータ解析も彼自身が行ったものである。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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