学位論文要旨



No 119551
著者(漢字) 小林,夏野
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,カヤ
標題(和) 低次元導体における角度依存磁気抵抗振動の電場効果と量子効果
標題(洋) Electric Field Effect and Quantum Effect on Magnetoresistance Angular Effects in Low-Dimensional Conductors
報告番号 119551
報告番号 甲19551
学位授与日 2004.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5845号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 教授 鹿児島,誠一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は以下のような内容になっている。

1.擬2次元導体の角度依存磁気抵抗振動の量子効果

2.擬1次元導体の磁気抵抗角度効果の電場効果

それぞれの要旨はそれぞれ以下で示すとおりである。

1. 擬2次元導体の角度依存磁気抵抗振動の量子効果

本研究の目的1

 一般に用いられている半古典論的描像が破綻する強磁場領域における角度依存磁気抵抗振動の振る舞いを実験、理論的に調べ量子論的描像を用いて全体を包括的に説明する。

擬2次元導体の角度依存磁気抵抗効果

 擬2次元導体の角度依存磁気抵抗振動(Angular-dependent MagnetoResistance Oscillations,AMRO)は半古典論的描像で説明されている。Yamaji振動とピーク効果の2つが角度効果として知られており、それぞれがフェルミ面上の電子軌道効果として説明されている。一般的に擬2次元電子系における層間磁気抵抗は σ22=2t2cm*e2/π〓4 τJ2(ckFtanθ) (1)と現される。角度θは伝導面の法線方向からの傾きとして定義される。層間のトランスファー積分はt,層間の距離はcとする。ベッセル関数J0(x)はxが大きい時にx=(N-1/4)に零点を持つことから層間伝導が振動的な構造を持つ。これが、Yamaji振動であり、ピークが現れるYamaji条件は式(2)のように書ける。

ckFtanθ=π(N-1/4).(2)

擬2次元導体の角度依存磁気抵抗振動の半古典論描像の破れ

 半導体超格子を用いた擬2次元導体の角度依存磁気抵抗振動の実験において高磁場側でYamaji条件からAMROがずれる振る舞いが観測された。また、磁場を伝導面に平行に印加した場合の層間磁気抵抗に極小構造が現れることが観測され、これは電子軌道の層間閉じ込めによって説明されたが、実際には層間閉じ込め磁場とは一致しなかった。

半導体超格子試料におけるAMRO

 実験は磁場印加角度を変化させながら磁場掃引し、磁気抵抗を測定した。高磁場側でのAMROのピークの位置がYamaji条件からずれていく様子を観測した。このようなYamaji条件からのずれが起こるのはこの試料の次のような特性によると考えられる。半導体超格子を用いた擬2次元導体試料は有機物などの結晶に比べるとキャリア数が小さいためにフェルミ面が小さい。このため、通常の実験においても観測可能な磁場範囲において、ランダウ準位が小さい指数の量子極限に入る。このような量子極限に入った場合、通常の半古典論的描像のフェルミ面がランダウチューブに分裂するためにフェルミ面上を走る電子軌道を考えることができなくなる。この状況は半古典論的描像で用いた電子準位数が無限大に近いという近似が破綻していることに対応する。この量子極限近傍においては、電子のエネルギー準位がランダウ準位に分裂したエネルギースペクトルを用いて考えた量子論的描像を用いて考えなくてはならない。量子論的描像では磁場中の電子がランダウ準位を持ったときの系のエネルギー分散を考えて伝導度を求める。

量子論的描像を用いた場合のAMRO

 ランダウサブバンドを形成する磁場中電子を考えた場合、層間抵抗におけるピークの位置はYamaji条件から外れ、それぞれのランダウ準位ごとに異なる条件を持ち、切り替わる構造を持つ。

