学位論文要旨



No 119549
著者(漢字)
著者(英字) Tansakul,Pimpimon
著者(カナ) タンサクン,ピンピモン
標題(和) 薬用ニンジンにおけるトリテルペンサポニンの生合成研究 : ダンマレンジオール合成酵素のクローニングと機能解析
標題(洋) Study on Triterpene Biosynthesis in Panax ginseng : cDNA Cloning and Functional Analysis of Dammarenediol-II Synthase
報告番号 119549
報告番号 甲19549
学位授与日 2004.04.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1098号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 折原,裕
内容要旨 要旨を表示する

 重要な薬用植物の有効成分となっているトリテルペンサポニンは多彩な生物活性を示し、生物活性の多様性は構造の多様性に起因している。薬用ニンジンに含まれるトリテルペンサポニンはジンセノサイドと称されており、ジンセノサイドRb-1などのダンマラン骨格をもつものと、ジンセノサイドRoなどのオレアナン骨格をもつものに大別され、ダンマラン骨格をもつジンセノサイドを多く含む薬用ニンジンが高品質であるとされている(Fig.1)。これら2種のジンセノサイドの生合成の分岐点はオキシドスクアレンの閉環反応にあり、ダンマレンジオール-II(ダンマラン骨格)合成酵素とβ-アミリン(オレアナン骨格)合成酵素の発現制御が高品質薬用ニンジン創出の鍵となるものと考えられる。そこで、私は、薬用ニンジンの品質改良を最終目的とし、ダンマレンジオール合成酵素のクローニングを行なった。また、新規トリテルペンの創出を目的に、分子生物学的手法によるダンマレンジオール-II合成酵素の機能解析を行った。

1.オタネニンジン毛状根由来ダンマレンジオール-II合成酵素のcDMAクローニング

 これまで当研究室の久城らにより、オタネニンジン(Panax ginseng)毛状根から、真正サポゲニンであるプロトパナキサジオールとプロトパナキサトリオールが共通して有する骨格を与える酵素(ダンマレンジオール-II合成酵素)のクローニングが相同性を利用したPCR法により試みられたが、これまで得られたものは、サイクロアルテノール合成酵素とβ-アミリン合成酵素のみであった。そこで、私は、RNAの調製時期、及び、プライマーの組み合わせに改良を加え、ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングを試みることにした。久城らのクローニングではジンセノサイドRb-1の蓄積量が増加し始めた直後の植継ぎ21日目の毛状根からRNAを調製したが、目的のRNAの量が必ずしも最大ではなかった可能性があり、本研究では1週間遅らせ28日目にRNAを調製した。また、久城らは、既知オキシドスクアレン閉環酵素に保存されている配列を基にデザインしたプライマー2組のプライマーセットによるNested-PCRで行ったが、私は、プライマーの複数種の組合せによるSingle-PCRで行った。逆転写した一本鎖DNAを鋳型にPCRを行い、生成物を大腸菌ベクターにサブクローニングし、塩基配列を決定した。その中に既知の配列と異なったクローンを見いだした。このクローンの全塩基配列をRACE法により決定し、PCRにより全長クローンを得た(PNAと命名)。PNAを酵母の発現ベクターpYES2に組み込み酵母のラノステロール合成酵素欠損株GIL77で発現させ、生成物をLC-APCIMSで分析したところ、標品のダンマレンジオール-IIと保持時間、及び、開裂様式が一致した。さらに、形質転換酵母を6L培養し、生成物を単離し1H-NMR、及び、13C-NMRを測定したところ、文献値と完全に一致した。これらの結果から、PNAをダンマレンジオール-II合成酵素と同定した。

2.オリーブ培養細胞由来複合アミリン合成酵素のcDNAクローニング

 オタネニンジン毛状根からのクローニングと並行して、ダンマレン骨格のトリテルペンを成分として含むことが知られているオリーブ(01ea europaea)から、ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングを試みた。同様の手法により、新規クローンを得た(OEAと命名)。PNAとOEAは74%のアミノ酸配列の相同性を示した。また、系統樹解析においても、同一の分枝を形成し、同一の機能をもつものと推定された。OEAを酵母のラノステロール合成酵素欠損株GIL77で発現させ、生成物をLC_APCIMSで調べたところ、意外にも、β-アミリンとα-アミリンを主生成物として与える混合アミリン合成酵素であることが判明した(Fig.2)。これまで、エンドウ由来混合アミリン合成酵素(PSM)がクローニングされているが、PSMとは相同性は55%程度であり、系統樹解析においても別の分枝に含まれた。このような混合アミリン合成酵素が系統樹の中に散在することは、ある単一生成物を与える酵素が他の単一生成物を与える酵素へ進化する過程のもととも考えられ、トリテルペン合成酵素の分子進化を考える上で非常に興味深い。