 量子論的描像における層間抵抗はそれぞれの電子の波動関数の重なりを考えて求められる。つまり同じ電子分散を持った層が距離cだけ離れて連なっている系を考え、各層の電子の波動関数の重なりを考えることになる。磁場の伝導面平行成分は層間を動く電子の面内の波動関数の中心座標を移す効果を持っている。この中心座標のずれた波動関数間の重なりを考えればよい。このときAMROの層間抵抗のピークが現れる位置は、各層間の波動関数が直交する磁場方位として理解できる。

 AMROのピークを与える磁場方位では、半古典論的描像においてはフェルミ面上の電子軌道の形がすべて等しくなるために層間方向における分散がなくなり、磁気抵抗にピークが現れる。量子論的描像と半古典論的描像のどちらにおいてもAMROのピークが現れる磁場方位においては層間の伝導が足し合わせて零になることとして理解できる。

 磁場に対する層間伝導度を考えたとき、ランダウ準位が大きい磁場領域ではAMROはYamaji条件に一致し、半古典論と同じ結果を与える。つまり現在まで考えられてきた磁場領域では半古典論の近似が成り立つ。

面平行磁場下における極小構造

 量子論的描像において電子の波動関数の重なりが大きいところでは、層間の伝導が良くなり磁気抵抗が減少する。伝導面内に磁場が印加された場合、2層間の波動関数の重なりは零磁場では全体が重なっているために大きい。磁場が印加されていくと波動関数がずれていくために重なりが小さくなり、磁気抵抗が増大する。傾きが大きくなると、波動関数の山の部分の重なりが現れて伝導が良くなるが、磁場を強くしていくと最後には波動関数の大きさよりも中心座標のずれが大きくなって重なりがなくなる。このときの層間磁気抵抗は増加する。これが画面内磁場印加時に見られた極小構造の起源である。

実験結果

 GaAs/AlGaAs超格子構造を用いた擬2次元電子系において定常磁場下で回転ホルダを用いて実験を行った結果、次のような結果を得た。(1)高磁場領域においてはAMROのピークがYamaji条件から外れることを観測した。このときのピークの位置は、量子論的描像を用いて計算した結果を再現した。(2)面平行磁場印加時に見られる極小構造を傾斜磁場下でも観測し、その振る舞いが量子論的描像を用いた計算による予測をよく再現することを確かめた。

2. 擬1次元導体の磁気抵抗角度効果の電場効果

擬1次元電子系に与える層間電場の効果

 擬1次元導体の電子がすべてx方向にフェルミ速度で走っていると仮定し、座標軸を伝導面がxy面に一致するようにとる。層間方向、z方向に電場が印加されたときに電子が電場より受ける力はy方向に印加された磁場より受ける力と等しい。

 このときの電場は有効磁場として次のように書き換えることができる。

E=vF×Beff (3)

もちろん、磁場も同様に電場として書き換えることができるが、係数として光速の2乗が分母にかかるためにこの場合は無視することができる。ここで最初の仮定として電子の速度をx方向としたことと、電場の印加方向はz方向としたために、有効磁場はy方向成分を持つ。このときに擬1次元系では2枚の開いたフェルミ面を持ち、電子速度はそれぞれのフェルミ面で反対の符号を持つ。つまり電子にとっての有効磁場は2枚のフェルミ面で反対の符号を持つことになる。擬1次元導体の磁気抵抗角度効果は磁場の伝導鎖に対する角度で起こる現象であるので、層間電場を印加することによって有効磁場が印加されたことと等しくなり、角度効果が起こる磁場方位が変化する。このときの有効磁場の符号が上記のようにフェルミ面毎に異なっているため、角度効果は2つの異なる磁場方位において起こる。