3.ダンマレンジオール合成酵素の機能解析

 β-アミリン合成酵素などの他のトリテルペン合成酵素の反応はプロトンの脱離で終止するが、ダンマレンジオール-II合成酵素の反応では水の付加で反応が終止する(Fig.3)。水の付加で反応が終止し、単一生成物としてジオール型のトリテルペンを与える酵素のクローニングは、今回のダンマレンジオール-II合成酵素が初めてである。これまでオキシドスクアレン閉環酵素のX線結晶解析はなされておらず、活性部位の構造は明らかになっていない。そこで、ダンマレンジオール-II合成酵素(PNA)とアミノ酸配列の相同性の高い複合アミリン合成酵素(OEA)を用いて、分子生物学的手法により酵素活性部位を探ることにした。

 まず、3箇所の制限酵素部位を利用したキメラ体6種を作製した。形質転換酵母での生成物をLC_MSで分析したところ、3種のキメラタンパクでは生成物を検出できなかったが、他の3種のもので生成物が確認された。キメラ1はトリテルペンモノアルコール(OEAと同一の生成物)を与え、キメラ2はダンマレンジオール-IIを生成物として与えた。このことから2番目(CpoI-BglII)の領域が生成物の作り分けに重要であることが示唆された(Fig.4)。

 この領域にはオタネニンジン由来β-アミリン合成酵素(PNY)において活性部位を構成していることが判明しているMWCYC(258-262)配列が含まれている。PNYの261番目のTyrをHisに改変したタンパク(PNY-Y261H)がβ-アミリンを全く生成せず、新たにダンマラジエノールを生成物として与えることが既に報告されており、OEA、及び、PNAにおいてもこのTyrが活性部位の一部を構成しプロトンの脱離に関与しているかを検証するために2種の点変異酵素OEA-Y26OH、PNA-Y263Hを作製し生成物を分析した。PNA-Y263Hは全く生成物を与えなかったが、OEA-Y260Hは3種のダンマラジエノール(Fig.5,(1),(2),(3))を5:3:1の比で与えた。このことから、OEAにおいてもこのTyrがダンマレニルカチオンの20位の近傍に位置していると考えられた。そこで、次に、このTyr近傍のアミノ酸残基を改変した22種の変異タンパクを作製し生成物を分析した。しかしながら、何らかの理由で全ての変異タンパクは全く生成物を与えなかった。

 次に、これまでクローニングされているオキシドスクアレン閉環酵素のアミノ酸配列の相同性を検討し、活性部位の一部を構成していることが示唆されているDCTAE配列の近傍の改変を含め、18種の変異タンパクを作製した。そのうち、14種の改変酵素は全く生成物を与えなかったが、4種は野生型の酵素と同様の活性を示した。その中でOEA-FY169LHは、野生型酵素と同一の生成物に加え、微量ながら新たな生成物を与えることがTLCで確認された。10Lの形質転換酵母培養から、生成物をシリカゲルカラム、HPLCで分離し、2種のフラクションP608-1(0.9mg)、P608-2(0.13mg)を得た。P608-1はGCMS、1H-NMRによりダンマレンジオールIIと同定した。一方、P608-2はさらに2種以上の類縁体を含んだ混合物であり、構造決定には至らなかったが、TLC、HPLC、GCの挙動からトリテルペンジオールであることが考えられた。OEA-FY169LHはダンマレンジオール-IIを含むトリテルペンジオール類を生成物として与えるが、主生成物として野生型と同様の生成物を与えること、及び、PNAにおいてこの位置のアミノ酸配列はFYであることから、169-170番目のアミノ酸が水の添加に直接関与するとは考えにくく、これらのアミノ酸の改変がタンパクのコンフォメーションを微妙に変化させ、活性部位内の水分子の位置を変化させたものと考えるのが妥当と思われる。一方、これらのアミノ酸は前述の2番目の領域に含まれており、2番目の領域が、生成物制御において重要であることを支持している。

4.まとめ

 薬用ニンジンの真正サポゲニンであるプロトパナキサジオールとプロトパナキサトリオールの骨格を与えるダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングに成功した。ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングの成功により、今後の分子生物学的手法による薬用ニンジンの改良へ向けて大きく前進したものと思われる。また、同時に得られた相同性の高いオリーブ由来混合アミリン合成酵素を用いて反応機構の解析を行った。水添加に関与するアミノ酸を特定することはできなかったが、第2領域(123番目から326番目のアミノ酸の領域)が生成物制御において重要であることを見いだすことができた。今後、この領域にある水添加に関与するアミノ酸残基を特定し、活性部位内の水分子の位置を制御することが可能になれば、新規トリテルペンジオール創出が可能になると考えられる。

Figure 1 Cyclization of 2,3-oxidosqualene in Panax ginseng

Figure 2 HPLC profile of OEA

Figure 3 Cyclization of Oxidosqualene into Triterpenes

Figure 4 Products of Chimeric Enzymes

Figure 5 Products of OEA Y260H

審査要旨 要旨を表示する

 重要な薬用植物の有効成分となっているトリテルペンサポニンは多彩な生物活性を示し、生物活性の多様性は構造の多様性に起因している。薬用ニンジンに含まれるトリテルペンサポニンはジンセノサイドと称されており、ジンセノサイドRb-1などのダンマラン骨格をもつものと、ジンセノサイドRoなどのオレアナン骨格をもつものに大別され、ダンマラン骨格をもつジンセノサイドを多く含む薬用ニンジンが高品質であるとされている。これら2種のジンセノサイドの生合成の分岐点はオキシドスクアレンの閉環反応にあり、ダンマレンジオール-II(ダンマラン骨格)合成酵素とβ-アミリン(オレアナン骨格)合成酵素の発現制御が高品質薬用ニンジン創出の鍵となるものと考えられる。本論文の著者は、薬用ニンジンの品質改良を最終目的として、(1)オタネニンジン由来ダンマレンジオール合成酵素のクローニング、(2)オリーブ由来混合アミリン合成酵素のクローニングを行い、さらに、新規トリテルペンの創出を目的に(3)ダンマレンジオール-II合成酵素の機能解析を行ない、それらの結果について記載している。

1.オタネニンジン毛状根由来ダンマレンジオール-II合成酵素のcDNAクローニング

 オタネニンジン(Panax ginseng)毛状根からこれまでサイクロアルテノール合成酵素とβ-アミリン合成酵素の2種の遺伝子が相同性を利用したPCR法により得られているが、真正サポゲニンであるプロトパナキサジオールとプロトパナキサトリオールが共通して有する骨格を与える酵素(ダンマレンジオール-II合成酵素)のクローニングはなされていなかった。そこで、RNAの調製時期(週間遅らせ28日目の毛状根からRNAを調製)、及び、プライマーの組み合わせ(Nested-PCRを行わずSingle-PCRの生成物をサブクローニング)に改良を加え、ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングを試みた。逆転写した一本鎖DNAを鋳型にPCRを行い、生成物を大腸菌ベクターにサブクローニングし、塩基配列を決定した。その中に既知の配列と異なったクローンを見いだした。このクローンの全塩基配列をRACE法により決定し、PCRにより全長クローンを得た(PNAと命名)。PNAを酵母の発現ベクターpYES2に組み込み酵母のラノステロール合成酵素欠損株GIL77で発現させ、生成物をLC-APCIMSで分析したところ、標品のダンマレンジオール-IIと保持時間、及び、開裂様式が一致した。さらに、形質転換酵母を大量培養し、生成物を単離し1H-NMR、及び、13C-NMRを測定したところ、文献値と完全に一致した。これらの結果から、PNAをダンマレンジオール-II合成酵素と同定した。

2.オリーブ培養細胞由来混合アミリン合成酵素のcDNAクローニング

 オタネニンジン毛状根からのクローニングと並行して、ダンマレン骨格のトリテルペンを成分として含むことが知られているオリーブ(Olea europaea)から、ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングを試みた。同様の手法により、新規クローンを得た(OEAと命名)。PNAとOEAは74%のアミノ酸配列の相同性を示した。また、系統樹解析においても、同一の分枝を形成し、同一の機能をもつものと推定された。OEAを酵母のラノステロール合成酵素欠損株GIL77で発現させ、生成物をLC-APCIMSで調べたところ、意外にも、β-アミリンとα-アミリンを主生成物として与える混合アミリン合成酵素であることが判明した。これまで、エンドウ由来混合アミリン合成酵素(PSM)がクローニングされているが、PSMとは相同性は55%程度であり、系統樹解析においても別の分枝に含まれた。