Lebed共鳴時の電場効果

 擬1次元導体の磁気抵抗角度効果はLebed共鳴、Danner-Chaikin振動、第三角度効果の3つが知られている。本研究ではこのうちのLebed共鳴が起こる磁場方位における層間電場効果を調べた。上記のように電子の運動する方向をx方向、伝導面をxy面、層間方向をz方向とすると、Lebed共鳴の観測される磁場方位は伝導鎖に垂直なyz面内で回転させたときである。このときそれぞれの磁場成分の比が、式(4)を満たすときに層間方向に伝導が増大し磁気伝導度にピーク、磁気抵抗に極小構造が現れる。これがLebed共鳴である。

By/Bz=tanθ=p b/c (4)

電場が印加されたときのLebed共鳴条件は有効磁場の成分がy方向であることから有効磁場をそれぞれBeff=(0,±Beff,0)として式(5)のように変化する。

By±Beff/Bz=p b/c (5)

一般磁場方位における層間磁気伝導に対する電場効果

 擬1次元導体の層間伝導度の一般式を層間電場を入れた場合に考える。求めた式を伝導面内でプロットしてみるとLebed共鳴のピークが電場を印加することによって2つに分裂している様子が見られた。

パルス電場を用いた実験

 強電場をフェルミ面を持つような金属的な導体に印加するために実験はパルス電場を用いて行った。ヒーティングチェックを行い、パルス幅は100μsec以下、Duty Ratioは1/3000で測定を行った。パルスジェネレーターから発生させた電場を試料と標準抵抗を直列につないだものに印加し、試料の層両端と抵抗の両端に現れた電圧をデジタイザに差動入力で取り込んで測定を行った。試料に現れた電圧で電子系に印加された電場を求め、抵抗の両端に現れた電圧で系に流れた電流を求めた。

有機擬1次元導体の測定結果

 実験に用いた試料は有機導体のα-(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4である。この物質は層間抵抗が高く、きれいなLebed共鳴が現れることが知られている。この物質にパルス電場を印加したときに、強電場を印加するにつれて層間電流に現れるLebed共鳴のピークが分裂する振る舞いを観測した。

Lebed共鳴の分裂幅と情報

 上記のように、電場を印加したときのLebed共鳴条件より、それぞれの角度の差△tanθ=tanθ1-tan2は、電場と磁場とフェルミ速度によって決まることがわかる。実験結果の分裂幅は条件式より式(6)と書ける。ただし、試料の厚さをd、印加電圧をV、指数pのLebed共鳴の起こる角度をθp、伝導面内の回転方向と伝導鎖のなす角をψとする。

△tanθp=2/dvfsinψ/V/B{1+tan2θp.}(6)

縦軸△tanθp、横軸V/B(1+tan2θp)1/2と実験結果をプロットすると直線に乗ることがわかる。このことから実験で得られたLebed共鳴の分裂が予測したとおりの電場の効果であることが確かめられた。またこのときの直線の傾きはフェルミ速度を情報として含む。求められたフェルミ速度はvF=(9±1.5)×104[m/sec]。これは他の測定法で得られたこの物質のフェルミ速度と良い一致を示している。

実験結果と解析結果

 擬1次元導体に層間方向に電場を印加したときの効果を半古典論的描像を用いて計算を行い、磁気抵抗角度効果が電場によって分裂することを予測した。この現象を実際の有機導体を用いて実証し、分裂を観測した。この分裂は予測した振る舞いとよく一致している。またこの分裂から従来のフェルミオロジーでは求められなかった擬1次元導体のフェルミ速度を求めることに成功した。この測定方法と高周波を用いた赤外吸収測定とを比較し、同じ物理量を測定していることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 有機導体などの層状低次元導体において、層間磁気抵抗が磁場方位の関数として振動的あるいは共鳴的振舞を示す磁気抵抗角度効果が観測されている。これらは低次元導体のフェルミ面形状を反映した現象として半古典的に説明されており、実験的にフェルミ面形状を調べる新しい手法として利用されている。