3.ダンマレンジオール合成酵素の機能解析

 β-アミリン合成酵素などの他のトリテルペン合成酵素の反応はプロトンの脱離で終止するが、ダンマレンジオール-II合成酵素の反応では水の付加で反応が終止する。水の付加で反応が終止し、単一生成物としてジオール型のトリテルペンを与える酵素のクローニングは、今回のダンマレンジオール-II合成酵素が初めてである。そこで、ダンマレンジオール-II合成酵素(PNA)とアミノ酸配列の相同性の高い複合アミリン合成酵素(OEA)を用いて、分子生物学的手法により酵素活性部位を探ることにした。

 まず、3箇所の制限酵素部位を利用したキメラ体6種を作製した。形質転換酵母での生成物をLC-MSで分析したところ、3種のキメラタンパクでは生成物を検出できなかったが、他の3種のもので生成物が確認された。キメラ1はトリテルペンモノアルコール(OEAと同一の生成物)を与え、キメラ2はダンマレンジオール-IIを生成物として与えた。このことから2番目(CpoI-BglII)の領域が生成物の作り分けに重要であることが示唆された(Fig.1)。

 この領域にはオタネニンジン由来β-アミリン合成酵素(PNY)において活性部位を構成していることが判明しているMWCYC(258-262)配列が含まれている。PNYの261番目のTyrをHisに改変したタンパク(PNY-Y261H)がβ-アミリンを全く生成せず、新たにダンマラジエノールを生成物として与えることが既に報告されており、OEA、及び、PNAにおいてもこのTyrが活性部位の一部を構成しプロトンの脱離に関与しているかを検証するために2種の点変異酵素OEA-Y260H、PNA-Y263Hを作製し生成物を分析した。PNA-Y263Hは全く生成物を与えなかったが、OEA-Y260Hは3種のダンマラジエノール(Fig.2,(1),(2),(3))を5:3:1の比で与えた。このことから、OEAにおいてもこのTyrがダンマレニルカチオンの20位の近傍に位置していると考えられた。そこで、次に、このTyr近傍のアミノ酸残基を改変した22種の変異タンパクを作製し生成物を分析した。しかしながら、何らかの理由で全ての変異タンパクは全く生成物を与えなかった。

 次に、これまでクローニングされているオキシドスクアレン閉環酵素のアミノ酸配列の相同性を検討し、活性部位の一部を構成していることが示唆されているDCTAE配列の近傍の改変を含め、18種の変異タンパクを作製した。そのうち、14種の改変酵素は全く生成物を与えなかったが、4種は野生型の酵素と同様の活性を示した。その中でOEA-FY169LHは、野生型酵素と同一の生成物に加え、微量ながら新たな生成物を与えることがTLCで確認された。形質転換酵母を大量培養し、生成物をシリカゲルカラム、HPLCで分離し、2種のフラクションP608-1、P608-2を得た。P608-1はGCMS、1H-NMRによりダンマレンジオール-IIと同定した。OEAの169-170番目のアミノ酸の改変がタンパクのコンフォメーションを微妙に変化させ、活性部位内の水分子の位置を変化させたものと考えられる。これらのアミノ酸は前述の2番目の領域に含まれており、2番目の領域が、生成物制御において重要であることを支持している。

 以上本研究は、薬用ニンジンの真正サポゲニンであるプロトパナキサジオールとプロトパナキサトリオールの骨格を与えるダンマレンジオール-II合成酵素を初めてクローニングしたものである。ダンマレンジオール-II合成酵素のクローニングの成功は、今後の分子生物学的手法による薬用ニンジンの改良へ大きく貢献するものであり、また、今回同時に得られた相同性の高いオリーブ由来混合アミリン合成酵素と合わせて、新規トリテルペン骨格創出にも大きく貢献するものであり、生薬学、天然物化学、医薬品化学の進展に寄与することが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Figure 1 Products of Chimeric Enzymes

Figure 2 Products of OEA Y260H

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