 本論文は、"Electric field efect and quantum effect on angular dependent magnetoresistence oscillations in low-dimensional conductors"(「低次元導体における角度依存磁気抵抗振動に対する電場効果と量子効果」)と題し、擬1次元導体に強電場を印加したときの磁気抵抗角度効果の分裂現象と、Landau量子化が顕著になった強磁場量子極限近傍における角度依存磁気抵抗振動という、磁気抵抗角度効果に関する2つの主題について実験的に研究した結果について記述したものである。

 Chapter 1 "Introduction"では、磁気抵抗角度効果とそれに対する半古典理論、また実験で用いた有機導体の基礎物性について解説されている。Chapter 2 "Experimental Technique"では、本研究で用いた実験技術の詳細について述べられている。まず実験で用いた有機導体単結晶試料の電解法による作製手順が説明されている。また高電場を印加して導電性試料の電気伝導を測定するためのパルス電場技術について詳しく記述されている。

 Chapter 3 "Magnetoresistance angular effect in quasi-one-dimensional conductors with arbitrarily directed magnetic fields"では、任意磁場方位における擬1次元導体の磁気抵抗角度効果の統一描像について述べられている。半古典的電子軌道運動とBoltzmann輸送理論により、(ピーク効果を除く)全ての角度効果を表現する、任意方位の磁場下での層間伝導度の解析的表式を導出し、これを用いて「最も基本的な効果はLebed共鳴でありDanner-Chaikin振動と第3角度効果はその振幅変調として解釈できる」という角度効果間の関係についての知見を得ている。

 Chapter 4 "Electric field effect on magnetoresistance angular effects in quasi-one-dimensional conductors"は本論文の中核をなす章であり、層状擬1次元導体の層間方向に強電場を印加した場合の層間電気伝導の角度効果(特にLebed共鳴)に現れる電場の影響について述べている。まず2枚の板状Fermi面について電場と同様の効果を与える「有効磁場」が別個に定義できることを示し、電場中では角度効果がFermi面毎に異なる磁場方位で生ずること、すなわち「電場中では角度効果が2重に分裂すること」を理論的に導いている。次にパルス電場技術を用いて有機導体α-(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4のLebed共鳴に対する電場効果を実験的に調べ、共鳴の分裂を実際に観測することに成功している。さらに分裂の大きさを解析することにより伝導鎖方向のFermi速度を求めることができることを指摘し、実際にこの物質についてFermi速度を求めている。従来の角度効果と電場効果を組み合わせれば擬1次元導体の全てのバンドパラメータを決定できるため、上の結果は新しい電子構造研究手法を確立したという意義を持つ。

 Chapter 5 "Quantum effect on angular dependent magnetoresistance oscillations in quasi-two-dimensional conductors"では、本論文のもう一つの主題である擬2次元導体における角度依存磁気抵抗振動(AMRO)の強磁場量子極限近傍の振舞について述べられている。少数のLandau準位しか占有されない量子極限近傍では、Fermi面は定義できず、柱状Fermi面上の電子軌道に基づくAMROの半古典描像は破綻する。容易に量子極限近傍を実現できるGaAs/AlGaAs半導体超格子を用いて実験を行った結果、AMROのピーク位置が従来の半古典条件から逸脱すること、高次のAMROから消失していくこと、磁場掃引時に磁気抵抗に極小構造が現れることなど、半古典描像では説明できない振舞を見出した。量子極限近傍でも適用可能な量子論的描像を用いてLandau準位の積層方向の分散を考察することにより、以上の振舞を矛盾なく説明している。

 Chapter 6 "Concluding remarks"では、以上の研究の概要がまとめられている。

 以上を要約すると、本研究は低次元導体の磁気抵抗角度効果に対する強電場の効果とLandau量子化の効果を理論的かつ実験的に初めて明らかにしたものである。これらは単なる低次元電子系の磁気輸送の基礎研究というだけではなく、低次元系の電子構造研究への応用の基礎となる重要な知見であり、物理工学、物性物理学の発展に寄与するところが極めて大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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